angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
「あーあーあー、もーおーお空はーまっくろだなー」
まるでミュージカルかのように窓から見る外の景色を歌い上げる。
適当な音で歌ったので、相当変な歌となっただろう。
別にふざけているのではなく、さんざん酷使した声の調子を確かめているのだ。
あれから岩沢にせがまれるがままにした結果、10曲近く歌わされた。しかも日本語はNGと言われ洋楽ばかり。
さすがに歌い慣れていないせいか、喉の痛みが深刻になってきたところで終了を告げると。
「じゃあピアノでなにか面白いことをしてくれよ。リンゴは普通に演るとつまらないし」
などど人の急所に一切遠慮をせずのたまいやがったので、さすがにむっとした。
ネコ踏んじゃったBrostep風でもお見舞いしてやろうと思ったが、そもそも電子じゃないから無理だし下手にやると自分の指がイカれて面白くなるだけなので諦めた。
本当は岩沢にはQueenばかりではなくぜひエレクトロニックも聴かせてやりたい。
あの独特な高揚と頭のなかで様々な音が渦巻く混沌を聴いてみて欲しい。
でも、音源や設備の整っていないこの世界じゃ簡単にできそうにはない。
残念ながら俺が聴かせたいことは無くなってしまった。
なので、無駄にもっている技術を活かしてガルデモの曲をピアノアレンジして弾いてみせることにした
これがいけなかった。
演奏自体は自覚しているように面白みもない本家とは程遠いものだったのだが、どうやら岩沢はピアノで表現出来る事自体に興味を持ってしまったらしい。
詳しく言うのであれば、主旋律たる歌声を明確に鳴らす事ができるというところ。
普段声のみで表現してきた音が他の楽器で奏でられることが思いの外面白かったらしい。ギターではさすがにそう上手くはいかないことだ。
ピアノで一音一音をわかりやすくはっきりと表現する度にその音を興味深そうに聴いていた。
最初にボーントゥラブミー同じ事をやってみせたはずなのだが、よく馴染んでいる曲だからこそ感じたのだろうか。
ピアノ歴が一応そこそこはある人間から言わせてもらえば当たり前のことなのだが、この少女は音楽歴が少々特殊というか偏っているので新鮮なようだ。
あと、聞いた声をすぐにピアノで弾いて見せたら「絶対音感!絶対音感!」とかはしゃがれた。
こんなものは絶対音感なんてものではなく、ある程度正確な音と向き合い続けれ自然と身に付くものである。
それに練習を見る限り岩沢も持っているはずだ。しかも俺よりも良質なものが。
こうして驚かれたりおちょくられたりして遊んでいたらいつの間にか日は暮れてしまっていた。
ついでに俺の指はつった。いてえ。
「リンゴ、見回りが来る前に退散しないと」
「はいよ」
岩沢に連れだってこそこそと夜の校舎を抜け出す。
外に出ると、空は幾多の星が瞬くこと無く月だけがポッカリといた。下弦の月だ。
時と場所という条件だけ考えれば今はどう考えてもドキドキイベントな気がするのだが、場合という条件によってそんなフラグは容赦なくへし折られている。
ゆりが賭けの話をした時はああ言ってみせたものの、さすがにもう少しラッキーあってもいいんじゃない神様?俺も一応男の子だし。
「何ぼーっとしてんの?行くよ」
「お、おう」
見上げた月はまるで『でもお前、何だかんだ言ってビビり逃げるだろ?へたれめ』とでも皮肉に笑っているように思えた。
●
誰もいない道を俺と岩沢はゆっくりと歩いていた。
道を照らす外灯が二人の影を強めては薄めてを繰り返す。
「なあリンゴ」
「なんだ?」
揺れる影を眺めながら、夕餉は何にしようかと考えながら岩沢に返事をした。
気がむいてなかったとはいえ、岩沢の言ったことはあまりにも寝耳に水だった。
「一緒にやってみないか?ライブ」
「あぁ?」
俺は岩沢の提案にガラの悪い声で疑問の返事をした。
こいつは何を言うんだ一体。
「お前俺の演奏聴いただろ。技術だけあって使い物にはならねえよ」
「そうかもしれない、でも聞くに耐えないものではなかったし技術自体は賞賛に値するよ。それにおもしろいと思うんだ、新しいサウンドが入ることは刺激にもなる」
岩沢は真剣な顔で言葉を返す。
いつもと変わらない、音楽のことしか見ていない目で。
……ったく、そこしか見ていない、というよりそこしか見えていないんじゃないのか?
音楽以外のことは俺がすべき領分なのかもしれないが、一応色々教えておかねばなるまい。
「あのなあ、まずゆりっぺさんが許すわけないだろ。GirlsDeadMonsterなんだぞ、Girls以外がいてどうする」
「あたしがちゃんと頼めば許してくれそうだけど、それに歌だけとか」
「応援してくれているNPCや戦線のファンの気持ちを考えろ。ガールズバンドに男が加入とか絶対受け入れられないことだ。非難轟々だよ。アンチが増えて人気も低下だよ。考えうる限りデメリットしかねえよ。てか歌も英語しか無理じゃん。そんなマイナス要因しかないものをゆりっぺさんが許すわけないだろ。てか提案した時点でぶっ飛ばされる、俺が」
「……でも、リンゴとやってみたいと思う」
諦めずにおしてくる岩沢を見て、思わず溜息を吐いてしまう。
俺を必要としてくれていることは大変嬉しいが、こればっかりは受け入れることはできない。
岩沢と向き合い、ゆっくりと諭し始めた。
「いいか、俺を入れたところで音楽学的にもメリットはない」
「それはわからないじゃないか」
「いくら上手くたって、全くノれない奴がいても邪魔なだけだ。せっかくボルテージが盛り上がったとしても、ひとりフラットで居続けるからな。水を差すような真似しか出来ねえよ。その場しのぎのヘルプとかならともかく、一緒にやり続けて行こうと思う仲間なら、それは悪影響にしかならない」
音は、感情と熱をのせる。
故に、演る側も聴く側も両方の人々の
ガルデモのライヴを見ていればよくわかる。あの熱狂はそうやって互いに伝播し合ってできるものだ。
だが、俺の音にはそういうものがどうしても宿ってくれない。
それが冷たいとか鋭いとかであればそういう個性として何かしらの使い道があったのだが、残念ながらそうではない。
単につまらない。
プラスだろうがマイナスだろうが熱という概念そのものがない。
一緒にやっていて楽しくない。
お前のグルーヴにノれるのは打ち込みだけだ。
ベースを教えてくれた人は、機械みたいな腕以外にも確かこんなことを言っていた。
だから、俺の音が生きてる人間の音と共鳴することはない。
俺と一緒に演るなんて、彼女たちのサウンドを壊しかねない。
それは俺自身が許さない。
「歌も英詩は人を選ぶからガルデモでやるのはあまりおすすめできない、てか誰が書くんだよ。ま、諦めてくれ。どの方向から見ても良いことは何一つ無いし、俺は嫌だ」
「……わかった。そこまでいうのなら」
しゅんとうなだれながら、岩沢はいかにも渋々といった表情で引き下がった。
ガルデモの役に立つことならばいくらでも協力したいが、こればっかりは無理だ。
それは俺自身が一番理解している。
うなだれる姿を見て、さすがにちょっと可哀想かなとも思う。
でも、やはりこればっかりは仕方がないことなのだ
我慢してもらうしか無い。
しかし、俺は忘れていた。
岩沢がこの程度で諦めるような音楽キチではないという事を。
「なら、二人だけでやろう」
「はぁあ?」
今度は本当に訳がわからなかった。
「ガルデモでできないのなら、別にユニットでも組めばいい」
「いやいやいやちょっとまて」
「リンゴがピアノであたしがアコギとか。あ、これなあたしじゃなくてリンゴが歌ってもいいか。英語かあ書けるかな詩」
「って聞けええええ」
歩みを止めて叫び、息を整える。
外灯照らされる岩沢の顔を真剣に睨んだ。
「お前は人の話を聞いていたのか?」
「ガルデモでは無理なんだろ?それは諦めるさ。でもそれなら別に組めばいいじゃないか。新しく組む分にはゆりも文句は言えないと思うし、ガルデモとは違った方向でいけば悪くはならないだろう」
「違う、話の後半だ。俺が合うやつなんていない」
「それは、やってみなければわからないだろう」
岩沢はトーンを落とした声ではっきりと言った。
その表情は真剣というより怒っているみたいだ。
音楽に妥協を許さない。
彼女は求めたことを決して諦めないしそれは許さない。
始まる前から不可能と決め付けることもさせない。
「あたしは必ず合わせてみせる、リンゴと一緒に」
願いではなく、決意として彼女は言い切った。
……まったく、困ったな。
ここまで言われるとは男として情けないだろう。
だがダメだ。
幼稚な意地だと罵られても、これはダメだ。
「無理だ」
「なんで」
「合わせるじゃだめだろ、それじゃあ結局悪いようにしかならない。それに、俺はステージに立って演るべき人間じゃない。そんな身分じゃないんだよ」
俺は彼女たちとは違う。
ステージに立っても、音として孤独で在り続ける。
仲間とオーディエンスと融け合うこと無く、異物として居続ける。
その場凌ぎの誤魔化しなら可能だ。悲しいことに、そんなことが出来る技術すら俺はある。
でも、ずっと誤魔化し続ければ、いずれくっきりと違和感は浮き彫りになり、確実に目立つ。
今までもそうだったように、これからもずっと、誰とも交われない。
「それは、生きていた頃のことが関係有るのか」
岩沢が遠慮がちに尋ねた。
その言葉で深く閉まってあった傷が脳裏にちらつき、チクリと痛みがはしる。
「関係なくはない……っていうか、人生そのものだったからな。ハハハ」
思い出した過去から目をそらすがために笑ってみせたが、露骨過ぎて不自然なものとなる。
それを見た岩沢は、不自然な笑いの俺とは反対に悲痛な面持ちをする。
なにやってんだ、その痛みは俺のものであってお前まで感じること無いのに。
感受性が豊かすぎるってのも、感慨ものだな。
「……わかった」
「そうか」
「でも、諦めはしない」
「ちょ!?岩沢さん!?」
「リンゴと必ず演る。いつになるかわからないけど、、絶対リンゴをその気にさせてみせる」
そう宣言するとともにキッと俺を睨んだ。
その決意に思わず笑ってしまいそうになった。
――――――まったく、こいつは本当に音楽キチだ。
彼女は音楽に対して諦める諦めないとか、そんな概念自体そもそもないのだ。
どこまでも己の内にある音楽を追求し続ける姿勢は恐ろしくも滑稽で。
とても羨ましい。
「そうかい。ま、がんばりな」
「うん。英語勉強して詩をかけるようになるから、リンゴも歌唱力鍛えといてよ」
「気がむいたらな」
そう笑って、俺と岩沢は再び歩き始める。
足取りは停まる前と変わらない。
軽くもなく重くもなく、けれどゆったりとして心地よいものだ。
「早く食堂行こうぜ。腹減って仕方がない」
「そうだね。ところでリンゴ、そのヘッドホンどうしたの?」
「いいでしょ、ギルドでもらったの」
「……あたしにもちょうだい」
「だめだ。こいつは一個しかないんでな」
「えー」
他愛のない会話をして食堂へと向かう。
頑なに拒んだ自分の過去とは裏腹に、少女の宣言にどこか期待をしてしまっている自分に気づかないふりをしながら。