angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.2_10

 数日後

 

 いつものように廊下に作った仮設ベットに寝転びながら本を読む。

 アンプリファーからとびでる騒々しい音色をシャットアウトできればと思いヘッドフォンをつけてみるもあまり効果はない。

 とはいえ慣れたもので、小説に没頭するのは意外と簡単だった。

 

 ふと、上から影が差し、視界を少し暗くする。

 顔を向けてみるとめずらしい客がいた。

 

「おう、遊佐さんどうしたの?」

 

 いつものように髪を二つわけた少女は、手ぶらではなく肩に大きめのカバンを下げている。

 通信員である彼女が直接出向いてくるとはめずらしい。インカムで連絡してくれればいいのに。

 俺は読みかけの本を閉じて起き上がった。

 遊佐は横においた本を一瞥した。

 

「宇宙戦争……ウェルズですか。SFとは意外です」

「そうか?まあミステリほど人気なジャンルじゃないし、こいつも古いから今どきの高校生が好むかはわからんが読む奴はいるだろ」

「いえ、星川さんがという意味です。正直、レイプとか交通事故とか謎の重病で余命幾ばくとか、まじ悲しい展開満載の横書き小説や、『突風の風が吹く』とか『伝説のレジェンド』みたいな文体がお好みなのかと思っていましたので」

「君の俺に対する印象は一体なんなんだ……」

 

  そんなに頭がすっからかんのちゃらんぽらんな軽い人間なのか。

 

「もしくは小学生の頃、家畜人ヤプーで読書感想文を書いていたとか」

「一体俺をどうしたいんだよ!?」

 

 遊佐の俺への評価はどうなってんの?低空飛行しかしていないように感じるよ? 一体何が原因なんだ?

 ……うん、どう考えてもセクハラだよな。

 

「それはそうと、ギルドから預かり物をお届けにまいりまし」

「俺としては流されてもらっちゃ困るんだが、まあいいや。ギルドから?」

「これです。」

 

 遊佐は肩に下げていたカバンをわたす。

 ビジネスサイズで重たい割に厚みはない。

 コレは何か遊佐に尋ねてみるも、どうやら彼女も知らないようで小首を傾げられただけだった。

 俺も首を傾げながら上部のファスナーをゆっくりとひらくと、中には銀色に鈍く光る板のようなものが見える

 すぐにそれが何なのか見当がつき、落とさないよう丁寧に取り出した。

 

「ノートパソコンですか……」

 

 そう、ノートパソコンだ。

 13インチのディスプレイに黒いキーボード。

 高精度アルミニウムボディで背面に社の象徴である果実のロゴマーク。

 デザイン性だけではなく操作性にも優れたクリエーター好みの仕様。

 生きていた頃、俺も好んで使っていた有名なノートパソコンだ。

 

 ただし、なぜかロゴマークはパイナップルの形をしているが……

 

「某大陸製の偽物みたいですね」

「この世界特有の現象なんだろうけどね、自販機の水とかみたいに。だけど『Fackintosh』はねえよな……単語ですらねえ……」

 

 銀色に刻印された製品名を指でなぞりながら呆れる。

 この世界の神とやらにはセンスがないようだ。

 

「ん?なんか入ってるぞ」

 

 カバンのなかにはまだなにかある。

 つかみあげると、何やら強い筆圧で一文字一文字が大きく書かれているくせに、なぜかまるっこく可愛らしい書体の文字が羅列していた。

 恐る恐る不気味な手紙を読んでみる。

 

 

 パシリくんへ

 

 やあやあ、元気かな?僕は一応息災だよ。

 

 さて、君に頼まれていた件だが、一応順調に進んでるから安心したまえ、

 とは言っても、全部完成するにはまだまだ時間がかかりそうだ。しばし待ってね☆

 

 それはそうと、これを読んでいるということはちゃんとノートパソコンは届いたのかな。

 話してあった通り、流石に創るのは厳しいから校内で調達したよ!

 がんばったんだよ!僕がやったわけじゃないけど!

 

 一応君の注文通りの物だと思うけれど、名前があれなのは諦めてくれると嬉しいな。

 僕が一から創るとなるとそれこそ今以上の時間かかってしまうだろうし。

 中身は生前の世界にあったものと違いはないはずだから大丈夫だよね。

 

 ああ、どうやって手に入れたかというと、ちょっと教師どもからちょろまかしてみた。

 無理矢理ってわけじゃないよ?

 職員室にあったのを黙って借りてきただけだよ?

 ホントだよ?

 でも誰も使ってないみたいで、無くなっても別に騒ぎにはなってないんだよね。

 むしろ無いこと自体に気づいてるのかな?

 

 あと不思議なことに。

 学校に設置されているものや職員の私物は全部OSがそれはと違うんだよね。

 むしろシェアからみて一般的なやつだった。

 それだけが違うみたい。

 

 またまた不思議なことがあるもんだね。

 ま、考えてもわからないからどうでもいいけど。

 

 ご注文の品はちゃんと届けたからね。

 

 それじゃあ、ばーいばーーい。

                                        』

 

 

「……名前がねぇ」

 

 見た目の文体に反さず手紙の中身も相当あれで、見当違いのツッコミをして現実逃避したくなった。

 差出人は書いてないが、内容からして誰だかわかる。ギルドの小屋で会った胡散臭いあいつだ。

 こっちもちゃんと名乗った覚えはないから多分向こうも名前は知らないだろう。

 ……まあいいか。お互い別に知らなくても困りそうにないし。

 

「そのノートパソコン、何かに使うんですか?」

 

 遊佐は再び小首をかしげて尋ねてくる。

 俺は馬鹿正直に本当のことを言うとゆりにチクられて怒られそうなので、適当に誤魔化す理由を考えた。

 

「んー、とりあえずガルデモの曲を録音でもしてみようかな」

「……CDにでもするのですか?」

「どうだろ。ここじゃプレスなんかはできないから手焼きになるし、そもそも空のCDが存在しているのかすらわからんし。とりあえず、録音してみてから使い道は考えるかな」

 

 実を言うと、録音してみようとは考えていた。ついでに使い道も決めている。

 しかしその使い道が完全に趣味なのだ。

 もしバレてしまったら職権乱用とかなんか小難しい理由がつけられてゆりに半殺しにされかねない。

 あくまで”何かの役に立つかも”というスタンスで総ては語らず一部の情報だけで誤魔化していく事に決めた。

 

「……そうですね、音源という手札があると後々に役に立つかもしれません。オペレーションのオプションとして考えることができますし」

 

 都合よく遊佐が納得してくれたので安心。

 この調子でゆりに知られた場合も彼女から説得してくれたら有難い。

 

「なら、録音は放送室を利用してはいかがでしょうか?」

「放送室?」

「ええ、何故かこの学園の放送室は設備や機材が無駄に充実していまして、ライブのPA関係もいくつかそこから拝借してします。それに、たしかスタジオも併設されていたかと」

 

 放送室。

 スタジオがあるなら、そういう場所でやったほうがいいか。

 音楽室でやろうかと考えていたけど、NPCの授業や部活動を考えたらそっちのほうが時間的にも利用しやすそうだ。

 

「わかった。そうしてみよう」

「お役に立ててなによりです」

「色々助かった。そうだ、自販機で何かおごるよ」

 

 俺は立ち上がり、遊佐の身体を階段の方へとむけた。

 

「いえ、そんな」

「いいから、いいから」

 

 遠慮する遊佐の背中を押しながら、自販機へと向かった。

 

 

「何を飲みたい?」

 

 硬貨を投入しながら遊佐に尋ねた。

 彼女は自販機のラインナップを軽く眺める。

 

「……特に希望はありません。星川さんが選んで下さい」

「いやおごる側なんだが……それに選択権を他人に押し付けるのはあまりいい事じゃないと思うぞ。じゃあ、おしるこで」

「星川さんと同じもので」

 

 きっちりと訂正をいれた遊佐に「それ結局押し付けてるじゃねえか」と苦笑しながら、とりあえずカフェオレを選ぶ。

 ガコンと落ちてきた缶を彼女に渡し、連れ立って外に出てベンチに座った。

 

「遠慮なく飲んでくれ」

 

 遊佐に勧めながら、俺もプルタブをあけて早速一口含んでみる。

 この世界じゃ缶コーヒーはまだブラックしか飲んだことがないので少しばかり気になっていた。

 どれ、どんなものか。

 

 口にはいったそれは。

 真っ先にコーヒーの独特な香りが全く無いことに違和感を与え。

 ただただ甘いだけで砂糖そのものかと勘違いしそうな味が広がる。

 

 これはもはやコーヒー牛乳……俺の好みではない……

 端的に言って、不味い。

 

 ブラックコーヒーとは別の方向で苦々しい顔をして次からは買わないでおこうと誓いながら飲んでいると、それを眺めていた遊佐がなにか納得したようにうなずき、呟いた。

 

「なるほど、こうやって女性を弄ぶのですね」

「 ぶ っ 」

「……汚いですよ」

 

 缶に口をつけたままだったおかげでカフェオレは前へと吹き出されず逆に顔へと噴射された。

 呆れた遊佐がちり紙をくれたのでありがたく頂戴し茶色い液体を丹念に拭きとる。

 

「……ふう。まったく、お前はなんてことを言うんだ」

「星川さんのやり方に関心しているんですよ。ひゅーひゅー」

「やめろ、するな。ただ単にお礼として文字通り一杯奢っただけだろ」

「他意はないと?」

「ねーよ」

「そうでしょうか?」

「あ?」

 

 遊佐は動きのない顔の割に楽しそうに口を開いた。

 

「たかだか荷物を届けてもらったり助言を1つしてもらっただけで具体的な礼をするというのは、いささか大仰じゃありませんか?」

「……普通じゃない?」

「少なくとも日向さんたちが同じように礼をしてきた場合、下心があるとしか考えられません」

 

 この場にいない男子どもの扱いというか印象がありありと見えるようだ。可哀想に。

 でもまあ、なんというかあのアホどもがそんなことしたら疑いたくなる気持ちはわかるような。

 何か変なことを企んでいそうだなと警戒されても仕方はない。

 

「しかし、総ての男がそうだとは限らないだろ」

「この世界におけるある意味でまともな異性は彼らしかいませんよ。NPCは生態として不明ですから除外なので。よって彼らがこの世界における男性という存在の指針です」

「暴論にもほどがある」

 

 アホを基準にされてはかなわない。

 こんなんじゃ、もしこの世界に典型的創作上主人公みたいな男が現れたらえらい目に遭うだろう。

 

「死後だけじゃなくて生前も判断基準に入れるべきだと俺は思っちゃったりもするんだけど」

「……生前の知識から考慮すると、星川さんのような手段で近づいてくる男はろくな人間ではないという判断を下しますが」

「うぇーい、なんてこったーい」

 

 掘った覚えがないのに墓穴だ。

 たしかに、その手のやり方で良からぬ企みをするクソみたいな奴らもいるけれど、ひと括りにしすぎだろ。

 

「お前はどんな偏見で生きてきたんだよ」

「生前に色々在りましたもので。死因ではないですが、死んだ理由にも関わってます」

「……すまん」

「いえ、別に気にしないで下さい。終わったことですから」

 

 さらりと自分の黒い部分を漏らしてくれたおかげで、非情に気まずい空気になった。

 当の本人は本当に来にしていない様子でカフェオレを飲んでいるが、こっちとしては申し訳ない気分で一杯だ。

 軽いノリで踏み込んではならない境界を越えてしまった罪悪感が結構クる。

 

 考えた末、空気を誤魔化すために俺も自分を切った。

 

「……その、なんだ。癖、なんだよ」

「はい?」

「こうやって女性に対して礼を尽くすのが」

「……癖でナンパとかチャラいことを?」

「ちげえって!」

 

 残ったカフェオレを一気にあおいで空にした。

 缶を横に置き、軽く息を整えて俺は続けた。

 

「生きていた頃に、大変世話になった人がいてな。その人にいつも言われていたんだ『女は敬え、そして尽くせ。そうすりゃ大概上手くいく』って」

「敬意はあまり感じられませんが」

「さん付けで呼んでるじゃん」

「それは敬称です」

 

 遊佐が冷めた目つきで睨む。

 ポリポリと頬を掻きながら気にしないふりをしたくなる。

 

「いやあ、まあ、その人も結構いい加減っていうか横暴っていうか傍若無人っていうかあんまり敬意を尽くしたくないような人だったってのがあるけど、一応世話にはなったしその考えも一理はあったわけよ。だから敬称と礼をなるべく形で尽くすってことだけは守っているんだよ」

 

 "さん"付けならこれといって呼び方で失敗することはないし、形がありかつ相手にとって困らない礼(飲み物おごるとか)をすれば失礼には当たらないし、上手くいけば良い印象を残す。

 そんな理由がることを説かれてからはその2つだけは律儀に守ってみたら癖になって自然とやってしまうようになった。

 ただそれだけではある、が。

 

「それってバリバリ下心あるじゃないですか」

 

 見方を変えれば軟派な手段だし。

 信念がそもそも異性間の諍いを避けるためだからな。

 

「途中からメリットとか面倒くさくてやめようかと思ったんだけどさ、やらなくなったらそれはそれで「やっぱ下心からだったんだな」って思われそうでそれは嫌だからなし崩しに続けちゃったんだよ。そしたらいつの間にか癖になっちゃて、下心っつーか義務、強迫観念?になったのかな。ま、形式的なものだと思ってくれていいよ」

「そうですか。しかしそれならばさぞ女性には困らなかったでしょうね」

「ハハハハハハ、面白いこと言うね遊佐さん、ハハハハハハハ」

「……残念な人ですね」

 

 バッサリと切り捨てられて、がっくりと崩れ落ちたい気分になった。

 

 いやまあね、何人か誘われてお出かけしたことはありましたよ。

 全員一回きりだったけどね。続いたことねーし関係も発展どころか始まることすら無かった。

 あれだな、惚れると好きになるってのは別種の症状なんじゃないかな。

 よくわかんないけど。

 

「なるほど、クソヘタレな星川さんなので尚更他意は無いと」

「酷い言いようですね」

 

 あながち間違ってないのが悔しい。

 

「それにしてはセクハラが酷いと思いますが」

「あれは処世術っていうかコミュニケーションツールですよ」

「最低の解答です」

「てぃ、TPOは弁えてるつもりだし」

 

 時と場合はともかく人ってのは結構気を使う。というか通用する加減が人によって異なる。

 ゆりなんかにやれば笑顔で眉間に穴あけられそうだし、岩沢は多分気づかないからこっちが滑って居た堪れない気分になりそう。

 そもそもセクハラっても軽いジョーク程度じゃないと人間関係壊しますしね。

 極稀に内容関係なくプンスカして反応も良いうえに完全に嫌ってくることはない奴がいたりするけど。ひさ子とか。

 ……あいついいやつだよな。

 

「……本当に他意はないのですね?」

「ないない。だから形式的なものだと思ってくれていいって」

 

「では、私自身に興味はないのですか」

「 ぶ っ ! ……っが、げぁ、げ、げほ」

 

 遊佐の突飛つな発言にびっくりする。だが、口には何も含んでいなかったので吹き出したのは空気のみ。変に抜けてしまったからか過呼吸のような状態になりかけた。

 

「っひ、っひ、っひ」

「大丈夫ですか?」

 

 ゆっくりと息を整えながら、問題発言をしてくれた主を睨みつけてみる。

 相変わらずまゆ1つも動かさない、完璧な無表情だ。

 

「お、お前は何を言っているの?」

 

 なんとか正常な呼吸をとりもどした喉から言葉を絞りだすも、遊佐は表情を変えないまま、再度問う。

 

「どっちなんですか?興味あるんですか?ないんですか?」

「そ、そりゃおまえあれだよ、なんつーか、ねえ」

「はっきりしていただけるとこちらもヘタレ川さんと呼ばなくて助かります」

「……ないこともなくはなくなくなくなくなくなくなくないと言いますか」

「……へぇ、あるんですか」

 

 遊佐が意外そうな表情をして、愉快そうな雰囲気を纏う。

 適当に連呼してみたが、残念なことに肯定になっていたらしい。

 いや、残念なのは自分のオツムか。我ながら頭が痛いことで。

 なによりもその回答があながち間違ってはいないという事実が痛々しい。

 

「あのねえ、あれよ、可愛い女の子に興味がないなんて男はいないんだよ。いるとすればそいつはホモか変態だ」

「可愛いですか、お褒めに預かり光栄です」

「そこしか聞いてなかっただろ。てか、だったらもう少し嬉しそうな顔をしろよ」

 

 ほのかに頬が赤らんでいるようにも見えなくもないが、遊佐の表情自体は相変わらずだ。

 だが、纏っている雰囲気はなんだか楽しそうなので多分喜んでいるのだろう。多分。

 

「しかし、その言い回しだと私が美少女でなかったら興味がないともいえますね」

「なんか表現のグレードが上がった気がするけど。ま、そうだな」

「……ここで狼狽えもみせないとは、酷い人ですね」

「何を言いやがる。『人は顔の良し悪しではない』っていっても、あれって中身をちゃんと識らなきゃ言えない台詞じゃん。逆にネコ被ってるって場合もあるんだし、中身で判断するのもそうそう安易にしていいものだとは思えないんだ。其れに、俺は遊佐さんの内面なんぞさほども識らないからな。よって外見のみで判断させていただいた」

「なるほど。酷い言い分ですが、一理はありますね」

 セクハラどころか人として酷い発言だったが、意外にも遊佐は納得をした。

 言った本人すら酷い理由だと思うから納得するのはどうかと思うけど。

 

「では、内面を識りたいとは思いませんか?」

「んー、機会があったらな」

「つれないですね」

 

 つれるのくそも、人を識るということは関係を深くするということでもあり、面倒も増えるし重くもなるという事だ。

 それを考慮した上で識りたいと思うほど、今の俺は女性関係に興味がない。

 "知っておくべき"という欲求も無い以上、動く気にすらならない。

 

「その理屈で言うと、つまりあなたはエサだけ垂らして釣り上げる気がないということですか」

「どういう意味だよ」

「セクハラしといて「君には興味ないから」とか、なめてるんですか?」

「……なんかすいませんでした」

 

 有無を言わさぬ鋭い視線に目をそらす。

 さらなる追求をされると余計に居づらくなるので、なんとか話題の方向性を変えるように試みる。

 

「と、ところでなんでそんないきなり興味がどうのこうのって聞いたんだ?」

「そんなことでしたか。もちろん、星川さんに気があるからですよ?」

「嘘だよね」

「……つまらない人ですね」

 

 遊佐は面白くなさそうな顔をした、ように見えた。

 表情筋がろくに動かないから本当かどうかわからないけれど、なんとなくそんな雰囲気を醸し出している。

 こいつは岩沢のようにクールでも天使のようにクリアでもないから、単に表現が苦手なだけなのだろうが。

 

「勝てる方法を考察してみた結果、コレが一番確実だと思ったのですが。残念です」

「何のことだ」

「賭けですよ、賭け」

「賭けって……まさか」

 

 俺はつい先日あった会話を思い出した。

 あれはギルドへと向かう間に暇つぶしとして出てきた非情にはた迷惑な話題。

 不本意にも、自分を対象に賭博行為が行われているという、それもトップが自ら大穴賭けて。

 

「……あれって実在したの?」

「知らなかったんですか?」

「てっきりゆりっぺさんが俺を誂うためについた冗談かと」

 

 本当にそんな非情なことが行われてたのかよ……

 ということは、ゆりの賭け馬も本当ってことか。最悪だなおい。

 

「おもしろそうでしたのでわたしも参加してみようと思いました。尤も、既に賭け対象として組み込まれていましたが」

「楽しんでないで止めてくれ」

「申し訳ありません、ゆりっぺさんに勝てそうな良い機会でしたのでつい」

「ゆりっぺさんに?」

 

 遊佐はスッと目を細め遠くを見つめる。

 不思議と彼女の纏っていた空気も変わる。

 冷たく、暗く、けれどその奥には何か煌めくものが。

 

「たまには上司に勝ってみたいと思っただけですよ。気まぐれです」

 

 張り詰めていたものを和らげて、遊佐は戯けるように言った。

 真意はどうあれ、とりあえず相槌でもうっておく。

 

「そんなもんかね」

「ええ、そんなものです」

 

 そう言って遊佐はカフェオレのプルタブをやっとあける。

 一口含むと、ふと顔をほころばせた。甘いものが好きなのかもしれない。

 

「でも余裕で勝てるんじゃないか?あんな大穴当たらないだろ。てか当たってたまるか」

単勝全賭け(やけっぱち)ではなく全馬同着(ハーレム)ですからね、まずありえないでしょう。でも、わたしも外していては勝ちとは言えませんから」

「そりゃたしかに」

「なので勝てる確率の高い、正確には高い確率に押し上げることができる候補に賭けてみようかと」

「だれだ?」

「わたし自身です」

「……それはそれは」

 

 訳がわかりませんな。

 俺の思考回路は既に放棄を始めている。

 

「所詮賭け馬は他人ですし、この賭けで重要なのは身体ではなく心です。ですが、他人の心情の予測なんてできません。ならば、運任せの博打にでるより自ら行動して獲得したほうが確実ではないかと思いまして」

「……えーっと、そいつはつまるところ」

「わたしがあなたをおとせばいいということです」

「……お前実は馬鹿だろ」

 

 頭が痛い。

 何なのコレ、告白されたの?違うよね?

 言ってることは「あなたをめろめろにしてみせるわ」ってことで、遠まわしでもなく直球に告白ですけど、目的は俺じゃないじゃん。博打で勝つことじゃん。

 そんなこが可愛いとおもえるかって。

 

「ひどいですね。でも、どう思います?わたしのこと」

 

 上目遣いだった。

 

 なにこれ?イジメなの?

 やばい、思考がまわらん。

 

 生きていた頃にその手の経験値が低すぎるから選択肢がわからねえ。

 告白されたことなんて皆無なんだぞ、16年生きてきたけど。

 

 あれ、16年?違うよな、17?18?

 

 うーむ、高校行かなくなってから歳とか気にしなくなったとはいえ、享年すら忘れているとは。

 確か成人はしてなかった気がするけど、普通に未成年のうちからアルコールは摂取してたから不確かだ。

 免許はもってなかった。あ、でも年金の督促来なかった。

 あいや、実家を出てから住所変更の手続きしてないからそもそも俺のとこまで届かないか。

 

 いや、そんなことはどうでもいいんだそんなことは。

 死んだのだから過去なんざに意味はない。

 それより今、現在の問題をどうにかせねば。

 

「ゆ、遊佐さん一応聞くけど」

「はい」

「ご、ご冗談ですよね?」

「……」

 

 なんかにっこりした。

 

 何聞いてんだ俺。

 あれか、唐変木系主人公か。

 はやりの鈍感はーとの難聴やろうか。

 野暮ってこともあるだろ馬鹿じゃないか。

 

 あ、なんかこれ怒られそう。おにおこになりそう。

 そしてあれだろ、謎の誰得デレイベントが発生して俺はなおも勘違いをし続けてめんどくさいスパイラルになりながらも何故か濡れ場はあるって。

 

 やめろ!

 そんなキャラじゃねえ!

 ってキャラってなんだ!

 俺にキャラってあったか!

 いつもブレブレだろ!

 あれか、セクハラか!

 セクハラすればブレないか!

 セクハラすればいいんだな!

 とりあえずアレだな!

 胸でもさわっておけばいいか!

 でもラッキースケベはハーレム主人公の特有スキルじゃねえか!

 だめか!

 いや!

 あれはpassiveであって俺のはactiveだから大丈夫か!

 いけるか!

 我ながら意味不明!

 ていうかこれはセクハラじゃなくて犯罪じゃね!

 婦女暴行じゃね!

 むしろセクハラも犯罪じゃね!

 卑劣!愚劣!

 俺の紳士的セクハラ流儀はどこいった!

 NoTouchの精神はどこへ逃げた!

 連れ戻せ!

 

 そもそも何の話だったんだこれ!!!

 

「ええ、冗談ですよ」

「さわるべきかさわらないでおくべきか、もう死なないんだからいっそさわっても、いや社会的には死……ん?冗談?」

「はい、星川さんを誂ってみました」

 

 まじまじと遊佐をみつめた。

 その表情は相変わらずブレないが、瞳にあざ笑うかのような色が見える。

 

「………………………………はぁ」

 

 深い深い溜息が、ドッと重く吐き出された。

 疲れた。

 

「おもしろかったですよ。顔が赤くなったり青くなったりしころころ変わって」

「てめえ」

「セクハラでイニシアチブを握ろうとするくせに、純情な直球には弱いとは。案外ピュアボーイなんですね」

「……穴があったら入りたい。いっそ死にたい」

「死にやしませんよ。この世界じゃ」

 

 冷静にツッコミをいれられたが、其れを無視して足を組んで顔を埋めた。

 さきほどのくだらない葛藤が恥ずかしい。殺してくれぇぇ。

 

「まあゆりっぺさんに勝ってみたいという気持ちは本当ですが、自分を投げ売ってまでみるほど好条件じゃにですからね今回」

「俺はクズ株かあ」

「失礼、口が滑りました」

「本音で思ってたのかよ!そして無表情で『オホホ』ってお嬢様が笑うみたいなポーズやめろ!うぜえ!」

 

 あー俺いじられてるな。

 本来なら弄る立場だろ紳士的に。どうやったらもどれるかなーやっぱセクハラかな。

 

「……はぁ」

 

 本日何度目の溜息だろう。

 とりあえず溜息ついとけばいいとか思っている節がないだろうか。いや俺がね?

 

「……どのみち、その賭けにはお前もゆりっぺさんも勝てないだろうよ」

「え?」

 

 遊佐の疑問の声を聞きながら、俺は椅子から立ち上がる。

 身体を軽く動かすと、バキバキっと心地よい音がする。

 この短時間でどれだけ緊張したんだよ。

 

「誰か既に慕っている方がいらっしゃるのですか?できれば教えて欲しいです、それに全額賭けますから」

「インサイダーかよ……結果を言えば、遊佐さんとゆりっぺさん以外の大半の人が外れるだろうね。前提条件が間違っているもの」

 

 空になったカフェオレの缶を手にとり、ゴミ箱を探す

 すぐに見つけるが、会話の途中に行けそうな距離ではない。投げるか。

 

「そもそも、俺が誰かとどうにかなるなんてことがないんだよ」

「それはわからないと思いますよ。未来のコトですし」

「ここで見栄なんぞはらねえよ」

 

 苦笑しながら遊佐の言葉を否定する。

 

「そもそも()()に未来なんざないだろ」

「まあそうですが」

 

 俺は今更そんなものに期待なんかしないし、する意味もない。

 

「そんなことより、もっと別のこと考えなきゃ。例えば俺が成仏できなかった理由とか、そっちのほうが大事さ」

「そうですか」

「そーですよ」

 

 相槌を返しながら、籠に向かってスチール缶を投げる。

 アンダースローで放たれた其れは、綺麗な弧を描き、それが運命として決まっているかのように、見事に外れた。

 

「ナイシュー」

「だから嫌味を言うなら表情を動かせ表情を」

 

 


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