angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.3_2

 生きているとは何だろう。

 死んだということはどういうことだろう。

 

 こんな仙人みたいな自問自答をしてしまうのは、やはりここが死後の世界だからだろうか。

 

 おそらく、今後も俺は考え納得し思い直しまた考え。

 終わらないこの思考を繰り返していくことだろう。

 

 だけど、今はすこしだけわかることがある。

 

 死んだという認識をいつするかはわからない。

 死んだ瞬間の意識なんれものはない。

 死後の世界とはいえ、生きている頃となんら遜色のない生活をする。

 もしかすると、死んでいる実感なんてものはないのかもしれない。

 

 でも、生きている実感は知っている。

 

 意味もなく汗水を垂らしていた時。

 何かを成し遂げた時。

 誰かと一緒にいた時。

 

 生きていたあの頃、おそらく俺は今を生きていると感じていただろう。

 

 そして死して尚、その感覚は強みを増す。

 

 この動悸が、

 この焦燥が、

 

 死んでいるはず俺に生の実感をもたらしている。

 生きているという感触が、俺の足を急き立てる。

 

 俺は、今、生きているんだ。

 

 

 

「こらあああどろぼおおおおおおかえせええええええ」

 

 

 

 音楽室にあった四角い木箱を失敬しながら、俺は逃げ延びることに必死だった。

 

 ●

 

 「でさ、ゆりっぺさんも無茶言うけよー」

 

 ココンカココンカ

 カカコンコンコン

 

 心地よい音色がリズミカルに教室に響き渡る。

 その音は例えるなら木魚に近い、木を叩いて鳴らす独特なものだ。

 かといって、あのポンポンという眠くなるようなぼやけたものではなく。

 くっきりとした気持ちのよい音である。

 マリンバほどではないが、その音は一辺倒ではなく複数の音色で複雑な曲を奏でている。

 いうならば、民族楽器をより硬質にしたような。

 そんな音だ。

 

「はあ」

「ひどいねー」

 

 その音に混じって、入江の呆れたような返事と関根の興味のなさそうなつぶやきが聞こえた。

 

「正直ねー、俺が口出す領域じゃないと思うんだよねー」

 

 カカココン コンココン

 

「そうですねえ」

「うんうん」

 

 コーンコーン コンカンカン

 

「上からの命令に逆らうわけにもいかないしさー、中間管理職でもないのになんで俺板挟みになってるんだろ」

「あの、いきなりですみません、どうしても気になるんですが」

「何?」

「それ、なにしてるんですか?」

「変な人に見えるよリンリン先輩」

 

 俺の対面に座る二人は俺の股下を指さしながら問うてきた。

 うーむ、こう下腹部付近を指さされると恥ずかしいものがあるな。

 嘲笑われているようにも見えなくもないし……

 

「これ?」

「それです」

 

 俺は立ち上がり、女子二人が指差すブツを見えるように前に出した。

 

「これはあれだよ、我がむ……」

「いえ、カホーンなのは理解できているのですが」

 

 久々のセクハラコミュニケーションを先回りで潰されて、俺は悲しい気持ちになった。

 ここ最近セクハラしても、気がつかない天然とか銃口向けてくる鬼畜とか理解した上でせせら笑う無表情とか。

 そんなコミュニケーションにならない女子としか会話してなかったから恋しいのよセクハラが。

 自分がロクでもない考えに浸っていることに気づいて若干自分自身に対して引いていたが、入江は気にせず質問を続けた。

 

「そのカホーンどうしたんですか?もしかして、ギルドで作ってもらったんですか?」

「音楽室の横の物置っぽい部屋にあったからパクってきた」

「また盗んできちゃったんですか!?」

「どうせ誰も使えないだろうからいいでしょ」

「そういう問題じゃないですし、先生たちに知られたらどうするんですか!」

「いやー、まさか教師があんなとこで仮眠してるとは思わなかったから逃げるの大変だったよ」

「すでにバレてるじゃないですかー!」

「ところでリンリン先輩、そっちのシンセは?」

「それは前々から狙ってたんで、ついでにもらってやった。DTMで音確かめるのに使ってたけど、飽きたから今は椅子代わりにしてたカホーン叩いてました」

 

 コンコンと景気良くカホーンの前面を叩いてみせるも、入江は更に呆れたような顔をした。

 

「ゆりさんに知られたら、大変ですよ」

「なんとかなるって。どうせこいつ使えるやつなんかそんないるわけでもないんだから。俺が使ってやるべきだね」

 

 コンコンと再びカホーンを多々入れ見せると、入江はため息を付いて落胆した。

 呆れて物が言えないのだろう。

 

「だったらそれでステージにでも立ってばいいじゃないかな?」

 

 関根がケタケタと笑いながら、カホーンを指さして言ってきた。

 入江がその発言に頷く。

 

「せめて戦線の活動において有効であることを示せば、ゆりさんもそこまで怒らないと思いますし」

「ステージ?そいつは勘弁願いたいな。それにこいつを使うのは俺じゃない。入江さん、きみだ」

 

 俺はそう言って立ち上がり、腰を掛けていたカホーンを入江に差し出した。

 

「ちょいと岩沢とストリートパフォーマンスの話になってな、試しに教えてとこうかと思って。コンガとかも考えたけど、これが一番見栄えがいいかなと」

「え、ちょっと」

「さっさと座って。そうそう、あんまり跨がり過ぎないほうがやりやすいよ」

「こ、こんな感じですか?」

 

 意外にも入江は乗り気で座った。

 盗んできた俺の行為は認められないが、それでもカホーンに対する興味が勝ったのだろう。

 華奢なナリをしているが、やはりこいつも岩沢と組んでいるだけのことはある。

 音楽家っていうめんどくさい性質を持っているのだ。

 

「どうしたんですか?難しい顔して。座り方変でした?」

「いやいや、スカートからのぞく白いおみ足が綺麗だな―と思ってただけだよ」

「そうですか」

 

 渾身のセクハラ誤魔化しをさらりとスルーしながら入江はポコポコとカホーンを叩く。

 本当に最近コミュニケーションが取りにくくなっちゃったよ……

 いや、常識的にセクハラで距離感を図ろうとすべきではないんだがな。

 

「似たような音しかしませんね……」

「叩き方によって変わるんだよ。そうやって手のひらで広く叩くと低音だけど、板の上の方を指全体で叩くと高音になるよ」

「あ、本当だ」

 

 入江が教しえた通りに叩くと、乾いて張りのある音が響いた。

 いくつか技法を教えると、キャッキャしながら入江は試す。

 女子高生らしいはしゃぎぷりだ。

 入江が夢中になって叩いていると、関根が近づいてきて尋ねる。

 

「リンリン先輩、本気でストリートやるの?」

「さあな」

 

 会話の流れで出た話題程度だから、おそらく岩沢も本気にはしていないだろう。

 本気になってもらって困る。

 それよりも注力しなければならないことがあるわけだから。

 

「まあ暇つぶしにはいいだろ。曲ができないことにはどうしようもないし」

「暇つぶしかあ」

 

 関根は笑ったようにつぶやいた。

 彼女の笑顔を見て、俺は問いかけた。

 

「……なあ、お前らはどう思うんだ?」

「何が?」

「岩沢さんのスランプ」

 

 それは答えを求めたいのではなく、もはや行き詰まった故の弱音のような問いかけだ。

 

「……あたしたちはさ、一緒に演るし編曲も手伝うけど、基本的には待ってる側なんだよ」

 

 関根は答えながら抱き込むように白いL2000を抱え込んだ。

 

「あたしはベースで語ることはできる。でも、ギターの音色に合わせられても生み出す景色を見ることは、あたしだけじゃできないんだよね。歯がゆいけどさ、岩沢先輩が抱えている苦悩とか葛藤とかわかんないんだ。本当は助けたいけどどうすればいいかわからないし、助けることが正しいかどうかも判断できない。ひさ子先輩くらい音楽について詳しければいい方法ってのがあるんだろうけど、残念ながらあたしバカだから、それもわかんないんだよ」

 

 笑った表情を作りながらも、彼女は悔やむような瞳をしていた。

 その眼の先に親友を映す。

 

「みゆきちも同じなんじゃないかな。一緒にいるからなんとなくわかるんだ。悲しいけど、待ってるしかないんだよねあたしたちは」

「そうか……」

「でも、いつまでも待つよ。岩沢先輩が満足のいくものができるまで、ずっと。どれだっけかかってもいいし、どれだけ迷惑をかけられてもいい。あたしたちを奮えさせてくれるのは岩沢先輩の曲なんだから。それに、あたしたちリズム隊はガルデモの土台だよ?ブレずに安定しなきゃいけないからね、どっしり構えて待ってるよ。それにさ、リンリン先輩は解決策もってそうな気もするしねー」

 

 関根の問いかけに、俺はとぼけたように眼をそらした。

 

「さーてな」

「またまたー」

「いやほんと、根本的な解決方法はないって」

「えー、嘘だよー。ホントのコト言わないと、さっきからみゆきちの脚ガン見してるのひさ子先輩にチクっちゃいますよ-」

「やめろ意味もなく殺される」


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