angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.3_3

 薄く紫色をおびた夕空にアコースティックの音が響く。

 相変わらずハッキリとしない音色でこっちまで気が滅入りそうだ。

 その音を聴きながら、俺は中庭のベンチでコーヒー片手にボーッと空を見上げていた。

 

「やっちまったなー」

 

 サボった、という表現が正しいかどうかは分からないが、俺は放課後屋上に行くことを拒否した。

 どうせ今の状態の岩沢のもとへ行っても、スランプがどうにかなるわけではないむしろし逃避する口実にもなってしまう。

 それでは任務は達成できない。

 

「とはいえ、なんにもしないわけにも行かないんだよなー」

 

 ゆりに命令されている以上何らかの行動を取らねばならないだろう。

 個人的には動かないことも正解だと思うが、岩沢が自力で立ち直るだけの力があるとは確証が持てない。

 しびれを切らしたゆりに勝手な手をうたれると、それはそれで面倒な事にもなりかねない。

 

「あーあ、めんどくせぇ」

 

 連絡役だパシリだマネージャーだとコロコロ表現を変えられているが、要するに自分はただの便利屋扱いなのだ。

 予想にはなってしまうが、おそらくゆりはガルデモに何らかの問題が生じた際に前線指揮を執る自分以外に対処できる、陽動部隊専門の人間をおいておきたかった。

 だから俺に連絡役なんて回りくど言い方をして彼女たちのそばへと置いた、のかもしれない。

 最初からそう考えていたかどうかは分からないが、少なくとも現状で俺に求められている役はそう違いないだろう。

 だとしたら人選を間違えたとしか思えないけど。

 

「第一、逃げることがいけないこととは、俺は思わないけどな」

「逃げるって、何からだ?」

 

 独り言に対して後ろから返事をされ、振り向くとそこにはポニーテールの我らがリードギター様がいつものように不機嫌そうな表情で佇んでいた。

 

「そりゃおめえ、おっぱ……コワイ人からだよ」

「いま卑猥なこと言おうとしてなかった?」

「聞き間違いだ、だれもお前の双子山の話なんぞしていない」

「ほほう?」

 

 訝しげな表情をするひさ子に、俺は畳み掛けるように言い放った。

 

「聞き間違えついでにもう一つ言っとくわ、頼むからギターケースは斜めに背負ってくれ。そうしたほういろいろ強調されてが嬉しい」

「忠告ありがとう。てめえの前では絶対しないように心がけておくよ」

「なにそれ悲しい。お膝の上で慰めてくれ」

「便器でも抱いて寝てろ」

 

 久しぶりの独自コミュニケーション成功に少し気分が良くなった。

 最近じゃ天然ボケか無視か暴力か理解した上でわざとボケるかしかいないから、ひさ子の反応がとても新鮮だ……。

 しかし、回数を重ねるごとにひどくなってゆくひさ子の罵詈雑言にも少し心配になった。

 こいつこんなに口が悪くなって大丈夫かよ、嫁の貰い手とか。

 その原因の一端が自分にもあることは棚に上げて心配するも、そもそも死んでるから将来とか関係ないかと勝手に納得した。

 どっこいしょと女らしさを感じさせない悲しい言葉とともにひさ子は予想外にも俺の横に座った。

 いつもなら不機嫌になって立ち去る場合が多いというのに、こうも想定外の行動をされるとむしろコワイ。

 ……そうか!これはあれか、ツンデレ的なやつか!

 ということはまさかさっきオレが言った言葉を実行してくれるのか!?

 

「まったく、素直になれよな。よっこらせ」

「なに勝手に膝枕しようとしてんだ死ね」

 

 置こうとしていた頭をがっしり掴むと、ひさ子はそのまま横におもいっきりひねった。

 

「ちょ、ま、ひさ子さぁん!?」

 

 ビキビキっと首の筋肉が嫌な音をたて、ゴリゴリっと内側から生命の危機を感じる骨的な音がうめく。

 

「そこは、だめ、そこ、頸つ、みゃ、ぁあああああああああああ!?」

 

 ゴキっと、嫌な音が頭に響き、目の前がホワイトアウトする。

 もはや何度目か数えるのを忘れたが、俺の意識は再度闇へと誘われていった。

 つまり、また死んだ。

 

 ●

 

「おーい、いい加減起きろ」

 

 ぺしんぺしんと、優しさや思いやりの欠片もない加減で叩かれた頬の痛みで俺は意識を取り戻した。

 自覚するのにしばらく時間がかったが、雲の流れから死んでそう時間はたっていないように思えた。

 

「……さすがに照れ隠しで殺っちゃうのはヤンデレすぎやしないかhoney」

「黙れ。もう一回いくか?」

「勘弁。俺、何時間くらい死んでた?」

「さあ。時計がないから正確な時間はわかんないけど、15分もかかってなかったと思うよ」

「……また短くなってる」

 

 だるい身体を何とか動かし起き上がる。

 生き返ってからのだるさは変わらないが、どんどん死んでから復活するまでの時間が短くなっている。

 死んで生き返ることに適応してきたということなのだろうか。

 しかし、いくら死んだ身でここが死後の世界とはいえ、蘇生なんてものが慣れるなんて普通の人間だったらありえないだろう。

 もはや俺は普通の人間ではなくなってきているということなのだろうか。

 ……考えたところで結論が出るものではない。

 俺は思考を放棄するように大きな欠伸をして気分を切り替えた。

 

「ふぁぅむにゃ……で、ひさ子さんはなんか俺に用事でもあんの」

「用事ってほどでもないけどな、気になって」

 

 そうひさ子は言ったひさ子は目線を校舎の屋上へと向けた。

 

「今日はいいのか」

「ああ、そういうことか」

 

 ひさ子の意図に気づいた俺は同じように目線を不愉快な音色を垂らし続ける屋上へと向けた。

 

「俺が行ったこところでどうこう出来る問題でもないし、とりあえず岩沢さんが自分で何とかするしかないのかなーとも思って。だったらむしろ下手に邪魔しないほうがいいのかもしれない」

「ふーん」

「つーかよく知ってたね俺が屋上行ってたの。まさかみんな知ってるの?」

「みんなかどうかは知らないけど、あたしは寮が岩沢と同室だからね。あんたとした会話とかよく聞くよ。ま、ほとんど音楽のことだけど」

「なるほど」

 

 岩沢のことだ、一般男子が妄想するような『女子に噂される』内容とはかけ離れたことをしゃべっているのだろう。良い意味でも悪い意味でも。

 岩沢に限らず、男の子が抱く幻想に対する女の子の現実なんて大抵そんなものだろうが。

 

「おかげで寝る前に『今日聞いた曲はな〜』とか言って話し始めたり、しまいにはギターで弾けるか試し始めるから微妙に困ってる。隣の部屋からはよく苦情は来るし、あたしもアテられて寝付けないこともあってね」

「そいつはすまんかったな。今度岩沢さんに教えるときはBWV988にでもしとくよ、神経質なお隣さんには逆に感謝されるかもな」

 

 そりゃありがたいぐっすり寝られる、とひさ子は笑った。

 今の冗談が通じるとは、周りが言うようにひさ子はガルデモの中で一番音楽というものに造詣が深いのだろう。

 ならば、聞いてみたいと俺は思った。

 

「でさ、ひさ子さん的にはどう思うのよ」

「どうって何が」

「岩沢さんの現状。リズム隊は待つって言ってた。俺としてはそれに賛成したいけど、上からの命令もあるからどうしようもない」

「そうだね……」

 

 ひさ子は片膝を抱き込むように立て、ゆっくりと口を開いた。

 

「あたしもどうしようもない、かな」

「えーひさ子さんもかよー」

「うるさい……昔はさ、岩沢は譜が書けなくてあたしが聴いて代わりに譜に起こしてたんだ。だからなんというか、曲を創ることに関してはちょっとした共同作業みたいな感じはあったかな。でも岩沢にやり方教えてからは一人でやるようになった、そのほうが効率もいいしね。あたしは生まれる過程に携わらなくなった分少し寂しくはなったけれど、新曲ができるとなんていうかプレゼントの蓋をあける前のワクワク感ってのを持てるようになったから、それはそれでたのしいよ」

「へえ、そうだったんだ」

 

 それは初めて聞いた。

 確かに、岩沢はあんな曲を作ってるにしては少し知識的に足りない部分を感じた。

 正直あってもなくても彼女は出来ているのだから関係ないことだが、少なくとも生前に教えられて学んでいたのならどこかしらで得ているはずだと思う。

 独学だから知らなかったのかと思っていたが、まさか死んでから学んだとはな。

 

「だからかな。余計に今の岩沢もみても、あたしにはどうしようもないとしか言えない」

「どうして」

「代わりに書いてやっていたときからあいつの作曲法っていうのが面白くてね。そもそも、あいつの曲自体があたしの予想を裏切った進行をしていくから。普通じゃ思いつかないようなことをして凄いって思えるんだよ……だから、どうしようもないんだ」

 

ひさ子は膝に顎をのせて憂うように言った。

 

「今の岩沢が何でうまくいかないのか、あたしはその理由がわからない。考えても、それ原因だとは言い切ることができない。あいつの考える世界がわからないから、どうしようもないんだよ」

「……そりゃそうだ」

 

 ひさ子は岩沢が実際に創造してきた場に立ち会ってきたからこそ、岩沢の思考が何処からきているのかわからない。

 想像を越えた発想によって生み出してきた人間が躓いた理由は、その発想を同じように生み出せる人間にしかわからない、と。

 

「類は友を呼ぶ……ってこの場合は全然違うか。なんつったけなあ」

「何が?」

「ほらなんつーの、ファンタジスタの見る絵ってのはファンタジスタにしか描けないっていう感じの内容のことわざ」

「全然わかんねえよ」

 

 お前ってバカなんだな、とひさ子は呆れて笑った。

 俺もそれに苦笑した。

 ひさ子はあまりにも岩沢を過大評価しすぎている。

 天才の苦悩なんていうのは確かに凡人とは違うものかもしれない。

 だけれども、その原因ってのは案外くだらないものだったりするのだ。

 それこそ、凡人は軽く越えたり避けたりして何気無く過ごしているなかで。

 

 ひとしきり笑ったのち、ひさ子は立ち上がった。

 軽い伸びをしたあとに、振り返り言った。

 

「でも、岩沢も同じだと思う。あいつはこの世界に来て、いや、音楽というものを創り始めてから初めての壁にぶち当たってんだ、そう簡単に立ち直れるものじゃない。理由だって、あの岩沢のことだから気づいてないかもしれない、だから、我らがリーダーにセクハラ以外でなんか役になってくれや、変態くん」

 

 そう言ってひさ子は軽くてを振りながら、こちらを見ずに寮の方角へと去って行った。

 ひさ子が見えなくなってから、俺はコーヒーを含みながら空を見上げる。

 曖昧な色合いだった天井は日の傾きと共に徐々に薄暗くなっていた。

 屋上から響く音色は空とは違い以前として進んではいなかった。

 空を薄く睨みながら、ひさ子や関根たちに言われたことを思い出す。

 

「……まったく、どいつもこいつも人に言うだけ言いやがって。押し付けじゃねえか」

「それだけ信頼を得たということではないでしょうか。やはりここはガルデモハーレムルートに賭けるべきかもしれません」

「うびゃぁああああああああああああああああああ!?」

 

 背後から突然耳元でささやかれ、俺は飛び跳ねるようにしてベンチから転げ落ちた。

 ビビりながら顔を上げると、ベンチの後ろには相変わらず表情筋の動きが少ない遊佐が立っていた。

 

「なんですか素っ頓狂な声を出して。さきほどのひさ子さんにも後ろからは声をかけられていた時は普通だったじゃないですか」

「遊佐さんのは声をかけるじゃなくて死角から耳元で囁くだ!心霊現象かと思うわ!」

 

 あまりにも驚いて今までで上位に食い込む醜態を見せてしまった。

 さっきまでヤレヤレ系に黄昏れていた俺がどっかに吹っ飛んじまったよ!

 

「まあ幽霊みたいなものですから」

「そりゃ死んでるもんなって上手いこと言ったつもりか。つーかまだ賭け事やってんのかよ」

「勢いはなくなりましたが地味に続いてます。勝ちたいので決まった際はインサイダーよろしくお願いしますね」

 

 しれっと言ってくるが、前にした会話を思い出すとなかなかに触れにくい話題のように俺は思ってしまうのだが……

 

「とりあえず断る……で、一体なんの用って質問をするほど予想できていんないほどじゃないけど」

「ええ、お察しの通りゆりっぺさんから経過観察というのプレッシャーかけるようを命じられただけです」

「やっぱりそうか……」

 

 ため息を吐きながらベンチに座り直すと、いつのまにか横に遊佐が座っていた。

 こいつ、なんかしれっと隣に座りやがって。プレッシャーかけやすくするつもりだな。

 今回はそう簡単にはいかんぞ。

 

「ゆりっぺさんに伝えといてくれ、やっぱ無理だと。俺がどうこうできる問題じゃねーよ」

「そんな返事を望んでいるとでも?」

「しかたねーだろ、岩沢さんの状態からいって今すぐにどうにかなるとは思えない」

「それをなんとかするのがあなたの仕事だと思うのですけれど」

 

 やはり、なかなか上手く退いてくれはしない。

 しかし、こちらもそう安々と諦めるわけにもいかない。俺はない頭を必死に振り絞った。

 

「……あー代案を提出するってことで勘弁してくれないでしょうか」

「代案ですか……」

 

 遊佐は少し思案するように顎に指を当てた。

 

「試しに聞いてみますが、どのような?」

「ゆりっぺさんの目的は、動員を増やす為になるたけライヴを盛り上げることだろ?それで新曲を利用したいと」

「まあそうですね」

「なら新曲以外の方法をつかう。そうだな、例えばライヴっていつも照明をただ当ててるだけだろ?その照明をバスドラのビートに合わせて点滅とかパターン作ったりして使う」

「なるほど……」

「あとは後ろにスクリーン置ければそこに映像出すとか」

「つまり、演出効果を積極的にするということですか?」

「まあそいうことだね」

 

 オペレーション・トルネードの巻き上げは意図的ではないにせよ演出として悪くないものだった。

 しかし、肝心のステージに関する演出はわりとチープな印象を感じだ。

 それこそ、学生のような素人が文化祭でやるもののように。

 

「演出を考えるだけでもライヴはだいぶ変わると思うんだけど」

「そうですね……ですが、その案では弱いでしょう」

「まじか」

「それは確かにライブしたいの質は向上しますが、動員が増えるわけではありません」

 

 遊佐に冷静に指摘をされ、俺は痛いところを突かれてしまったなと思った。

 俺が上げた演出に関する案は、人を集めるとしては後天的な作用しかしない。

 あくまで、ライヴに来た人間が盛り上がるだけであって、”新曲を披露するらしい”という前情報と違いライヴを最初から観に来ようとする人間を増やせるわけではない。

 せいぜいライヴが始まってから”今日はいつも以上にすごいぞ”という印象を与えることが関の山。

 その盛況で動員を増やせるかなんてはっきり言っちゃえば博打だ。やってみなければわからない。

 上手いこと言えば誤魔化せるかと思っていたが、言いくるめる前にその欠点に気づかれてしまった。

 さすがにリーダー直属の部下様は頭の回転速度が違ったか。

 しかし、どうするか悩んでいた俺に反して遊佐は意外な返事をした。

 

「しかし、いいでしょう。今回はその案をわたしの方からゆりっぺさんに報告して見逃してもらいます」

「まじか!」

「考え自体は悪くないですからね。でも、一つ貸しということで」

「お、おう」

 

 貸しって何されるんだろう。

 感情の起伏が薄い遊佐からは正直コワイ想像しか浮かばないんだけれども……

 

「あと、質問に応えることが条件です」

「質問か?答えられる範囲で、変な質問でなければ」

「岩沢さんのスランプの原因及び現状を打破する方法はなんですか?」

 

 さすがに言葉が詰まった。

 遊佐が真正面から俺を見据える。

 

「他の方々が言うように本当はわかっているんですよね。というか、ゆりっぺさんの前でそのようなことをおっしゃっていませんでしたか?」

「ほ、他の質問では……」

「拒否も黙秘もありません。この質問に答えてくださらなければ見逃すという話は無かったことに」

「まじか……」

「安心してください、聞いてもゆりっぺさんには報告しません。せいぜい”何か策がありそうかも”、とかその程度にとどめときますから」

 

 俺はベンチに背中を預けて溜息を付いた。

 正直、『おそらくこうだろう』程度の確証しかないから人に話すのは気が引ける。

 それ以上に原因自体を外側からとやかく語るのあまり気分がいいものではない。

 ……だが、話さない場合が逆に誤魔化せなくなるわけで、結局スランプ解消のために奔走しなければならない。

 

 どっちに転んでも知られることには代わりはない。

 ならば傷の少ないほうに転ぶべきか。

 

 俺はもう一度大きな溜息を吐いてから、重い口を開いた。

 

「おそらく、バラードが弾けなかったことがはじまりだろう」

「バラードですか?」

「そうだ。岩沢さんは生前にあまりロックに関わりがなかったように思える。聴いてはいたのだろうけれど、実際に弾いたり歌ったりしたことはなかったんだろうな。アコギで弾き語りやってたあいつの根底に流れるのはバラードなんだよ。だけど、死んでからロックをやるようになった。そして残念なことに、ロックしか歌えない状況にもなってしまった」

「というのは、オペレーションのことでしょうか」

「そうだ。ドンパチやってる横でしんみり聴き入ってもらっちゃ陽動の意味が無いからな。ガルデモでやる場合は完全にロックやメタルとかうるさく派手なもの限定という枷があるようになった」

 

 おそらくゆりの命令か。

 バラード禁止したわけではないのだろうけれど、ライブでは派手な曲をやるように指示したのだろう

 それを岩沢はバラード不可と判断したのかどうかは分からないが、避けるようにはなったはずだ。

 

「では、バラードを歌える状況をつくれば解消されるのですか?」

「そんな簡単な話じゃないよ。というか、問題はすでにそこにはない」

 

 俺は残りの缶コーヒーを含み、一息おいた。

 缶の中身が空になってから続けた。

 

「ロックを歌うことは、最初の頃は楽しかっただろうよ。Rock ’n’ Rollという概念自体があいつの歌いたい、刻みつけたい願いを届けるのには最適だったはずだ。でも、誰しもが一回は挫折や壁にぶち当たる、いわばスランプに陥る。多分だけど、あいつはロックの限界に辿りつてしまったんだ」

「ロックの限界?」

「そうだな、ロックを見失ったというべきか。今のあいつは伝えたいことはある、それを表現するフレーズも思いついた。だけど、それはどうやらRock ’n’ Rollじゃない」

 

 耳をすまして流れてくるアコースティック音色をたどる。

 響く弦の振動は迷子の少女のように口ごもっているかのようだ。

 

「今弾いてるのが正しいのか、もっと良いものがあるんじゃないだろうか。多分、そんなことを考え続けたらいつのまにか自分のやりたかったことってやつを見失ったんだと思う。見失って、探し続けた結果、行き止まりになって自分のロックに限界を感じた。それに気づいていたのかどうか、あいつは探し続けることをやめなかった故に今のスランプに行き着いちまった。そして今も探し続けてる」

 

 立ち上がって空を見上げる。

 流れる雲の隙間から覗く暖色の空は、色に反してとても冷たく思えた。

 

「……解決策はあるのでしょうか」

「諦める」

「諦める?」

「探すことをね。見つからないんだから諦めて別のことをした方がいい、そのほうが生産的だしもしかするとそのうちひょっこり見つかるかもしれない。でも、これは何の解決にもならない。問題から目を背けただけだからな」

 

 諦めたところでまたぶつかるかもしれない。

 先送りにした負債を抱えて気づかないふりをするのも案外苦しいものだ。

 岩沢はできないだろう。

 

「ま、これは要するにガルデモの活動を休止することだからね。ゆりっぺさんは許さないだろうし、何より本人が嫌がる、というかそんなことあいつにはできないだろ。だとするとあとはやっぱり待つしかないよ、あいつが見つけ出してくるのを」

「そうですね」

 

 遊佐はそうつぶやき立ち上がった。

 屋上を一瞬だけ見てから、俺に向き直る。

 

「質問の回答有難うございました。大変有意義でした」

「そりゃよかった。ゆりっぺさんへの進言よろしくな」

「お任せください。もちろん、今の話は内密にしておきますから」

「有り難い」

「二人だけの秘密ですね」

「なんでだろう、全然ときめかない」

 

 多分それは秘密じゃなくて弱みだからだろう。

 遊佐の表情筋が微妙に動いて笑みを浮かべているように見えるのもおそらく気のせいだろう。

 そう信じたい。

 

「では、わたしはこれで」

「ああ、お疲れさま」

 

 遊佐は一礼して背を向け歩き始めた。

 しかし、数歩歩いたところで立ち止まり振り向いた。

 

「そうそう、あれもゆりっぺさんには秘密にしておいた方がいいですよね」

「何のこと?」

「星川さんが、本当は代案をもう一つ持っていることです。どうやら確実そうなのを」

「……何のことだか」

「別にいいです、あまり良い策ではないから言いたくなかったのでしょうし。ではまた」

「……またね」

 

 遊佐の後ろ姿を眺めながら、色あせてゆく空にどことない寒気を感じた。


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