angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
「で、結果を聞こうかしらね。明日から文化祭は始まるわけだけど」
「無理デシタ」
「……」
俺の適当な返事に、ゆりは呆れた顔をした。
「……それで?」
「サーセンした」
「ちょっと1回死んでみる?懲罰として」
「死んで許されるなら何回でも死んでやるよ」
向けられたベレッタの銃口を手で逸らしながら、また軽口を叩いた。
ゆりは諦めたように嘆息を吐く。
「で、どうしようかしらね」
「伝えておいた代替プランでよろしくお願いします」
「遊佐さんから聞いてたあれね。やるのはいいけれど、あれじゃあ集客は難しいわ。質が上がったところで効果が出るのは次回以降でしょうから」
今回の目的は生徒会のキャンプファイアーから生徒を奪うこと、集客だ。
集客において最も重要なのは宣伝だ。
足を運んでもらうには魅力的な前情報を提供しなければならない。
それが新曲だったわけだ。
その代わりにやるのはライブパフォーマンスの向上。
こいつがもたらすのは集客はなくはなくサービス満足だ。体験してもらうまで効果は望めない。
これではライヴ本番までには伝わらず、作戦の意味を成さない。
「なんか今までよりも凄いらしい」のような情報を流すという手もあるが、確実ではない。
「新曲ができてないは仕方がないわ。でも悪いけれど、“噂”は流させてもらわ」
「……本当はしたくないが、仕方がない。そこは妥協をするよ」
今回の目的は集客だ。
つまるところ、人が集まればいいだけ。
例え前情報が虚偽であろうとも。
「あら、『したくない』だなんて意外ね。どんな手も厭わないと人かと思ってた」
「嘘でも期待していたファンの連中を裏切ることには変わりないだろ」
結局は彼女たちが悲しむことにも繋がる。
背に腹は変えられないことだが、それは正直嫌だった。
「ふーん、マネージャーらしくなってきたじゃない」
「不本意ながらな。とはいえ、上手く行かないことばかりで落ち込んでしかいねーよ」
音楽意外の障害はすべて背負うと誓ったけれど、現にこうして彼女たちに迷惑がかかっている。
与えられた仕事どころか、自ら発した言葉ですら守れず果たせていない。
全く、自分が嫌になる。
「自分の力不足を嘆きなさい。そしてよりいっそう精進することね」
「精進してなんとかなるもんかね」
「それが無理なら、誤魔化す術を身につけることね」
「その場しのぎが延々と続くとも思えないんだが」
「バカね、延々と凌ぎ続けることができればいいだけのことよ」
「……なかなかに無茶なことをおっしゃいますな、うちの隊長さまは」
そうかしら、とゆりっぺはにこやかに笑った。
周りがアホばかりだと嘆いてはいるが、彼女も案外頭の中身はやばそうである。
「で、肝心の歌姫さまはどうなの。新曲がないのは仕方がないとしても、スランプがライブにまで影響を受けたら困るわ」
「元気に作曲してるよ」
「……は?」
「ついこの間スランプ脱しちゃったみたいで、今はバリバリやってる。残念ながら、ライブには間に合わないかな」
「……もうちょっと早くになんとかならなかったのかしら」
「マネージャーとしての力不足を感じます」
現在岩沢は狂ったように屋上で作曲活動に勤しんでいる。
完全にスランプを脱したかどうかは定かではないが、少なくとも何も見えないという状態ではなくなったみたいだ。
「まったく。岩沢さんはわかったけれど、他のメンバーはどうなの?」
「快調だな。リーダーの岩沢さんが復活したからか、この前の収録もノれてたし問題無いと思う」
「収録って、この前放送室でコソコソやってたアレね。その前もやってたのに、2回もやるなんて、何の意味があったのかしらないけど」
「自分たちの音を客観的に聴くってことは確かめる意味でも重要な事だと思うよ」
「その収録にTKと遊佐さんを呼んでいることに、どんな意味があるのか気になるところね」
「第三者視点を知りたかっただけだよ」
そんなことよく知ってるな、と思いつつ適当なことを言ってあしらった。
どうせ遊佐から報告されたのだろうけれど。
「ギルドにも何かやらせてるみたいだけど、今日のところは言及しないでおいてあげる。連絡はこれでおしまい、本番に備えておいて頂戴」
「了解した」
ふざけたように敬礼してみせると、ゆりはめんどくさそうにシッシと手をふった。
それに従うように扉へとむかうと、ゆりが今度は引き止めた。
「いい忘れてたことがあったわ」
「何?」
「男子どもがバカなことしてるみたいだから、気をつけなさい」
それだけよ、と言ってゆりは取り出した書類に目を落としながらまた手を降った。
バカなこと?
●
「おーい、ほしかわぁーこっちこっちー」
「……何やっているんだあのバカは」
寮の玄関へと到着すると、自分を呼び止める日向の声がした。
声の発信源を辿ってみると、どうやら彼は寮の屋上にいるらしい。
寮の屋上へ向かうには非常用の梯子以外なかった気がするのだが。
「おまえもこっちこいよー」
「どうやって行くんだよ!」
「あそこあそこ」
日向が指差す方向を見ると、最上階の部屋に屋上からロープが垂れていた。
あそこからよじ登れということだろうか。
「はやくしろよぉー」
「わかったから!そこでまってろ!」
催促されて俺は玄関の扉を開けた。
しかし、やけに間延びした声だったが、どうしたんだ?
「おっそいぞー」
「うるせぇ」
ロープをよじ登ってくると、そこには日向以外の男子も幾人かいた。
そして皆一様にして顔が赤い
「何してんだお前ら」
「なにって、星見酒」
そう言って日向は一升瓶を掲げてみせた。
「どうしたんだそれ」
「文化祭準備だからかなにやら購買が忙しそうでな、手伝うフリしてくすねてきた。他にも色々あるぞ」
「そんなことして大丈夫なのかよ」
「だーいじょうぶ、だーいじょうぶ。これまた準備のお陰で警備が甘いから、多少のどんちゃん騒ぎをしたところで飲んでるのはバレやしねーよ」
「いやそうじゃなくてだな」
「パぁっと、天体観測しながら前夜祭といこうじゃねぇか!」
「くっそ、酔っぱらいは話が通じねぇ」
こいつ完全に酔っ払ってる。
見渡せば、他の連中も似たようなものだ。上裸とか泣きだしてる奴とか。
「帰る」
「まあそういうなよ、お前が帰ったらどの女子が今一番倍率いいかわかんなくなるじゃねえか」
「あの賭けてめぇもやってんのかよ!」
「いいじゃん別にぃ!お前は女の子との絡みが多すぎるんだよぉ!妬んで賭けるくらいいいじゃねえかよぉ!」
そんなことをしているから女子にも嫌われるのだ、と思ったがここの女子どもはむしろ便乗して賭けに乗じてたな。
駆け馬自身が勝つためにアプローチとともしてきたし。
しかし妬むのは結構だが、女子しかいない職場の辛さも理解はして欲しい。
こっちはセクハラしてるからどっこいどっこいだけど。
「どうでもいいが、帰るぞ」
「んだよつれねーな」
「部屋帰ってやりたいことがあるんだよ。お前らも程々にしとけよ、なにやるのか知らんが明日それぞれ作戦があるだろ」
「うるせー」
「ったく。じゃあな」
日向に別れを告げて、俺はその場を去った。
ちなみに、帰り際に戦利品の中からこっそり缶ビールをくすねさせてもらった。
そろそろアルコールの味が恋しかったところだ。
●
「おかえりー」
自室の扉を開くと、同居人が出迎えた。
彼の手には文化祭のしおりがある。
「ただいまっと。こんな時間まで起きているのは珍しいな」
時刻はもうすぐ24時を越える。
いつもならこの時間帯この同居人は寝ているはずだ。
「うん。ちょっと明日の準備でおそくなってね」
「何かやるのか?」
「クラスで喫茶店やるんだ。星川くんのクラスとか部活は何かやらないの?」
「生憎文化祭とは縁がなくてな。クラスは何を出すのかも知らん」
「じゃあ、暇だったら遊びに来てね」
考えとく、と適当に返事をして俺はタンスの前にしゃがんでシャワーを浴びる用意をしはじめる。
「ぼくさすがにもう寝るけど、電気つけといた方がいい?」
「いいぞ。シャワー浴びたあとちょっと作業するけど、ベッドの上でやるから消しても構わない」
「そう、わかった」
俺は下着とタオルを抱えて立ち上がった。
「明日、楽しみだね」
「……そうだな」
かけられた言葉に、一瞬の躊躇をしながら俺は返事をして浴室へと向かった。
to be continued