angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
そこは表現するには、混沌という言葉しか思いつかなかった。
人という人が、狂ったかのようにごちゃまぜで入り乱れている。この中に居続けたら、そのうち朝摂取したカフェインをアウトプットしてしまいそうだ。
生きていた頃から無秩序な人の流れというのは、どうも苦手だ。
イベントや集会での乱れ具合が嫌いで、頼むから統一性をとってもらえないだろうかといつも悩んでいたのを思い出す。
「邪魔くせえ、くそうるせえ、気持ちわりぃ」
濁流のように行き交う人の合間を縫うようにして進む。すれ違う度に肩をぶつけている気がするが、気づかないのかこういう状況なら仕方ないのか互いに何も言わずに通り過ぎていく。
というか、当たり負けして押し返されてしまい思うように前に進まない。
あふれんばかりのNPCの群れに酔ってしまった俺は、出店を物色することを諦めて人気の少ない場所を求め逃げ出した。
どこもかしこも人だらけで気の休まる場所などみつからない。執拗に声をかけてきたり強引に引きとめようとする勧誘を振りほどきながら、なんとかエアポケットのように人気のない階段の踊場を見つけることができた。
たどり着いたその場所で、俺は壁に背を預け一息吐いた。先程は喧騒がひどくて聞こえなかったが、校内放送では聴き覚えのある曲が垂れ流されている。雑音でかき消されそうになりながら、スピーカーからはハックニー生まれの歌声が隙間を縫うように耳へと流れこむ。
「こんなものが明日も続くのか……」
俺は頭を抱えながらその場に座り込んだ。
[Chapter_33: Fest / 1_1 ]
ついに文化祭がはじまった。はじまってしまった……
昼から起きようかと怠惰を計画していたものの、寮内からは浮足立ったNPC達のやかましい声が早朝から響き渡り、惰眠は悲しくも無残に阻まれた。
他の戦線メンバーは何やら妨害工作や出展などの任務が与えられているようだが、このイベントにおける俺の仕事は後夜祭のライヴしかない。
当たり前だが、率先して手伝おうという勤労意識など持ち合わせているはずもなく、また今更“学校生活の一大イベント”という青春みたいなものを精一杯満喫する欲求すらない。
ならば力いっぱいサボり倒してやろうかと意気込んではみたものの、残念ながら寝ることは青春謳歌集団による外圧で阻まれてしまった。
仕方なしに、NPCや任務に勤しむ戦線の奴らを素見して回ろう、と校舎まで繰り出してみたわけだが、人という荒波にもみにもまれ、無残にも酔いつぶれてしまった。
「こうなることは事前に予測しておくべきだった……」
如何せん、こういった学校にまつわる経験値が低い。だからか、勘による行動で失敗するのを恐れてしまうのが欠点だ。
自分の弱さを恨みながら、こみ上げていた吐き気を耐え徐々に治まっていくのを待つ。
こんなことなら、ちゃんと高校に通い続けるべきだったか、などと後悔も沸き起こるが、やはりそれはないか。行ったところで、虚しさを抱える人生になっただろう。
「あれ?先輩どうしたんですかー」
頭上から、間の抜けたような声が降りそそいだ。
顔をあげると、小悪魔ルックの後輩がこちらを覗きこんでいた。
「どうしたんです?具合でもわるいんですか?」
「……お前の顔見たら、余計気持ち悪くなりそうだなあ」
「何ですか会っていきなり!喧嘩売ってるんですか!?」
「ちょっといまテンション高めはきついかなー」
ユイはいつものようにプンスカと拳を上げて激高した。それを適当に窘める。
彼女の性格からして、こういう環境は気分が高揚しやすいと判断できる。すなわち、お祭り騒ぎを好んでいそう、故の軽口だ。
「先輩はひどいですね!悪魔か何かじゃないですかね!」
「そうなー悪魔だったら生徒会長にも対抗できそうだなー」
「……なんかいつにもましてやる気というか、覇気がない感じですね。いつもだったら「じゃあお前は格好から行って“小”悪魔だから俺よりも格下な。アンパン買ってこい」くらいの暴言を吐きますし」
「うるせー」
年がら年中元気そうなのはお前くらいだと思うぞ。
「こんなヘンピなところに座り込んじゃって、気でも触れたんですか?」
「お前辺鄙の意味わかっているのか?」
というか、人を錯乱したかのように言うな。
人に酔って気分が悪くなっただけだよ、と伝えると、ほーへーっと、わかっているのかいないのか判断のしづらい返事をされた。自分の体調よりも、この後輩の将来が心配になりそうだ。死んでいるから将来も何も無いが。
「お前こそ、何か任務でも与えられているだろ。こんなところで油売って大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよぉ、これを取りに行ってたんです」
そういってユイが見せたのは、一本のクラシックギターだった。そこそこ美品で綺麗に保管されているがわかるが、弦は完全に緩みきっている。
そういえば、この棟には学校の楽器やら何やらの備品が仕舞われた準備室があった気がする。
「わたしら下っ端には、それほど細かい指令がされているわけじゃないんです。なんかこう、文化祭をエンジョイしているふりして迷惑をかけろ、みたいな?」
「ずいぶんとアバウトだな」
「企画とかに乱入でもいいんですけど、こうやって人がワンサカ出てきているわけですし、チャンスかなーと思って」
「ああ、なるほど。ストリートか」
この後輩は勇敢にもストリートライヴをゲリラ的に仕掛けてやろう、としているわけか。
確かに、この状況は人がいる以上に足を止めてもらえる可能性が高い。日常生活であれば騒音として疎まれる場合も多いだろうが、今日のようなイベントを当たり前とした雰囲気ならばパフォーマンスとして受け入れられやすい。
聴いてもらえるというのなら、試してみる価値はあるだろう。
「ホントはエレキでやりたかったんですけどね、いざ逃げるとなると面倒で。これなら投げ捨てて行けるかなと」
「おいおい、パクったものとはいえ楽器は丁寧に扱えよ」
「冗談ですよー逃走しやすいのは本当ですが」
まったく、なんて奴だ。しかし、ストリートで逃走のしやすさというのは大切だ。
死ぬ時期より少し前には、多くの都市でストリートライヴは明確な迷惑行為として取り締まりの対象になっていた。ストリートをやるには自治体に許可を得るか、お巡りさんとの追いかけっこ覚悟のゲリラ演奏するかの二択となった
常識のある人間なら許可を得ていただろうが、常識外れもワンサカいたのでまじめに申請している人間のほうが少なかった。というか、現行犯でなければ捕まらないと信じ込んで、いかに早く逃げ切るかを重要視するようになっていた。。だからか、何故か逃げ足の早さは音楽の腕以上に必要な能力とされていた。
とはいえ、だいたいゲリラ公演するようなアホは最初から計画性なんて無いわけで、よほどの手練でなければ捕まっていたわけで。見かけなくなったら交番か留置所に居るのだろう、と判断される哀れな奴らも少なからずいた。アホだ。
余談だが、どちらにしろ手間もリスクもかかったため、ストリート・ミュージシャンそのものは減少していった。ちょうどその頃に、ネットで音楽を配信できるサービスが登場のも大きな要因としてあるのだろうけれど。俺も最後に見かけたのはいつだったか。確か、人に誘われてどっかの箱へ向かう途中にアコギを弾いていた奴が居たような……
「あ、違う自分だ。酔っ払いに巻き込まれて路上でセッションやらされたのが最後だ」
「何言ってるんですか先輩?」
「あれは辛かったなぁ、延々と追いかけっこして最後はゴミ山に潜り込んで隠れたし。いいか、ストリートに重要なのは加速力と瞬時の判断だ。ハムストリングをよく温めておけ」
「何を言っているんですか?」
それはアスリートじゃないですか、とアホの後輩にツッコミをされてしまった。なんということだ。
「しかしストリートねぇ……そういや、あいつらも何かやるって言ってたな」
昨日、休憩中に入江と関根がどこかで仕掛けるとか何とか言っていた気がする。
具体的には何も聞いてはいないので、どこでいつやるかはわからない。おそらく、以前暇つぶしで教えたカホーンを使うと思われるのだが。
「そもそも、この文化祭ってどこに何があるんだ?」
「パンフレットもらってないんですか?あちらこちらでNPCの人たちが配ってましたよ?」
「来て早々荒波にもまれてここへ流れ着いたので」
パンフレットが存在するのか。だが、もらったところ教室や棟をろくに把握していないから、あまり意味を見出せそうにない。それに素人が作った地図って、割とわかりにくいし。
「そういえば、先輩はお仕事ないんですか?」
「俺が忙しいのは明日。それまでは自由」
「えーずるーい」
「頑張って蟻のように働いてくれたまえ」
「きー!先輩はバッタっていうわけですかー!」
「それを言うならキリギリスだろ……」
アホの子はやはりアホの子だった。
とはいえ、本当にキリギリスのようにヴァイオリンを弾いて暇をつぶすわけにもいかない。
人混みが嫌だとはいえ、この狭い踊り場でうずくまって愛人の車で最期を迎えた野郎の歌声を聞き続けるのも、限界というものがある。
それに外に出てきてしまったんだ、文化祭とやらを少しは堪能してみるべきだろう。何もせず寮に帰るっていうのは癪だ。
「なぁ後輩、面白そうな出し物ってなにか無いか?」
「知ってます!?ガルデモが最終日の後夜祭にライヴをするんじゃないかって噂があってですね!?」
「それはもう聞いた」
流した側の人間だから知っていて当たり前だろう。
というか、こいつ俺の役職忘れているだろ。
「ええー、それ意外って言われましても。正直先輩ごときが楽しめそうな内容ってないですよ」
「殴りたいけど我慢してやるから教えろ。この際なんでもいいよ、こちとら文化祭っていうものがどういうものなのか詳しくは知らないし」
「そうなんですか。なら私と一緒ですね」
「ほう、そりゃ気が合うな」
「先輩と一緒ってのは、なかなかに良くない気分ですね!」
「そろそろそのケンカ買うぞ?」
凄んでやると、なんか予想以上にビクビクしながらあたふたと考え始めた。
というかさらっと、"生きていた頃にまともに学校へ通っていなかった"可能性を暴露してくれたのだが。わりと重いことなんじゃないのかコレ。
ミッション系とか進学校とか規律でそういう行事がなかった可能性も否定はできない。
だが、こいつがそんなところに通っていたとは思えないし、この世界に来ている事を考えれば可能性が高いなんて言うものは、言わずともわかるものだ。
「うーん……あ、そういえば向こうの校舎で、なんだか凄いアラシがでたとか聞きましたよ」
「アラシ?storm?tempest?というか凄いって何が」
「いや、よくわかんないんですけど、なんか盛り上がりが異常に凄かったとかなんとか」
「異常に盛り上がったのか?なんだろう、
ライヴしか仕事を任されてないというか、それ以外に戦線がどんな作戦を実行しているのか知らない。後夜祭は時間としては一番最後だ、それ以前に何も仕掛けていないなどということは、あの隊長さまがしないだろう。
しかし、異常な盛り上がりというのは少し気なる。
通常時よりも気分が高揚し逆に言えば突出して盛り上がりにくいこの状況で、“異常”と呼べる現象があるのはどういうことだろうか。
純粋な興味もあるが、その要因や過程を知れば今後のライヴに役立つかもしれない。
「行ってみるか」
「あぁ!その前にお願いしたいことがあるのですが……」
「なんだ、どうした」
顔を赤らめてもじもじと何やら照れくさそうにユイが恥じらい始めた。
微妙に上目遣いとなっており、その手の好みを持ち合わせる人間なら卒倒ものだろう。
「残念だが俺にそういう手段は効かねーぞ。おっぱい育ててこいおっぱい」
「容赦のないセクハラですねぇ!」
「どうでもいいがさっさと言え」
「うー……あれですよ、お礼って言ってた、チューニングを教えて下さい」
ああ、あれか。そういや教えると言ってから会ってなかったな。
そんなことを何故恥ずかしがりながらいう必要があるのか、入江みたいな性格でもあるまい。あれか、プライドが許さないというタイプか?
「わかったよ。とりあえずギターよこせ」
ギターを受け取り構えると、ユイはその場でしゃがみ込んで俺の手元を注視する。そんなに見られると少し恥ずかしいぞ。
弦の緩みを確認しながら、ギターを眺めた。クラシックギターは久しぶりだなぁ、こいつってジャズでも使われることはあるが、ボサノヴァなどが比較的多かった。だからか、あまり縁がないけれども、弦の数は同じだ。やり方は買えなくてもいいだろ。
「そういや音叉がねえな。仕方ない、一本だけ合わせてやるよ」
俺は二番目に太い弦を弾き、その音が鳴り響くなかペグを回して弦を締めた。何度か弾いて微調整を繰り返す。
「……よし、いいだろ。あとはやれ」
「うぇえええ!?」
「指示してやるからお前がやれ。でなきゃ覚えないだろ」
ギターを押し付けると、渋々と受け取り恐る恐る構えた。何故そんなに怖がるんだこいつは。
「いいか、まず最初に5弦をAの音にするんだ。本当は音叉を鳴らしてその音に近づけるようにするのが良いんだが、今日はないからそれはやっといてやった」
「やっといたって、先輩やっぱり絶対音感とか持ってるんじゃないですか!すげえ!」
「そんな大層なもんじゃねえよ。誰でも幼少期に一定期間ピアノでも習っていれば、そこそこは身につく。じゃなくても、長い間音楽活動をしていれば慣れて覚えるものなんだよ」
「そんなもん何ですか」
「訓練すれば、ある程度の音階や音の高低くらいわかるようになる。さて次だ、5弦の調律は終わっているからそれを利用するぞ。5弦の5フレットを押さえろ。そうだ、そこを押さえて鳴らせ。そんで直ぐに4弦をならせ、5弦の音と比べながら4弦を締めてその音に近づけるんだ」
「……こ、こう、ですか」
「もうちょい締めろ、よく聴き比べるんだ。気持ち悪さがなくなるまでやれ」
うげえと言いながらも、ユイは何度も聴き比べて音を調律した。ちょくちょくこちらに合っているか訪ねてくるので、「自分で自信が持てるまで聴くな」と言いたくなるが、流石にそれは可哀想なのでやめておいた。こっちの世界に来てから始めたのだ、センスといった感性には自信があったとしてもこういう技術的なものには確信がもてないだろう。
しかし、そうやってこの少女の心情を考えてみたら、一つ疑問が思い浮かんだ。
「せんぱぁーい、6弦の音ってこれで合ってますか」
「なあ、それパクってきたんだろ?ついでにチューナーも貰ってくればよかったじゃねーか」
「あ、あーそれもそうですねハハハハ」
「なんで目が泳いでいるんだよ」
明らかに動揺した様子をみせる。なんだこいつ、なにか後ろめたいことでもあるのか。
「おいなにか企んでいるわけじゃねえよな?」
「そ、そんなこと無いっすよぉぜんぜん」
「声ふるえてんぞ」
ユイはあわわわと狼狽えまくり、さらに挙動不審な様子。
やっぱこいつ馬鹿だよな、わかりやすすぎる。
「締め上げるもの面倒くさいからもういいよ」
「そんなことじゃないですよ!」
「じゃあなんだよ」
「いや、それはあの」
両手の指をつつきながらモジモジとする。こいつ、今日は恥ずかしがってばっかりじゃねえか。こんな奴だったけ?もう少し図々しい性格だった気がするんだが。
そんなふうに若干白い目でみつめてやると、気恥ずかしそうにユイは呟いた。
「や、やって欲しかったんですよぉ。チューニング」
「は?」
「先輩に調律して欲しかったんですよ!前にやって貰ったギターめちゃくちゃ気持よく弾けて感動しました!でもその後自分でも電子チューナーで合わせてみたんですけど、あの時ほどいい音が出なかったんです!だからまたやって欲しかったんですよ!」
「……なんじゃそりゃ」
そんなことか。ただバレるのが恥ずかしかったのか。
「な、なんですかその顔は」
「呆れただけ」
「きぃー!恥ずかしいのを我慢して言ってやったのにぃい」
知らんがな。というか、チューナー持っていたのか騙されたな。
それはいいとしても、チューナー使ってもいい音がしなかったって、それは壊れていたんじゃないだろうか。もしくは、こいつの感覚の問題か?
「先輩にやってもらったほうが、なんかこう音が出しやすかったんですよ」
「意味がわからないな。チューナーでやったほうが正確だろ」
「んー先輩のほうが、なんていうか”合わせられた”っていうんですかねー」
「……お前の感覚がちょっとおかしいんだよ。チューナー壊れているかも知れないから、こんどギルドにでも見てもらうように頼んどけ」
「えー、まあいいか。はーい」
「じゃあ俺はそろそろ行くから、お前も頑張れよ」
「あいあいさー」
そういって小さな後輩は元気よく階段を駆け下りていった。
「合わせられた、か」
なおさら意味の分からない表現だったな。
グルーヴみたいな、そんなものが自分にあるわけがない。むしろ。チューナーに近いって言われたほうが納得できる。
「それがあったのなら……どんなによかったことか」
バタバタと駆け下りる足音が聞こえなくなってから、俺も腰を上げて立ち上がった。
「そういやあいつ、どうやって俺を見つけたんだ?」
たまたまここで鉢合わせたわけだが、さっきの話を聞く限り偶然というより探していたといったほうが正しいだろう。
このクソみたいな人混みの中、俺がどこに居るかすら分からないと思うのだが……
「ま、いいか」
遅くなりすぎました。
全体再構成中ですが、なんとか続きを書いていきます。
再構成終わりましたら検索公開もします。
次回更新は再構成及び編集が終了したころを予定しています。