angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster 作:カリー屋すぱいしー
「ところでそのなんちゃら戦線の本部ってのは、どこにあるんだ?」
俺はゆりの先導で戦線の本部とやらへと向かっていた。
保健室の外はもう真っ暗となっていた。
俺が屋上から落ちてそれなりの時間が経過したのが伺える。
「死んだ世界戦線。本部は校長室よ」
「ああ、占拠したってやつか」
保健室での話を思い出す。
先程の部屋はやはり保健室だったようで、そこに俺を運んだのは戦線のメンバーらしい。
そのメンバーたちとも本部に行けば会えるようなのでお礼をするようにと言われた。
いや、死体を移動させたことに対してなにを感謝しろと。お手数おかけしました?
「あの部屋は普段NPCたちが授業をする学習棟とは別にあるから、私たちが集まっていても大勢の目に触れなくて都合がいいのよ。それに学園の敷地内で把握できる範囲の中心近くにあるから、移動にも便利ね」
「へえ」
でかいとは思っていたが、校長室が教室とは別の棟にあるとは。
普通は職員室やらの近くにありそうなものだが、相当なマンモス校なのかここ。
「ちなみに橋の向こうに見える手前のあの建物が私たちの本部よ。そして、その向こうに見える並んだ3つの棟が学習棟ね」
ゆりが指さす方向を見ると、手前に小さな洋館のような建物とその奥に長方形をした同じ形の建物が3つほどあった。
屋上から見た風景から考えると、俺が目を覚ましてギターの少女に落とされたのは学習棟のようだ。
ゆりは本部は小さいといったが、後ろの建物が大きすぎるだけで近づいたら十分に大きかった。
本部の洋館を眺めながら橋を渡ると、突然けたたましい音を立てて洋館の3階から何かが飛び出してきた。
ガッシャ――――ン
「うぁあああああああああああああああああああああああああああああ」
飛んできた何かはきれいな放物線を描きながらちょうど俺達の前に落下した。
ゴシャッ
……いきなり人と思わしき物体が目の前に現れたんだが。
直視すると吐き気が込み上げてきたので慌てて目をそらす。
「あら、野田くんまた合言葉間違えたの?こないだ変えたって連絡したでしょ。……あれ?したっけ?」
「おい、なんだこれは」
「ああ、戦線のメンバーの一人野田くんよ。見ての通り、ただのバカよ」
いや、見ての通りって、俺にはただの肉塊にしか見えないんだが。
どうやら吹き飛んできたものは人間だったらしい。よく見るとブレザーのような制服を着ている
顔はぐちゃぐちゃだし肢体はすべて変な方向に曲がってる。それも折れ目が1つや2つじゃない。
「その……この人間、だったものはどうしてこう……肉塊になったんだ」
明らかにただ落下しただけでは出来上がらないぞこの現代アート。
「本部の入り口には対天使用のトラップがあるのよ」
ゆりは肉塊が吹き飛んできた方向を指さすと、割れた窓からブラブラと揺れるギロチンらしきものが確認できた。
なにあのギロチン、デカすぎだろ。
「合言葉を唱えて扉を開けないとあれが作動するわ。合言葉は定期的に変えているから気をつけてね」
「へ、へえ……」
窓から覗けるギロチンは現実感を失わせるが、目の前にその被害にあった実物がある。自分はこうはなりたくないと本気で思った。
「やっぱりトラップ戻したほうがいいかしら。反対側の窓に飛ばしたほうが誤作動しても被害少なそうだし、ギロチンは防がれかねないわね。あなたはどう思う?」
「しらねえよ」
肉塊の死体を前にしてその原因の改善案なんて話出来るかよ。
「わたしはやっぱりハンマーがいいと思うわ。刃だと防ぎかねないけど、面で押せば致命傷は与えられなくてもそこから飛ばすことは可能よね」
「結局飛んでいくのですね」
頑張って肉塊をのぞき込むと、外傷にはあまり深い切り傷が見当たらなかった。
ギロチンの刃が当たったら真っ二つになりかねない。何かしらの手段で防いだのだろうか。
しかし、飛んで落ちただけでもこんなになるのかよ……
「さて、行くわよ」
「この人?は持ってかなくていいのか?」
「いやよ、服が汚れるじゃない。別にいいのよ、そのうち生き返るし」
なんて無情な……
「カイワレ大根のパスタ〜太郎次郎に捧ぐ〜」
校長室の前でゆりが合言葉を唱えると、扉から鍵が外れる音がした。
「さ、入るわよ」
「その合言葉のセンスは何なんだ」
俺のツッコミに取り合うことなくゆりは校長室へ入るので慌てて後に続く。
校長室へ踏み入れると、なかには数人の男がいた。みなさっき飛んできた肉塊と同じ服装だ。
何人かが警戒するように見つめてくる。下手に目を合わすのも面倒なので、ざっと部屋を見渡すと角に女子が一人だけ一応いた。
ただ、影に隠れるようにしているのですごく胡散臭い雰囲気がある。この世界に普通の女子はいないのか。
「ゆりっぺ、おかえり。もう目を覚ましたの?」
「ええ、意外と早くね」
「へぇー。そいつは楽しみな奴が来たな」
ゆりは男たちと会話をしながら颯爽と奥のテーブルへと向かっていった。
俺はどこの位置に立っていればいいかわからなかったので、とりあえずなにかあったらすぐ逃げられるよう扉の近くにいるようにした。
うわ、なんか角にいる女子がメチャクチャ睨んでくるんですけど。目合わさんとこ。
「そういえばゆりっぺさん、トラップが発動したようですが何か知ってますか」
「それなら野田くんがかかってたわよ。でもダメね、あれは改良しないと。なんでまっすぐ飛んでかないで垂直に曲がってきたのかしら」
「最後にひねりを加えてありますから」
「それなんの意味があるのよ、バカなの?それにさっき廊下に柄がまっぷたつになったハルバードがあったわ。おそらく防いだのでしょうね。それじゃあ意味がないから、やっぱり位置と得物を交換しなくちゃいけないわ」
「位置もですか」
「川に落とすのは無理があったわ。垂直に曲がっちゃったし。なによりここと反対側だから一々誤作動したときにもとに戻すのも一苦労じゃない。チャーに連絡して変えてもらって頂戴」
「得物は如何いたしましょう。ハルバードで防がれたとなるときついですね。天使にはオーバードライブがありますし、最悪ハンドソニックで防がれる可能性もあります」
「さっきも考えたけど、やっぱりハンマーに直しましょう。ダメージを考慮してみたけど、たぶん天使にはあの程度のギミックで致命傷はあたえられないわ。それよりここに侵入されないことに主眼を置いてちょうだい」
「わかりました」
ゆりとその周辺で会話が進むので、部外者の俺は所在なさげに扉に背を預けて黙っていた。
その間も影に隠れた少女はにらみ続けるため、とても以後心地がわるい。
いや、それ以前に他人のテリトリーで話題の置いてけぼりにされることがなんとも気持ち悪かった。
そのあともいくつか話していたが、いったん区切りがつくとゆりは椅子に座り足を机に載せた。
様になって入るけど、どう見ても危ないお仕事のボスって感じだな。
さっきの会話や男たちの様子からみて、彼らはゆりに頭が上がらないのだろう。
本当にリーダーなんだなと実感した。
「さて、みんな紹介するわ。新しく戦線に入った同志よ、歓迎しなさい。えーと……そういえばあなた名前聞いてなかったわね、なんていうの?」
ゆりはこちらに話をふる。
そうだった、こっちから名乗ることはなかったか。
答えようとして一瞬思案する。わざわざ本名をいう必要があるだろうか。
フルネームは理由あって恥ずかしいから、名乗るのは控えたい。
しかし、わざわざ偽名を使うのも無意味な気がしたので、苗字だけを名乗ることにした。
「星川だ。星々に三本の方の“かわ”で星川だ。この世界のことや戦線のことはそこのリーダーから聞いてる一通り聞いている。まだ実感も知識もないから迷惑をかけるかもしれないが、微力ながら協力させてもらう。よろしく頼む」
丁寧に頭を下げた。
その姿をみたゆりが意外そうな表情をした。
「びっくりした、まともなことが言えるのね。そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。ここにいるのはバカばっかりだから」
「おいおいゆりっぺそりゃ冗談キツいぜ」
「彼は日向くん。バカ筆頭よ」
「本当にキツいなおい!」
バカは日向というらしい
バカ=日向。よし、覚えられそうだぞ。
「おい、お前もなんかヒドいこと考えてないか?」
「いや、全然」
なんと、感は鋭いようだ。侮れない。
「他のメンバーも紹介するわね」
ゆりはその場にいる人を端から指をさしながら教えてくれた。
「彼は大山くん。特徴がないのが特徴よ。そしてバカよ。そっちは松下くん。柔道五段だから敬意を持って松下五段と呼ぶわ。時々バカよ。そこで踊ってるのがはTK。本名は誰も知らない謎の男よ。日本語が不自由なバカだけど、彼なりの挨拶っだたりするわ。メガネをかけて知的に話すのは高松くん。本当はバカよ。刀を持った目付きの悪いのが藤巻くん。見て呉れ通りバカよ。外で肉塊になってたのが野田くん。さっき言ったけどバカよ」
ただバカにあふれていた。
この戦線の男はみんなバカしか居ないのか。
まともな人間に出会いたい。
「角の影に立っているのが椎名さん。以上がこの場にいる戦線の主要メンバーよ。あとは校内に何十人といるわ」
何十人もいるのか。
それでもNPCと呼ばれる生徒に及ばないというのだから、この学園の生徒はやはり相当なもののようだ。
「えーっと、いろいろよろしく」
「こちらこそ。また新しいバカが増えましたね」
メガネの高松がいきなりバカ呼ばわりしてきた。
「おい、俺はそんなにバカじゃないぞ」
反論すると今度は大山が返した。
「でも岩沢さんに突き落とされたんだよね。やっぱりバカだよ」
「そうだな、岩沢にだもんな。やっぱりバカだわ」
「浅はかなり」
なんだ、そんなにギターの彼女は一目置かれているのか。
くそ、負けた気分だ、何がかはわからんが。
「まあまあ、新しい仲間だこれから仲良くやっていこうぜ」
日向がそういい親しげに肩を組んできた。こいつ、バカだけどいいやつだな。
「お前やっぱり失礼なこと考えてるだろ」
「いいや全く」
「残念だけど、星川くんは私たちとは行動を共にしないわ。彼には別の仕事をしてもらおうと思ってるの」
「え?なんでだよ」
それは俺も聞いてない。
てっきりこいつらと仕事をするもんだと思ってた。
「ちょっと思いついてね。彼には陽動部隊のサポートに入ってもらうわ」
「陽動部隊?」
陽動部隊ってなんだ?
ここにはいない奴らなのか?
「サポートということは、ゲリラ時の誘導班や音響班とかということですか?」
「いいえ違うわ。直属で陽動部隊の補佐についてもらうのよ。そうね、マネージャーみたいなものかしら」
よくわからないがマネージャーの真似事をやらされるらしい。
「どういうことだよゆりっペ!納得いかないぜ!」
「前々から要望があったのよ。こっちとの連絡とかもろもろ雑務をやってくれる人材がほしいって。なかなか適任者が居なかったんだけど、向こう側が星川くんがいいって言ったからね」
どうやら先方からの要望らしい。
いや、陽動部隊の方に心当たりが全くないんだが。
ここにきてまともに会話したのってゆりとギターの少女だけだし。
ということは……
「くそ!ズルイぜ星川、自分だけいい待遇になりやがって!」
「何がだよ。全然わかんねーよ」
こっちは今日死んでいることを知った程度なんだぞ。
何が何だか全くわからない。
「陽動部隊はみんな女の子なんだ。日向くんはそれを妬んでるんだよ」
平凡そうな顔をした大山が察して説明をしてくれた。
そうか女の子だけか……
むしろ逆に、女子で完成されている空間に見知らずの異性が放り込まれることによる排除行為しか思い浮かばない。恐怖しか湧いてこないんだが。
ドッキリ!スケベ!なイベントへの期待とかよりも、冷たい目線で蔑まされるの恐怖しかでてこない。
セクハラとかしても大丈夫とか無いだろう。うっかりやっちゃいそうだけど。
だから、羨ましがれても困る。
「でも陽動部隊ってことはひさ子がいるんだろ。あいつの所で雑務なんて、犬のような扱いにしかならいぜ」
身震いをしながら藤巻がもらした。
その言葉に、羨ましがってた日向はじめ多くの男子が身震いをしていた。
なんだ、ドスを背負ったヤンキーですら怯える存在がいるのか。それは怖いな。
余計に陽動部隊とやらへの希望が持てなくなる。
仕方ない、ここは一発ガツンと言っておこう。俺は手を上げてゆりに声をかけた。
「あーゆりさん、ちょっといい?やっぱ俺やめたいんだけど」
「あ”?」
「っていうのは嘘で、陽動部隊って一体何をしてるのかと、俺はその中でやる具体的な仕事、あとその部隊のメンバーが知りたいっす」
なにあのどすの利いた声。本当に女の子なのかしら。
ビビッてヘタレた俺は任命拒否をあきらめた。
「そうねえ」
ゆりは腕を組みしばし考えてから答えた。
「最初と最後は明日会ってみてからのお楽しみにしときましょう。そのほうが面白いわ。具体的な仕事のひとつは、戦線本部との連絡係としか言えないわね。その他は彼女達から聞いたり、追々こっちでも考えるから」
「いやそれじゃ全然わからんが……いえなんでもないっす」
口答えするなら容赦はしないぞとすごんだ目つきでにらまれてすごすご下がる。
それじゃあ明日になるまで何もわからないか。
とりあえず、陽動部隊のメンバーが美少女であることを願おう。そのほうがモチベーションも上がる。
……怖い人もいるみたいだけど、がんばろう。
「というかお前、ゆりっぺのことさん付けでよぶんだな」
日向が不思議そうに聞いてきた。
「いや普通だろ。まあ生きてた頃世話になってた人に、『女の人を呼ぶときは年齢の上下関係なくさん付けで呼べ。そうすれば面倒事が減るからそう意識しろ』っ殴られながら教わって癖になってはいるけど。なんか変だったか?」
「一部おかしいな言葉が混じってた気がするが……」
なにやらかわいそうな目で日向が見つめる。
うるせえ、俺だって思い出したくねえよあんな過去。
「単に口調と態度に対して珍しかっただけだよ」
たしかに、名前はさん付けなのにため口が多いな。
そこは死ぬ前もあまり意識できなかった。
さすがに目上には意識したけど、同年や年下には特にしなかったし。
「それに久しぶりにゆりっペがきちんと呼ばれるの聞いたからな」
「俺はゆりっぺのほうが気になるんだが」
「いいわ説明しなくて」
「ああそれはな、俺の母親と名前がかぶってて、なんか呼びにくいから俺がつけたんだ」
「しなくていいって言ったでしょう!」
「ってやめろ!銃をしまえゆりっぺ!」
どこからともなくゆりが銃を取り出し日向に向けた。
てか普通に銃でてきちゃったよ。まさか本物?
「じゃあ俺もゆりっぺさんって呼ぶわ」
「ほら言わんこっちゃない!久しぶりにあたしもあだ名以外で呼んでくれる人ができたと思ったのに!」
「お前けっこう気に入ってたはずだろ!?」
バァンバァンと銃が乱射される。うわぁやっぱ弾でるんだ。
本気で当てる気はないようだが、日向の足元手前に撃ち続ける。
流石に死んでも生き返るとはいえ、目の前で銃が乱射されている光景は精神衛生上あまりよろしくないので日向に助け舟を出してやる。
「いや、あだ名で呼んだほうがはやく馴染めるかなと思って。違う所で働くにしろ、何かしら連携はしていくわけだしさ」
「………………そうね。仕方ないわ」
渋々といった様子で銃を撃つのをやめ静かに机に置いた。
なんとかなったか。
「星川ぁ〜助かったぜぇ〜」
「お前も軽口叩くの気をつけろよ」
バカだからわからんかもしれないが。
「さて、もう遅いし今日は解散ね」
ゆりがさした時計の針はもう22時を回ろうとしていた
そういえばこの学校には寮があると言っていたな。やはり門限とかがあるのかな。
「寮に俺の部屋ってあるのか?」
「教えたとおり、この世界に来たときに違和感ないようにちゃんと用意されているわ安心なさい。でも二人部屋だから気をつけてね」
何を気をつければいいのかと思ったが、すぐにNPCのことだと気づいた。
違和感がないということは、NPCである彼らは俺が昔からいたと認識しているのだろう。
それに俺は矛盾がないように対応しなければならないし、すばやくその環境に慣れなければならない。
いきなり知りもしない他人と相部屋で寝るのは少し怖い。
できれば同居人は面倒じゃないやつであってほしい。
こういう夜間の活動も色々と厄介な問題になりそうだな。
「星川くんは明日の朝またここにきなさい。陽動部隊のこれからのこととか説明するわ」
「了解」
ゆりは背伸びをして立ち上がる。
「では、解散!」