angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_5

「あんぱん、カロリーメイト、お茶にボルビック、あと適当になんかジュースとお菓子……」

 

 渡されたメモを見ながらため息をつき、天井を仰いだ。

 残念ながら青空なんかは広がっていない。

 味気ない灰色の天井が閉鎖的空間を醸し出しているだけだ。気分は晴れやしない。

 それを自覚して、俺はもう一度、今度は深くため息をついた。

 

「初日からパシリかよ」

 

-------

 

 昨日の夜、本部を出るとき新しい制服とやらを渡された。

 それまで着ていた学ランではなく日向たちが着ているようなブレザーだった。

 ゆり曰くこれは戦線メンバー、SSS(クラススリーエス)の証らしい。

 要するにNPCとの差別化だ。

 ということは、ゆりたち女子が着ているセーラー服も一般生徒とは違うのだろうか。

 

 また、夜分遅くに訪れた寮の面玄関は閉じられていたが、二階に住んでいる戦線メンバーの部屋を経由させてもらうことで難なく侵入ができた。

 大山が教えてくれたが、一階は大浴場や洗濯場、多目的ルーム等で埋められていて生徒の個室はひとつもないらしい。

 生徒が夜間外出できないようにするためだろと思うが、一応建前上は空き巣対策だそうだ。

 敷地より外がない死んだ世界で誰が空き巣するんだよとつっこんだら、男は被害に遭わなくても女は遭うことはあると日向に言われた。

 それって身内を信じていないということか。てか女目当てって下着泥棒とかだろうか。

 だがそれをNPCがするのか、死んでこちらに来た奴、戦線の人間がするのか。  

 口にしたら非常に微妙な空気になる可能性があったので黙っておいた。

 死んでまで下着泥棒する奴がいるとは思いたくない。

 

 その後、日向達の協力を得て自分の部屋を探したが、難なく自分の名前がついたプレートの部屋を見つけることができた。

 部屋に入ると、他に誰も居なかった。一人だけなのかと思ったが、壁に掛けられた制服があるのでどうやら不在なだけらしい。

 掛けられた制服が学ランなので、どうやらルームメイトはNPCのようだ。

 戦線メンバーだったら楽だったのにという期待は見事泡となって消えた。

 いきなり接触するとどうすればいいかもわからない。面倒なので不在のうちにさっさと寝ることにした。

 こっちは初対面で向こうは知ってるというおかしな状況に自分が耐えられる覚悟はまだなかった。

 

 

 ●

 

 

 朝起きるとすでに日は昇っていた。

 それなりの高さがあることから考えると、だいぶ長い間寝ていたようだ。

 

 同居人のNPCは制服がないところを見るとすでに登校したらしい。

 顔を合わせなくてよかった、と安堵をしていたのも束の間、時計を見ると10時を回っていた。

 

「……多分、完全に遅刻だなこりゃ」

 

 そもそも戦線メンバーは授業に出る義務はあるのだろうか。

 普通に生活をしたら消えてしまうというゆりの話が本当ならば、出席という当たり前の行為は避けなければならないと考えられる。

 

「学校サボるのは慣れてるしいいけどね」

 

 死ぬ前なんか行かなすぎて進級すらしなかったし。

 ただ、生前と違ってこちらは敷地内の寮制なので教師の干渉がどこまであるのか。

 想像しただけで面倒だが、そのあたりの対処法も日向達から聞いておけばいいだろう。

 

 眠い頭をなんとか起こし、顔と歯を洗い髪を整えるために洗面台へと向かう。

 ゆりは朝に来いと言っていたが、今から行ってまだ居るだろうか。

 

「んー、まあ一応午前中だし。許されるだろ」

 

 居なかったらソファーかなんかで寝て待てばいい。

 気楽に考えながら、昨日もらった新しい制服に袖を通し、まだ寝ぼけている頭でゆっくりと本部へと向かった。

 

 

 ●

 

 バァン!!

 

 昨日聞いた合言葉を唱え扉を開けると、弾丸が顔の横を通り過ぎていった。

 

「遅い!」

 

 容赦なく殺しにきやがった。

 おかげでまだ寝ぼけかけていたすっかり目は覚ました。

 急いでゆりの前まで走り土下座する。

 

「ゴメンサナイ」

 

 正直生きた心地がしない。死んでいるけど。

 

「あたしは朝のうちにこいって言ったのよ、今いつだと思ってんのもう11時よ!てめぇの朝は一体何時までか言ってみなさい!」

「12時くらい?」

「ニートかこらああああ!」

 

 再び銃口をこちらに向けてパンパン乱射をする。

 今度は本当に当ててきそうだったので必死に頭を床にこすりつけて許してもらった。

 ごめんなさい。

 

「まったく。あなたが来るのが遅いから、岩沢さんたちはもう練習に向かったわ」

「え、陽動部隊の人たち来てたの」

「呼んどいたのよ、もう面倒だから顔合わせはそっちで適当にやっときなさい。はいこれ校内の地図、赤い丸の場所で練習してるわ」

 

 それを言っておいてくれれば早く来たのに。

 早起きは出来なかっただろうけど走ってくるくらいの気概はみせた。

 あんまり意味はないけれど。

 

 ゆりから地図を受けとり場所を確認する。

 どうやら学習棟の教室を利用して練習をしているらしい。

 

「わかった。行ってみる」

「あと、はいこれ」

 

 ゆりは机の下から携帯電話ほどの大きさの黒いものを出してきた。

 手にとってみるが、アンテナらしきものが飛び出ているので、どうやら小型のトランシーバーのようだ。

 

「これは?」

「一応説明すると、まずこちら側から与える任務として、あなたは陽動部隊と本部との相互の連絡係よ。簡単な報告等があったらそれを利用してちょうだい。一番上に登録してある周波数がわたしとつながるわ」

「ふーん。二番目は?」

「それはオペレーターの周波数ね。オペレーション時に必要になるかもしれないから登録しておいたわ」

 

 オペレーターっていうと戦闘員を想像するのは俺だけだよな。普通に考えて総合通信員ってとこか。

 ずいぶんと本格的だな。

 

「だいたいわかった」

 

 俺は制服の下でトランシーバーをベルトにひっかけ、練習場所に向かおうとした。

 

「あ!ちょっと待ちなさい」

 

 慌てたようにゆりは近くにあったメモ用紙を取り出し渡してきた。

 

「何これ」

「遅刻したんだから、お詫びくらいしなさい」

 

 

 ●

 

 

「連絡係やマネージャーっていうけど、これ体のいい雑用係だろ」

 

 初めてのお仕事がパシリであることを不服に思いながら、俺は買い物へと向かっていた。

 しかし遅刻した罪悪感は一応あるし、なによりこれからアウェイへと向かうのだ。

 自分に不利な状況を少しでも減らしておきたいという打算的なヘタレの考えもあった。

 

 購買に向かう前に事務所により奨学金を受けとる。

 本来ならこの金で食堂で食券やらなんやらを購入するはずなのだが、ゆりたちは使わないという。

 一応聞いてみたものの、例によってお楽しみ扱いされてしまった。

 なんだかきな臭い雰囲気しかしないが、まあ気にしないでおこう。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし。

 

 たどり着いた購買でお菓子を物色し購入した。

 そこまで種類はなかったから売れてそうな感じに設置されているものを複数用意した。

 受付のおばちゃんが不審な顔をしていたが笑って誤魔化しておいた。

 そりゃ授業中に学校指定とは違う制服の生徒が買いに来たら不審がるよな。

 

 そのまま自販機へと向かい、お茶と水を購入。

 だが、ジュースって何がいいんだ……

 めんどくさいので適当に炭酸系は避けてオレンジとアップルにしておいた。

 文句を言われたら「ちゃんと種類を決めろ」と怒ろう。

 うん、たぶん無理な気がするけど。女子怖い。特にこの世界の女子変な奴しかまだ会ってないし。

 普通の子がいるという保証もない。

 

「お、コーヒーあるじゃん」

 

 自販機の一番下のあったかいの段にコーヒーが数種類並んでいた。

 メーカーは統一されているようで『keyコーヒー』とあった。

 

「なんだこれ。パチもんか?」

 

 確か生きていた世界にもキーコーヒーなるものはあったけど、ロゴが違う。

 そういえば水も同じような名前で、むこうではvからはじまった気がする。

 なにやら某大陸製のまがい物を見ている気分になった。

 しかし、それしかメーカーは無いので諦めてブラックを購入した。

 

「死後の世界特有のブランドなのかね」

 

 ひとまずコーヒーをブレザーのポケットに入れ、その他の飲み物を購買で買ったものの袋にまとめてようやく練習場へと向かった。

 

 練習場である空き教室まで行く階段を登っているとき、すでに陽動部隊の実体がなんとなくわかってきた。

 教室にとどまりきらないその音のおかげで見ずともネタバレ状態、まるわかりだった。

 聴こえ始めてから一向に音は鳴り止まず、終わる気配はしない。

 これならもう少しゆっくり行けるだろうか。俺は聞こえてくる音に聴き入りながらゆっくりと階段を登る。

 しかし、懐かしい響きだな。いくつかの鋭い弦楽器のサウンドと、バックビートを奏でるドラムの音。

 

 彼女達の陽動とは、バンドだった

 

 ●

 

 教室がある階にたどり着いたが、演奏は鳴り止まない。

 止んだ時を狙ってうまく入ればいいだろうが、果たしてどう狙ったものか。

 

 タイミングを考えながら近づいていくと、なにやら件の教室を廊下から眺める一つの姿があった。

 ピンクの長髪、服装はセーラー服だが小悪魔っぽい尻尾などパンク調のアクセサリーをしている。

 そして小さい。なにより挙動が忙しなくて不審だ。

 

 俺はおもむろに受け取ったばかりのトランシーバーをとりだし、登録してある周波数につないだ。

 

『―――もしもしこちら戦線本部、どうぞ』

「ああゆりっぺさんか?星川だが、一応地図に記された場所の付近まできた」

『何?さっそくおもちゃを使ってみたかったの?男の子ってこの手のモノ好きよね。それとももう報告することがあるのかしら』

「あ、いや、報告するというかなんというかよくわからなくて」

『はっきりしなさい、伝達はわかりやすく簡潔によ』

「ピンク髪のガキが教室の前をうろちょろしてるけど、どうすりゃいい?」

『NPC?』

「いや戦線の制服着てる。だいぶ改造してるけど」

『じゃあ大丈夫そうね。どうせガルデモのファンでしょうからほっときなさい』

「ガルデモ?」

『陽動部隊のことよ。詳しくは自分で聞きなさい。あと、もしその子が邪魔になるようだったら追い出して構わないわ。立場的にはあなたのほうが上よ』

「あきらかに俺のほうが新参ものなんだけど」

『あたしが権限を与えるわ。感謝しなさい』

「そりゃありがたいね。じゃあ通信切るぞ」

『ええ、頑張りなさい―――』

 

 ブッ

 

 通信を終わらせてトランシーバーを再び腰にしまう。初めてだが上手く通信できたな。

 それよりも驚きなのはこれの通信強度だ。

 本部とここは近いとは言いがたいし、校舎は鉄筋コンクリートでそれなりの隔たりもあるはず

 それにしては鮮明な声だった。校内に中継ポイントでもつくっているのだろうか。

 

「大した科学力だなこの世界は」

 

 教室に近づくにしたがってバンドの音は大きくなってくる。

 エレキによる荒々しい演奏が、耳よりも腹に響いてきた。

 

「おおー、フェッフェッフェ」

 

 パンク少女がなにやら危なっかしい声を出していた。

 やばそうなので早く暴走しないうちに接触を試みよう。

 少女の背後から接近し声をかける。

 

「ここで何やってんだお前」

「ひゃあああああああああああああああああいいいいいいい」

 

 俺の存在に気づいてなかったのか、驚き奇声をあげて仰け反った。

 女の子がその声はよろしくないんじゃないかな。

 

「いきなり脅かすとはなんですかー!」

 

 少女はプンスカ怒り腕をふるいながらこちらへ向いた。

 背も低いが童顔だな。可愛くはあるが。

 

「驚かすつもりはなかった。許せ」

「許せで済まされたらこの世におまわりさんはいらねんだよー!」

「この世界におまわりいねーだろ」

 

 てかこの世じゃなくてどっちかっつーとあの世だしここ。

 

「めんどくさいなおまえ。いいから答えろ、何してんだここで」

「見ず知らずの人に答える義務はありません。教えてほしくば土下座してください」

 

 少女は腕を組みここちらをバカにするように見下してきた。

 いや、身長が足りてないから大きく胸をはって顎を突き上げがんばって見下している。うぜぇ。

 

「あっそ。じゃあいいや」

「ええええええええええええええええええ」

「なんだようるせな、童顔キャラ好きじゃねえんだよ!」

「なんで罵倒されてんの!?いやそこは普通土下座するか『なんでお前に土下座しなくちゃいけねえよ』って怒るところじゃないですか!?」

「いいよめんどい、それほど知りたくもないし」

「とりましょーよコミュニケーション!さあさあ!」

「ナンデドゲザセナアカンネン」

「なんで片言の関西弁なんじゃオラぁ!」

 

 やべぇ面白いなこいつ。

 一々反応してくれるからいじりがいがある。

 

「お前何者だよ」

「お前こそナニモノですかー?名乗るときは自分からって教わりませんでしたかー?」

 

 くそ、無駄に元気だな。あとやっぱりうざい。

 

「星川だ。一応ここでは3年に所属している模様。クラスは不明。SSSに入隊したばかりの新入り様ですよ」

「じゃああたしのほうが先輩じゃないですかー!ちゃんと敬ってくださいよー!」

「あ?お前何年だよ」

 

 たしかここは高等部の三年が一番上だった気がするんだが。

 

「あたしですか?1年ですよ」

 

 チョップ

 

「いたぁああい!!」

 

 手刀をくらい頭を抱えながらうずくまった。

 あまりにもうざかったからつい手を出してしまった。

 女性に危害をくわえるのはまずいと思うが、でもなんだろう。不思議と罪悪感は湧いてこない。

 

「なにすんですか!たんこぶできたらどうするんですか!」

「そんときゃたんこぶごと叩き潰して頭整えてやるよ」

「さらにヒドい!?じゃあ新入りなら先人を敬ってくださいよ!」

「俺はお前に命令できる権限をさっきゆりっぺさんからもらった」

 

 ええええええ、とアホみたいに口を大きく開けて少女はマヌケづらをした。

 だから女の子なんだからもうちょっと恥を知れ。

 

「でも俺心広いからそのへんはいいよ。今は対等っつーことで。とりあえず名前でも教えてくれ、こっちは名乗ったんだし」

 

「自分で心広いって言っちゃうのはどうかと思いますけどねー」

 

 身なりをサッと整え少女は俺の正面にまっすぐと立った。

 

「陽動部隊のアシスタントをしているユイといいます。ユイにゃんって呼んで下さいね☆」

「は?」

「ユイにゃん☆」

 

 チョップ

 

「いたぁあああいいいいいいまたぁあああああああああ」

「許せ。あまりにもアホくさくてうざかった」

 

 床に崩れ落ちたユイが涙ぐみながら腕の下からこちらを睨んできた。

 

「誠意が感じられません!誠意が!もっと取引先に言うみたいに謝って!」

「どうもすみませんでした、ユイにゃんさん」

「ドスの効いた声で謝んないで下さい!怖いですよ!どこの取引先ですか!」

「極道?」

「ヤ○ザかよ!」

 

 うん、やっぱいじりがいあるな。ついつい続けてしまう。

 だが、さすがにこれ以上はやばそうなのでやめることにしよう。

 座り込んでいるユイに手を伸ばし起こしてあげる。ユイは再びスカートをはらったり身なりを整えた。

 

「ところでさ、本当にユイにゃんさんはここで何をしていたんだ?」

「その呼び方固定なんですか。なんか「さかなクン」さんみたいで嫌なんですけど」

「バンドの練習を見ていたようだけど」

「無視ですか。別に何かしてたわけじゃありませんよ。ガルデモの練習風景を、ただ見ていただけです」

「ガルデモ、陽動部隊のことか」

 

 そういえばさっきゆりが言ってたな。

 察するにこのバンドの名前か何かなのだろうか。

 

「星川先輩はこの世界に来てまだ間もないんですか?さっき入ったばっかりって言ってましたけど」

「間もないも何も昨日来たばっかりだよ。ほとんど外国人みたいなもんだ」

「そりゃ難儀ですね」

 

 ユイと並んでで教室を眺める。

 岩沢という少女がセンターでマイクに向かい、両サイドにギターとベース。後ろにドラムがいた。

 こちらの視線に気づいているのかいないのか、どちらにせよ気にしてはいないようで練習に没頭している。

 

「ユイにゃんさんはいつも練習見てるのか?」

「毎日では無いですが、時間があれば。ファンですからね!」

 

 ユイは胸をはっていばる。ない胸を。

 

 ファンか……たかだか学校のバンドにファンがついているのか。

 この世界には娯楽がそれほど少ないのだろうか。

 寮にテレビはなかった。購買には雑誌は売っていなかった。

 地図にコンピューター実習室というものはあったからパソコンはあるのだろう。

 それがネットにつながっているかは不明だ。下手すると学内ネットワークだけかもしれない。

 本当にこの世界の人間はどうやって娯楽を得ているのだろうか。

 部活動や同級生との会話だけではフラストレーションが溜まり続ける一方だ。

 もしくは普通の人間と違ってNPCはストレスが溜まらないようにできているのか?

 

「そのガルデモ?のファンの中にはNPCはいるのか」

 

 横目でユイを見ながら問う。

 

「そりゃいますよ、むしろNPCのほうが数は多いです!いつもライブはNPCたちが大はしゃぎですよ!まあ、圧倒的に人数比があれですからね」

「ふーん」

 

 ガルデモファンの中にNPCがたくさんいるってことは、やはりNPCはガルデモのライブが娯楽となっているか。

 これだけではストレスがあるとは証明できないが、もしそうならそこを上手くついた戦線の発想には敬服する。

 溜まっていた負の感情が一気に発散される対象を作れば、それに人々は簡単に依存する。

 その対象を上手く利用すれば、依存している人々もある程度操作はできる。

 まるで宗教のようだが、さすがにそこまで考えてはいないだろう。けれど、結果としてガルデモに依存している生徒は少なくはなさそうだ。

 NPC以外にも。横のこいつみたいに。

 

「すごいんですよガールズデッドモンスター、略してガルデモは!女の子だけでこの演奏力、そしてなんと言ってもボーカル&ギターの岩沢さんのあの存在感!作詞作曲までしちゃうんです!あたしのお気に入りは……」

 

 聞いてもいないのにどんどんと情報を一方的に語ってくれた。

 Girls Dead Monsterでガルデモね。

 なんつーか皮肉が効いたバンド名だな。

 

「いやーこの部隊に所属できて本当に幸せです!下っ端仕事しかさせてもらえませんがそれでもいいんです!なんたってこうして」

「なんとなくわかったからもういいよ」

 

 未だ際限なく語り続けるユイに停止をかける。

 どこまでも話す姿でよくわかった。本当にこのバンドに陶酔しているようだ。

 

「えぇー、まだ半分も語ってないですよー!」

 

 ぽかぽか肩を叩いてくるのを片手で制しながらバンドの練習を眺め続ける

 

 それより、今やってるセッションて

 

「あれ?どうしました?怪訝な顔してますね」

 

 俺の表情をみたユイが聞いてきた。

 

「おまえさ、今やってる曲わかる?」

「え?そういえば知りませんね。もしかして新曲!?」

 

 きゃーきゃーと再びやかましく叫ぶユイ。ファンが知らないならこういう曲ではないか。

 

「いや、あれ新曲じゃないよ、たぶん。てか曲ですらない」

 

 まあ見方によっては曲でないとは言い切れないだろうけれど、少なくとも一般的なバンドから言ったら違うだろう。

 

「えー、なんでわかるんですか?今日初めて聴いたんですよね」

「すこしかじっててな。生きてた頃は音楽が主食だったよ」

「おおー、ミュージシャンさんですか!」

「違う。音楽で食ってたんじゃなくて音楽を食ってた」

「意味わかんないです」

「俺もだよ。まあミュージシャンなんてそんな大層なもんじゃないよ」

 

 そんな偉いもんではない。

 死ぬまで音楽はやり続けていたが、一瞬足りとも今眼の前に居る彼女達より輝いたことなんかない。

 俺はそういう人種だ。

 

「じゃあなんでわかるんですか?音楽家の勘?」

「勘というか経験則。あれは単に暴走して収拾がつかなくなってる」

「えっ」

 

 俺はユイの頭を引き寄せ、指をさしながら説明した。

 

「たぶん最初は普通に練習してただろうな。でもあのベースが遊びはじめたんだろ。さっきから方向性は全部ベースが握ってる」

 

 握ってるというか勝手に進んでってるって感じだが。

 奥のほうでベースを持ったオレンジ色の長髪の少女が非常に愉快そうに弾いていた。

 たぶんイタズラが好きなタイプ、完全に顔がイっちゃてる。

 

「んで、ギターの片方がそれに乗っちゃった。ボーカルやるならたぶんリズムギターなんだろうけど、完全にリードギターの演奏になってる」

 

 中央にいる岩沢はずっと自分のギターを見ながら黙々と演奏している。

 

「それで本来ならリードギターであろうあのポニテの少女が、セカンドギターとしてシフトすることでなんとか喰らいついてる。みてみろよ、すげー顔してるぞ」

 

 ベースとは対の位置に居るギターを弾いている少女は、般若の形相で今にも殺さんとばかりにベースを睨み続けている。

 残念ながらベースの少女はそれに気づかない。

 

「それでおろおろしながらも、なんだかんだ楽しんでドラムはビートを刻み続けちゃってる。たぶん演奏止まったらポニテがベースにマジギレするんじゃない?あの表情じゃ」

 

 遊びで始めたことが止まらず取り返しがつかなくなっている。

 

「まあリズム隊が動きつづけてんだもん。いつになったら止まることやら」

「じゃあこの状態って止まらないんですか!?」

 

 ユイが死ぬんじゃないかっていうほど心配そうな表情で聞いてきた。

 いやさすがに死ぬまで止まらいわけじゃねーよ。

 

「誰かやめたら止まるんじゃない?思いやりがあれば。でも抜けてもほっといて続けそうな感じもするけど」

「えええええ」

「まあ確実なのはドラムが止まってくれることだけどね。さすがにベースとギターがいくら暴れてもドラムさえ止まればやめるきっかけにもなる。」

 

 そう話していると、ハイハットを叩こうとしたドラマーの手からポンとスティックが抜けて飛び、後ろの壁に叩きつけられた。

 

 足が止まったバンドは停止する。

 少しの間、疲労によるあらい息遣いが教室に響いた。

 つかの間の沈黙。

 

 そして遂にポニーテールの少女はギターをそっと床に置くと、一気にベースの少女へと飛びかかった。

 

「関根てめえええええええええええええええええ」

「うああああああごめんんさいいいいいいいい」

 

 間一髪で攻撃を躱した少女は、ベースごと持ってするりとドラマーの少女の後ろに逃げた。

 

「みさきち助けて!」

「えええ!むりだよぉ!」

 

 般若と化しているポニテの少女はなおもベースの少女を追い、逃げた少女はドラムを挟んで行ったり来たりと鬼ごっこをしている。

 こういう事態を治めるはずのリーダーこと岩沢さんは、演奏が終わると同時に座り込み足元にあった紙になにやらすごいスピードで書いては消してを繰り返している。

 

「星川先輩の言ったこと、ホントだった……」

 

 般若の大暴れを見ているユイは戸惑いオロオロしている。

 今がチャンスかな。

 

「ここはなんとかするから、お前は帰れ」

「えっ」 

「命令。大好きなガルデモのために下っ端仕事をキリキリこなしてこい」

「……さっき対等て言ったのに」

「いいからさっさと行け」

 

 シッシと追い払うように手を振る。

 心配そうに教室を見るも諦めたようでこちらを向き。

 

「むー、わかりました。ではこれで!」

 

 ビシッと敬礼をした後、ユイは背を向けチャキチャキと歩き去っていった。

 

「さて、じゃあまずこの状況をどうにかしねーとな」

 


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