angel beats : music of the girls, by the dead, for the monster   作:カリー屋すぱいしー

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Chapter.1_9

 屋上には昨日と同じように心地よい風が吹いていた。

 

 ここから見える夕日は本物なのだろうか。

 俺が生きていたあの世界とは別物なのだろうか。

 あの夕日もまた”死んで”いるのだろうか。

 

 そんなことを考えながらも柵に寄りかかる。

 下を見ると、ちょうど部活を終えたNPCたちが教師に急かされてならが駆け足で寮へと帰ってゆく。

 その後ろ姿を眺めながら、なんとなく歌を口ずさむ。

 

「それ、ビートルズ?」

 

 声をかけられ振り向くと、ギターケースを抱えた岩沢が無表情ながらもいつもとは違って昨日会話をした時のような熱のある顔をして立っていた。

 

 

 ゆりと別れた後、俺は呆然としていた。

 最初はさっさと帰って寝ようかと思っていたのだが、ゆりとあんな話をしたままぐっすり眠れる気なんて全くしなかった。

 なんとなしに校舎内を歩いていると昨日屋上からみた景色や夕日のことを思い出した、

 このまま歩きまわって例の少女に遭遇したくもなかったので、しばらく夕日を眺めて過ごそうとやってきたのだ。

 

 だが、ここの景色は覚えていても岩沢が現れる可能性は完全に失念していた。

 そういやここで会ったんだよな。そして俺はここから落ちたんだよな……

 つい下を覗いて高低差を確かめてしまいそうになる。怖いので見ないように堪える。

 

「ビートルズだよね?」

「そうだよ」

 

 岩沢に顔だけ向けて答える。

 彼女は答えを聞きながら俺の横まで歩いて同じように寄りかかった。

 

「何でその選曲なの?」

「何でって、おかしいかな」

「夕日見ながら口ずさむような曲かなと思って」

「それはだね、」

 

 俺は黙ったまま少し待ち、校庭に設置されているスピーカーを指さした。

 

 『キーン コーン カーン コーン』

 

 タイミングよくチャイムが鳴る。

 これで完全に部活動は終了し、NPCは寮なりなんなりに帰ったことだろう。

 もうこの校舎にいるのは俺達か他の戦線メンバーだけのはずだ。

 

「生きてるとき通ってたところがね、最終下校の音楽がこれだったんだよ。だからこうして学校から帰るって雰囲気になるとつい歌っちゃってな。だから夕日みて歌ったわけじゃない」

 

 三年間の継続とは恐ろしい物で、卒業した今でもこの曲を聞くと急がなきゃと思ってしまうほどだ。

 

 それはそれとして、この曲イヤホンとかヘッドホンで聴くと気持ち悪くなるよね。

 ビートルズってステレオで分割させるのが特徴的だけどやりすぎって感じがこれはしなくもない。

 いい曲だけど。

 

「ふぅん」

 

 今までと同じように言葉だけは気のない返事だったが、その声色からは興味があるのが伺える。

 音楽の話題ならいいんだろう。

 

「ビートルズ好きなの?」

「んー、まあまあ、かな。聴きはするし嫌いじゃない」

 

 ふぅんと同じ返事をしながら、岩沢は隣で座り込みケースからアコースティックギターを取り出した。

 それを眺めていると、岩沢が顔を上げる。

 

「どうした?座りなよ」

「お、おう」

 

 同じように夕日を背にして岩沢に座り込む。

 

 『放課後・屋上・二人っきり』というシュチュエーションに男の子として思いをはせなくもないが、ペグを回して黙々とチューニングを行う岩沢にそれを期待するのは難しいだろう。想定内、想定内だから。

 

「星川ってさどんな音楽聴いてきたんだ?」

 

 アホなことを考えていたら不意に岩沢から質問をされた。

 即答は出来ず少し考えこむ。

 

「どんな、っていわれてもなあ。色々すぎてわからんよ」

「じゃあ、どんなジャンルをよく聴いていたんだ?」

「ジャンルねえ……」

「やっぱりロック?」

「男がみんなrock'n'rollerとは限らないぞ」

 

 まあ好きではあったけどよ。

 

 俺はこめかみを抑えながら考え込んだ。

 正直答えるのが色々めんどうである。

 答えるのが嫌なのではなく、めんどくさい質問なのだ。

 

 それでも岩沢は急かすことはなくゆっくりと待ち続けている。

 

「そうだなぁ……広い意味で言えばエレクトロニックをしょっちゅう聴いて過ごしてたかな」

「エレクトロニック?電子音楽ってこと?TMネットワークみたいな?」

「そうともいうかなんというか」

「どういうこと?」

 

 可愛らしく首をかしげて尋ねてくる。

 

「例えば、俺の一番好きだったバンドは"一応"エレクトロニックにカテゴライズされるんだけど、正確なジャンルは厳密にはエレクトロニックではないというか一応クラブミュージックなんだけどエレクトロニックといえばエレクトロニックっていうか……そもそもエレクトロニックは電子音楽で総称みたいなもんで、その中でも色々ジャンルがあってそれぞれはエレクトロニックでも音楽としては全くの別物だったりするわけで、はっきりと"TMネットワークネットワークみたいな"とは一概に言えないんだよ」

 

 エレクトロニックはエレクトロニックでエレクトロニックじゃなくてエレクトロニックともいいエレクトロニックにふくまれエレ……

 

「……なんかめんどくさいね」

「そもそもジャンルという考え方で音楽を分けるのはナンセンスとも言うし」

 

 一部の過激的な考えかもしれんが。

 でも俺が一番良く聴いていた分野は本当にめんどくさい感じにジャンルというものが分けられ混在されていて、それが普通に保っているという不思議な状態だった。

 何がどう分けられて違うのかは素人目ではすぐにはわからないのも確かだったけど。

 

 例えば、とあるユニットはあるDabstepというジャンルを謳って曲を出していた。

 しかし、そのジャンル内で新しい分け方ができた、というかこういう曲はこのジャンルのものとは別ものであるという考え方ができ、新たに別の枠ができた。

 おかげでそのユニットは最初に謳っていたDabstepとは別のジャンルのBrostepへとカテゴライズされてしまった。

 本人たちが決めてのではなく、客観的にみてお前らこっちと世間様に。でもそれで別に曲のスタイルが変化したわけでもなく、今まで通りだったからジャンルなんて言葉は本当にわかりやすい、”とりあえず”の目印でしかないんだってことがよくわかったものである。

 

「へぇ、ちなみになんてバンドだったんだ?」

「Pendulumっつー、イギリスのオーストラリア人バンド」

「は?イギリス?オーストラリア?」

「イギリスでレコード出して活動しているけど、出身はオーストラリアですってこと」

 

 それを聞いた岩沢はんーっと顔をしかめながら考え。

 

「……日本でしか活動してないんじゃないかっていうK-P○Pみたいな?」

「その言葉は都市伝説の範囲ギリギリアウトなんじゃないかと言われて扱いに困るけど、違うと言っておこう」

 

 それとこれとを一緒にしてはならない。

 そうか、と別にどうでもそこは良かったと言わんばかりに落ち着いた表情に岩沢は戻った。

 こいつやはり音楽がらみの話をすると表情豊かになるな。

 

「そのペンデュラム?っていうバンドはどんな音楽をつくっていたんだ?」

「えーっとな、一応ジャンルはDrum'n'Bassだ。わかるか?」

「ドラムアンドベースだろ?たしかやたらとドラムが高速でビート刻んでやたらとベースが低くなってるやつだろ」

「すごいアバウト過ぎるけどだいたいは合ってる」

 

 もともとLTJブケムというイギリスの音楽プロデュサーがジャングルという音楽と混合しないように、自らの音楽はジャングルとは指向が違う別物だということで名付けられた。

 だからドラムンベースとはLTJブケム個人の音楽から始まったジャンルであり、一応の定義はあるものの全てがそれに当てはまるわけだはないのだ。

 

「PendulumはそのDnBが基盤となっているんだけど、電子機器と多用してサウンドをつくっているからエレクトロニックと言い切ることもできる。メインメロディーはシンセが担うことが多いし」

 

 まあこう言い切るにはDnBとエレクトロニックが別物と解釈しないといけないけど、そう切っても切れるものではないからなんとも言えないんだけどね。

 前述したとおりDnBは基本クラブミュージックだからなあ。

 

「へえ、どんな詩を歌うんだ?」

「うーん、詩はオカルトチックだったり、洋楽を和訳したらよくあるやたらかっこつけてるやつだったり。でもPendulumがまともに歌詞つき歌い始めたのは3枚出したアルバムの内の最後だから、詩っていわれてもなぁ。Pendulumの本質はそこじゃないし」

「歌詞なし、インストゥルメンタルの曲がほとんどなのか?」

「そーだよー、普通に5分超える曲とかざらにあったよ」

「え、じゃあライブはどうするんだ」

 

 俺はニヤリと笑った

 

「そこがPendulumの面白いところなんだよ。ライブの時だけMCをやるメンバーがいるんだ」

「MC?」

「そう。絶妙なタイミングで合いの手入れたり、盛り上がるメロディーの直前までにめちゃくちゃ煽ってオーディエンスのボルテージ高めたりな。スッゲー盛り上がるんだよ」

 

 インストの曲が多いといまいち盛り上がり切らない。

 クラブハウスの良な場所ならいいのだが、Pendulumは普通に野外ステージでやることも多い。

 そこでMCが観客を盛り上げ続けるのだ。

 

「MCかぁ、うまく想像できないなぁ」

「んー、ヒップホップ、とはちがうけど、そんなかんじにマイクで煽りまくる人を想像すればいいよ」

「ふぅん」

 

 それにPendulumのライブはMCだけではない。

 "beat"を意識させるDnBのエレクトロニックの特徴を生かして、それに合わせたライトの点滅や切り替えなんかもする。

 ライトの活用は今どき珍しくもないが、高速のビートにのって切り替わるライトによってオーディエンスは”視る”ことでトランス状態になる。

 

「それにpendulumはアレンジ曲を結構やるんだよ。しかもそれをライブでしかやんねーから」

 

 ライブCDがでたからそれに収録はされているけれど、ちゃんとした録音ではない

 一番有名なアレンジは"voodoo people”だが、ヘタをすると他のオリジナル曲より有名かもしれない。

 たまにテレビとかでBGMにつかわれるし、PVが有名だから。

 こいつは一応本元のThe ProdigyのCDに収録されたけどすでに絶版。

 データー販売もされているけど音質256しかない。

 

「一体、どんな音楽だったんだろうな」

 

 岩沢は伝聞による想像上だけで、その音楽を聴けないことを本当に悔しがっていた。

 

 なんとなく、岩沢という少女の本質がわかりはじめた。

 この少女は、音楽を心から愛しているんだ。

 

「……俺も、せめて"Showdown"か"Witchcraft"くらいは、聴かせたかったな」

 

 冷徹に刻まれるビートとエレクトロニックによる重く激しいあのサウンドを。

 この少女に聴かせることができないのが、残念だ。

 もし聴かせることができたとしたら、音楽を愛するこの少女はどんな反応を見せてくれるだろうか。

 

 驚くのか、嫌うのか、心酔するのか、憤慨するのか、惚れるのか、軽蔑するのか、溺れるのか。

 

 想像が、とまらない。

 

 ああ、残念だ、本当に。

 

「そうだ!星川弾いてみてくれよ!」

「はぁ?」

「一曲だけ、サビだけでもいいからさ!あ、でもインストならサビだけじゃだめだな。なあ、頼むよ!」

 

 岩沢は俺の手にアコースティックギターと無理難題を押し付ける。

 いかん、こいつマジの眼だ。

 

「弾けって、アコギでとか無理だわ!エレクトロニックでシンセがメインつったろ!」

「アレンジで!」

「即興でできるかそんなもん!」

 

 むぅー、と両頬を軽く膨らませて岩沢はむくれる。

 可愛いけど無理なものは無理です。

 

「じゃあ用意したら弾いてくれるか」

「あ?」

「じゃあシンセ用意したら弾いてくれるか!?」

 

 大声をはりながら俺の肩をつかむ。

 ひさ子みたいにバカみたいな握力はないようで、痛くはない。

 だけどさっきから距離が近いって。

 

「うーん、全部再現とか無理だけど、覚えているメロディーとか、それこそうろ覚えアレンジでよければ」

「わかった、それでいい。ぜったいだぞ!」

 

 つかんだ肩に力を入れて体をもっと引き寄せる。

 そのまま睨むように下から覗き込み俺に強く主張し誓わせようとする。

 俗に言う上目遣いというやつで。狙ってんのか天然なのかわからないが、それは大変可愛らしくこちらとしてはずっと視てると恥ずかしくなるので顔を背けて誤魔化す。

 

「あーうん、デキレバネー」

「ちゃんとこっち向け」

 

 案の定注意をされる。

 そのうえ両手を肩から離し、顔を挟んでグっとまわして岩沢と目が合うように固定された。

 

「いいか、ぜったいだからな」

「はい!はい!わかったよ!約束するよ!」

 

 これ以上の間上目遣いで睨まれ続けると本当に恥ずかしくて死にそうだから諦めた。

 こいつ自覚してやってたら相当だぞ。

 でも天然だったら萌えるけどそっちの方が危険すぎるか。

 

「うん、ならよし」

 

 やっと俺は顔面ロックから解除された。

 まったく、今日はいい意味でも悪い意味でもドキドキと心臓の動悸が早められすぎて辛いわ。

 セクハラするのは全然楽だけど、こうして純粋にやられるのはどうもダメなようだ

 王道的展開に弱いんでしょうか。

 

「ああ、たのしみだなぁ。どんな音楽なんだろう」

 

 ドキドキの張本人無自覚なままいつか聴ける音楽に思いを馳せておらっしゃった。

 

 ……訂正、こいつは音楽を愛する少女ではない。

 こいつはただの音楽キチだ。

 

 ま、愛していることにはかわりないかもしれんがね。


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