真姫ちゃんが大好きで大好きで、好きが高じて作品を投稿してしまいました。週に一度の頻度で更新していく所存です。まったり更新ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
世の中では、スクールアイドルというものが流行っているらしい。
「穂乃果に誘われまして……私にできるかどうかは分かりませんが、やるからには全力で取り組みたいと思っています」
昨日最愛の妹から聞かされた宣言。昔から生真面目で、そういった俗な物事には(表面上は)興味を示さなかった彼女がスクールアイドルユニットを組むことになったと言い出した時は正直耳を疑ったが、同時に嬉しくもあった。ウチの家が日本舞踊の家元なこともあり、自ら堅苦しい姿を見せているようにも感じていただけあって、これはまたとない機会だ。父さん達も「穂乃果ちゃんが誘ったなら」と文句を言う気もないらしいので、これを機に是非とも思春期女子高生ライフを謳歌してほしい。
しかしながら、兄としては何かできるならばフォローをしてあげたい。既に嫁入りしてどこかへ行ってしまった姉曰く、「私の分も海未の手助けをしてあげなさい」とのことである。勝手に出て行った身でよくもまぁとは思うが、僕も僕で実家の跡継ぎを海未に放り投げている立場ではあるからそれ以上は言うまい。つくづく末っ子に迷惑をかける姉兄である。
スクールアイドルに詳しい友人から聞いた話によると、最近ではUTX学園の『A‐RISE』とかいうユニットが人気を博しているようだ。三人組のグループで、卒業後はプロデビューも確定しているとかなんとか……正直言って、唖然の一言である。大学も二年目に突入した僕でさえ将来のヴィジョンが浮かんでいないというのに、高校生の彼女達は将来を約束されているというのは果たして幸か不幸か。大変だなぁと他人事ながら呆気にとられる始末だ。
スクールアイドルについて知るならば、UTX学園、そして秋葉原に行くべし、とのお達しを受けた僕は本日、大学の授業終わりに早速例の学園前に降り立った次第。秋葉原駅から徒歩すぐの場所にあるドでかい建物が噂の学園らしく、純白の制服を着た女子高生達が最新のタッチ改札を通って下校しているのが印象的だ。妹が通っている音ノ木坂学院とはまさに月とスッポン。伝統があるとはいえ、近くにこんな最新鋭のイカした学校が出来てしまえば、そりゃあ入学者も取られるのは自明の理と言わざるを得ない。致し方ない。
『UTX学園にようこそー!』
綺麗な声につられて顔を上げると、そこには建物の中間部分に設置された巨大なディスプレイに映る三人の美少女。あれが噂のA‐RISEとやらなのか。画面に彼女達の姿が映った瞬間から、周囲の通行人達がざわめき色めき立っていた。どうやらスクールアイドルが人気というのはあながち間違いではないようだ。にしてもこの盛り上がりぶりは、まるで本物のアイドルが現れた時のよう。スクールアイドルって凄いなぁ。
「……ふん」
そんな感じでぼんやりとディスプレイを見上げていると、何やら険しい表情で鼻を鳴らす女の子が視界の隅に映った。赤毛の、気が強そうな雰囲気の子だ。紺色のブレザーを見る限り、妹が通っている音ノ木坂学院の生徒。リボンが水色なので一年生といったところだろう。真横なので顔は良く見えないものの、それなりに整った顔立ちだ。大学にいたらサークルに勧誘されまくること請け合いな美人さん。それが僕からの第一印象。
これが僕の大学の仲間だったら即座に声をかけに行っただろうが、僕は
周囲の女子高生達の視線に薄ら寒いものを感じながらも、パンフレットを一枚取ると早足で学園を脱出。やはり、どうしても異性からの視線にはなれない。春なのに冷や汗で濡れた身体をハンカチで拭きつつ外へ出る。これ以上ここにいると、僕の精神衛生上よろしくない気がした。
何事もなくUTX学園の外に出ることができた僕ではあるが、ふとさっき美少女がいた辺りに視線をやっていた。さすがに彼女は姿を消していて、もう影も形もない。音ノ木坂の制服を着ていたからか、それとも美少女だったからか。どうしてか頭の中に彼女の姿が残っている。どうしたのだろう。別に、そこまで目を惹くような子ではなかったはずなのだが。
妙な違和感に苛まれている僕ではあったけれど、さっきまであの子が立っていた場所に何か手帳のようなものが落ちていることに気が付いた。普段ならば特に気にすることもないはずのソレ。だが、僕は何故だか、それが彼女に関係するものではないかと思ってしまっていた。我ながらおかしい、と自覚はあったけれど。
周囲を見渡しつつ近づく。手帳と思っていたものはパスケース……というか、学生証だ。黒塗りの生地に金色で描かれた音ノ木坂の校章。妹が同じものを持っているのですぐに分かった。おそらくは、例の赤毛の子が落としたのだろう。しっかりしているように見えたが、意外とうっかりなのかもしれない。思わぬギャップに苦笑が浮かぶ。
このまま放置しておくのは些か良心が痛む。妹に預けて、後日本人に渡してもらおう。
学生証を拾い上げ、ポケットに入れる。……の前に、名前だけでも確認しておこうと手を止めた。もしかしたら別人の可能性もある。ここから音ノ木坂学院まではそう遠くない。彼女以外の学院生もここを通る確率は大いにある。あくまで確認の為であり、邪な思いは決してない。妹に誓って。
パスケースを開く。中にはやや不機嫌そうな表情で写った彼女の顔と、『西木野真姫』の文字。西木野というと丘の上にある総合病院が脳裏に浮かぶが……いや、余計な詮索はやめておこう。女性に関わってロクな目にあった試しがない。
今度こそポケットに学生証を突っ込む。UTX学園を羨ましそうに、憎たらしそうに見上げる西木野さんの顔がやけに目に焼き付いていたが、理由は未だに謎だ。
「西木野真姫さん、か」
気が付くと彼女の名前を呟いていた。それだけなのに、何故か心臓がトクンと鳴る。いつもの
海未の部活が終わるまでに資料を集め、迎えに行かないと。
謎に高鳴る胸をなんとか押さえつけ、僕は人で溢れる秋葉原の街に飛び込んでいくのだった。
☆
音ノ木坂学院高等学校は、神田神社の近くにある長い伝統を持つ学校だ。
かつては音楽系部活が有名な学校として知られていたが、今では少子化の影響もあり廃校の危機に晒されているとかなんとか。一年生に至っては一クラスしかないというのだから、その過疎っぷりは凄まじい。園田家では母も姉も音ノ木坂に通っていた為、思い入れのある学校ではある。女子高だから僕は近くの公立校に通っていたが、それにしても無くなってしまうというのは少々悲しい。
そんな音ノ木坂の正門前で柱に背を預けながら、僕は部活終わりの妹を待っている。女子高に私服の大学生がいることに違和感があるのだろう、下校中の学院生達が奇異の視線をこちらに向けていた。
「ねぇ、あの人誰なんだろう」
「ウチの生徒の彼氏? 大学生とお付き合いしている人とかいるんだ」
「にしても、女子高の門の前で待つとか目立つわよねー」
こちらをちらちら見ながらの呟きが聞こえてくる。一応音声をシャットダウンするために音楽を聴きながら目を瞑って立っているのだが、異性からの視線、声を完全には無視することができない。それどころか、特に酷いことを言われているわけでもないのに動悸が速まってきた。意識して抑えないと、呼吸も荒くなってしまう。……もう何年も経つのに未だに治らない、この持病。女性からの言動にいちいち体調が異常をきたす。冷や汗でインナーがじっとりと濡れ始めていた。
音楽プレイヤーの音量を上げる。気にしないように、流すように意識を落としていく。大丈夫。別に悪口を言われているわけじゃない。落ち着け。
手足がわずかに震えている。目を瞑っていなければ、視線は完全に泳いでいただろう。傍から見れば相当に変な人に見えたに違いない。我ながら無茶な荒療治をしている自覚はあるが、ここで音をあげるわけにはいかなかった。太腿あたりをギュゥと抓み、時間が過ぎるのを待ち続ける――――
「お待たせしました、兄さん」
ハッと意識が浮上した。気が付くと片耳のイヤホンが外されていたようで、聞き慣れた透き通った声が鼓膜を震わせる。弾かれた様に横を向くと、競技用の弓を収納したケースを抱えた黒髪の女子高生が、穏やかな笑みを浮かべて僕を見上げていた。
幼いながらも凛とした表情に、さっきまで悲鳴を上げていた心臓が落ち着きを取り戻す。
「遅くなって申し訳ありません。部活の後、穂乃果達とダンスの練習をしていたもので」
「あぁ、いや、頑張っているようで何よりだよ海未。それと、海未を待っているのは僕の勝手な自己満足だからさ、気にしないで」
「ありがとうございます。ですが、
「ごめんごめん。でも、ほら、前に比べたら多少はマシになってきたんだって」
「もう……」
なるたけ妹を心配させないように明るく振る舞う。僕の内心を悟ってくれたらしい海未は、それ以上追及することはせずに隣に並んでくれた。気遣いのできる妹に相変わらず頭が上がらない。
園田海未。将来はウチの家業を継ぐことになっている、どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹。少々耳年増な部分は否めないながらも、年相応の可愛らしい女性に育ってくれた。クールな性格とはっきりとした言動のせいもあり、同性からの人気が高いとは幼馴染のことりちゃん談だ。自慢の妹が人気だというのは鼻が高い限りだが、女子高ということもあり
「……兄さん。何かとても不本意な事を考えていましたね?」
「うぐ。い、いや、まったくもってそんなことはないよ?」
「嘘です。十何年兄さんの妹をやってきていると思っているのですか。それくらいのことは分かります」
「手厳しいなぁ」
「兄さんがそうやってすぐに誤魔化そうとするから、面白がって穂乃果が真似するんです。苦労しているのですよ、あの性格には」
「僕のせいなのかなぁそれ」
「多少なりとも影響は与えているはずです」
ちょっとだけ理不尽な物言いに反論してみるものの、ぴしゃりと論破されてしまい二の句を継げない。相変わらず固いというか厳しいというか……悪い子に育つよりはマシだけれど、もう少し遊びのある性格に育ってくれるのを期待していたよ、海未。
「あ、そういえば海未。さっき音ノ木坂生の学生手帳を拾ったんだけど、この子に見覚えはない?」
「学生手帳、ですか?」
首を傾げる海未にポケットから取り出した西木野さんの手帳を見せる。何度見ても不機嫌な表情だ。三年間は使わなければならない手帳の写真くらい、もっと明るい表情で写ってもいいだろうに。この子も大概気難しい性格なんだろうなぁ、と大して知りもしない相手を勝手に想像する。
海未は僕から手帳を受け取ると、まじまじと内容を読み取り、
「西木野真姫……この子は確か、以前穂乃果が言っていた……」
「え、まさかの知り合い?」
「いえ、知り合いというよりは、私が一方的に知っていると言いますか」
心当たりがあるような反応に軽く驚く。衝撃の事実だ。世界は狭いとはよく言うが、ここまで小さくなくてもいいだろうに。手間が省けるという点ではありがたいが。……音ノ木坂が廃校寸前だというのがここに来て影響していると思わざるを得ない。そりゃ全校生徒二百人もいなかったら顔くらいは見たことあるか。
にしても、知っているのなら話は早い。
「頼みというか何というか、この手帳、西木野さんとやらに返しておいてくれないかい? さすがに僕が直接渡すわけにもいかないだろうし」
「それは構いませんが、珍しいですね」
「なにが?」
「いえ、普段の兄さんなら女性に関わるものはすべて拒絶するはずなのに、見かけたとはいえ女子高生の手帳をわざわざ拾うだなんて」
「僕だって最低限の良心くらい持っているよ。諸事情云々は抜きにしても、ね」
なんか心無い人間みたいな言われ様に少しだけ落ち込むが、彼女の疑問は最もだ。僕が女性に関するものに興味を示すなんて、おそらくはここ最近で初めてではないだろうか。多少なりとも仕方のない部分はあれど、無意識的に異性を避ける傾向にある僕が、である。
まぁ、なんというか、僕は俗にいう女性恐怖症な訳で。
恐怖症というか、女性不信というか。過去に色々あったので、肉親やそれに準ずる女性以外と接すると一種のパニック障害染みた症状が発症する。これでも数年かけてそれなりに治まってきた方なのだ。発症当初はことりちゃんや穂乃果ちゃんはおろか、妹である海未とさえもまともに会話ができない程だったから。今思い返すとつくづく酷い。
そんな僕の持病を知っている海未だからこそ、不思議に思ったのだろう。無理もない。当時僕のことを誰よりも心配してくれた彼女からすれば、驚きの一言だろうし。
そんな事情もあり怪訝に思ってくれたのだろう可愛い妹の鞄を持ってやると、そそくさと音ノ木坂から離れていく。
「それじゃあ手帳は頼むとして、帰ろうか海未」
「言う前から退散しているくせによく言いますね兄さん」
「これ以上は僕の精神衛生上よろしくないという判断に則っての行動さ。それに、今日は海未の為に色々集めてきたからね。それのお披露目とかも含めて、帰宅を推奨したい僕だよ」
「はぁ……。まぁ、真っ直ぐ帰るつもりでしたから構いませんが」
肩を竦めつつも小走りで僕の隣に並ぶ妹が可愛すぎる件について。
例の西木野さんとやらについては海未に任せるとして、さっさと頭の中から消し去ってしまうのが吉だろう。僕の体質的にこれ以上関わることがあるとは思えないし。
帰り道中ずっと僕に小言をぶつけてくる大人びた妹に苦笑を返しながらも、僕の一日はいつもとちょっとだけ違う感じで終わっていった。
読了ありがとうございます。