茜色の旋律   作:ふゆい

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 第十節です。


第十節 学校へ行こう!

 予想外の出来事というのは、本当に想定外の方向からやってくるらしい。

 

「あ、あの……良かったら、お茶を……」

「え、えっと……あ、ありがとう……」

「ぴゃいっ!? いいい、いえこちらこそぉ――――!」

 

 僕に湯呑を渡すや否や、すぐに近くに座っていた我が悪友小泉草太の背後に隠れてしまう気弱そうな見た目の小泉花陽ちゃん。少し離れたところでは何故か「シャーッ!」と草太を威嚇しているボーイッシュ少女星空凛さんの姿もある。しかも今僕と草太がいる場所は音ノ木坂のアイドル研究部、その部室だ。この場にいる部員は花陽ちゃんと星空さんの二人だけだが、後から残り七人も集まる予定らしい。とりあえず海未が早く来てくれるのを祈る僕こと園田空良十九歳。

 

「花ちゃんホント人見知りだなぁ。空良は良い奴で優しいヘタレだから大丈夫だって」

「おいそこのハゲ。余計な修飾付けているんじゃないよ懐中電灯当てるぞ」

「ハゲじゃねぇファッション坊主だ」

「うぅ、草ちゃんのお友達っていうのは分かってるんだけど、でもまだ上手く話せないよぅ……」

「こらー! あんまりかよちんにくっつくな泥棒猫ー!」

「猫はお前だよ凛!」

「………へるぴみー海未」

 

 目の前で繰り広げられる小泉家幼馴染乱闘に異様なまでの場違い感を覚える僕は席を外してる最愛の妹へ助けを求める。そも、なんで僕と草太が女子高に侵入しているのかとか、アイドル研究部にお邪魔しているのかとか不思議と疑問が溢れることだろう。僕自身、未だに気持ちの準備が整っていない。

 目の前のドタバタ劇から目を逸らしつつ、気持ちを誤魔化すために回想へと耽るとしよう。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 きっかけは、海未が持って帰ってきた一枚のプリントだった。

 

「授業参観?」

「はい。なんでも、明後日にあるようで……私が学校を欠席した時にプリントを配布したらしいのですが、穂乃果が渡すのを忘れていたらしく、こんな遅く……」

「うーん、さすがに親父もお袋も予定入っているだろうしねぇ」

 

 申し訳なさそうに眉根を下げる海未。穂乃果ちゃんのドジは今に始まったことではないが、さすがに時期が時期だ。親父は仕事だし、母さんは道場の指導がある。もう少し早めに言っていれば都合も合わせられたかもしれないけれど、二日後ともなると難しいだろう。海未もそれを分かっているから、あえて僕に言ってきたのかもしれない。

 

「父さん達が来れないのは百も承知です。ですが、穂乃果もことりも親を連れてくるらしく……というか、音ノ木坂は妙に授業参観の出席率も高い上に、その後には三者面談もありまして……誰も来れないというのは避けたいのです」

「だから、親父達の代わりに僕に来てほしい、と?」

「無理を言っている自覚はあります。兄さんの恐怖症やら講義の予定やらを鑑みれば、頼むべきではないということも……ですが、もう兄さんしか頼れないのです」

「うーん……」

「お願いします!」

 

 僕の反応が芳しくないことを悟ったのか、海未は目一杯頭を下げて懇願する。妹に気を遣わせている現状はあまりよろしくないし、僕的にも行ってやってもいいんだけど、先程海未が言った通り女子高に行くというのは相当にハードルが高い。最近多少治まってきたとはいえ、知らない女性が大量にいるであろう場所に飛び込めば再発の恐れもある。そこは彼女も分かっているのか、今一つ言い切れないようだった。

 目の前の妹を見る。ここまで必死に頼んでいる彼女のお願いを聞いてやらないのは、兄として失格だ。多少無理をしてでも行ってやるべきだろう。だけど、さすがに男一人で行くっていうのは……あっ。

 一つ、思い当たる節がある。海未に断りを入れてメールを送らせてもらうと、すぐに返事は来た。

 

《授業参観? あー、花ちゃんの両親が行けないらしいから代わりに俺行くべ? 女性恐怖症が心配なら一緒に行こうぜー》

「……とまぁ、こういう返事が来て対策もできたから、行くよ」

「い、いいのですか兄さん!」

「いざとなれば草太を生贄に女子を撒けばいいさ。あいつ無駄にイケメンだから肉盾くらいにはなるでしょ。なんか渋っちゃってごめんね、海未」

「いえ……ありがとうございます、空良兄さん!」

 

 僕の返事に感極まったのか勢いよく抱き着いてくる可愛い妹。人前では見せることのない甘えん坊な一面を知るのは僕を含めた一部の人間だけだが、素を見せた時の海未の破壊力は相当なものがある。やっぱりウチの妹が一番可愛い!

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 ――――というわけで、授業参観を終えた僕と草太だったのだけれど、何故かこの部室に拉致されている現状である。ちなみに僕を拉致した東條さんとやらは部室にいない。案内されてすぐに「ウチはちょっと席を外すね!」とどこかへ行ってしまったのだ。幸い草太の幼馴染二人がいてくれたから事なきを得ているけれど、僕は事なきを得ていない。誰か来て。

 

「凛ちゃんはなんでそんなに俺を敵視してんのさ」

「凛からかよちんを奪うやつは敵にゃー! 昔っから何かとかよちんを甘やかして手籠めにして……そーた兄ちゃんの一休さん!」

「おい誰のどこ見て言ったそこの猫アレルギー。それ以上言うと猫カフェで放置プレイ食らわせるぞコラ」

「そ、草ちゃんも凛ちゃんも喧嘩しないでよぉ~! ほ、ほら、空良さんも呆れてるからー!」

「いえ、お構いなく」

「意外にも淡泊! だ、誰か助けてー!」

『花ちゃん(かよちん)を泣かせるな!』

「ホントなんなのキミ達」

 

 さっきまで額に青筋浮かべてメンチ切り合っていたくせに、花陽ちゃんが悲鳴を上げた瞬間仲良く顔突き合わせて突っかかってくるのはどういう了見なのか。喧嘩するほど仲がいいとはよく言われるものの、この猫娘とハゲは似た者同士以上の何かを感じる。おそらくいがみ合っているのも同族嫌悪染みた何かだろう。夫婦喧嘩は犬も食わないとは言うが、この二人の喧嘩に関しては裏庭のアルパカすら食べない。なんというか、お幸せにって感じだ。

 

「かよちんは絶対渡さないにゃー!」

「お前こそ、いい加減花ちゃん離れしろっての!」

「あうあう。仲良くしてよ~!」

「……平和だなぁ」

「滅茶苦茶現実逃避しているけれど、そろそろ止めてあげた方がいいんじゃないですか? 外まで聞こえてますよ、そこの喧嘩」

「ど、どうも生徒会長さん。お、お邪魔しています」

「こんにちは空良さん。それと、毎回言ってますけど、年上なんですから敬語なんていりませんって」

 

 小泉一家の喧騒から精神的に解き放たれていた僕であったが、いつの間にやら部室内にいたらしい金髪巨乳美少女高校生に話しかけられたことで動揺を隠せず現実に引き戻される。日本人離れしたプロポーションと整い過ぎている顔は、美少女揃いの音ノ木坂でも群を抜いていた。そして当然僕は狼狽しつつの反応を返す。

 絢瀬絵里、というのは彼女の名前。たまにエリーチカとか呼ばれているが、本人曰く「愛称のようなものだけど、恥ずかしいのであんまり呼ばないでほしい」とのこと。少なくとも僕がそんな馴れ馴れしい呼び方をすることは金輪際有り得ないので安心はしてほしい。絢瀬さんに対してニックネーム呼びとかハードル高すぎる。ただでさえ大人っぽく綺麗な彼女に対しては敬語が抜けないというのに。

 

「今はちょっと難しいんで、おいおい慣れていける様に頑張ります……」

「期待してます♪ 後、凛と草太さん? イチャイチャするのは構わないけれど、できれば人目につかない静かな場所でやってくれませんか?」

「だ、誰がこんな頭部の守りを忘れたうっかり者なんかとイチャついてるにゃー! 凛はただ、力関係をはっきりさせようとしているだけ!」

「それはこっちの台詞だにゃーにゃー娘。今時そんなあざとい語尾使うアイドルなんか古いんだよ! 昭和に帰れ!」

「おのれぇー! 草太兄ちゃんは凛の百個しかない地雷の一つを踏み抜いたにゃ! 許さないよ!」

「少しは地雷撤去してから絡んで来いこの歩く地雷原!」

「絵里ちゃんごめんね……ちょっと私には止められそうにないよぉ」

「まぁ、もう少ししたら皆揃うだろうし、集まったら落ち着くでしょ」

「絢瀬さん、止めないんですね」

「だってあんなに仲良さそうなのに、止めるのも勿体ないじゃないですか。それに、凛も満更じゃあなさそうですしね」

 

 ウインクしつつ星空さんに視線を向ける絢瀬さん。確かに、草太と絶賛口論中の星空さんは口では嫌がっているけれど、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。隣で様子を見守っている花陽ちゃんが本気で止めないのも、星空さんの気持ちを察しているからなのだろう。草太はニブチンだからまったく気が付いていないようだけど、まぁ、お幸せにって感じだ。

 親友の行く末はさておくとして、未だに過半数が揃わない状況だ。海未達仲良し三人組は購買に行ってしまったし、部長と東條さんは行方不明。真姫ちゃんは何やら先生に雑用を言いつけられてしまったらしく、どこにいるのやら。一人でできるくらいの雑務だから、心配するだけ無駄というものかもしれないが。

 そんなことを考えていると、ふと何やらニヤニヤと嫌らしい顔でこちらを見る絢瀬さんに気が付いてしまった。

 

「……なんですか、その顔は」

「いや~、さっきから扉の方をちょくちょく見てますけど、そんなに真姫の事が気になるのかなーって」

「うぐ。そ、そんなわけないじゃないですかやだなぁ絢瀬さんったら。ただ手持無沙汰で視線を飛ばしていただけですよ」

「本当かなぁ? それにしては顔が真っ赤ですよぉ?」

「ちょっ……ち、近いですって……!」

 

 両目を細めてずずいと近寄ってくる絢瀬さんに一歩後ずさる。長い睫毛がやけにはっきりと視認できて、鼓動の速まりがとんでもないことになっていた。発汗量も普段の比ではない。絢瀬さんが日本人離れした美貌の持ち主であるからか、症状の具合もわりかし酷い有様だ。女子高所属の絢瀬さんは他人へのスキンシップに抵抗がないようで、男である僕にもお構いなしに急接近していた。少しでも前のめりになれば身体のどこかが当たってしまいそうな程の距離。

 

「ここには真姫はいないんですから、素直に言っちゃいましょうよ、ね?」

「そ、そういう問題じゃ……というか、少し離れて……」

「もうっ。そんなことばっかり言ってると絵里ちゃん怒っちゃうぞ~?(ぴとっ)」

「――――――――っ!?」

「へ……うわっ」

 

 もう限界だった。悪戯っ子の笑みと共に僕の頬を突いた瞬間、今までなんとか維持していた壁が崩れ去る。ただでさえ霞みかけていた視界が完全にブラックアウトし、身体が前方へと倒れていくのを感じた。その際に油断していた彼女を巻き込んでしまったのか、むにゅりというやけに柔らかい感覚が顔の辺りを包み込む。

 

「そ、空良さん!? いくらなんでもそれは大胆……」

「馬鹿言ってる場合かー! 完全に気絶してんじゃねぇかそいつ! 空良は女性恐怖症なんだから、絵里ちゃんやりすぎだぜ!」

「絵里ちゃんのおっぱいで空良さんが窒息死しちゃうにゃー!」

「ふ、不可抗力でしょう!? 後そういう直接的な言葉遣いしないの凛!」

「で、でもまずいよ……急いでなんとかしないと、海未ちゃんか真姫ちゃんにこの光景を見られたら――――」

『私達がなんですって、花陽?』

「ぴぃっ!?」

 

 部室に響き渡る花陽ちゃんの悲鳴。新たに聞こえた二つの声に部室の空気が一瞬で凍り付いていた。それよりも、僕に触れている絢瀬さんの動きが完全に止まったのを感じて、彼女の終焉を悟る。意識を失う寸前なので顔は見えないけれど、おそらく死刑を言い渡された罪人のような表情をしていることは分かった。

 僕を抱えたまま硬直している絢瀬さん。室温が体感で三度ほど下がっているが、彼女の体温も同じくらい低下している。

 

「絵里……貴女は兄さんを抱きすくめて、いったい何をやっているのですか……?」

「ち、違うの海未! これは事故というかなんというか……け、決して下心があったとかそういうんじゃ――――!」

「まぁ落ち着いて海未。エリーも悪気はないみたいだし、制裁は一旦保留して……」

「ま、真姫……! 貴女ならきっと分かってくれると――――」

「代わりに、私の外科手術練習用のドールになってもらいましょう? もちろん、メスも入れるし針も通すけど」

「ごめんなさいぃいいいいいいいい!!」

 

 いつもクールで賢く可愛いエリーチカさんの断末魔めいた絶叫を最後に、今度こそ僕は意識を闇の底に沈めていくのだった。

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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