勇気というものは、出そうと思ってもなかなか出せるものではない。
「今日二人に集まってもらったのは他でもない。相談したいことがある」
「急にどうしたのですか兄さん。そんな顔に合わない真面目な雰囲気を纏って」
「え、今のどういう意味海未」
「空良さん……ぷひゅっ。ごめんなさい、それで、相談って?」
「今笑ったよね? 結構真正面から隠すこともなく笑ったよねことりちゃん?」
明らかに納得のいかない反応に少々イラッとするけども、可愛い妹達のちょっとした悪戯ということで今回は不問とする。ことりちゃんに至っては何がツボに入ったのか俯いたまま肩を震わせているが、それも見なかったことにした。余計な追及を入れると話が進まない。多少の侮辱は受け入れて、さっさと相談を始めてしまおう。
……と、ここでとある違和感を覚える。普段なら真っ先に明るく騒がしい反応を返してくれるはずの少女がいない。
「そういえば、穂乃果ちゃんは? 電話をかけても出なかったんだけど」
「なんか体調が悪いんだって。この間の授業参観の日からずっと調子悪そうだから、ちょっと心配だよ~」
「穂乃果は頑張りすぎるきらいがありますし、休める時には休ませてあげた方がいいでしょうね。せっかくの週末ですし、無理をさせてもいけません。それに、明日は我が家で勉強会の予定もあります。試験に向けて英気を養ってもらわないと」
「期末試験が終わったら夏休みかぁ。楽しみだね~」
「いつも親身になってくれるし、穂乃果ちゃんにも相談したかったんだけど……身体壊しているのなら心配かけるわけにもいかないか。うん、今回くらいは穂乃果ちゃんの手を煩わせないで頑張ろう」
穂乃果ちゃんが体調を崩しているという事実に驚きだが、彼女は昔から何かと張り切りすぎて大事なところでエンジンが切れるタイプだった。以前にも第一回ラブライブに向ける想いが先走った末に高熱に倒れたことがあるみたいだし、彼女の為にも休ませてあげるべきだろう。あまりお世話になりすぎるのも良くない。
というわけで、今回我が家に集まってくれた海未とことりちゃんである。現在は僕の部屋でお茶とお菓子と共にくつろいでいるところだ。穂乃果ちゃんの無事も確認できたことであるし、早速話を切り出す。
「それでは……今日二人に集まってもらったのは他でも」
「もうそれはいいですから、早く本題に入ってください」
「はい……」
「気に入ってたんだね……」
ちょっとやってみたかったんだよ、こういうの。ロマンじゃん。
「なんというか、まぁ相談なんだけどさ」
「うん」
「……真姫ちゃんをデートに誘いたいんだけど、どうすればいいかな」
「帰りましょう、ことり。このヘタレに付き合う暇はありません」
「落ち着いて海未ちゃん。ここは園田家だよ」
「待って待って海未! 情けないのは分かっているけど、女の子をデートに誘うなんて僕だけじゃ到底無理なんだ! 恥を忍んで……お願いします!」
「実の妹に土下座って……あぁ分かりました。分かりましたから顔をあげてください。ことりもいるんですよ兄さん」
「や、やったー! 海未大好き!」
「はぅっ。な、なんたる不意打ち……さすがは無自覚系……」
「ことり、帰ってもいいかな?」
何やら暗い瞳で呟くことりちゃんはさておき、僕の頼みを聞いた瞬間踵を返して部屋から退却しかけていた海未を引き止められたのは大きな戦果だ。お礼を言った途端にちょっと顔を赤くしてもじもじしていたのが気になるが、もしかしたらトイレでも我慢していたのかもしれない。そういったデリケートな点に触れるのはデリカシーに欠ける、と前に真姫ちゃんに怒られたこともあるので、余計な詮索はやめておこう。
気を取り直して、再び質問。
「デートプランがどうこうとか言う前に、そもそも真姫ちゃんを誘うことすらできない気がする」
「普通にメールなり電話なりで言えばいいのでは……」
「き、急にそんなの送ったら迷惑じゃない?」
「遊びに行こうって誘うくらい、なんでもないんじゃないかな~」
「ガツガツしてるって思われるのも嫌だし……」
「……兄さんは真姫をデートに誘いたいんですよね? でしたら、些細な恥は捨て去るのが吉ではありませんか?」
「う。で、でも、そもそも僕なんかがそんなこと言い出して、嫌われでもしたら……」
「黙りなさいこの卑屈系ヘタレが! それでも園田家の長男ですか!」
「ひぃっ」
だん! と割とマジな勢いでテーブルを叩く海未の迫力に身も心も凍り付く。彼女から放たれるプレッシャーで指一本マトモに動かせない。肉食獣に睨まれた草食獣……いや、もはやモルモット。無意識に全身が震え、恐怖に身体中の血の気が引いていく。
海未はぐいと僕の胸倉を掴み上げると、普段の清楚な彼女らしからぬメンチを切る。
「さっきから聞いていればぐだぐだぐだぐだネガティブなことを……。いいですか兄さん、女性恐怖症を治し、真姫をデートに誘うと決めた以上、その卑屈さはすぐに捨てなさい! 余裕のない男が好かれる道理はありません!」
「ぐふぅ」
「う、海未ちゃん! 空良さんの顔色が一気に悪くなってるよ!?」
「自分に自信が持てないのなら、それこそくだらないプライドなんていりません! 元から失うものなどないのでしょう? しょうもない自己防衛中の、やっすいプライドにしがみついた男なんて情けないだけです! 好きな相手にくらいプライド捨てて我武者羅に形振り構わず行動しなくてどうしますか! 兄さんの腰抜け!」
「きゅぅ」
「そ、空良さぁ――――ん! ほ、保健委員……って、私だ! 保健委員私だ~!」
完膚無き迄に叩きのめされた僕は為す術もなく仰向けにベッドに倒れ込む。戦闘不能に陥った僕を看護兵よろしく復活させようと心臓マッサージを試みているが、女子の平均以下程の力しかない彼女の行為は適度な癒しにしかならない。
僕を上段から思いっきり袈裟切りにした愛する妹はというと、どこか満足そうにふんぞり返りながら悦に浸っていた。
「ふ。またつまらぬ者を切ってしまいましたね……」
「海未ちゃん、たまにすっごく辛辣だね……」
「いつまでも前に進もうとしない臆病な兄さんが悪いのです。女性恐怖症のせいで自信が持てないのは百も承知ですが、だからといってここで甘やかしても進歩はありません。ここは心を鬼にして、子を谷に突き落とす獅子の気持ちでぶつからなければ」
「気持ちはありがたいけど、具体的にはどうすれば……」
「その点に関しては、ぬかりはありません。そろそろそんなことを言ってくるだろうと思ってはいましたので、既に手は打ってあります」
「はい?」
「これを」
いつから用意していたのか、部屋着のポケットから二枚の紙切れ……何かのチケットらしきものを取り出すと、妙に演技がかった身振りで僕に差し出す海未。やけにテンションが高い彼女に一抹の不安を覚えながらも、差し出されたそれらをおずおず受け取る。
そこには日付と共に、こう書かれていた。
「新規オープン、ドリーム遊園地チケットペア招待券……?」
「デートと言えば遊園地! これはもう昔から決まっている、いわば様式美! 普段はツンツンしたあの子も絶叫マシーンを前にすればちょっと弱いところを見せる……吊り橋効果とはまさにこの事ッッッ!」
「この十割増しで頭が悪い我が妹は何か悪い薬でも飲んだの?」
「なんか最近、花陽ちゃんから借りた恋愛ゲームにハマったらしくて……しかも、少し古いシリーズに。それで、私がたまたまお母さんからチケットを貰ったら、これは利用するしかないって……」
「相変わらず変なロマンチックに惹かれる妹だなこの子は……」
「安心してください兄さん。【ドキドキメモリアル】シリーズ最難関の攻略難度を誇る究極ツン娘さえも、数々のバリエーションを誇る遊園地責めに陥落したのです。あんなちょっと思春期拗らせた程度の真姫が堕ちない訳がありません!」
「うん、そうだね。ちょっと黙ろうか海未」
いつになく興奮した様子で声を荒げる海未を制する。そもそも男女の恋愛とか「破廉恥です!」とか言って超が付くほど苦手なくせに、どうしてよりにもよって恋愛シミュレーションなぞにドハマりしているのか。もしかしたら、日頃溜め込んだ妄想欲がうまい具合に合致してしまったのかもしれない。確かに昔からポエム書いたり、僕の持ってるちょっとエッチな少年漫画をこっそり読んだりとムッツリ少女な前兆はあったが……なんというか、嫌な意味で期待通りに育ってしまったらしい。うん、お兄ちゃん涙で前が見えないや。
とはいえ、海未が僕の為にこのチケットを用意してくれたのは紛れもない事実である。過程がどうあれ、彼女の優しさを無駄にするわけにはいかない。どうせ僕だけの力ではびびってプランすら立てられないのだから、今はこの可愛い妹の策に乗っかるべきだろう。
やっと我に返ったのか、少し恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いでこちらを見る海未に笑顔を浮かべると、
「ありがとう。せっかくだから、これを使って誘ってみるよ。このお礼は近いうちに返すから、楽しみにしてて」
「い、いえ、お礼なんて……私はただ、兄さんを応援したかっただけなのですから……」
「海未……本当に優しいね、キミは」
「うぅ、素直に褒められるとそれはそれで恥ずかしいのですが……」
「海未ちゃん顔真っ赤だ~」
「こ、ことり! からかわないでください!」
恥ずかしがる様子を面白がったことりちゃんに弄られる海未ではあったが、それでもどこか嬉しそうな、楽しそうな表情を浮かべていることにほっと安堵する。かつて稽古に縛られて満足に遊ぶことすらままならなかった彼女がここまで笑うようになったのも、穂乃果ちゃんやことりちゃんのおかげだ。二人のおかげで、こんなに優しく、可愛らしい子に育ってくれた。そのことは感謝してもし足りない。
ひとしきりからかわれた後、失態を誤魔化すように咳払いをした海未は未だに赤みが残る顔を引き締めて改める。
「それじゃあ早速、明日の勉強会の時に真姫を誘ってくださいね。できるだけ二人きりになれるよう私達も協力しますので。くれぐれも、穂乃果がいる場所で渡すことなんてないようにお願いします」
「ふ、二人きりかぁ……緊張するなぁ。でも確かに、穂乃果ちゃんに見られながら渡すのは滅茶苦茶恥ずかしいし、なんか締まらないもんね。了解だよ」
「締まらないというか、他にも懸念要素があるのですが……まぁいいです。こんなことくらいしか私にはできませんが、兄さんが上手くいくように祈っています。頑張ってくださいね」
「私も応援してるよ~。空良さん、ふぁいとっ」
「二人とも……本当にありがとう」
なんだかんだ言いつつ色々とフォローしてくれる妹達に涙が出そうになる。優しい子達を幼馴染に持って、僕は本当に幸せだ。彼女達の期待に応えられるように、僕も全力で頑張らないと。
作戦実行は明日の勉強会。絶対に成功させてみせる。
脳内で何通りかのプランを立てながらも、心の中では何故か上手くいくという根拠のない確信があった。海未達の後押しのおかげだろう。
奇怪な自信に包まれながら、ぎゅっと拳を握り込む僕であった。
今回も読了ありがとうございます。