茜色の旋律   作:ふゆい

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 第十三節です。


第十三節 Music S.T.A.R.T!!

 もう何度目かになる勉強会は、いつになく緊張感のある雰囲気の中で行われていた。

 

「ねぇ空良、ここの問題なんだけど、解法がちょっと思いつかなくて……」

「あ、うん。それは因数分解した後に……」

「空良くん。この質問の意味が分からないから、教えて教えてー!」

「えっと、そこは筆者が用いている比喩を……」

「ちょっと穂乃果。今空良は私に教えている最中なんだから、少し待ちなさいよ」

「真姫ちゃんは頭良いんだから後でも大丈夫でしょ? それより私の方が切羽詰まっているんだから、譲ってよ」

「先輩なら後輩に気を遣ってくれてもいいんじゃない?」

「後輩は先輩を立てるのが常識だよね?」

「…………」

「…………」

「ふ、二人とも喧嘩しないでさ、仲良く勉強しようよ。ね? 今回は真姫ちゃんが先に聞いてきたから、穂乃果ちゃんは少しだけ待っててね?」

「……わかったよ」

 

 あからさまに不機嫌な様子で別のページを開き問題を解いていく穂乃果ちゃんと、何を考えているのか心なしか距離が近い気がする真姫ちゃんに挟まれて胃が痛い。今日は開始早々からやけに殺伐とした空気が僕達を包み込んでいる。真姫ちゃんと穂乃果ちゃんが事ある度に小競り合いを始めることが多々ある為、間を取り持つ僕のプレッシャーとストレスは半端ではなかった。なんで険悪なムードになっているのか理由を聞けるような感じでもないのでさらに手詰まりとなっている。助けを求めて海未とことりちゃんに視線を飛ばすが、二人とも困ったように僕から目を逸らしていた。あれはなんとなくだけど理由を知っている顔だ。でも、聞かない方が良いという意思が伝わってくる。知らぬが仏か……。

 それにしても、様子を見ていると穂乃果ちゃんが一方的に真姫ちゃんに難癖を付けている傾向にある。それも結構な言いがかりだ。まるで我儘を通そうとする子供のように真姫ちゃんに絡んでいる。本当に、いったいどうしたのだろうか。

 真姫ちゃんの悩んでいた問題を教え終えたため、手持無沙汰にシャープペンシルを回しながら僕を見ていた穂乃果ちゃんへと向き直る。

 

「お待たせ穂乃果ちゃん。それで、どこの問題だっけ?」

「わーい! えっとねえっとね、ここなんだけど……」

「ふむむ、ここはちょっと難しいところだから、一回文章を読み直して……」

「……えへへ」

「な、なんか嬉しそうだね穂乃果ちゃん。それと、ちょっと距離が近くないかい?」

「そんなことないよー? 見やすいような位置にいるだけだもん」

「そ、そう……」

 

 先程の不機嫌っぷりはどこにいったのか、すっかり上機嫌な様子で僕に密着しながら問題を覗き込む穂乃果ちゃん。そんなに近づかれると僕の精神衛生的によろしくないのだが、昔から何かとスキンシップの激しい彼女的にはいたって普通の距離感なのだろうから強くは言えない。お世話になっている引け目もあるから、ある程度のことは許容しないと申し訳が立たないというのもある。

 

「……むー」

「ど、どうしたの真姫ちゃん。そんなジト目で睨まれるようなことした……?」

「別に。仲がよろしいことで」

「台詞と語感が釣り合ってないんだけど……なんか怒ってる?」

「……変態」

「えぇっ!?」

 

 だが、お次は反対側に座っている真姫ちゃんから不機嫌オーラが放たれているのは本当に何故なのか。なんなのだろうこのベリーハードにも程があるバランス調整は。女心は秋の空とはよく言われるものの、こんなスナック感覚で期限を損なわれてはたまったものではない。

 変態呼ばわりとか心外にも程があるのだけれど、真姫ちゃんはそれ以上何を言うでもなく黙々と勉強を始めてしまったので文句の一つも言えやしない。反対に、見るからに機嫌が良くなっている穂乃果ちゃんは一見過剰にも見えるスキンシップをしつつ僕に教えを請うているというこの状況。昨日真姫ちゃんに遊園地のチケットを渡すために頑張ろうと誓ったばかりではあるが、その前段階で僕のメンタルは既に限界を迎えつつあった。二人がなんで喧嘩しているのかも分からない以上、対処もできない。まさに詰みである。

 

「空良くーん! ここの問題も教えてー!」

「はいはい。そこは逆接の接続詞を探して……」

「空良。応用問題の解法を聞きたいんだけど」

「あ、うん。穂乃果ちゃんの問題が終わったらでいいかな?」

「……ふん」

 

 どうすればいいんだよ僕は!

 よく見れば僕の目を盗んで隙あらば睨み合っている二人に溜息すら出ない。なんだ、いつの間にこんなに仲が悪くなったんだ君たちは。穂乃果ちゃんと真姫ちゃんが争う共通点なんて思いつかないんだけど。

 おそらく勉強会中にチケットを渡すのは不可能だろう。穂乃果ちゃんがいっこうに僕から離れる様子もないし、海未とことりちゃんの協力があったとしても、僕と真姫ちゃんが二人きりになれるヴィジョンが浮かばない。これは真姫ちゃんを送る帰り道に渡すしかないかな……。

 

「ねぇ空良くん!」

「空良!」

「お願いだから喧嘩しないで二人とも……」

 

 僕を挟んで険悪なムードを放出する穂乃果ちゃんと真姫ちゃんに涙目を浮かべながらも、その日の勉強会をなんとか乗り越える僕なのであった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 ここ最近、空良と一緒にいるとどうにも調子が狂う。

 

「別にわざわざ送らなくても良かったのに……」

「いや、さすがに夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかないでしょ。さ、最近はなにかと物騒だしね。これくらいは任せてほしいかなって」

「見るからに弱そうな空良がいたところで怖気づく暴漢なんかいるのかしら」

「うぐ。評価が胸に刺さる……。確かに背も低いし威圧感もないけどさ……」

 

 割と気にしていたのか、私の言葉にあからさまに落ち込むような仕草を見せる空良。女性恐怖症以前にそもそもメンタルが弱いらしい彼は、ちょっとした毒舌ですぐに落胆してしまうきらいがあった。自分に自信がないのか、言葉の端々に自虐的な発言が散見される。確かに秀でてはいないと思うが、そこまでネガティブになる程ではないだろうに。

 夜道を歩きながら、隣を歩く空良の顔をちらりと横目で流し見る。

 そこまで背も高くない、童顔の男性。中性的な顔のせいで年より若く見えるのだろうが、本人が気弱な性格だと言う事も相まって冴えない雰囲気さえ醸している。お世辞にもイケメンだとは言えないけれど、心優しい不器用な大学生。

 正直な話、第一印象はそこまで良くはなかった。海未が無駄にハイスペックなせいで、空良の卑屈っぷりと情けなさが妙に癇に障ったから。なんだこのナヨナヨした男は、と変な苛立ちを覚えていた。女性恐怖症とは聞いていたけれど、それにしても格好悪すぎるだろう、と幻滅する一歩手前まできていた気もする。それくらい、初対面は最悪だった。

 でも、それからよく会うようになって。穂乃果や海未を通じて遊ぶようにもなって、その印象は変わった。赤面症で上がり症で、女性相手だと会話すら覚束ないのに、誰よりも優しくて、妹想いで……たまにやりすぎなくらい他人を気遣う紳士な一面もあって。穂乃果が彼の事を好くのも分かるくらい、魅力的な男性だった。海未が胸を張るくらい、立派なお兄さんだった。

 最近は勉強会に参加しているのもあって、ほぼ毎週顔を合わせている状況だ。その度に独占欲丸出しな穂乃果といちいち衝突するけれど、彼と一緒にいるとなんだか心地よい感覚に包まれる。少し距離が近づいただけで、決して表情には出さないが口元がにやけそうになる。もっと話したい、もっと仲良くなりたい、との思いが次第に強まってくる。

 もしかしたら。もしかすると私は、この男性のことが――――

 

「ま、真姫ちゃん? ずっとこっち見てるけど、僕の顔に何かついてる?」

「みゃっ!? ちちち、違うの! た、ただ少しだけ、少しだけぼーっとしていただけで深い理由は……!」

「あー、まぁ確かに疲れたよね。ずっと勉強していた訳だし……穂乃果ちゃんともずっと小競り合いしていたし、ぼーっとするのも分かるなぁ」

「ふ、ふみゅぅ」

「凄い声出てるけど本当に大丈夫?」

「き、気にしにゃいで……こほん。平気、大丈夫、いたって通常通りの真姫ちゃんよ」

「そ、そう」

 

 少々怪訝な視線を向けられたものの、なんとか誤魔化し切ったようで一安心だ。顔の火照りと鼓動の速まりが治まる様子がないけれど、おそらく動揺したせいであろう。……何に動揺したのかは、ちょっと自覚したくない。

 呼吸を整えつつ髪を弄っていると、不意に空良が話しかけてきた。

 

「そういえば真姫ちゃん、穂乃果ちゃんと喧嘩でもしたの? 最近よく言い争ってるけど、何かあった?」

「喧嘩というかなんというか……別にそういうのじゃないんだけど」

「えぇ……じゃれ合いにしては雰囲気が本気じゃない?」

「私が空良と仲良くしているのが気に食わないだけじゃないかしら。ほら、穂乃果って子供っぽいし、空良を取られるーってムキになっているのかも」

「そんな大袈裟な……さすがにそれくらいで怒る程幼くはないと思うんだけどなぁ」

 

 幼いというか、穂乃果の場合は親愛感情から来る独占欲が強すぎるって感じだと思う。

 でも確かに、園田家での私と穂乃果はことある度に争っている気がしないでもない。学校では仲も良いし、喧嘩なんて絶対にしないんだけど……空良が関わるとお互いに一歩も譲らないから、自然と衝突してしまうのだ。穂乃果は自己主張が強いし、私も気が強いからなおの事。

 まったく。空良の取り合いで喧嘩するなんて、まるで私まで彼に好意を抱いているみたいじゃな――――

 

「~~~っ!」

「なんか顔真っ赤だけど絶対大丈夫じゃないでしょ! 風邪!? 風邪でも引いた!?」

「な、なんでもないっての! いいから、ちょっとこっち見ないで!」

「ひゃ、ひゃい」

 

 反射的に怒鳴ってしまい少しだけ後悔するものの、夜道で暗いとはいえ街灯に照らされている現状では真っ赤な顔を見られてしまう恐れがある為致し方ないことなのだ。ちょっと、駄目だ。今の私を見られるのは、精神衛生上問題がある。

 それからもチラチラと盗むように空良の顔を見るが、その度にトクンと心臓が跳ねる。十六年間の人生で感じたことがない、苦しくも甘酸っぱい感覚に戸惑いを覚えてしまう。なんなのだろう、この気持ちは。空良を見ているだけで、隣にいるだけで、胸がいっぱいになってしまうこの感覚は……。

 

「着いたよ真姫ちゃん。いつ見ても凄く広い家だね」

「あ……」

 

 気が付くと、見慣れた家の前に辿り着いていた。白塗りの豪勢な屋敷が月明りに照らされている。

 着いた。着いてしまった。決して短い道程ではなかったが、彼と別れなければならない事実に落胆を覚える。勝手に思考に耽っていたからあまり話せてもいない。もっと距離を縮めたかったのに、現実は非情だ。どうせなら、園田家にお泊りしてしまえばこんな気持ちにもならなかったのだろうか。

 ――――そこまで考えて、ハッと我に返る。同時に、もう誤魔化せないところまで来ているということにも気が付いてしまった。

 不安定な心のまま、頭を下げる。

 

「あ、ありが、とう……」

「いえいえ。これくらいはお安い御用だって」

 

 不自然な私の言葉に気が付かなかったのか、相変わらずへらへらと本心の読めない表情で手を振る空良。何か言わないと、このまま今日が終わってしまう。何も進展しないまま、彼との会話が終わっちゃう。

 せっかく気が付いたのに。

 せっかく自覚したのに。

 せめて後少し、彼と接していたい――――!

 

「そ、空良!」

「は、はいっ!? なんでしょうか!?」

 

 油断していたのか、私の呼びかけに肩を跳ね上げながら反応する。とても大学生とは思えない切羽詰まった様子に少しだけ笑いが零れた。カチコチに固まった表情で私を見やるその姿は、相も変わらず女性恐怖症な彼そのものだ。

 空良の反応に少々気が楽になった。羞恥心を誤魔化すために視線を逸らしてはいるけれど、気持ちだけは真っ直ぐ彼を見つめて。好意を素直に吐き出せない私だから、言葉も少し回りくどい感じで。他人が見たら上から目線だと突っ込まれそうな台詞と共に、彼への想いを口にする。

 

「試験が終わったら……私へのご褒美として、どこか遊びに連れていってくれない? ほら、教え子を労うのも、家庭教師の仕事でしょ? 海でも山でも街でも村でもどこへでも。この真姫ちゃんをエスコートする権利をあげるわ」

「…………真姫ちゃん、女王様みたいだね」

「空良は家臣みたいだけれど」

 

 どことなく呆れた様子で皮肉を言ってくる空良に、こちらも同じように返してやる。こんな言い方でも怒らないあたり、空良は本当に優しい。捻くれ者で口が悪い私が素で接することができる貴重な男性。この人なら、どんな私でも嫌わないでいてくれる。

 ドキドキと騒がしい心臓をなんとか抑えつけつつ返事を待つ。一秒一秒がとても長く感じられた。彼の一挙手一投足が普段以上に気になってしまう。

 空良は少し肩を竦めると、ズボンのポケットから何やら紙のようなものを一枚取り出した。長方形のそれに書かれた【ドリーム遊園地】の文字がやけに目を惹く。

 どこか照れ臭そうにおずおずと差し出して、口を開いた。

 

「海未から貰ったんだけどさ。日程も試験が終わった後だし、よかったら……。ほ、本当はもっと早く渡すつもりだったんだけど、勉強中は迷惑かなって思って……い、嫌なら全然断ってもらって大丈夫なんだけど!」

「そんな後ろ向きな誘い方ってどうなのよ……」

「だ、だって……僕なんかが誘って断られたらって思うと……」

「はぁぁ。ほーんと、空良ってダメダメよね」

「はぅっ」

 

 痛いところを突かれたらしく目に見えてダメージを受ける空良。彼的には女性を遊びに誘うという行為自体相当なハードルなのだろう。何がきっかけで女性恐怖症になったのかは知らないが、女性に対して少々卑屈な面があるし。変に距離を置くのも、もしかしたら無意識のうちに女性に嫌われることを恐れているからなのかもしれない。

 なんか涙目一歩手前な空良に溜息が漏れる。なんでこんな男性の事を……と我ながら趣味の悪さに呆れるが、なってしまったものは仕方がない。穂乃果には悪いが、私は私なりに頑張らせてもらうだけだ。

 彼が差し出したチケットを抜き取ると、そのままの勢いで家の門を潜る。

 

「ま、真姫ちゃん!?」

「……約束」

「はい?」

 

 私の行動に目を丸くする空良へ、そんな言葉を投げかける。単語では意味不明だったのか、慌てながらも首を傾げていた。

 兎みたいな、どうしようもなく弱っちい彼に微笑ましいものを感じながら、おそらく朱に染まっているだろう頬が見えないように門で隠しつつも、心の中ではこれ以上ないくらい満面の笑顔を浮かべて。

 言葉を、紡いだ。

 

「この私を誘ったんだから、絶対に楽しませなさいよね。最高のもてなし以外は認めないんだから!」

「ぷ、プレッシャー与えてくるのやめてくれない!? 辛いよ!」

「ふふっ。それじゃあ、楽しみにさせてもらうわ。おやすみ、空良」

「あっ、そんな身勝手な……ま、真姫ちゃーん!」

 

 元来自信が欠けている彼にとっては相当なハードパンチだっただろう。泣き言を漏らす空良を置いて、さっさと家の中に入っていく。あれ以上顔を合わせていれば、たぶん心臓がもたなかった。鼓動が聞こえるんじゃないかって心配になるくらい、勢いよく鳴っている。

 

「あら、やっと帰ってきたんですね真姫ちゃん。晩御飯の準備はできていますから、着替えてきてくださいな」

「……ねぇ、和木さん」

「どうしましたか?」

 

 帰るなり早々顔を見せたお手伝いの和木さんに声をかける。胸に溢れるこの気持ちを、一刻も早く誰かに伝えたかった。人生で初めて感じる胸の高鳴りを、伝えることで形にしたかった。

 きょとんとした顔でこちらを見る和木さんに微笑みを浮かべると、一人の情けない男性の姿を思い浮かべつつ――――

 

「私ね、もしかしたら好きな人ができちゃったかもしれない」

 

 生まれて初めて抱いた恋心を、ぎゅっと胸に抱き締めた。

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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