茜色の旋律   作:ふゆい

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第十五節 遊園地

 新規オープンの上に週末だということもあり、遊園地は結構な大勢で賑わっていた。

 

「こ、これが遊園地……!」

「もしかして、遊園地って初めて来るの?」

「なっ!? ば、馬鹿言わないで! こ、この私が遊園地に行ったことないなんて、あるわけないないないじゃない!」

「初めてなんだね……」

「ぐ……。し、仕方ないでしょ。子供のころは勉強とピアノばっかりで、こういうところに連れていってもらう機会なんてなかったんだから。悪かったわね、浮世離れしていて」

 

 羞恥心のせいか少し頬を赤く染めると、不貞腐れたようにそっぽを向く真姫ちゃん。しかしながら、アトラクションの数々が気になるのか、ちらちらと視線をあちらこちらに飛ばしている様子が本当に可愛らしい。人一倍プライドが高い彼女らしい反応ではあるが、ここは年長者である僕が気を回してスムーズに事を運ぶべきだろう。

 すっかりスネてしまった真姫ちゃんに頭を下げると、

 

「ごめんごめん。でもさ、せっかくの初遊園地なんだから、目一杯楽しもうよ! ほら、僕あの海賊船に乗りたいな!」

「ふ、ふんっ。そ、空良はほんと子供ねっ! し、仕方ないから一緒に乗ってあげるわよ! 感謝しなさいっ」

「あはは……ありがとうございます真姫お嬢様」

「よろしい。じ、じゃあ早速行くわよ……!」

 

 僕のお膳立てに見事に乗っかった真姫ちゃんは嫌味めいた台詞とは裏腹に目を輝かせている。待ちきれないとばかりに僕の腕をぐいぐいと引っ張ってくる姿に胸のときめきが止まらない。今日の彼女は普段の数十倍魅力的だ。当社比。

 真姫ちゃんに連れられるがまま、海賊船の受付に到着。見上げると、大学生の僕でさえも若干焦る程の勢いで前後に揺れるアトラクションが。うわぁ、これがまた滅茶苦茶酔いそうな感じの揺れ方だ……。

 こういう絶叫系は苦手な女性もいるというし、マズいようなら先に手を打っておかないと。不安に思った僕は腕を掴んだまま離さないトリップ真姫ちゃんに視線をやるが、

 

「す、すごいすごいすごいっ。ねぇ空良! このアトラクションすっごく楽しそうね! 今からわくわくが止まらないわ!」

「……大丈夫そうだね」

「どうしたの? 早く乗りましょうよ!」

「うん、乗ろうか」

 

 もうすっかりエンジョイモードに移行している彼女に頷きを返す。どうやらまったく心配はいらないようだ。現在の真姫ちゃんはすべてが初めてな幼子状態。恐怖よりも好奇心が勝っているようで、少しでも早くアトラクションを体験したいという思いが全身から伝わってくる。いつもとは違う彼女の無邪気な一面に、とてつもない魅力と安心感を覚える僕だった。おそらく、この真姫ちゃんを知っているのは僕を含め極々少数。彼女に気を許されているのだと思うと、どうしようもなく心臓が跳ねる。嬉しい、なんてものじゃ表現できない程の高揚感。

 一刻も待ちきれない様子の真姫ちゃんと共に海賊船へと乗り込む。幸か不幸か、座席はなんと一番前。真姫ちゃんのテンションも最高潮だ。

 

「ど、どんな感じなのかしら……この大きさのものが揺れるんだから、遠心力は結構なものよね。今まで感じたことがない爽快感が味わえるって凛は言っていたけれど……」

「普通は怖がる人が多いんだけど、真姫ちゃんはまったく怖くなさそうだね」

「当然でしょ? お化けや幽霊ならともかくとして、これはただのアトラクションなのよ? 事故の可能性なんてほとんどないんだから、純粋に楽しいって感情しか湧かないわ」

「それもそうだね。……って、真姫ちゃんお化け苦手なの?」

「あっ、いや……ち、違うわよっ! れ、例として出しただけであって、このプリティパーフェクト真姫ちゃんがそんな非科学的なものを怖がるなんてことあるわけが……」

「そういえばこれは前に草太から聞いた怪談なんだけど」

「や、やめなさい! せっかくの遊園地デートなのに、気分下げるような話はNGよ!」

「それもそうだね」

「空良ってたまに意地悪よね……」

 

 ぷくーっと頬を膨らませてジト目で睨んでくる真姫ちゃんからそっと視線を逸らす僕。真姫ちゃんの反応があまりに面白いから思わずからかってしまった。幸い気分を害した様子はないものの、あまりやりすぎると嫌われてしまうかもしれないのでこれくらいでやめておく。涙目で拗ねる真姫ちゃんとかいうレアな姿が見られたので良しとしよう。

 安全バーをしっかりセットすると、準備は万全。係員のお姉さんがアナウンスと共に注意事項を説明していた。

 

「だ、大丈夫よね……飛び出したりしないわよね……」

「なんで直前になって急に怖がっているのさ真姫ちゃん……」

「み、未知の体験なんだから仕方ないでしょ。なんか安全バーとか付けちゃうと、万が一の可能性に思い当たって突然身震いが……」

「あー……気持ちは分かるかも」

 

 先程までの威勢はどこへやら、開始寸前になって怖気づいたっぽい真姫ちゃんが不安げに僕を見つめる。科学的にどうこう言っていたが、やはり内心では少し怖かったらしい。目の端に涙を浮かべて怯える彼女の姿が、幼い頃の海未に重なって見えてしまう。海未も昔は絶叫マシーンが怖くて乗れなかったっけか……。

 こういう時にどうすればいいか、なんて分かってはいるが、それを女性、しかも真姫ちゃんに行うのは少々勇気がいる。妹や幼馴染集団ならともかくとして……治まっているとはいえ、女性恐怖症の僕が自ら行動するのは――――

 

「うぅ、怖い……」

「――真姫ちゃん、手出して」

「な、なによ……? って、うぇぇ!?」

 

 おずおずと差し出された彼女の手をぎゅっと優しく握る。繋ぐのではなく、重ねる様にして。突然手を握られたことに真姫ちゃんは顔を真っ赤にして驚いているが、僕はそれ以上に恥ずかしいのだからそこまで反応しないでほしい。

 絶対に目は合わせない(というか合わせられない)けれど、手は重ねたまま声をかける。

 

「昔海未がジェットコースターを怖がった時も、こうしたら安心していたんだ。真姫ちゃんを子供扱いするわけじゃないけど……少しは、気が紛れたらいいなって」

「空良……」

「い、嫌だったら全然離していいからね!? ほら、僕なんかに握られるのもアレだろうし……」

「……うぅん。全然嫌じゃない。むしろ嬉しいわ。ありがとう、空良」

「うっ……こ、こちらこそ……」

 

 優しく微笑まれ、思わず言葉に詰まってしまう。結果オーライではあるけれど、今の笑顔は反則だ。僕の精神力を破壊するのに十分すぎる威力。クリティカルといってもいい。それほどまでに、魅力的な笑顔。

 僕の無謀な行いにも安心してくれたのか、今度は向こうから握り返してくれる。彼女の温もりが手を通して伝わってきて、鼓動の早鐘が止まらない。お互いにそれ以上目を合わせることはしないが、隣に彼女がいるというだけで何よりも落ち着けた。

 

『それじゃあ皆さん、気を付けてスタートで~す!』

「ちゃんと最後まで握ってなさいよ、空良」

「お、お任せくださいお姫様」

 

 そんな軽口を叩き合いつつも、襲い掛かる重力と疾走感に身を委ねていく。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 閉園間際になり、僕達は観覧車の中で夕暮れに染まる風景を眺めていた。

 

「ふわぁあ! すごい、すごい綺麗よ空良! 建物があんなに小さく!」

「そうだね……にしても、観覧車なんて久しぶりに乗ったよ」

「私は初めてだけど、こんなに感動的だなんて……ありがとう空良!」

「う、うん……」

 

 観覧車の衝撃で普段の高飛車な真姫ちゃんがどこかに吹っ飛んでしまったような純朴さに狼狽してしまう。何かにつけて斜に構え、いつも捻くれたことを言う彼女が、子供のようにキラキラと目を輝かせている姿はとても貴重で、尊い。昔から厳しく育てられ、こういう娯楽施設にはあまり来たことがないらしい彼女にとって、今回の遊園地は驚きの連続だったようだ。なんだかんだ園内を回っている時も手を繋ぎっぱなしだったことに彼女が気づいていたのかは知らないけれど。

 僕の向かい側に座って興奮気味に外を見る真姫ちゃん。最初は不安ではあったものの、結果的には楽しんでくれたようで何よりだ。痛めまくった僕の胃腸も報われる。帰ったら海未とことりちゃんに感謝しておかないと。

 ひとしきり風景を楽しんで満足したらしい彼女は、満面の笑みを浮かべて座り直す。視線を上げた真姫ちゃんと目が合ってしまい、思わず逸らしてしまった僕は本当に腰抜けだ。

 

「今更目が合ったくらいで照れることないでしょ? 恐怖症も世知辛いわね」

「こ、これは恐怖症というか何というか……」

「なによ? もしかして、私と目を合わせるのがそんなに嫌なワケ?」

「そ、そういうんじゃなくて……」

「じれったいわねぇ。さっさと言いなさいよ」

「そ、その……恥ずかしいと言いますか……」

「恥ずかしい?」

「う、うん……真姫ちゃんと目が合うと、えっと……可愛いから、うまく目が見られなくて……」

「なっ……!? き、急に何言い出すのよ! そんな今更……ていうか、そんなこと言われるとこっちだって変に意識しちゃうでしょ! バカ!」

「ご、ごめんなさいぃぃ」

 

 顔を真っ赤にした真姫ちゃんに怒鳴られてしまい、すっかり委縮してしまう。そりゃああんなに意味の分からないことを言われれば怒られるのも当然だ。聞きようによっては相当気持ち悪いことを言っている。一歩間違えたら通報されてもおかしくはない程の気色悪い発言。しかも視線を泳がせた挙動不審野郎に言われれば、怒りも一際大きくなるだろう。あぁぁ、余計なことを言ってしまった……。

 頭を抱えて俯く。なおのこと目を合わせられない。今僕がどう思われているのか、想像するだけで胃がよじれそうになる。最後の最後でやらかしたぁああ。

 そんな中、真姫ちゃんの溜息がゴンドラの中に響く。

 

「ねぇ空良」

「な、なんでしょうか……」

「……隣、座ってもいい?」

「はぇっ!?」

 

 何を言われたのか一瞬理解できなかったが、気が付いた時にはストンと隣に座られていた。顔は見えないものの、並んで座っているという状況に冷や汗と鼓動が止まらない。ショートデニムで脚を組んでいるせいで、嫌でも太腿に視線が行ってしまう。真姫ちゃんの目的と真意がまったく掴めなくて、迂闊に発言もできやしない。

 これだけで結構いっぱいいっぱいな僕に、女神様はさらなる試練を与えてきた。

 

「ん……」

「っっっ!?」

 

 ぽすっ、と。

 右肩に突如として発生した柔らかな感触。心なしか距離が縮まっているようにも見える。思春期少女特有のフレグランスがより濃くなっており、僕の頬を赤い髪のようなものが何度か擽った。

 真姫ちゃんは今、僕にもたれ掛かっている。それも、肩に顔を乗せた超密着状態で。

 なんだ、本当に何が起こっているんだ!?

 夢なら覚めないでくれ、と思う反面、これ以上は僕の精神衛生上限界だという理性の主張も無視できない。目的さえ言ってくれれば僕も気持ちの整理がつくのだけれど、今のままだと混乱と困惑で頭がショートしてしまいそうだ。

 謎の緊張感がゴンドラ内に走る。高鳴る心音と彼女の息遣いがやけに鼓膜に響いて、とても平常心ではいられない。少しでも気を抜くと意識が吹き飛んでしまいそうだ。

 

「空良、あのね」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「そんなに驚かないでよ……」

「ご、ごめん」

「はぁ、まぁいいわ。お礼が言いたかっただけだし」

「お、お礼?」

「そ。今日はここに連れてきてくれてありがとね。本当に、今まで一番楽しくて、幸せな時間だったわ」

「ど、どうも……?」

「ふふっ、そこは素直に『どう致しまして』でしょ? ほーんと不器用ね」

「うぐっ……」

「……まぁ、そこも空良らしくて素敵なんだけど」

「は、はい?」

「なんでもないわよ」

 

 最後に何か言われた気がするが、意味深に微笑まれてそれ以上何も言えなくなる。今日の真姫ちゃんはなんかとても魔性な感じが凄い。ちら、と横目で覗き込むと、いつも通りのジト目ながらもどこか嬉しそうに表情を綻ばせている真姫ちゃん。行為の真意を問うべきか悩んだが、そんな満足げな顔をされていては何も言えない。

 ……ただ、何も返せはしないけれど、真姫ちゃんに身体を許されているというこの状況はとても幸せで、このままゴンドラが下まで降りなければいいのに、なんて少女漫画みたいなことを考えてしまった。

 ……しかし、そんな想いとは裏腹に時間は過ぎていく。気が付けば、係員がゴンドラの扉を開けているところだった。

 

『お疲れさまです~。足元に気を付けて降りてくださいね~』

「気を付けてね真姫ちゃん」

「空良こそ、ドジ踏んでこけたりしないでよ」

 

 結局それ以上何がある訳でもなく、普段通りに接する僕達。数分前のアレはどういう気持ちから来る行動だったのか、僕にはまったく分からない。女性の気持ちに対する理解なんてものは、数年前に置き去りにしてきたのだから。ここで余計な勘違いをすると後から痛い目を見るということだけは分かっていた。それが、僕がここ数年で学んだ防衛術。

 観覧車から降りて、出口へと向かう。時刻はすっかり夕暮れ時で、風景全体が茜色に染まっていた。楽しかったと彼女は言ってくれたが、僕が心のどこかで期待しているような感情から来る感想ではないだろう。彼女はあくまでも、僕の恐怖症治療に協力してくれているだけなのだから。それに、こんな僕が女性から好かれるなんて、そんなことあるはずがないのだし。

 

「終わってみると早いわね。もう少し長く遊びたかったわ」

「でも時間も遅くなりそうだし、もう帰ろうか。家まで送るよ」

「そうね、ありがとう」

 

 二人して駅へと歩いていく。その道中、ふと彼女が漏らした呟きが、嫌が応にも僕の脳内に焼き付くことになる。

 少し頬を赤らめて、決して誰かに聞かそうというわけではないだろう声量で、真姫ちゃんはぽつりと呟いた。

 

「……大好きよ、空良」

「ま、真姫……ちゃん……?」

「どうしたの? 海未がラブアローシュートの練習しているところを誰かに見られた時みたいな顔しているわよ?」

「それ以上は勘弁してあげて! いや、その、今、何か……」

「何言っているの? 私は何も喋っていないけど。空耳じゃなくて?」

「そ、そうなのかな……」

「今日一日エスコートしてくれた疲れが溜まっているのよ。帰ってゆっくり休んだ方が良いわ」

 

 そう言って微笑みかけてくれる真姫ちゃん。有無を言わせない勢いに、僕は食い下がることもできず素直に頷くしかなかった。もしかしたら本当に僕の聞き間違いの可能性も否定はできない。だって、あの真姫ちゃんがあんなことを言うなんて考えられない。

 でも、もしかしたら……あの呟きが事実であったなら、僕は……。

 

 ――――勝手に勘違いしちゃってさ。自意識過剰で気持ち悪いんだよ、園田は。

 

「っ……!」

「そ、空良? 急に胸押さえて立ち止まって、大丈夫? 気分が悪いなら、今すぐ迎えを呼んで……」

「ご、ごめんね。ちょっとしゃっくりが出そうになっただけだから、大丈夫。心配しないで……」

「そ、それならいいんだけど……無理はしないでね?」

「うん、ありがとう……」

 

 不安げにおろおろと狼狽した様子で声をかけてくれる真姫ちゃんを宥めると、再び並んで歩き出す。……嫌な事を思い出してしまった。記憶の底に沈めたはずの光景が、今になって僕の心を縛り付ける。そうだ、勘違いも甚だしい。真姫ちゃんが僕のことをなんて、ある訳がない。調子に乗るのも大概にしろ、園田空良。

 真姫ちゃんとの会話に専念して嫌な気持ちを吹き飛ばす。それでも、帰って寝るまでの間、僕の脳内から忌々しい過去の光景が消え去ることはなかった。

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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