茜色の旋律   作:ふゆい

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 もうすぐクリスマスですね。


第十六節 少女の覚悟

 友達が落ち込んでいたら、何を優先してでも元気づけてあげるのが親友というものだと私は思う。

 夏休みに入って最初の日曜日。今日はμ’sの練習もお休みで、今頃空良さんと真姫ちゃんは遊園地を楽しんでいるんだろうなぁとか考えながらも、私こと南ことりは手にはお土産用の洋菓子を持って和菓子屋「穂むら」へと足を運んでいた。最近元気がなかった穂乃果ちゃんから久しぶりに遊びのお誘いを受けた為である。海未ちゃんは声をかけられていないらしく、本人に理由を聞こうかと思ったものの、なんとなくやめた方がいいかな、と珍しく私の危機感が働いた。空良くんのことで精神が不安定になっている穂乃果ちゃんだから、海未ちゃんと会って空良くんの話が出るのは避けたかったのかもしれない。もしくは、それとは違った理由があって、私にしか相談できないことがあるとか……。

 なんにせよ、お呼ばれしたからには穂乃果ちゃんとの時間を楽しもう。試験期間が終わり、夏休みに入ってからの練習にはちゃんと参加していて、見ている分にはすっかりいつもの元気な穂乃果ちゃんだけれども、幼馴染という立場から言わせてもらえばやはりどこか表情に翳りが見えるのは確かだ。おそらくは海未ちゃんもそのことには気が付いているはず。唯一気が付いていないのは張本人の空良さんくらいではないだろうか。あの人は鋭いようで鈍いし、私たちのことを気にかけているようで距離を置いている。親しき仲にも礼儀ありとはよく言われるが、空良さんに関していえば明らかに遠慮をしているように思える。そこが美徳でもあり、欠点でもあるのだから不思議だ。

 穂むらに到着すると、店内に入るまでもなく二階の窓からこちらに向かって手を振ってくる人影が見えた。

 

「ことりちゃーん! いらっしゃーい!」

 

 言うまでもなく、穂乃果ちゃんだ。チャームポイントのサイドテールを揺らしながら大声で私の名前を呼ぶ姿にほっと安堵する。よかった、すっかり元気になっているみたいだ。

 笑顔で手を振り返しながら店内へ。店番中の雪穂ちゃんと少し話してから、二階の穂乃果ちゃんの部屋へと向かった。階段を昇って一番奥の部屋。昔から幾度となく通ってきた親友の居場所。少し躊躇いはするけれど、ノックしてから入室。

 

「こんにちは穂乃果ちゃん。昨日ぶりだね~」

「わざわざごめんね。せっかくのお休みなのに……」

「全然気にしなくていいよぉ。幼馴染だもん」

「ことりちゃん……」

 

 まだ寝巻のまま、感極まった表情でぎゅっとぬいぐるみを抱き締める穂乃果ちゃん。少し弱った様子の姿がとても可愛らしいものに思えて胸がキュンキュンときめいてしまう。こんなにキュートな穂乃果ちゃんを悲しませるなんて、空良さんはやっぱり酷いよね!

 ベッドにちょこんと座った穂乃果ちゃんに癒しを覚えつつ、向かい側の大きなクッションに身体を預ける。持ってきたシュークリームをテーブルの上に広げると、穂乃果ちゃんは子供のように目を輝かせて喜んでくれた。はぁぁ、本当に穂乃果ちゃんは可愛らしいなぁ。

 口の端にクリームを付けながらも、穂乃果ちゃんは眉を顰めると、

 

「本当は海未ちゃんも呼ぼうかと思ったんだけど、空良くんについての相談だったからさ……。一切の贔屓無しで聞いてほしくて、ことりちゃんだけ呼んだんだ。他のメンバーに相談するのもなんか違うし、ことりちゃんは幼馴染で、いつも私と一緒にいてくれた親友だから……」

「あ、やっぱり空良さんについてなんだね。しばらく学校をお休みしていたのも、もしかして?」

「うん……。変だよね。少し前までは空良くんと真姫ちゃんの仲を取り持って応援するって言っていたのに、二人の距離が縮まっていくにつれて胸が痛くなっていくんだ。真姫ちゃんは大切な仲間で、空良くんもかけがえのない幼馴染なのに……あはは、参ったなー。これじゃあ私、嘘つき穂乃果になっちゃうぞー?」

「穂乃果ちゃん……」

 

 困ったように笑う穂乃果ちゃんだが、私は知っている。彼女が努めてひょうきんに振る舞おうとするときは、決まって追いつめられている時だ。他人に心配されまいと、空元気を出して誤魔化そうとする彼女の悪い癖。そんなのは、今更ことりには通用しない。

 だけど、穂乃果ちゃんは別に誤魔化そうとかそういう気持ちで言った訳ではないらしく、さっき雪穂ちゃんが持ってきてくれたお茶を啜ると、改めて言葉を続けた。

 

「授業参観の日にさ、空良くん達を追いかけたことがあったじゃん? 希ちゃんの発案で、面白半分にさ。あの時かな、空良くんへの気持ちを自覚したのは」

「もしかして、穂乃果ちゃんが先に帰ったのって……」

「うん。あれ以上見ていられなかったんだよ。仲良くなるのは良い事なのに、私の大好きな空良くんが真姫ちゃんに取られちゃうって考えるだけで、胸が張り裂けそうになってさ。それからずぅっとモヤモヤしてて……夜も眠れないって本当なんだね。おかげで寝不足だよ」

 

 そう言って欠伸を一つ。見れば、目の下にうっすらと隈ができていることに気が付く。それだけ寝ていなければ体調も崩すはずだ。そんな状態でも最近になって練習に参加できていることに驚きを覚えるものの、穂乃果ちゃんは割と無理を通す性格なので妙に納得してしまった。あまり褒められたことではないが、彼女を叱るのは海未ちゃんの役目であって私の仕事ではない。今は話を聞こう。

 穂乃果ちゃんがちらと視線を本棚の方に向ける。釣られて見ると、そこにあったのは幼い私達が写った写真。空良さんを中心に、私達幼馴染三人が彼に飛びついている場面。小学生も後半の頃だろうか。まだ女性恐怖症ではない空良さんは、少し戸惑った様子ながらも弾けるような笑顔で写っている。

 それを見る穂乃果ちゃんの顔は、懐かしさと……愛おしさに溢れていた。

 遠い昔……それこそ、空良さんの一番近くに穂乃果ちゃんがいた時の事を思い出しているのだろうか。じっと視線を固めたまま、そっと呟く。

 

「……諦められる訳、ないんだよね」

「…………」

「ずっと隣にいたんだよ? 昔から、形は違えど、ずっと大好きだったんだ。ことりちゃんよりも、海未ちゃんよりも、ずっとずっと空良くんのことが大好きだった。それなのに、今になって真姫ちゃんに取られちゃうなんて、そんなの嫌だよ。空良くんと真姫ちゃんが両思いなのは知ってる。でもさ、そんなすっぱり諦め切れるわけないじゃん! だって……だって! 私だって! 空良くんのことが好きなんだから!」

 

 ポツ、と。

 穂乃果ちゃんが抱き締めている枕に水滴が落ちる。それは次第に量を増し、滝となって溢れ出す。堰を切ったように流れる心の叫びが、本音が、とめどなく溢れていく。

 それは、日頃出すことがない彼女の負の本音。常に明るく元気に振る舞う穂乃果ちゃんが秘めた、誰にも言い出せなかった想い。幼い頃から抱えていた、園田空良への深い愛情。

 ――――気が付くと、私は穂乃果ちゃんを抱き締めていた。

 強く、強く。どこまでも真っ直ぐでどこまでも不器用な彼女を、ただ強く。彼女の涙で服が濡れることなんて気にしない。そんなのは二の次だ。穂乃果ちゃんの悲しみを少しでも共有するために、固く抱き締める。

 

「……ことりちゃんは、優しいね」

「穂乃果ちゃんの方が、もっと優しいよ。だって、私ならたぶん、真姫ちゃんと喧嘩しちゃうもの。じゃれ合いとかじゃなくて、本当に嫌いになっちゃうと思う。だから、それでも二人の事を大好きでいられる穂乃果ちゃんは、本当に優しいんだよ」

「えへへ、そうかな。ことりちゃんが言うと、本当にそう思えるから不思議だね」

 

 泣き腫らした目を細めて弱々しく笑う穂乃果ちゃんに胸がぐっと詰まる。本当は自分が一番辛いくせに、すぐに虚勢を張るんだ。それを自分でも分かっているのに、あえて笑顔を浮かべようとする。そんな顔をされちゃうと、私からはもう何も言えない。

 私に身体を預けたまま、彼女は涙を拭うと、

 

「この数日間、私なりにずっと考えたんだ。空良くんと真姫ちゃんは好き合っていて、今の私はそれを阻む邪魔者でしかなくて……それでも、彼のことは諦めきれない私が、どうするべきかって。どうすれば正解かって。馬鹿な私が精一杯考えて出した答えを、聞いてもらえないかな?」

「……うん、聞くよ。穂乃果ちゃんが出した答え、ちゃんと私が聞いてあげる」

「ありがとう」

 

 一度身体を離す。ちゃんと向き合って、一人の親友として聞いてあげないといけないと思ったから。

 姿勢を正して、穂乃果ちゃんを真っ直ぐ見据える。寝巻で改まる穂乃果ちゃんがおかしくて、少しだけ顔を合わせて笑っちゃったけど、すぐに表情を引き締めると、決意に満ちたハリのある声で彼女は確かにこう宣言した。

 

「私ね、空良くんに告白するよ」

「……本当?」

「うん。ちゃんと告白して、私の想いを知ってもらったうえで、もう一回アタックしてみる。たぶん今の私は、空良くんにとってはただの妹分だから。一度関係をリセットして、一人の女性として見てもらわないといけないと思うんだ。そうしてやっと、スタートラインに立てるはずだから」

「その場でフラれちゃうかもしれないよ?」

「だったら頷いてもらえるまでアタックするだけだよ。真姫ちゃんと付き合い始めるまでは、空良くんは誰のものでもないんだから。それに、ウジウジ悩むよりも当たって砕ける方が私らしいじゃん! 昔からいつだって、『ファイトだよ!』なんて言ってきた私なんだからさ!」

 

 先程までとは違う、太陽のような……それこそ、高坂穂乃果という人間を体現するような満面の笑顔で拳を突き上げ高らかに言ってのける。その姿はどこまでも尊くて、格好良くて……それでも、その先にある未来はきっと理想的なものではないのだろうという確信もあった。たぶん彼女自身も分かってはいるはずだ。今自分が言ったことは到底現実的ではなくて、負け戦に挑むようなものだと。勝率なんてゼロに等しいことを理解しているのに、それでもなお無謀な戦いを行おうとしているのだ。

 すべては、穂乃果ちゃん自身の気持ちに決着をつける為に。

 なんて馬鹿な友達だろう、と呆れる自分がいた。

 なんて強い親友だろう、と感動する自分がいた。

 穂乃果ちゃんの覚悟がどれだけ醜いもので、哀れなのかなんて分かっている。一般的に考えて勝ち目なんてない。この選択は彼女の絶望を深くするだけじゃないか、と静止する私もいた。……だけど、穂乃果ちゃんが負けを承知で、それでも前に進もうとしているのに、それを止める権利なんて私にはない。今できることを少しでもやろうとしている彼女の姿は、紛れもなく輝かしくて、美しいのだから。

 私にできること、私がやるべきことはたった一つ。それは今まで「南ことり」がやってきたことで……今の私が、穂乃果ちゃんに対して絶対にやりたいことでもある。

 このどうしようもなく不器用で、純粋で……誰よりも格好いい幼馴染に向けて微笑みかけながら、私はいつものようにこう言うんだ。

 

「大丈夫。穂乃果ちゃんなら、きっとできるよ」

 

 ――――だって、私は穂乃果ちゃんのことが大好きだから。

 

 




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