スクールアイドルグループとして活動しているμ’sではあるが、分類としてはアイドル研究部という「部活」に属しているため、長期休みになれば行われるイベントが存在する。
「せっかくの夏休みだし、合宿に行こうよ!」
彼女たちが夏休みに入り三週間ほど経過した頃、つまりは8月の上旬ではあるけれども、練習後の昼休みに部室へと集まっていたメンバー達と僕及び草太に向かって、爛々と目を輝かせながら興奮気味にそんなことを言い出した女子が一名。言わずもがな、穂乃果ちゃんである。最近すっかり元気を取り戻して通常運行な彼女は、ホワイトボードにでかでかと「合宿!」とだけ書き殴ると僕達の反応を窺っていた。ちなみに何故僕と草太が部室にいるかと言われると、メンバーが練習に集中できるようにサポートを行う、いわゆるマネージャー業務を仰せつかった為だ。発案者はこれまた穂乃果ちゃんらしい。僕の持病を知っている海未は難色を示していたらしいが、女性恐怖症の克服という最優先目標を提示されて止むを得ず承諾したのだとか。そこで折衷案として花陽ちゃんの従兄である草太も呼ばれたというわけだ。練習後のリラックスとして花陽ちゃんにマッサージを施しているイケメンハゲに殺意の視線を向ける猫系少女が一人見受けられるものの、誰も触れようとはしなかった。皆、騒動事に巻き込まれるのだけは御免なのである。
低い唸り声をあげながら草太を睨み付ける星空さんと、その視線を華麗にスルーしながら花陽ちゃんの肩を揉む草太から全員が視線をそらすと、部長である矢澤さんが代表して手を挙げた。
「はい、にこちゃん!」
「合宿するのはいいんだけど、場所とか決まってんの? まさかとは思うけど、『学校に泊まり込み!』とか言わないわよね」
「ふっふっふ。さすがにこちゃん指摘が鋭いね。でもご安心を。そこはまったく抜かりがないよ! えっへん!」
「へぇ。穂乃果のことだから『今から決めるよ!』とか言い出すかと思ったけど、ちゃんと計画立てていたのね。少し見直したわ」
「穂乃果は元々計画性のある賢い子だよー!」
『いやそれはない』
「皆して酷いや! 空良くんまで即答するし!」
露呈した自分へのイメージの悪さに異議を申し立てる穂乃果ちゃんではあるけれど、そこら辺はもう様式美というかお約束というか、とにかく諦めてほしいと言わざるを得ない。日頃行き当たりばったりで行動することが多いのだから、こういう風に思われても致し方ないとは思うのだけれど、ここで余計なひと言を漏らそうものならまた彼女の機嫌が悪くなること請け合いなので黙秘を決行。
すっかりふくれっ面な穂乃果ちゃんで話が進まないため、生徒会長の絢瀬さんが司会を引き継ぐことに。
「それで、合宿の場所っていうのはどこに決まったの?」
「……真姫ちゃんの別荘」
「別荘って……さすがお金持ちね真姫」
「まぁ、そこら辺しかないよねぇ。真姫ちゃんからの許可は貰ったん?」
「一応パパには許可貰ったわよ。どうせ誰も使ってないし、合宿ついでに別荘の掃除しておいてくれれば好きに使ってくれていいんだって」
「なるほどなぁ。ということは、掃除要員は空良さんと草太さんということやんな?」
『待って』
さらりと聞き逃せない内容を滑り込ませ始めた東條さんに草太と二人して口を挟む。東條さん本人は何故止められたか分からないと言わんばかりにキョトンとした表情を浮かべていたが、なんでそんな顔ができるのか僕の方が不思議だ。
「どうしたんお二人さん。何か引っかかることでもあった?」
「引っかかるも何も、なんでメンバーでもない僕と草太が合宿についていくことになっているのかというところを問い詰めたいんだけれど」
「そんなん、二人がマネージャーだからに決まってるやん。ほら何も不思議なことはないやろ?」
「というか、俺と空良がついていくことに関して許可していないメンバーもいるんじゃないのか? こんなだけど、俺もこいつも一応は年頃の男子だぜ? 一つ屋根の下で生活するってことに抵抗くらいは……」
そう言って草太が部室を見回すものの、
「誰一人拒否してなさそうなのは何故なんだ……」
「だって、同じ部屋になるわけでもないんだし、そこまで危惧することもないでしょう? ……そ、れ、と、もぉ? 草太さんと空良さんは、私みたいなセクシーな女子高生に手を出すような悪い大人なんですか~?」
ニィ、と妖しく口の端を吊り上げながら練習着の襟首を指で引っ張ると、少し屈んで胸元を見せつけてくる生徒会長エリチカさん。グラビアアイドルも顔負けなスタイルの持ち主である絢瀬さんの豊満な胸部……谷間が否応なく視界に飛び込んできて、僕は全力で顔を背けた。一方草太は眼福とばかりに高身長を生かしてそれとなく中身を覗き込もうとしている。まぁ、一般男子大学生としてはあれが正しい反応だよね……。
「……草ちゃん?」
「はっ! み、見てないぞ!? 俺はただ自分の視力が低下していないかアクロバティックに確かめていただけだ! だからそんな負のオーラに溢れたブラックな笑顔で俺を見ないでくれ花ちゃん!」
「まったく、仕方ないね草ちゃんは……これは後で草ちゃんの部屋にあるいかがわしい本やDVDを全部廃棄処分しないといけないなぁ」
「ぐっ!? そ、それだけは勘弁を……」
「…………」
「ど、どうしたんだよ凛。珍しく静かに睨んできて……」
「……そーた兄ちゃんのえっち」
「がふぅ」
星空さんの容赦ない一言に胸を押さえて崩れ落ちるエロハゲ。日頃あれだけ言い合いしているくせに、星空さんからそういうことを言われるのは傷つくらしい。結構真面目にドン引きしている様子の彼女へ許しを求めて顔をあげる草太だったが、ぷいと視線を逸らされると絶望の表情を浮かべていた。なんか泣きそうになっているあたりガチだ。もうそこまで気になっているならさっさと付き合いなよ……。
「草太さんも空良さんだけには言われたくないと思うな~」
「いやいや、何言ってんのことりちゃん。僕はこんなマッチ棒頭とは違ってニブチンなんかじゃないから」
『はぁ……』
「そこの犬系女子高生と猫系女子高生、なんで揃って溜息をついているのさ」
「なんでもないですよ園田さん」
「穂乃果ちゃん!? 距離! 心の距離を近づけて!」
「精神科への紹介状書いてあげるからさっさと行って来たらどうかしら」
「無駄に優しいのが逆にきつい! え、ちょ、何がどうなってんの!?」
「兄さん。これ以上は墓穴を掘るだけなので一旦口を噤んでください」
「むぐ」
見るからに僕から距離を置き始めた幼馴染と想い人に説明を求めるが芳しい反応は得られない。それどころか愛しの妹によって発言権さえ奪われてしまった。口にガムテープを貼られ、強制的に椅子へと縛り付けられる。ニヤニヤと心底楽しそうに東條さんがこちらを眺めているのが腹立たしい。彼女の顔にゆっくりと笑みが広がっていくと、ポケットからタロットを取り出し僕に突き付けながら、
「いやぁ。スピリチュアルやねぇ」
「むぐーっ!」
「兄さん五月蠅いです。今は合宿についての話し合いをしているのですから、これ以上身体の自由を奪われたくなければ……分かりますね?」
「…………」
頷くしかなかった。拒否すればどうなるか、なんて考えたくもない。彼女の恐ろしさを誰よりも知っている僕が、海未の逆鱗に触れるような行動をするわけがない。口にはガムテープ、身体は椅子に縛られたまま、大人しく話の成り行きを見守ることにした。傍らでは未だに落ち込んでいるハゲが這っているが、そんなものに構う余裕はない。
大学生二人を行動不能にした恐怖のスクールアイドル達は改めて話を進めていく。
「日程はどうするのですか?」
「すぐにでも行きたいかなっ。µ’s初の合宿、早く行きたいもんね!」
「ふむ、それでは準備もありますし、今週末というのはどうでしょう。他の皆が問題なければ、ですが」
「いいんじゃないかしら。真姫、別荘の準備は大丈夫なの?」
「今週末くらいだったら必要な食材とかは運んでおくわ。だから、各々着替えとアメニティを用意してもらえる? さすがに人数分の服を準備するのは難しいし」
「一応聞くけど、そこって海とかある?」
「プライベートビーチがあるけど……まさかにこちゃん、合宿だっていうのに海水浴しようとか言わないわよね?」
「言うに決まっているでしょうが! 夏といえば海! アイドルといえば水着! 砂浜で戯れる可愛いにこを密着取材……いけるわ!」
「何がいけるのよ……」
予想通りというかなんというか、拳を振り上げて熱く語る矢澤さん。気持ちは分からない。確かに夏の合宿といえば海というのは相場が決まっている。むしろこれで「山に行きます」とか言われてもモチベーションがもたないだろう。アイドルといえば水着だというのも理解はできる。だけど忘れてやしないかい? 今回は僕と草太もいるんだけど。
妙にハイテンションな矢澤さんにいつものように冷めた視線を向ける真姫ちゃんだけれど、そんな彼女に近づく影が一つ。金色の髪を靡かせるその少女の名は絢瀬絵里。先程草太を戦闘不能に至らしめた魔性の生徒会長は至極真面目な顔で真姫ちゃんの肩を叩くと、近くにいた穂乃果ちゃんも巻き込んで何やら小声で吹き込み始める。
「水着……そして空良さんも参加。これはつまり、貴女達の水着姿を見せつけて、好感度をアップさせる絶好の機会じゃない?」
『っっっ!』
「……?」
「な、なるほど……さすがは絵里ちゃん。ずる賢いことを考えさせたら右に出る者はいないね!」
「え、なんで私ディスられたの?」
「エリー、見直したわ。姑息で奇天烈エリーチカと言われるだけのことはあるわね」
「賢い可愛いエリーチカよ! そんなネガティブなKKEはいらない!」
絢瀬さんが目を三角にして怒鳴っているが、果たして何を話しているのだろう。毎回恒例の絢瀬さん弄りであれば問題はないけれど、願わくば僕に被害が及ばない案件であってほしい。
身動き一つ取れないので成り行きを見守るしかない僕を他所にようやく復活を果たした草太がよろよろと立ち上がりながら会話に入っていく。
「だったらよぉ、せっかくだしこの後皆で水着でも買いに行ったらどうだ? ほら、女子だけで選ぶより、男性視点もあった方がいいかもしれないだろ? 空良はこの後予定もないし、連れていってもらって構わねぇぜ!」
「むぐぐー!」
「ふはは。何を言っているのかまったく聞こえないぜ空良。いいじゃないか。可愛い女の子達に囲まれて買い物だなんて、大学の男共が聞いたら発狂もんだぞ」
何をとんでもないことを言い出しているんだこの電球野郎は! 僕が女子高生集団と一緒に水着を買いに行くだなんて、そんなの自ら死にに行くみたいなものじゃないか! おのれ草太、生きて帰ったら全身に脱毛剤塗ってやる……!
怨敵への殺害方法をじっくり練っている僕であったが、ここでふと花陽ちゃんが告げた一言によってそれがいらないものであったことが発覚する。
勝ち誇った笑みを浮かべる草太に近づく花陽ちゃん。彼女は草太ににっこりと微笑みかけると――――
「草ちゃんも一緒に行くんだよ、勿論♪」
「……ひっ」
ドスの利いた、聞く者すべてを戦慄させかねない声で死刑宣告を行った。
「な、なんで俺まで……」
「だって、穂乃果ちゃん達の水着は空良さんが選べばいいけど、私や凛ちゃんの水着は草ちゃんが選んだ方がいいでしょ? ね?」
「花ちゃんはともかく、なんで俺が凛の水着まで……」
「り、凛だって別に、そーた兄ちゃんにわざわざ選んでほしくは」
「二人ともグチグチうるさい! 黙って一緒に水着買いに行くの! 分かった!?」
『は、はいぃ』
……恐ろしいものを目の前にした気がする。
いつも大人しく引っ込み思案な花陽ちゃんが体育会系二人を完全に黙殺していた。それどころか、他のメンバーでさえも青褪めた顔で口籠る始末だ。部室の空気が凍る。その中で妙に暗い輝きを放つ花陽ちゃんの笑顔だけが妙に爛々と光っていた。
「……今度からあの子は怒らせないようにしましょ」
メンバーを代表した矢澤さんの一言に、その場にいた全員が頷いたのは言うまでもない。
今回も読了ありがとうございます。
今年の冬コミは一日目東メ―30bで小説サークルとして出店していますので、興味のある方は是非是非お立ち寄りください。
それはそれとして、感想もお待ちしております。
更新ストック切れた……