茜色の旋律   作:ふゆい

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第十八節 勘違い

 そんなわけでやってきたのは、東京が誇る無敵の都会SHIBUYAにある某大型ショッピングセンターである。夏休みであることもあってか、店舗内外問わず多くの学生達が買い物を楽しんでいた。もちろんその中の七割程度は女性が占めているため、現在僕は愛する妹に密着してどうにか気持ちを凌いでいるところだ。羞恥心? そんなこと言ってられないよ!

 

「いいですか兄さん。ここは戦場です。死にたくなければ私から手を離さないでください」

「うぅ……まさか妹に手を引かれて買い物をする日が来ることになろうとは……」

「女性用水着店に一人で置き去りにされるよりは百倍マシだと思うのですが……それとも兄さんは私の厚意を無碍にしてまでこの場で生命的な死を遂げるつもりなのですか?」

「僕の命は預けたよ、海未」

「お任せください、兄さん♪」

 

 彼女にしては珍しい弾けるような笑顔でキュッと手を握ってくれる海未。大学生にもなって妹と手を繋ぐのは少々気恥ずかしくもあるが、女子高生で思春期真っ盛りな海未の方が僕より何倍も恥ずかしいはずだ。もしかしたら学友に見られてからかわれるかもしれないし、そういう羞恥面に滅法弱い海未はなおのこと嫌だろう。それでも僕の身を案じて恥を忍んでまでやってくれているのだから、感謝してもし足りない。

 ほら、今だって顔を真っ赤にして俯きながらも頑張ってくれている。

 

「ふふふ……妹という最大限の立場を利用してあの二人にはできない距離感で兄さんとスキンシップを取っている……。恋愛面ではあの二人に譲っていますが、兄妹愛ならば私の右に出る者はいません……」

「海未? なんかぼそぼそ言って、どうしたの?」

「なんでもありませんよ兄さん。さぁ、早く私や残り二人の水着を選びましょう」

「う、うん……な、なんかちょっと距離近くなってない?」

「そうですか? 兄妹ならこれくらい普通だと思いますが」

「そ、そうなのかな……」

 

 手を繋ぐどころか僕の腕に抱き付いている妹に少々躊躇うものの、本人が至極真面目に首を傾げていたのでそれ以上いちゃもんをつけるわけにもいかず。いくら妹とはいえここまで密着されると少しばかり恥ずかしいのだけれど、あまり普段甘えることがない海未がこんな姿を見せていることに喜びを覚えている自分もいた。これくらいの我儘は許してやっていいかもしれない。

 

「むぐぐ……おにょれ海未ちゃん。ライバルは真姫ちゃんだけだと思っていたのに、ここに来て妹枠での参戦だなんて……!」

「くっ……穂乃果だけでも手強いのに、海未まで相手取らないといけないの!? 競争率高すぎない!?」

「甘いですよ二人とも……私は恋人枠なんて狙っていません。彼女ができようができまいが、兄さんの隣は私のものです……」

『ぐぅっ……!』

「さっきから何を睨み合っているの三人とも……」

「今から買う水着を話し合っていたのですよ、兄さん。御心配には及びません。ですよね、穂乃果、真姫?」

「そうだよ空良くん。ほら、あそこのオレンジ色の水着! 可愛いよね! ちょっと見に行こうよ!」

「ず、ずるいわよ穂乃果! 空良、ちょっと感想を聞きたいから、試着室までついてきて!」

「は、破廉恥ですよ、真姫!」

「お、落ち着いて! ほら、試着室まで行くから、穂乃果ちゃんも海未も、真姫ちゃんと一緒に水着持ってきてよ。大した感想は言えないだろうけど、僕なりに頑張って三人の水着選ぶから……」

 

 なんか目の奥に恐ろしい炎を点らせて争う三人をなんとか諌める。この間から何かといざこざを起こす傾向がある三人であるが、本当にどうしたのだろう。喧嘩をしているというよりは、何か譲れないもののぶつかり合いという感じがするけれど……感情の機微にあまり敏い方ではない僕にはイマイチわからない。

 僕の提案にようやく矛先を収めてくれたらしい三人は一瞬顔を見合わせると、散開して各々の水着を選びに行った。目のギラつき感が尋常ではないものの、女の子にとってオシャレとは戦争であるらしい(姉上談)から、僕には理解できない情熱染みたものがあるのだろう。

 久方ぶりに落ち着きを取り戻した僕自身に安堵の溜息をつきつつ、試着室前に設置されているベンチに腰を下ろす。

 

「オシャレとかとんと疎いし、感想ちゃんと言えるかなぁ……」

「気苦労しているところ悪いけど、テキトーな感想言ったら女の子にはすぐ分かるわよ」

「いぃっ!? い、いつから隣に座っていたんですか矢澤さん……」

「失礼ね。むしろアンタの方が後から座ってきたくせに」

 

 そう言うと不機嫌そうにそっぽを向いてしまう矢澤さん。試着室の方をぼんやり見ているから、おそらく今頃絢瀬さんと東條さん、そしてことりちゃんが水着を着ている最中なのだろう。矢澤さんはオシャレにも詳しいらしいから、審査員として残っているのかもしれない。

 それにしても、三年生二人とことりちゃんの水着かぁ。絢瀬さんはモデル並みにスタイル良いし、東條さんも素晴らしいプロポーションだから、水着姿も見栄えすること請け合いだろう。ことりちゃんも高校生並ではあるけど綺麗だし、そこいらのアイドルには負けないくらい可愛い仕上がりになるはずだ。

 

「三人組の水着姿想像してるんじゃないわよ大学生」

「別に客観的に想像するくらいは良いんじゃないですかね……」

「どーせ『胸デッケェ』とか思っていたんでしょ? あーやだやだ。男ってやらしーわね」

「生憎と、当方女性恐怖症なものでして」

「なによそれ。アンタ自身が腑抜けているだけじゃないの?」

「返す言葉もございません……」

 

 決して目は合わせないままそれなりにキッツイ言葉を投げつけてくる。正直な話、少しばかり自覚があるから精神的ダメージが半端じゃない。

 女性恐怖症だなんだと言っているが、僕がメンタルが弱すぎるだけなんじゃないか、というのは昔から思っていることだ。僕がもっとちゃんとしていれば、こんな症状なんてでなかったんじゃないかと。実際、周囲の人から同じことを言われることはままある。その度に海未や穂乃果ちゃんが反論してくれてはいたものの、否定しきれない自分がいるのも事実だ。

 ……だけど、家族や友人に迷惑をかけてばかりいる僕だけれど、これだけは確かに言えることがある。

 

「でも、女性恐怖症だったからµ’sの皆さんに出会えた訳ですし、その……真姫ちゃんとも仲良くなれたから、一概に悪いとは言えないと思うんですよね」

「はぁ? そんなの結果論でしょ。というか、アンタ海未の兄貴なんだから、どっちみち私達とは関わっていたと思うけど」

「手厳しいなぁ」

「周囲に甘えて努力を怠る人種ってのが一番嫌いなのよ私は。……ま、話を聞く限り苦労はしているみたいだし、これ以上いじめるのはやめてあげるわ」

「ありがとうございます……」

「ウチの可愛い後輩達を手籠めにしている噂だったから、少し厳しくしておこうと思ったの。悪いわね」

「それガセですからね? 別に、手籠めにとかしてませんからね?」

 

 目を細め、悪戯っぽくニシシと笑う矢澤さんではあるけれども、そういう噂は本当に誰から広まっているのか問い詰めたいところではある。そもそも女性恐怖症の僕があの三人を手籠めにとかどう考えてもできる訳がない。逆に手玉に取られるのが関の山だ。真姫ちゃんと海未は高校生とは思えない程強かだし、穂乃果ちゃんに関しては僕がハンドリングできる境地をとっくの昔に逸脱している。何を間違えば僕みたいなローポテンシャル野郎が彼女達の手綱を握られるのか教えてほしい。

 

「まぁいいけど。女の嫉妬ってやつは怖いから、適度にやりなさいな」

「ご忠告痛み入ります……」

 

 ずっと勘違いしたまま助言をしてくれる彼女に苦笑いを返しながらも、わいわい姦しい様子で戻ってきた三人の水着への感想を考えるべく、再び気合を入れ直す僕であった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 「いやー、家まで送ってもらって申し訳ないね空良くん。これくらいの道なら一人で帰れたのに」

「時間も遅くなっちゃったし、夜道を女の子一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」

「えへへ、嬉しいなぁ」

 

 照れ臭そうにガシガシと後頭部を掻く穂乃果ちゃん。手には今日買ったおニューの水着が入っているブランドロゴが記された紙袋がゆらゆらと揺れている。ちなみに彼女が購入したのはオレンジ色のボーダービキニ。なんというか、穂乃果ちゃんらしいチョイスだと思う。

 µ’sとの買い物も終え、晩御飯を外食で済ませると時刻はそれなりに遅くなり。先に真姫ちゃんを三人で送った後に海未を帰らせ、現在は僕が一人で穂乃果ちゃんを家まで送っていた。海未も一緒に着いていくとは言っていたものの、あまり夜更かしが得意ではない妹にこの時間帯外を出歩かせるのは少々気が退けたため、先に就寝してもらうことにしたのだ。正直、我が家と穂むらまでの距離はそんなにないし、穂乃果ちゃんを送るのにそこまで人数もいらないだろうという判断である。

 

「にしても、結構時間も遅くなっちゃって」

「まさか水着選びがあそこまで白熱するとは……途中ことりちゃんとにこちゃんも参戦してきてファッションショーみたいになってたもんね。いやぁ、オシャレって怖いなぁ」

 

 今思い出しても震えが止まらない。単純な水着選びだったはずなのに、気が付くと僕と草太を審査員にµ’sの九人がそれぞれ水着姿を披露する形式に変化していた。あの恥ずかしがり屋な花陽ちゃんや海未でさえも半分ノリノリで参加していたことがまた違和感バリバリである。何が彼女達をそこまで駆り立てたのかはよく分からない。

 その後もなんだかんだゲーセンでプリクラ撮ったりだとか、食レポしたりだとかで最終的に夜中の十時である。一応彼女達も家には連絡しているから大丈夫だとは思うが、門限が厳しそうな真姫ちゃんやことりちゃんが少々心配だ。怒られてなければいいけど。

 

「でも、久しぶりに空良くんと遊べて楽しかったよ。ここ最近、あまり会えてなかったし」

「それもそうだね。穂乃果ちゃん体調崩していたから、ちゃんと遊ぶのは久しぶりかも。大丈夫だった?」

「……うん。とりあえず落ち着いたかな」

「よかった。急に学校休んだって海未から聞いて心配していたんだ。穂乃果ちゃん結構無理を押しちゃうタイプだし、今回ももしかしたら過労が原因なのかもって。大丈夫だったなら何よりだよ」

 

 以前疲労が溜まっているにもかかわらず、気が流行るばかりに雨の中ランニングを決行してしまい倒れたことがある穂乃果ちゃんだから、割と心配していたのだ。寝込んでいたからか電話しても出てもらえなかったし、結構重病なのではと思っていたけれど……結果的に元気になったようだから本当に良かった。

 ちょうどいい具合に会話も途切れてしまったので、ここいらが潮時だろう。リュックを背負い直し、穂乃果ちゃんへと声をかける。

 

「それじゃあ僕はもう帰ろうかな。穂乃果ちゃんもあんまり夜更かししないようにね。明日も練習あるんだし」

「……ありがとう、空良くん」

「いえいえ。おやすみ穂乃果ちゃん」

 

 そのまま背を向け歩き出す。今から帰って色々していたら寝るのは十二時頃かな。せっかく夏休みだし、ゲームしまくるのもアリだけれど――――

 

「ま、待って! 空良くん!」

「ん……?」

 

 不意に呼び止められ、反射的に振り返る。何か忘れものでもしただろうか、と怪訝に思いながらも彼女の元まで小走りで戻った。見ると、何やら言いたげな表情で僕を見上げる穂乃果ちゃんの姿。

 

「どうしたの? なんかまだあったっけ?」

「……うん、あるよ。空良くんに伝えないといけないことが、まだあるんだ」

「伝えないといけないこと? そ、そんな改まるようなことなんかあったかな……」

 

 記憶を整理してはみるが、いまいち心当たりがない。確かにここ最近あんまりマトモに話せてはいなかったから積もる話はそれなりに溜まっているかもしれないけれど、それを今ここでわざわざ言わないといけないのかと言われると反応に困る。正直会おうと思えばいつでも会えるわけで、それこそ電話で呼び出しでもしてくれればものの十分で家から向かえるくらいの距離であるから、大声で呼び止めてまで言うような内容は別に――――

 

「――――好きです」

「……え?」

「高坂穂乃果は、園田空良のことが大好きです。妹分としてしか見られていないかもしれないけど、私は空良くんのことが一人の男性として大好きです。愛しています」

「ちょ……っと、穂乃果、ちゃん……?」

「大好きなの。昔から、ずっとずっと、空良くんのことが好きです」

「ま……待ってよ……。き、急に何を言っているのさ……」

「……ごめんね、いきなりこんなこと。でも、ちゃんと言わないと、空良くんはいつまでも私を女性としては見てくれないから。幼馴染じゃなくて。一人の女性として見てほしかったから」

「あ……え……?」

「言いたかったことはそれだけ! じゃあおやすみ!」

「ほ、穂乃果ちゃん!?」

 

 僕の声も聞かず、言うだけ言ってしまうと穂むらの中に入ってしまう穂乃果ちゃん。店内まで追いかけるのも憚られて、一人その場に取り残される僕。理解が追いつかない。頭の中が、ぐるぐる回っている。

 聞き間違いだと思った。何かの気のせいだと思いたかった。だって、そうでもなければ、僕はもしかするととんでもなく最低な仕打ちを彼女にしていたことになるのだから。信じたく……なかった。

 

 好意を寄せてくれている子に対して恋愛相談をしてもらっていたなんて、そんな、最悪なこと。

 

 心当たりがなかったといえば嘘になる。最近距離が近いな、とか、やけに絡んでくるな、とか。思い出してみれば明らかに違和感の伴う行動が多かった。でも、僕にとって彼女は幼馴染で、妹みたいなもので……だから、その行為も幼馴染の愛情表現の延長かな、と軽く流していたのだ。

 だけど、だけどだけどだけどだけど。

 ――――僕は知らないうちに、穂乃果ちゃんを傷つけていた……?

 

「あ……あぁぁ……」

 

 信じたくない。信じられない。

 誰よりも頼りになって、昔から憧れていた彼女を僕が、僕自身が傷つけていたなんてことを。そんなこと、許される訳がないのに。

 目の前が真っ暗になる。動悸が治まらない。呼吸も切れ切れになり、鳥肌と震えが止まらない――――

 

「そ、空良さん!? 様子がおかしいけど、大丈夫!?」

 

 倒れそうになる最中、そっと添えられたか細い手。耳を擽るような高い声と特徴的な髪形で、その人物が誰なのかすぐに分かった。

 薄らぐ意識の中で、なんとか名前を絞り出す。

 

「ことり……ちゃん……?」

「……穂乃果ちゃんに渡すものがあって通りかかったんだ。状況は把握しているよ。穂乃果ちゃんが告白しているところ、ちょうど見ちゃったし」

「僕は……僕は……」

「大丈夫。一旦落ち着いて話をしよう? その様子だと帰れないだろうし、とりあえず私の家に向かおうよ。海未ちゃんには私が連絡しておくから」

 

 すべてを任せっきりにして、そのまま彼女に身体を預ける。今はとりあえず、僕を取り巻くこの状況について誰かと一緒に整理をしたかった。

 




 今回も読了ありがとうございます。
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