茜色の旋律   作:ふゆい

19 / 23
 あけましておめでとうございます。


第十九節 真実

 

「落ち着いた?」

「うん……ありがとう、ことりちゃん」

「いいんだよ~。はい、もう一杯お水飲んで?」

 

 手渡された水を煽り、息をつく。ことりちゃんはベッドに腰かける僕を安心したように見やると、テーブルを挟んで向かい側にストンと座った。丸っこい鳥のぬいぐるみを抱きかかえたまま、話を切り出す。

 

「穂乃果ちゃんに、告白されたんだよね?」

「……そう、みたい。未だに信じられないけれど」

「穂乃果ちゃんが空良さんのことを好きだってことには、まったく気が付いていなかったの?」

「心当たりは、あったよ。最近スキンシップが激しいな、とか、僕が真姫ちゃんと仲良くしていると不機嫌になったり、とか。……でも、穂乃果ちゃんが僕の事をそういう風に想っているだなんて思いもしなかった。僕にとって穂乃果ちゃんはそういうのじゃなくて……妹みたいな存在だったから」

「……それは、今でも? 穂乃果ちゃんの本当の気持ちを知った今でも、変わらない?」

「それは……」

 

 ことりちゃんの問いにうまく返答ができない。今までずっと、それこそ彼女と知り合ってからずっと、穂乃果ちゃんは僕にとって妹だった。ことりちゃんや海未と同じく、肉親のように接してきたつもりだ。だから、穂乃果ちゃんからのスキンシップが激しくなっても、それは妹が兄に甘えるようなものだと思っていた。……それがまさか、恋愛感情によるものだったなんて、少しも知らなかった。

 でも、だからといって彼女の事を女性として見られるかと言われると、確固たる返答はできない。もう十年以上妹として接してきた相手を急に異性として意識しろというのが土台難しい話ではあった。これからも兄妹としての関係でいてくれ、と穂乃果ちゃんに伝えた方がいいのは分かっている。

 ……それでも、それでも僕には、彼女の気持ちをこれ以上踏み躙る決心ができない。

 

「穂乃果ちゃんはね、ずっと空良さんのことが好きだったんだよ。小学生の時からずっと、空良さんのことを愛していたの。でも穂乃果ちゃんは恋愛なんて知らなくて、空良さんへの気持ちを正しい形として理解していなかった。真姫ちゃんとの距離を縮めていく空良さんを見て、ようやくちゃんと自分の想いに気が付いたの」

「自分の、気持ちに……」

「空良さんが真姫ちゃんのことを好きなのは知っているよ。勿論穂乃果ちゃんも知っている。だけど、だからといって穂乃果ちゃんが空良さんのことを諦められるわけじゃない。だって、恋愛ってそんな簡単に切り捨てられるものじゃないもん。それは空良さんも知っているはずだよ?」

「……分かるよ。それくらい僕にも分かる。だから、もしこのまま穂乃果ちゃんを傷つけ続けるくらいなら、真姫ちゃんを諦めて彼女の気持ちに応えた方がいいってことも――――」

「違うっ! そんな、そんなことをしても穂乃果ちゃんは喜ばない! 空良さんは、何も分かっていないよ!」

「っ……」

 

 普段物静かな彼女からは想像できない程の怒声。目の端に涙を浮かべ、白くか細い手をぎゅっと握ったまま僕を真っ直ぐ見据えている。今にも折れてしまいそうなくらいほっそりとした両足を踏みしめ、ことりちゃんは許せないものを目の前にしたように血相を変えていた。そのあまりにも怒気のこもった表情に、僕は思わず二の句を告げなくなってしまう。ぐ、と息を呑み、そのまま彼女の言葉を待つ。

 

「空良さんが真姫ちゃんを諦めて穂乃果ちゃんを選べば良いだなんて、そんな簡単な話じゃないの! そんなのは穂乃果ちゃんを……いや、真姫ちゃんのことも馬鹿にしているよ! そういうことだけは、絶対に言ってほしくない!」

「でも……でも、穂乃果ちゃんを傷つけたまま真姫ちゃんに告白するだなんて、それこそ僕には絶対にできないよ! 僕にとっては穂乃果ちゃんも真姫ちゃんくらい、下手すればそれ以上に大切なんだ! そんな……そんな穂乃果ちゃんを蔑ろにして自分だけ幸せになろうとするとか、絶対に……!」

「どっちを選べとか、そういう話じゃないの! 空良さん。貴方が第一にやるべきことは答えを出すことじゃない。悩む前に、逃げる前に、穂乃果ちゃんや真姫ちゃんに真正面から向き合う事なんだよ! 妹分だからとか、罪悪感がどうとか……そんなことを言っている暇があるのなら、ちゃんと穂乃果ちゃんと話して! どうするかなんて、その後決めればいいじゃない!」

「ちゃんと、向き合う……?」

「そうだよ……。何かあるとすぐにのらりくらりと躱すのは、空良さんの悪い癖。今までもそうして何度か誤魔化してきたでしょう? でも、それはもうやめて。今の空良さんがやらないといけないことはたった一つ。穂乃果ちゃんから逃げずに、ちゃんとお互いの気持ちをぶつけるの」

 

 そう言うと僕の隣に腰を下ろし、ポンと背中を叩いてくれることりちゃん。優しく包み込んでくれるような雰囲気がどことなく母親のように思えて……気が付くと僕は、彼女に促されるままことりちゃんの胸に顔を埋めていた。それは決してやらしい意味ではなく、彼女の胸を借りて、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 

「ごめん……こういう時、どうすればいいかよく分からないんだけど……。……少し、このままでいさせてくれないかな」

「うん。今だけはことりの胸を借りて、うんと泣いちゃおう? モヤモヤした気持ちを全部吐き出して、そうしたらまた一歩踏み出そうよ。穂乃果ちゃんに対する罪悪感とか、真姫ちゃんへの複雑な愛情とか。そういうのを全部全部涙に変えてさ。大丈夫。空良さんは強いから。きっと最後には皆を幸せにする方法を見つけられるよ」

「……ありがとう。こんな駄目な僕を慰めてくれて。叱ってくれて、ありがとう」

 

 そっと目を閉じる。ことりちゃんの柔らかな感覚に包まれていると、徐々に全身の力が抜けていくのを感じた。今まで溜まっていたものを吐き出すかのように、ゆっくりと涙が流れ始める。彼女の背中に手を回したまま、肩を震わせ嗚咽を漏らす。三歳も下の妹分に甘えるなんて、草太が見たら馬鹿にされること請け合いだ。

 僕に何ができるかなんて、まだ分からない。遊園地の帰りに真姫ちゃんが残した呟きの真意を確認してもいない。穂乃果ちゃんの問題は手付かずで、どんな結末を辿るかなんて想像すらできなかった。

 でも、言い訳をするのはもうやめよう。穂乃果ちゃんを妹分だからと彼女の気持ちから逃げるのはここで終わりにしよう。これからは、一人の女性として向き合っていかなければならない。そうしないと、彼女の勇気に応えることができないのだから。

 ことりちゃんに抱き締められたまま、僕はその後泣き疲れて朝を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 仲のいい女の子がいた。

 その子とは高校の入学式の時に知り合い、初めての友達になった。席が近かったこともあり、自然と彼女との距離は縮まっていった。昼休みにご飯を食べる時も、ホームルームでグループワークをする時も、いつしか彼女と二人でいるようになっていた。

 半年が経ち、一年が経ち……二年生に上がるころには、自然と二人は付き合い始めた。それは周囲から見れば当然で、逆に今の今までどうして交際していなかったのかと首を傾げる程だった。彼らは誰が見ても睦まじく、学校内でも有名なおしどりカップルとなっていた。

 そんな中、悲劇は起こった。

 それはクリスマスが近づいてきた高校二年生の冬。親友のハゲと最愛の妹と一緒に三人で彼女へのプレゼントを選びに街へと出かけていた時の事。彼女の喜ぶ顔を浮かべつつ、来るクリスマスを楽しみにしながらショッピングを続ける。親友に冷やかされ、妹には少々不機嫌な対応をされながらも、彼は精一杯のセンスと気持ちを総動員して候補を見繕っていた。

 だが、運命の女神は時として最悪な選択を迫る。

 三人で歩いていると、不意にとある男女ペアの姿が目に留まった。それは一見するとどこにでもいるようなカップルで、それだけなら別段注視することもない。クリスマスも近いのだし、二人でプレゼントを買いに来ていてもなんら不思議ではないからだ。

 ……だけれども、そのカップルの片割れに、あまりにも見覚えがありすぎた。

 

『え……?』

 

 思わず声が漏れる。親友と妹の声が聞こえなくなる程に、彼の頭は一瞬で真っ白になっていた。目は見開かれ、全身が恐怖で震える。下手すれば意識を失うのではないかという程に、心臓がけたたましく鳴り響いていた。

 彼の異変に気が付いた二人が同時に件のカップルへと視線を向ける。そして次の瞬間には、信じられないとばかりに表情を一変させていた。妹に至っては、今にも走り出して怒鳴りつけそうな程に。

 そのカップルの片割れは、どこからどう見ても恋人だった。入学式から隣を歩いてきた、愛する彼女だった。その少女が、今視線の先で知らない男性の腕に抱き着き、仲良く街を練り歩いている。

 何が起こっているのか理解ができない。脳が状況の把握を完全に放棄していた。

 

 後日、彼は恋人を問い詰めた。あの時の状況と、あの男性の真意を。頭では最悪の可能性を確信していながらも、心が一縷の望みを信じていたから。ずっと一緒にいた彼女を、最後まで信じていたかったから。

 だけど、それなのに。

 

『見られちゃったか。正直な話、あっちが本命。アンタはただの遊びで、私にとっては財布と暇潰しの道具よ。当然でしょう? だって彼の方がイケメンだし、一緒にいて面白いもの。まさか、本気でアンタのことが好きで付き合っていると思っていたの? おめでたいわね』

 

 ――――震える身体に鞭を入れつつ待った言葉は、あまりにも無情で。

 衝撃を受けた、なんてものではない。何かが崩れるような感覚。価値観や人間性……園田空良としての核が完全にへし折れるような音を、確かに聞いた。

 そして、最後の台詞はこう。

 

『勝手に勘違いしちゃってさ。自意識過剰で気持ち悪いんだよ、園田は』

 

 それが、園田空良が記憶している最後の言葉。そこから先は何があったのか覚えていない。ただ、数か月の休学から復帰すると、例の彼女が転校していたことから、草太や海未が何かしら制裁を行ったのだろうことは察せられた。クラスメイト達も僕のことを案じてか、今まで以上に優しく接してくれるようにもなっていた。

 ……ただ、それからというもの、僕は女性という生き物が怖くなり、目を合わせることさえもできなくなっていて。少しでも近づかれると発作を起こすほどに、精神が不安定化していた。それは高校を卒業するまで、まったく軟化することなく僕の生活を脅かし続けたのだ。

 




 今回も読了ありがとうございます。
 感想もお待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。