茜色の旋律   作:ふゆい

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 第二十節です。


第二十節 合宿開始!

 

 別荘なんてものが存在するのは、漫画やアニメだけの話だと思っていた。

 

「青い空! 白い雲! そして~? にこちゃんの胸みたいに遠くまで広がる、ブルーオーシャァーン!」

「ぶん殴るわよ穂乃果ァ!」

「にこちゃんやめるにゃー! 穂乃果ちゃんの言っていることに嘘偽りはないにゃー!」

「りーんー!」

 

 駅を出てから数分歩いた先、周囲の木々を切り裂いて眼前に現れたのは蒼く輝く水平線。太陽の光を受けて煌めく砂浜と植物が織り成す大自然はあまりにも非日常な光景で、µ’sのお調子者三人組は予想通りにハイテンションな様子だ。他の六人も彼女達ほどではないにせよ、海を目の前にして興奮気味に目を輝かせている。真姫ちゃんまで似たような反応をしているのは少々驚いたけれど。

 

「いやぁ、マネージャー業務とはいえ、こうやって美少女達と海に来られるってのはいいねぇ。役得だぜ」

「呑気なもんだね草太」

「そりゃあ俺はお前と違って目の保養になるだけだからなぁ。女性恐怖症の空良クンにはしんどい環境かもしれんが、そんなの関係ねぇ!」

「花陽ちゃーん! 星空さーん! どこぞのハゲが絢瀬さんの胸ガン見して鼻の下伸ばしてるよー!」

『キルユー!』

「ちょっ!? 空良テメェ!」

 

 殺意の波動に目覚めた二人に折檻される親友の断末魔が響くけれども、決して振り返ることはしない。僕は正義の心に準じて悪人を断罪しただけだ。仮にここで労働者が一人脱落してしまったとしてもまったくなんら問題はない。

 星空さんがハゲの頭に足元の雑草を植え付けている光景をのんびり眺めていると、不意にトンと誰かが僕の肩に寄り添ってきた。鼻を擽る女性特有の甘い香りに一瞬ビクつくものの、トサカのような特徴的な髪形が視界に入るとすぐに発作は落ち着きを見せる。

 ことりちゃんだ。

 

「もぅ、駄目だよ空良さん。出発前に絵里ちゃんに言われたでしょう? 空良さんは妙に皆と距離を置くきらいがあるから、ちゃんとメンバー全員を名前で呼ぶようにって」

「う……いや、そうなんだけどさ。すぐには難しいと言うか……」

「わがままはだーめっ。ほら、さっそくそこで待ち構えているよ~?」

 

 ことりちゃんが手で示した先に目をやると、予想通りというかなんというか、ニヤニヤ面倒くさそうな笑顔を浮かべてこちらを見ている少女が一人。豊満な胸を支える様に腕を組んでいるその子は一歩こちらに近づくと、僕を下から覗き込むように上体を屈める。

 

「と、東條さん……」

「んっんっん~? の、ぞ、み。やんな?」

「うぐ……」

「空良さんふぁいとっ」

「うぅぅぅ。う、海未ぃ」

「私は今暴れそうになっている真姫と穂乃果を止める作業で忙しいので手助けはできません」

「ことりちゃんなんか空良くんと仲良くなってない!? ねぇ!?」

「希! そんな胸を強調するようなポーズは駄目! 空良の目に毒よ!」

「おぉう。空良さんモテモテやん☆」

「前後を地獄に塞がれている……」

 

 話に入ってこない絢瀬さんと矢澤さんは呆れたような楽しんでいるような微妙な顔で傍観者を決め込んでいるし、唯一頼れるべき親友は先程人身御供に送ったばかりだ。援軍の見込みはない。そしてここをなんとか逃れたとしても、おそらくこの合宿が終わるまで何度も同じ目に遭うだろう。……それならば、もうここで覚悟を決めた方が良い気がしてきた。

 息をつく。大丈夫だ園田空良。今の僕ならできる。

 ぐっと東條さんを見据える。顔を背けそうになるのをなんとか抑えつつ、声を絞り出す。

 

「の、希……さん」

「うんっ。まぁ及第点やね」

「あら、希だけずるいわ。ほら空良さん。私とにこのことも呼んでよ」

「え、絵里さん……にこさん……」

「ふふん。ちゃんとにこにーにまで『さん』を付けたところは評価してあげるわ」

「えー。にこのことは『にこちゃん』って子供を相手にする感じで呼ぶことを期待していたのになぁ」

「……今日の夕飯は海苔マシマシのおにぎりにしましょうか」

「申し訳ございませんにこ様」

「よろしい」

 

 絢……絵里さんのからかいにも動じることなく仕返しを執行するにこさん。µ’sとして活動するまではまったく関係はなかったというが、結構お似合いな二人だと思う。何気に抜けている絵里さんとしっかり者のにこさん、そして二人の手綱を握る希さん、と三年生は絶妙なバランスだ。傍から見ていると面白い。

 そんなことを考えつつも、ちらと海未達三人組に視線を飛ばす。何やら牽制と火花を飛ばし合う彼女達の中で一人、現在僕の心をかき乱しまくっている穂乃果ちゃんをこっそり盗み見る。

 

『――――空良くんはいつまでも私を女性としては見てくれないから。幼馴染じゃなくて。一人の女性として見てほしかったから』

 

「……そんなことを思っていただなんて、ずっと近くにいたのにまったく気づかなかったよ」

 

 どれだけの勇気を振り絞ったのだろう。彼女の告白を受け、幼馴染ではなく『高坂穂乃果』としての彼女を見る。身体は女性らしく魅力的に成長し、控えめに言っても美少女と呼べる程になっていた。あんなにお転婆で男子と一緒に公園を駆け回っていた穂乃果ちゃんが、あんなにも一人の女性として成長している。それは兄貴分としても、彼女の近くにいるものとしても喜ぶべきことだ。

 ――この合宿の目的は二つ。一つはµ’sを支えるマネージャー業務。そしてもう一つは、穂乃果ちゃんの告白に真正面から答える。どちらかと言えば、後者がメインなのは言うまでもない。

 僕はまだ、彼女のことを妹として思っている。だから、この二泊三日を使って本気で考えるんだ。まっさらな状態で、僕は『高坂穂乃果』に対してどう思っているのか、その答えを。

 この事はすでに海未とことりちゃんには話してある。真姫ちゃんにも話しておこうか悩んだが、それはなんだか卑怯な気がしてやめた。今の僕は穂乃果ちゃんと向き合うべきであって、真姫ちゃんがどうこうという状況ではないのだから。

 

「そーらくぅーん! 早く別荘の中に入ろうよー!」

「……うんっ。荷物は僕と草太が持っていくから、先に探検してきていいよ」

「本当? ありがとー!」

 

 目が合うと、相変わらずの爛漫な笑顔で手をぶんぶん振ってくる。ただ、その頬がわずかに紅潮していることに気付くと、少しばかり胸が痛んだ。今まで彼女の異変をまったく悟れなかった僕の鈍感さに嫌気が差す。そして、彼女の気持ちに気付かず、僕の身勝手な思い込みでずっと傷つけていたことにも。彼女の想いにもっと早く気が付いていたなら、今の関係性も違っていたのだろうか。

 

「空良」

「真姫ちゃん……?」

 

 少々自己嫌悪に陥っていると、いつの間に傍にいたのか髪先を弄りながら並び立つ真姫ちゃん。こちらに目を合わせる様子はないが、何か言いたげに口を尖らせている。不意に脳裏に浮かぶのは遊園地の帰りに彼女が漏らした呟き。僕の勘違いなのか、それとも……穂乃果ちゃんと同様に、気が付かなければならない言葉だったのか。どちらにせよ、彼女の言葉を待つ。

 周囲に悟られたくないのだろうか、控えめにトンと僕の腕に肩をぶつけると、

 

「何を考え込んでいるのか知らないけれど、慣れない背伸びはやめなさいね。自分だったら、空良だったらどうするのか。それだけを考えて行動しなさい」

「真姫ちゃん……」

「どーせウジウジ悩んだところでドツボるだけなんだから。優柔不断のアンタは直感で行動するくらいがちょうどいいのよ」

「……手厳しいなぁ」

「これでも褒めているつもりなんだけど。ま、とりあえずそういうことだから」

 

 それだけ言って花陽ちゃん達の元へ駆けていく真姫ちゃん。まったく話していなかったのに、察してくれていたらしい。そんなに分かりやすい反応をしていただろうか……。とはいえ、彼女の激励を無駄にするわけにはいかない。だって、決めたじゃないか。ことりちゃんに慰められながら、覚悟をしたじゃないか。

 よし、と一つ気合を入れて、早速荷物を抱える。個別で目的があるとはいっても今回はµ’sの合宿だ。彼女達のサポートが最優先。足元で野垂れ死んでいるハゲを蹴り起こしつつ、彼女達が既に向かっている別荘内へと足を進める。

 

「なんだ空良。妙に落ち込んでいた割には、結構元気じゃねぇか」

「僕ってそんなに分かりやすい性格してるかな」

「すぐ顔に出るからなー。ウチの凛や花ちゃんでさえも普通に気づくレベルだから、相当だと思うぜ」

「……マスクでもつけた方が良さそうだね」

「やめとけ。そんな小細工してもどうせバレるだけだ」

 

 長い付き合いの草太や三人娘ならばいざ知らず、µ’sの皆にまで気づかれるレベルだというのはショックだ。そんなにちょろいつもりはなかったのだけれど、ここまで言われてしまうと今後気を付けなければならない。……なんか悔しいし。

 そういえば、と何気に気にかかっていたことを草太に聞いてみる。

 

「草太はさ、凛ちゃんと花陽ちゃん、どっちのことが好きなの?」

「急に爆弾ぶっこんで来るのはお前の悪い癖だぞ」

「いや、だって気になるじゃん。花陽ちゃんは従妹で凛ちゃんは幼馴染って、恋愛シミュレーションゲームの主人公みたいな状況なんだし」

「お前が言うなの手本を見せられている気分だが、まぁいい。結論から言えば、俺はあの二人にそういう感情は持ってねぇよ。どっちも妹分ってだけだ」

「…………」

「なんだよ」

「いや、僕も周囲からこういう風に見えていたのかと思うと、滅茶苦茶痛い奴だったなって……」

「女子風呂に投げ捨てるぞ三股野郎」

「誤解を孕む上に謂れのない誹謗中傷はやめろ!」

「シスコン! 妹より立場の弱い軟弱兄貴!」

「泣くぞ!」

「シスコン否定しねぇのかよ! しろよ!」

「いや、だってそれは認めてるから……ていうか! あんなに可愛い妹がいてシスコンにならない方がおかしいでしょ! 僕は悪くない!」

「じゃあ海未ちゃんより立場が弱いことに関しては?」

「…………ぐすん」

「しっかりしろよ園田家長男」

 

 仕方ないんだ。ウチは女系家族だから、男の立場は弱いんだ。

 何かを察して背中を叩いてくるハゲの後頭部に引っ叩く。そこからヒートアップした喧嘩は、見かねた絵里さんが止めるまで続いた。

 




 今回も読了ありがとうございます。
 就活が始まる為、定期更新が難しくなりそうです。
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