なんでも話せる友人というのは、何気に必要なものだ。
「信じられない話だけど、僕にも好きな人が出来ました」
「……は? 正気かお前」
「自分でもそう思うけどいたってマジ」
「嘘だろ……」
僕の告白に衝撃を受けた様子の丸刈りな友人が引き攣った表情を浮かべる。髪は一本も生えていないのにパーツだけでイケメンだと判断できる彼は、僕の高校時代からの同級生だ。がっしりとした体格に丸刈りとかいうスポーツマン体型ではあるが、彼はこう見えて運動があまり得意ではない。趣味はアイドルの追っかけとかいう外見と内面のギャップがフルスロットルな残念イケメンだ。それでもモテるんだからイケメンってすごい。
名前は
六月も折り返そうかという時期。大学の講義も終わり、大してやることもなかった僕は草太に連れられてここ秋葉原のファストフード店に降り立っていた。時刻はちょうどおやつ時。まだ高校は授業があっている時間の為、そこまで混み合ってはいない。女性の目が苦手な僕からすればありがたい限りではある。
「にしても、お前に好きな人ねぇ……あのメンタル状況からよくもまぁそこまで回復したもんだわ」
「回復したというか、恐怖症は治っていないんだけど。それでも惹かれちゃったみたいなんだ。まだ、全然まともに話せないんだけどね」
「だが空良にしては頑張っているじゃないか。お前がそこまで惹かれる女の子っていうのは気になるな。写真とかねぇの?」
「うっわすっごい野次馬根性丸出しな台詞が来た」
「いいじゃん減るもんでもねーし」
「一応、海未から送られてきた写真があるけどさ……」
「お、見せてくれよ是非是非」
ほれほれと手をひらひらさせながら催促してくる草太。昔から何かとお調子者属性だったからかこういう話題に対しての食いつき方が半端ない。女性恐怖症の僕が好きになった子っていうのもあるんだろうけど……ニヤニヤ具合がまたイラッとくる。
一瞬鼻っ柱を引っ叩いてやろうかと画策するものの、それくらいでこのアイドルオタクが退くとは思えないので大人しく写真を見せることにした。以前海未がメールで送ってくれた、西木野さんの練習中の写真があったはず。制服ではない、見慣れない練習着の可愛さに言葉を失った覚えがある。いや、可愛すぎるでしょ西木野さん。
チーズバーガー頬張りながら覗き込んでくるバカに辟易とはしながらも、画像を見せる。
「ほらこの子。見た目ちょっと強気っぽいけど、めちゃくちゃ良い子なんだよ」
「どれどれ……って、は? これµ’sじゃん。しかもその子、真姫ちゃんだろ?」
「え、なんで知って……あぁ、草太そういえばアイドルオタクだったね。それなら納得」
アイドル全般が大好きな彼ならスクールアイドルを網羅していても不思議ではない。しかし、もうそこまで有名になったのか……まぁ全員可愛いしね。
一人で勝手に納得する僕だったが、草太が漏らしたまさかの台詞に度肝を抜かれる事になる。
草太は驚いたように目を見開いたまま、最近9人にメンバーが増えたらしいµ’sの一員――――少し気弱そうな雰囲気の女の子を指差すと、あろうことかこんなことを言うのだった。
「いや、知っているも何も、この子俺の従妹だし」
「…………は?」
「だから、この真姫ちゃんの隣にいる奴。小泉花陽は俺の従妹なんだって。前に言ったろ? 最近スクールアイドル始めた従妹がいる話」
「……うそやん」
「なんで似非関西弁」
なんかさらっと衝撃的な事実が露見しているんだけど神様最近働きすぎてない? 大丈夫?
もう何度目になるか分からないけれど、ここ何か月か世界が狭くなってきている感が物凄い。もしかしたら今、僕の交友関係は秋葉原周辺のみに制限され始めているんじゃないだろうかってくらい知り合いが繋がっている。しかも従妹って……小泉さんが草太の親戚ってところでもうお腹いっぱいなのに、もしかすると西木野さんと草太が繋がる可能性があるっていう事実に胃が痛い。
「そういえば最近花ちゃんがすげぇ楽しそうに『真姫ちゃんにもようやく春が来るかもしれないんだよ~』とは言っていたけど、空良だったのか。いやー、これは今後の報告が非常に楽しみになってきましたなぁ」
「僕の気苦労も知らんとこのクソハゲは」
「ハゲじゃねぇファッション坊主だ。でもよぉ、女の子に話しかけることすらままならねぇお前がどうやって真姫ちゃんにアタックするつもりなんさ」
「そこなんだよね……」
正直、そこは最大の難関だったりする。秋葉原での一件でようやく会話に成功したとはいえ、その後は穂乃果ちゃん及び海未のサポートありきでなんとか会話を成立させている僕なのだ。目も合わせられなかった以前に比べればだいぶ成長はしたものの、二言三言話すと限界が来て幼馴染ーズの背後に隠れてしまう始末。西木野さんも気を遣って色々話しかけてはくれるが、未だに逃げ腰なのは否めない。
そもそも彼女に会う機会というのが曲作りのために園田家に足を運ぶときくらいなのでそんなに多いわけでもない。前々は穂乃果ちゃんの家を本拠地として使っていたらしいが、普通に考えてウチの家の方が広いという判断に達したらしかった。僕としては合法的に西木野さんに会えるので嬉しい限りだけども。毎回顔を合わせる度に恐怖症こじらせてマトモに言葉すら発せないのは如何なものかと自分でも思う。
「でもまぁ、向こうから話しかけてくれているのなら、少なくとも嫌われてはいないってことじゃんか。自信持てよ自信」
「気を遣われているだけだと思うけどね……僕が女の子に好かれる要素が見当たらないし」
「そんなこと言うなって……」
「だって、格好良くもないし背も高くない。大して秀でたものもない上に女性恐怖症。こんな平凡&ヘタレと話してくれるだけでも感謝しないと」
「なんでお前は恋愛事になるとそんなに卑屈になるんだよ……」
呆れたように草太が言ってくるが、過去のトラウマから僕自身が恋愛事に関してはスーパーネガティブな為に卑屈な考えはなかなか拭えない。自信を持てば自然と女性から振り向いてもらえるようになるとはよく言われるが、そもそも自信を持てるような根拠となり得るポテンシャルを持っていない僕が何を自信にすればよいというのだろうか。まずもって、女性からの評価は常に最底辺だと自負している僕に自信を持てというのが不可能に近い。
「相変わらず難儀な思考回路してんなぁ。仕方ねぇっちゃあ仕方ねぇけど、そういう考え方ばっかしてると人生疲れるぞ?」
「自分でも分かってはいるんだけどね。いかんせんネガティブ染みついちゃってるから、考え方治すのにどれだけかかることやら」
「お前も大変だな……」
色々言ってくるものの、なんだかんだ優しい草太は割と真面目に心配そうな表情で僕の肩をポンポン叩いてくれる。変に茶化してこないあたり本当に心配してくれているのだろう。気を遣わせて申し訳ないと思う反面、親友の存在に有難みを覚える。表立って言う事はないけど。恥ずかしいし。
「人の心配する前に自分こそ彼女作りなよ、そろそろさ」
「俺にはアイドルがいるからな。まだ大丈夫さ。それに俺モテるし」
「控えめに言って相当ウザい」
「わはは」
照れ隠しに話題を変える。草太も察してくれたのか、それ以上追及することはせず話題転換に応じてくれた。こういうところは本当に気が利く親友で助かる。
豪快に笑う草太に内心感謝を述べつつ、すっかり溶けてぬるくなってしまったジュースを煽る僕なのだった。
☆
草太と別れ、時刻を確認すると午後五時半。学校帰りの音ノ木坂生やUTX学園生もちらほらと見え始めてきた。
「帰るにはちょっと早いね」
別にこのまま帰宅してもいいのだが、今日はなんだか外を歩きたい気分だ。メイド喫茶の勧誘から目一杯距離を取りつつ、手持無沙汰に秋葉原を散策する。サブカルの聖地と言われる場所だからか、同人ショップや専門店が視界一杯に広がっていた。
そんな中に一つ、目に入る特徴的な店舗。『スクールアイドル専門店』と書かれた看板が出ているその店は、以前穂乃果ちゃんに連れられて入店した場所だ。店内には中高生くらいの男女が何人か物色している光景が見える。スクールアイドルは彼ら学生達の憧れの存在だという話はあながち嘘ではないのだろう。かくいう僕も、以前ライブ映像を見せてもらった時に完全に見入ってしまっていた。彼女達は今や、プロのアイドルにも引けを取らない程の魅力を放っている。
海未を通じてではあるが、僕も最近はスクールアイドルなるものに興味が湧いてきた。色々見てみたいとは思うものの、知らない女性もちらほらと散見される店内に乗り込むのは少しばかり敬遠させた。気にしすぎだと分かってはいるけれど、無意識のうちに足が遠ざかる。
一歩後ろに下がった瞬間、死角となっていた背中に何かがぶつかった。
「きゃっ」
「わっ」
女性の声。それも甲高い悲鳴のようなものに一瞬身構える。脳内がぐるぐると空回りする感覚に襲われ、とにかく謝ってこの場を乗り切ろうと勢いよく背後に視線を向けた。
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、こっちこそ……って、空良さん?」
「え? に、西木野さん!?」
まず目に入ったのは特徴的な赤毛。聞き覚えのある声に顔を上げると、吊り上がった目をぱちくりと丸くさせながら僕を見つめる西木野さん。驚いたように目を見開いている彼女に気が付き、思わず飛び上がる。
以前穂乃果ちゃんと二人でいるときにも鉢合わせたが、一人でいる時にこうして街中で対面するのは初めてだ。UTX学園の前で見かけたときは僕が一方的に見ていただけだから、カウントはしない。にしても、彼女が一人で秋葉原を歩いているのは珍しい気がする。いつもµ’sの皆と一緒にいる印象があった。
「珍しいですね、空良さんが一人でいるなんて」
「そっ、そうかな⁉ ま、まぁ確かにいつも海未や穂乃果ちゃんがいるもんね!」
「……やっぱりまだ私と話すのは慣れませんか」
「め、面目ない……」
「いえ、すぐには難しいでしょうし気にしないでください」
苦笑交じりにそう言ってくれる西木野さんではあるが、僕としては未だに罪悪感と情けなさで心が痛い。彼女と知り合ってからもう数週間が経過し、何度か顔を合わせてはいるものの、まだマトモに落ち着いて話すこともできない自分に辟易する。せっかく西木野さんが気を遣って話しかけてくれているというのに、情けないにも程がある。
ちら、と西木野さんを見ると、どこか手持無沙汰な感じで横髪を指で弄っていた。うわぁぁ何か、何か話さないと!
「にっ、西木野さんはどうして秋葉原に!? 今日はµ’sの皆と一緒じゃないの!?」
「あ、えっと、今日は曲作りの為に他のスクールアイドルの曲でも聞こうかなと思って。そこに専門店があるじゃないですか。CDを買いに来たんです」
「そ、そうなんだ……真面目なんだね、西木野さん」
「べ、別に……ただ、どうせ曲を作るのなら、私が納得できる出来にしたいと思っているだけです」
ぷいっとそっぽを向くが、その顔がほんのり朱く染まっているのに気づいてしまい思わず笑みが零れる。やはりこの子は素直じゃない。けれど、誰よりも一生懸命で優しい。本当に魅力的で、僕が好きになること自体が烏滸がましいような可憐な女の子。
曲作りの参考に専門店に向かうと西木野さんは言っていた。だったら、ここで僕が時間を取らせるわけにはいかないだろう。話を切り上げて早々にこの場から立ち去るのがいい。
「じゃあ、僕はこれで……曲作り、頑張ってね」
「え……あ、あの! 空良さん!」
「は、はい?」
完全に立ち去る気でいた僕は予想外に呼び止められたことで素っ頓狂な声をあげてしまう。混乱する頭のまま振り返ると、先程よりも真っ赤になった西木野さんがちらちらと僕の方を含みがある感じで見ていた。僕を呼んだ彼女の意思が察せられず、首を傾げる。
どうすればいいか分からず視線を泳がせる僕だったが、西木野さんの一言に再び気の抜けた返事を漏らすのだった。
「この後時間があるのなら……行きたいところがあるので、よかったらご一緒しませんか?」
「……Pardon?」
「えっ」
「ごめんなんでもない。その、聞き間違いでなければ、僕と一緒に……ってこと?」
「は、はい」
気まずそうに視線を逸らしながら、それでも首を縦に振る西木野さんに思考が停止する。一瞬意味が分からなくて、本当に頭の中が真っ白になっていた。言葉を噛んで理解した今でも、意図を把握できず頭上に浮かぶクエスチョン。
これ以上彼女に迷惑をかけられないと思う反面、誘われて嬉しいという感情が湧いてくる。「曲作りをすると言っていたのだから一人の方が集中できるのでは?」という疑問も浮かぶが、心中の戦いの末に僕は生唾を呑み込むと、
「ぼ、僕でよければ……」
恐怖症で引き攣った顔をなんとか笑顔に変えて、彼女の提案に乗るのだった。
今回も読了ありがとうございます。