茜色の旋律   作:ふゆい

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 第八節です。ワンコ系少女穂乃果ちゃん。


第八節 勉強会

 

 たとえスクールアイドルをやっていようが、学生である以上勉学というものは嫌でも付いてくるわけで。

 

「空良くんお願い! 穂乃果に勉強を教えてください!」

「何の躊躇いもなく土下座するあたりに穂乃果ちゃんの本気が垣間見られるね……」

 

 六月も終わろうとしているとある平日の夕方。我が家の居間で畳に額を擦り付けながら恥も外聞も投げ捨ててお願いしてくる穂乃果ちゃんに軽く口元が引き攣る。ちなみに彼女の後ろでは呆れの表情を隠そうともしないことりちゃん、海未、そして真姫ちゃんの三人がいたりする。いつもの幼馴染三人はともかくとして、この場に真姫ちゃんがいるのが少々違和感がある気がするけれども、僕的にはまったく問題はない。普段通りの言動ができるかはさておいて。

 もはやプライドもへったくれも投げ捨てることを決心したらしい穂乃果ちゃんは勢いよく顔を上げると、タックルの要領でそのまま僕に向かって思いっきり抱き着いて――――って近い近い近い近い!

 

「お願いだよ空良くぅううううん! このままじゃ私、補習で練習ができなくなっちゃうよぉおおお!!」

「ほ、穂乃果ちゃん!? 気持ちと意気込みは分かるけどそんなに抱き締められちゃうと色々とまずいというかぁああああ! 柔らかさと恥と恐怖症で僕の色々が吹き飛ぶというかぁあああああ!」

「こ、こら穂乃果! 兄さんが困っているでしょう早く離れなさい!」

「やっだぁあああ! 空良くんが承諾してくれるまで離れないぃいいいい!」

「穂乃果! アンタ顔真っ赤にしてわざとやってるでしょ! 色仕掛けで空良の動揺を誘わないの!」

「真姫ちゃんには……真姫ちゃんには私の気持ちなんて分からないよぉおおおお!!」

「いいから離れてくれー!」

 

 僕から触れることはできない為、男の矜持や症状と戦いながら耐えるしかない。その間に真姫ちゃんと海未が全力で僕から穂乃果ちゃんを引き剥がそうと奮闘してくれているものの、どこにそんな腕力があったのかまったく離れる様子がない。ことりちゃんはことりちゃんでどちらに味方すればいいのか決めあぐねているらしく、困ったような表情で状況を見守る方針を選んだようだ。その判断がどう転がるかは誰にも分からないが、少なくとも穂乃果ちゃんの小振りな胸が僕のお腹に押し付けられている現状を打破する展開には繋がらないだろう。役得と思うことなかれ、僕は女性恐怖症である。

 その後数分間の奮闘を経て、ようやく穂乃果ちゃんは僕から身体を離してくれた。最終的に僕が折れたわけである。まぁ勉強くらい教えるのはやぶさかではないし、いつも迷惑をかけている身だから、多少の恩返しをしておこうという腹積もりだ。どこまで役に立てるかは分からないけれど。

 

「良かったね穂乃果ちゃん。これで期末試験も安心だよ~」

「ぶー。海未ちゃんと真姫ちゃんが邪魔しなかったらもう少し空良くんとスキンシップが取れたのにー」

「肉体的なスキンシップは僕に被害が出るから遠慮してくれないかな」

「いーじゃん幼馴染なんだし恥ずかしがることないよー!」

「君は女子高生。僕は男子大学生。アンダスタン?」

「そこまで言うなら空良だってもっと嫌がればいいのに。変に甘やかすからそうなるのよ」

「いや、なんというか、穂乃果ちゃんに対しては昔からこんな感じだったから今更厳しくするのもなぁ」

「呆れた。自業自得じゃない」

 

 肩を竦めつつなかなかに辛辣な発言をぶつけてくる真姫ちゃんに返す言葉が見つからない。オブラートに包むことをしないから、油断すると結構な角度で正論攻撃が飛んでくる真姫ちゃんである。最近は多少慣れてきたとはいえ、未だに気を抜くと立ち直れなくレベルでショックを受ける。それなりに仲良くなったからというもの、遠慮というものをどこかへ放り投げてきたのかもしれない。距離が縮まったと考えればいいのだろうが。

 どうしてかちょこっと拗ねたように口を尖らせている穂乃果ちゃん。理由は不明だが、不貞腐れた穂乃果ちゃんは何かと尾を引くので、ここいらでご機嫌を取っておかなければ今後に響く可能性がある。ちょっと気は引けるものの、アフターケアをしておこう。

 深く息を整えると、軽く両手を開いて受け入れ態勢を取る。

 

「ほら、仲直りしようよ穂乃果ちゃん」

「……頭」

「頭?」

「頭、撫でて。昔やってくれたみたいに」

「うぅ……分かったよ」

 

 ぶすーっと頬を膨らませながら近づいてくる穂乃果ちゃん軽く抱き寄せると、犬を撫でる様に髪に手櫛を入れていく。頭、頬、顎と順番に撫でていけば、気持ちよさそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らす穂乃果ちゃん。

 

「はぁっ……気持ち、いい……!」

「満足しましたかお姫様」

「もぉ、ちょっ……とぉ。はぁぁぁ」

「ほんと犬みたいだねキミ……」

 

 ちょっとだけ顔を上気させて息を漏らす姿に何か思わない訳でもないが、もう十年以上の付き合いになる彼女に今更下心なんて……うん、ない。ないよ? ないってば!

 まぁこの状況を知らない人達が見れば圧倒的に危険な光景だろうことは否定しない。現に見慣れているはずの海未とことりちゃんでさえ居心地悪そうに視線を泳がせている。せめてキミ達は平常心でいてくれないと、僕がまるで変態さんみたいじゃないか。

 いっこうに満足した様子がない穂乃果ちゃんをひたすら撫でていく。うぅ、そろそろ僕のキャパシティに限界が――――

 

「さ、さっさと離れなさいよこの変態共! 不潔よ不潔!」

「うわっ」

「あう」

 

 恐怖症が発症する寸前までゲージが溜まり始めていた時、非常に素晴らしいタイミングで真姫ちゃんが僕と穂乃果ちゃんを引き離すように間に飛び込んでくれた。そのまま彼女を引っ掴むと、部屋の隅まで連れていく。途中彼女の髪が僕の鼻をくすぐり、シャンプーの匂いだろう薔薇の香りに包まれた瞬間に鼓動が止まらなくなる。ちょっとだけ身体も触れてしまって、あまりの柔らかさに意識が吹っ飛ぶかと思った。穂乃果ちゃんに抱き着かれた時以上の動悸が僕を襲う。

 

「なにするの真姫ちゃん……って、なんでそんなに顔赤いの?」

「な、なんでもないわよ! それより、何してんのホント! 人前でやっていいことじゃないわよ、アレ!」

「えー。でも気持ちいいよ? やってもらえば真姫ちゃんもクセになるって!」

「だ、誰がやるかあんなこと! いいから、まずは勉強でしょう!? さっさとノート出して教えてもらいなさいって!」

「あ、そうだったそうだった。空良くん教えてー!」

「はいはい……」

 

 さっきまでのワンコ状態はどこへやら、すっかりいつもの穂乃果ちゃんに戻った様子の彼女に教えを垂れるべく僕も筆記用具を用意する。僕も課題をしていたところなので、ちょうどいいと言えばちょうどよかった。

 

「た、助けてくれてありがとね真姫ちゃん……」

「そ、そんなんじゃなくて……このままだと話が進まないと思ったから、それだけよ! いいから、さっさと勉強教えちゃいなさい。私も分からないところがあったら聞くつもりでいるし、頼りにしているわよ?」

「真姫ちゃんの分からないところって僕も分からない気が……」

「大学生のくせにごちゃごちゃ言わないの」

「はい……」

 

 位置的に近くにいた真姫ちゃんに先程のお礼を伝えるが、何故か説教されてしまう僕。既に上下関係が逆転している事実について心の中で涙を流す僕を誰が責められよう。真姫ちゃんは真姫ちゃんでそんなことを言いつつもどこか楽しそうに勉強を始めたから、強く反論もできない。ちょっとだけ距離が近い気もするが、反対側では穂乃果ちゃんも同じくらいの近さで教科書読み始めているからおそらく僕の気にしすぎだろう。うん、そうに違いない。真姫ちゃんと話しているときにやや不機嫌そうな顔を向けてきていたが、目が合った瞬間に教科書に視線を戻していた。気になりはするけれど、あんまり追及するのも悪い。流しておいた方が良さそうだ。

 

「なんか、とても奇妙な三角関係ですよねあの人達は……」

「犬と猫と飼い主って感じだよね……空良さんも大変だ~」

「どうしたのさ二人とも。そんな苦笑と呆れが入り混じったような顔で僕を見て」

『なんでもない(です)よ』

 

 完全に傍観者と化していた幼馴染二名の視線が気になりはしたものの、とりあえずは家庭教師に専念することにしよう。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 時刻は午後七時。真姫ちゃんは途中で帰宅してしまったが、時間も時間なので穂乃果ちゃんとことりちゃんは我が家に泊まることにしたらしい。現在は穂乃果ちゃんが居間で勉強中。海未は真姫ちゃんを途中まで送り、僕とことりちゃんは晩御飯の準備に取り掛かっている。今日は両親が家を空けているため、自炊を余儀なくされた。僕自身あんまり家事が得意でないから、ことりちゃんメインで料理を行っていくことになる。まぁ、いつものことだ。

 

「なんか苦労してるね、空良さん」

「そう見えるなら助けてくれてもいいんじゃないかなことりちゃん」

「私は見守る立場が楽しいから」

 

 キャベツを華麗に千切りしながらからかうように笑うことりちゃん。結局あれから何度も穂乃果ちゃんにちょっかいを出され、真姫ちゃんに止められるというサイクルを繰り返していた。既に諦めているとはいえ、悪戯っ子の穂乃果ちゃんと優等生な真姫ちゃんの間を取り持つのはそれなりに苦労する。仲が悪いというよりは、対抗しているというか……よく分からないけど。

 包丁を自在に操ることりちゃんの横でひたすらに米を研ぐ。専ら米焚きと洗い物をしている僕である。手伝うべきかもしれないが、かえって邪魔してしまう恐れもある為変に手を出すことはしない。ここは大人しくことりちゃんに任せるのが得策だ。

 

「穂乃果ちゃんは空良さんの事が大好きだもんね~。真姫ちゃんに空良さんを取られたみたいで、ちょっと嫉妬しているんじゃないかな?」

「そんな大袈裟な……嫉妬も何も、普通に友達関係じゃないか……」

「でも空良さんは真姫ちゃんのことが好きなんでしょ?」

「ゲホォ」

「ふふっ、顔真っ赤♪」

「あんまりからかわないでくれ……」

 

 穂乃果ちゃんといいことりちゃんといい、どうしてこんなにも恋愛関係で僕を弄ってくるのだろう。やはり女子高だとこういう話題が少ないから、新鮮なのだろうか。慣れないことをされているからかうまく対処ができない。変に僕の扱いに慣れているせいか、適度に急所をついてくるから始末に負えなかったりする。その中でもことりちゃんは特に爆弾だ。天然というか、ふわふわしているから対応しづらいのだ。

 

「穂乃果ちゃん昔からずっと『大きくなったら空良くんのお嫁さんになる!』って言ってたもんね~。真姫ちゃんに対抗心燃やして、必要以上にスキンシップ過多になっているのかも」

「まぁ気持ちは分からないでもないけどさ。仲良い友人が別の人と仲良くしているのはなんかもやっとするし。そう考えると、ちょっと嬉しいね」

「うーん、たぶん意味合いが少し違うと思うけど……まぁいっか」

「意味合い? なんのこと?」

「分からないなら仕方ないけど、あんまり的外れなことばっかり考えているといつか痛い目見るよ空良さん」

「よく分からないけど、肝に銘じておきます……」

「月夜に背後から刺されないように気を付けてね~」

「ことりちゃんが言うと洒落に聞こえなくて怖いな……」

 

 この子たまに笑顔でとんでもないこと言うから僕の中で危険度トップクラスだったりするのはここだけの話だ。裏がありそうというか何というか……女性関係の中で最長級の付き合いだけれど、未だにことりちゃんの本心が読めない。穂乃果ちゃんと海未があんなに分かりやすい分、行動の読めなさが相対的に際立っている。害を為すわけじゃないから大人しく助言を受け止めるべきだろうが……ヒヤッとするなぁ。

 

『ことりちゃーん! 晩御飯まだー? 海未ちゃん帰ってきたよぉー!』

「もうすぐできるよ~! ほら、急ぎましょう空良さん」

「お腹空かせた穂乃果ちゃん程厄介な生き物はいないからね。合点承知だよことりちゃん」

 

 居間の方から飛んできた穂乃果ちゃんの催促に顔を見合わせて笑うと、料理の手を早める。分からないことをあれこれ考えても仕方がない。とりあえず今は、空腹状態の幼馴染問題を解決しよう。

 ことりちゃんの言葉が少し頭に引っかかるけれど、その時の僕はあんまり気にしないようにしていた。この選択が後にどうなっていくのか、知る由もなく。

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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