茜色の旋律   作:ふゆい

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 第九節です。


第九節 それぞれの夜

 幼馴染集団が我が家に泊まるのは、これでもう何度目だろうか。

 

「海未ちゃーん! ことりちゃーん! お風呂入ろー!」

 

 晩御飯の片付けで皿洗いをしていると、居間の方から聞こえてくるそんな声。呼ばれた両名は現在後始末の最中だったが、ほぼ同時に僕の方を向く。

 

「後はそんなに量もないし、大丈夫だよ。行ってらっしゃい」

「すみません兄さん……」

「いいからいいから。穂乃果ちゃん待ってるよ」

「ありがとうございます、空良さん。穂乃果ちゃーん! 今行くよ~!」

 

 申し訳なさそうにこちらを見てくる二人だったが、せっかくのお泊り会だ。ここは兄らしく妹達の為に一肌脱ぐべきだろう。幸い残りは数枚食器を洗うだけだし、一人でも余裕でこなせる量である。了承代わりに笑顔を浮かべると、並んで頭を下げて去っていく二人。ちなみに穂乃果ちゃんが何故片付けに参加していないかというと、彼女は見かけ通り不器用でおっちょこちょいの為、以前に我が家の食器を半滅させた前科を持っているからだ。実家の手伝いでも細かい作業は主に雪穂ちゃんがやっているという理由と、またいつものように張り切ってキャパ以上の皿を運ぼうとしたことが主な原因の一つであるけれど。いつか

怪我をしそうで見ているこっちがひやひやするので、こういう時は居間で待機を命じている。良采配と言えるだろう。

 それから数分かけて片付けを終えると、誰もいなくなった居間の座布団に腰を下ろして一休み。なんだか久しぶりに落ち着いた空気を吸っている気がする。ここ最近はどうしてかやけに騒がしくも賑やかな日々を送っていたから、静かに一人でいるという状況自体が久方ぶりだった。

 手持無沙汰だったので何の気なしに携帯電話を開くと、メールが一通届いていることに気が付く。送信元には『西木野真姫』の文字。一瞬ドキッとはするものの、周囲に誰もいないことを確認すると満を持してメールを開いた。周囲を警戒したのは、おそらくニヤついているであろう自分の顔を見られたくなかったからだ。

 

《無事に帰り付いたから、一応連絡だけでもしておこうと思って。空良は結構無駄に心配とかするタイプでしょ? 余計な気を回さなくて済むようにメールしておくわ。感謝しなさい》

「なんで変に高圧的なんだろうこの子は……」

 

 メールでさえも回りくどい言い方をする真姫ちゃんに思わず苦笑する。この文面を考えている時の彼女の得意げな表情が目に浮かぶようだ。メールに慣れていないのか絵文字のない無愛想な文章だが、真姫ちゃんなりに気を遣ってくれているのだろう。以前「まずはメールから女性に慣れなさい」とのお達しを受けて以来、こうして何かあれば連絡をくれるようになった。僕としては嬉しいやら恥ずかしいやら……真姫ちゃんのこと好きだしもっと話したいけれど、今のままでは自分から踏み込むなど夢のまた夢。遠回りかもしれないが、真姫ちゃんの厚意に頼って改善していくしかない。

 女の子とメールなんてあんまりしたことがないから正しい返し方なんてものは知らないが、一応失礼のないように考えて返信。

 

《今日はお疲れさま。次回は他のメンバーも連れて、みんなでお泊りとかしてみたら? 勉強とかじゃなくて遊びで。海未も喜ぶだろうし》

「送信……っと」

 

 画面の中で手紙が飛び回るアニメーションを眺めながら一息。まぁ無難な返しだと思う。あまり余計な事は言わず、次回も機会があれば来てほしいという気持ちをそれとなく伝える文章だ。妹の名前を使っているところがちょっと卑怯かもしれないけれど、これくらいは許してほしい。後、さすがに真姫ちゃん単身で呼ぶのはあまりにもあざといと思ったのでメンバー全員と書いておいた。というか真姫ちゃんが一人で泊まりに来た場合、僕が色々な意味で死ぬ。間違いない。

 メールを送ると5分ほどで返信が来た。

 

《考えとくわ》

「短っ!?」

 

 わずか一言である。何か機嫌を損ねるような文章を送ってしまったかと一瞬不安になるような返信だが、さすがに嫌われたということはないだろう。たぶん、おそらく……。

 なんか意識すると心配になってきた。かといって何度もメールを送るのも迷惑だろうし、直接聞くなんて以ての外だ。この疑惑だって僕の勝手な邪推かもしれないし……うわぁぁ胃が痛いー!

 携帯片手に悶絶しながら畳の上をゴロゴロ転がっていると、再び鳴るバイブレーション。

 

「そぉい!」

 

 瞬時にボタンを操作してメールを開く。この間実に1秒弱。様々な葛藤と不器用すぎる卑屈精神が可能にした反応速度に我ながら恐怖を覚える。というか控えめに言ってキモイ。自分で引くレベル。

 勝手に自己嫌悪に陥りつつも、気を取り直して液晶を見やる。送り主はやはりというか期待通りというか真姫ちゃんだ。わざわざ二通に分けるとかいう面倒くさいことをするような子だろうかとの疑問も残るが、おそるおそる読んでいく。

 

《ウチにも別荘とかあるから、気が向いたら皆で遊びに来なさいよ。ま、女性恐怖症のアンタじゃ厳しいでしょうけどね》

「またこれは手厳しいな……って、うん? 添付フォルダ?」

 

 いつものごとく毒を吐く内容に溜息をつきかけた僕であったけれど、何やら画像が添付されているという想定外もいいところの状況に目を丸くする。真姫ちゃんが画像を送ってくるなんて初めての事だ。まさか不幸の画像か何かを添付しているんじゃなかろうかとか変なことを考えてしまうくらい珍しい。不安と興味が混じった感情の赴くままに画像フォルダを恐る恐る開く。

 そこには――――

 

「ね、猫を抱えて口元を隠しながらも羞恥心で顔を赤らめてジト目で自撮りしている真姫ちゃん……!?」

 

 稲妻が落ちた。脳味噌がショートするんじゃないかってくらいの衝撃に反射的に実況してしまったが、それほどまでの事態である。というか可愛い! たぶん「さっきの返信ちょっと無愛想だったから画像つけて怒っていないことを表現しよう」とか考えてのことだろうが、その変に気にしている感じを想像するとものすごく、クる。なるほど草太、これが萌えか。この気持ちが萌えなのか、親友よ。

 なんかもう一切の躊躇もなく画像を保存しつつも、文面には一切の下心を見せることなく(というか余計な事言ったらたぶん次回殺される)紳士的に返す。

 

《別荘とか持ってるんださすが真姫ちゃん……ていうか猫可愛いね! 僕猫大好きだよ!》

「まぁ、こんなもんか」

 

 送信ボタンを押すと携帯電話をテーブルの上に置く。そろそろ彼女達も風呂から上がる頃だろう。ウチは変に和風屋敷だから風呂も軽い温泉くらいの大きさがあり、女の子が三人姦しく入浴してもなんら支障がない。それだけの巨大な風呂を僕は独占できるというのだから、こういう時は園田家に生まれて良かったと心から感謝する。風呂は人類が生んだ文化の極みだ。

 着替えを取りに一度部屋に戻ろう。どうせ夜も寝るまでは居間で過ごすだろうから、ケータイやら何やらはここに置いておいて大丈夫だろう。充電もまだあるし。

 

「あ、空良くんお風呂空いたよー! 相変わらず気持ちいいね最高だよー!」

「お帰り穂乃果ちゃん。そろそろ上がると思っていたから、今から行くよ。わざわざありがとね」

「えへへー。穂乃果の優しさに感謝したまえー」

「はいはい、感謝してる感謝してる」

 

 首にタオルをかけたままわずかに濡れた髪と上気した様子の顔で現れるパジャマ穂乃果ちゃん。風呂上がりの女の子とか普通に考えればマトモに直視できる訳もないが、昔から一緒に入ったりしていたこの子に関しては今更感がある。言ってしまうと海未より妹っぽい。妙に庇護欲をくすぐるのだ、この子は。

 頭をこちらに突き出しながら得意げになっている穂乃果ちゃんの頭を撫でる。こういうところは昔から変わらない。犬を飼ったらこういう気分なんだろうな。彼女の腰あたりにガンガン振り回される尻尾が見えても不思議ではなかった。

 

「じゃあ僕はお風呂に行ってくるから、適度に遊んで適度に勉強しなよ」

「ぶー。もう今日は勉強しなくてもいいじゃーん」

「勉強会がメインじゃなかった? あんまり遊んでるとまた海未に怒られるよ」

「そ、それは嫌だね……うん、適度に頑張るよ……」

「その意気だ。応援してるよ」

「ありがとー!」

 

 安心と安定の満面笑顔に心が落ち着く。裏表がない穂乃果ちゃんは接しているととても癒される。ホノカセラピーとかいうサービスを始めれば大盛況間違いなし……いや、これはちょっとまずいな。色々と、水商売的な匂いがプンプンする。考えるのはやめておこう。

 穂乃果ちゃんに手を振り返し居間を後にする。ちらとケータイを見ればメールを受信したのか画面が光っていたが、そんなに急ぐこともないだろう。後からの楽しみに取っておくとしよう。今は僕の楽しみの一つである入浴が先決だ。

 どの入浴剤を使おうかな、とか何気にルンルン気分で風呂場へと向かう僕なのである。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 慣れない手つきで返事のメールを送信し終えると、そのままポスッとベッドに身体を預ける。先程自撮りに協力してくれた我が家のキジ虎が枕元で満足そうに寝息を立てていて、ちょっとだけ緊張が解れてきた。

 

「真姫ちゃん、早めにお風呂に入っちゃってね」

「ありがとう、ママ」

 

 わざわざ呼びに来てくれたママに礼を言いつつ、下着とパジャマの準備を始める。時折ベッドの上に置いたままの携帯電話に視線が飛ぶが、改めてそのことを意識するとなんだか恥ずかしくなった。なんで私がメールごときでいちいち動揺しないといけないのよ。

 妙にイラッとしてきた為、その後はケータイには目もくれず脱衣場へ向かう。胸のモヤモヤが晴れない。何かにつけて、あの優柔不断な女性恐怖症が脳裏に浮かぶ。

 

「意味わかんない……」

 

 思わず呟くが、まさにその通りの心境だった。ただの友人、それも出会ってそんなに経過していない程度の知人がどうしてこうも気になるのだろう。

 初めて会った時、どうしてか彼の事を他人だとは思えなかった。親近感というか、既視感というか……以前どこかで会った事があるような、そんな感覚。だが、小中と一貫して女子高に通っていた私に男の友人なんていない。例外があるとすれば、中学一年生の時に病院近くの公園で出会った青年くらいだけど……、

 

「まさか、ね」

 

 可能性として思い当たるが、一蹴。そんな安っぽい恋愛漫画みたいな展開有り得ない。しかも、あの時の少年はもっと快活で、自信に溢れていた。対して空良は優柔不断でヘタレ。あの子とは似ても似つかない。まぁ、夕暮れ時で会話もそんなに長い間したわけではなかったから、顔もよく覚えていないけれど。

 制服と下着を脱いで風呂場に行こうとするが、ふと脱衣場の鏡が目についた。鏡に映る私の全身、一糸纏わぬ裸体。引き締まったウエストに長い手足と、我ながら素晴らしいスタイルだと思う。アイドル活動を始めてから運動量も増えて、さらに健康的な筋肉もついたことで魅力が増したのではないだろうか。自分で言うのもなんだけど顔は美人だし、あの人の隣に立つには十分すぎるプロポーション――――

 

「って、バッカじゃないの!? だ、誰の隣に立つっていうのよ私!」

 

 ぶんぶんと頭を振ってよからぬ想像を吹き飛ばす。なんで今私は隣に誰かいる前提で思考を進めていたのだろうか。ば、馬鹿馬鹿しい。おそらく疲れているのだ。さっさとお風呂に浸かってリラックスしよう。

 咳ばらいを一つ、風呂場への扉を開けるが、横向きで鏡に身体が映ったせいか、とある一部分の膨らみがやけに気になった。唯一私が気にしている部位。少し身体を揺らすと、少しだけわずかに揺れる小振りな丘。

 

「希は発展途上だけど将来が楽しみって言っていたわね……」

 

 あのセクハラ上級生の言う事を鵜呑みにする気は毛頭ないが、気にならないといえば嘘になる。大きい方が良いなんて俗物染みた考えもないけれど、もうちょっと成長してくれないかな、とは思ったり思わなかったり。最近はエリーと花陽お勧めの牛乳も買い始めたし、このまま成長してくれるとありがたいのだが。将来見せる時になって、にこちゃんみたいな子供体型なんて弄られるのも嫌だし――――って!

 

「だから誰に見せるつもりなのよ私はぁ――――!」

「ま、真姫ちゃん? さっきから何を騒いでいるんですか?」

「だ、大丈夫。なんでもないから、気にしないで和木さん」

 

 再び浮かぶ馬鹿みたいな想像に頭を押さえて絶叫。心配して駆けつけたお手伝いの和木さん相手になんとか取り繕うものの、鏡に映る私の顔はトマトみたいに真っ赤っ赤。ちゃんと誤魔化せたのかは分からないけど、和木さんはそれ以上突っ込むことはせずにパパ達のところに戻ってくれた。安堵の溜息と同時に、言い知れない羞恥心と怒りが湧き上がってくる。あれもこれも、変に私を惑わすあのヘタレのせいだ!

 

「後でメール……いや、これは今度会ったら一発蹴ってやらないと」

 

 冷静に考えれば八つ当たり以外の何物でもない。だけど、空良にも責任はある。そう、あるの! 乙女を惑わす悪人には鉄槌を下さないと!

 湯船に浸かって空良への制裁方法を考えていると、なんだか楽しくなってきてちょっとだけ長風呂しちゃったのは、ここだけの秘密。

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
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