知将MUR   作:ピュゼロ

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・阿賀野→最新鋭
 駆逐古鬼→旧式


第114514話 とねねーさん

 重巡洋艦「利根」は締め切った薄暗い第四資料室で雑多な書類に囲まれて、年老いた猫のように丸くうずくまっていた。ぎいぎいと鳴るパイプ椅子に尻を載せて、資料机にだらんと寝そべって、ブラウン管テレビの明度がばがばな光をぼんやり見つめていた。

 そこには前時代までの資料がひとくたにまとめて押し込められていた。人類共通の「天敵」が出現し、世界の海図が一夜にして塗り替わる以前のものだ。現在の人類に「敵」と「味方」以外を熱心に研究する余裕などないため、おおよそ、そこから新たな何かを探し出す者もいなかった。

 窓もない地下室。低く唸り、明滅する電灯はすでに寿命のようだった。奇しくもそれは根絶の危機に瀕した人類のありさまと酷似していた。

 不意に部屋の扉が開けられた。廊下から白い光がこぼれた。

 利根は億劫がって振り向きもせずに同じ格好を続けたが、彼はつかつかと歩み寄ってきて、仮にも上官たる者にそれはいったいどうした態度か……そのような事を言って、手にしたクリップボードで利根の頭をぽこんと叩いた。一番上の紙面には、同体、粘性、ヘモシアニン、陰陽……解剖結果……閲覧厳禁……といった文字があり、隅には皐月が猫のラクガキをしていた。

 利根は「うっ……」と短く呻いて頭をさすった。それがMURであるのは声を聞かなくともわかっていた。ビデオデッキを停止させる。ちょうど画面では同じ人物が「ほら、見ろよ見ろよ」と先輩の威厳を見せつけている場面だった。

 艦娘たちにこのように接する者は彼ぐらいしかいなかった。

 出来上がったばかりのこの人類の味方に、どうした態度をとればいいのか、明確な回答を持つ者はいなかった。鎮守府の内外を問わず、彼らの視線には畏怖と恐れとが同じだけあった。誰もが遠慮がちに恐々と接した。そしてそれは彼女たちも同様だった。

 利根はわざとらしく顔をしかめながら、しかしにんまりとした笑みを浮かべた。ありていに言えば旗艦仕事をほっぽりだしてこんなところで油を売っていたわけなのだが、彼女はあの「閣下」をやりこめる、うってつけのネタを見つけ出していたのだ。

 

「ほ。提督よ。何用じゃ騒がしい」

「ワガハイを探しに? これはこれは、すまん事をさせた。わざわざ、三浦殿直々に足を運ばせるとは」

「……出るついでに駆逐連中にお茶汲みと、おつかいと、所用を二、三頼まれたから?」

「あ、あいつらは……!」

「……まあ、よいわ。皐月たちには後で旗艦としてキツく灸を据えておく。なんじゃ、筑摩もおるのか。はよう入って来ぬか」

「うむ。それで、提督」

「ワガハイ、ほれ、ここでこうして……あー、なんじゃな、英気を養っておったわけじゃ」

「決してサボっておったわけではないぞ? おお、そうとも」

「あっちもこっちもバタバタくたばっていくからな。イイ奴ほど早く死ぬだとか何とか申すが、そもそも建造されて二言三言、なんとお前か懐かしいのぅ今度もまた会えたかまた頼むぞ……それっぽちでイイも悪いもないわ」

「いや。あいすまぬ愚痴っぽくなったの」

「お主はうまい事やってると思うぞ。まあ、こんなご時世じゃ、敵も恐ろしいが味方も決して精兵ばかりとは限らぬからなあ。ま……お主の指揮下でなら、ワガハイたちもくだらない死に方はせんじゃろ」

「知らなんだか? 小僧、それが戦争というものじゃ」

 

「それでこれはなんじゃ。この……こいつ、これはお主じゃろ? 素人の演劇かなにかか?」

「うん。うん」

「若気の至りとな? ……なんじゃ大の男が照れよって」

「ふうん。うむ」

「男同士でイチモツぶらさげて風呂入るところを撮影して何が金になるのかはようわからぬが」

「……そんなものなのか? ふうん」

 

「さて、いつまでも遊んでばかりもいられぬな。そろそろ戻るとするか」

「うむ。……ああそうだ、ちと待っておれ。忘れるところじゃった」

「うむ。少しばかり気になってな、昔の海図を漁っていた……そう、目ざといな、いくつかの主要な海戦の……」

「お前もそう思うか?」

「うむ。うむ、そうじゃ。……ああいや違う、何かしら引っかかるものがあったから、ざっとだけ……そう、ここにしかないから……」

「驚くじゃろう? ワガハイも慌てて山から引っぱりだした。めぼしそうな部分だけを大まかに……精査はこれからじゃ」

「手分けした方が良いじゃろうな。筑摩にも目を通させるつもりでいた。これ、筑摩……こら! なんじゃ、まだそんなところにおったのか!」

「艦娘には旗艦にしか入室が許されておらぬと? ああ、なんじゃそんなもの! そのワガハイが言っておろうに!」

「のう提督。お主も同意見じゃろう?」

 

 提督は彼女の言葉に、かすかに頷いて、同意を示した。

 そうだな、と便乗した。

 

「うむうむ。筑摩はそっちの山を……ああよせよせ、ワガハイら二人で十分じゃ。お主はもう少し格好を気にする事も覚えた方がいいな、提督殿。よし。どっちにしろ、お主が十人おったところで大差もないからな」

「うむ……うん? ああ。それか。それも持っていくか。みなの気晴らしぐらいにはなるかもしらん。稀代の名演じゃからな、それが拝めるとあらば……ただし駆逐連中にはナイショにしておくのじゃぞ?」

「話が違うとな?」

「うーむ……人心というのを口で説明するのは中々難しいのだが……そうさの。ナメられるのと親しまれるのとは違うのじゃ」

「うむ。覚えておいて損はないぞ」

「それで提督。このビデオの続きはどうなるんじゃ?」




「提督って、ありえなくない?」
(玉子焼き、焼いてあげるねっ! のテンションで)
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