――「けっこう、なに、昔からそういうガッチリ……した感じだったの?」
SKNM「そうですねえ~。昔はふ、太ってた(排水量千七百五十トン)んだけどさ……」
もちろん、雲龍型三番艦葛城は航空母艦である。
二度の実戦を経て、鎮守府でも指折りの存在として自信を深めつつある。
※
ザラは出来上がったラーメンと、添えられたお箸を前にして「???」と困惑を隠しきれていなかった。心の中で想像していた「日本のパスタ」と、それはだいぶ違ったようだった。
代わりにフォークを持ってきて、使い慣れたそれを心の頼りにするようにぐっと握りしめる彼女はすごく可愛らしかった。
葛城は心の中でちょっとだけ、こっそり写真に撮っておきたいと思ったぐらいだ。
レンゲの方にも戸惑っている様子である。独特の曲線と重さがあって、なじみの薄い彼女にはよくわからないものなのだろう。
「ま、そうだな。箸は慣れないと難しいし、今日のところはフォークでもいいと思うゾ」
「ご、ごめんなさい、提督。それでええと、これを食べればいいのかしら」
「おっそうだな。いいゾ~これ(褒めて伸ばす)」
提督がお手本に右手をくるくる大袈裟に回してみせる。それをザラが真似て、恐る恐るラーメンを食べ始めた。
ほ、と一呼吸分の間があって、それから、二人でけらけら笑いあった。
(こうしてみると二人とも、結構仲がいいみたいね)
葛城は内心で思った。なんだかけっこう、不思議な感じだ。
輝くような金髪をさらさらと流すイタリア艦のザラと、白シャツ一枚の提督とでは全然、共通点もなにもないように思えるのだが、現に二人は友達同然にじゃれ合っている。
というか……提督は本当に誰とでも仲良くできる。誰とでも、ああして笑い合うのができる。
それって、かなりすごいんじゃないかな……とも思うのだが、肝心の提督は、たまに陰でこっそりと、拒む事を知らない便乗野郎などと揶揄されているぐらいだ。間が抜けているし、やる事も性格もまるで子供みたいだ。そんなだから、素直には尊敬しづらかった。
もっとも……彼の指揮能力を、疑う艦などいない。それは確かだ。
この鎮守府で、一番初めから戦って、人間も船もたくさん沈んで、今も生き残っている人間というのは、もう彼しかいないらしいのだ。
彼の秘書艦の次ぐらいに戦歴の深い鳳翔さんも、その実力には太鼓判を押している。提督の判断には、絶対に従う。葛城も参戦した直近の二度の作戦においては、最古参空母として葛城自身にも異議を挟ませなかった。
とりわけその守勢時の苛烈さが、歴戦の古豪が集う部下からの信頼を集めている。
(たしかその時、ちょっぴりだけど、鳳翔さんが教えてくれたのよね)
(……『鉄壁』三浦提督って)
食べ慣れたカレーを頬張りながら、葛城は思案していた。
「人差し指をこうして顔の前で横にして、近づけていくと……ほら! 美味しそうなソーセージが見えるのよ、提督」
「お!? ホントだゾ!??」
くだらないギャグというのは、万国共通らしかった。
提督は本当に、いつでもどこでも提督だなあ……と葛城は胸の中でぼんやり思った。
※
それから三回ぐらい、葛城が口までスプーンを運んだ時である。
先ほど、提督から大声で呼びかけられたのと同じように、彼女もまた背後からやってきた。
冷ややかな声色だった。
その声の持ち主は、海の上で右腕と機関の大部分がもげて破損していても、まるで普段通りに、
「僚艦に問題ありません。このまま追撃致しますか、提督」
と提言したという話がある。あくまで……噂の域を出ない、酔っぱらいの与太話だったが。
「あら。提督、ここにいらしたんですか」
「あっ……筑摩さん」
葛城の声は、自然にすっと一段低くなった。
振りむいた先には、もちろん、提督の秘書艦たる彼女がいた。
それは艦隊の旗艦でもある、利根型重巡洋艦二番艦、筑摩だった。
「もう、提督ったら……探したんですよ? 先にお食事になるのでしたら、筑摩にも一言いっていただければいいのに」
「す、すみません。私たちも気づかないでいっしょに……」
「ああ。いえ、いいんですよ、葛城さん。いつもの事ですから。提督が何かご迷惑かけていませんか?」
「迷惑なんて。ご飯食べてただけだし……あ、筑摩さんはまだ?」
よかったら、いっしょにどうですか。
葛城は首を傾げて、おずおずと彼女を昼食に誘った。
しかし、筑摩はいつものように、能面みたいな薄い微笑を浮かべたまま、結構です、既に済ませていますから、とだけ告げた。
これはいつもそうだ。葛城は彼女が食事をしているのを見た事がない。
早朝は鎮守府が一番慌ただしい時間帯でもあるし、秘書艦でもある彼女はもちろん最も忙しいのだろう。夜にも当然普通の艦とは行う仕事が違うのだから、食事の時間なども大きくずれ込むはずである。
つまり、自然に食事を一緒にするにはお昼が適当なのだが……葛城は、秘書艦が誰かと食事をしているところをまったく知らなかった。提督の方は時々こうして、ふらっと顔を見せたりするのに、だ。
いつも何を食べているのか? とか、苦手な食べ物は何かあるのか? あるいは、出撃の前に聞くぐらい好きな曲とか、そんな事も知らなかった。彼女の笑顔を肉付けする人間味、僚艦であれば嫌でも見えてくる性格や性質が、見当もつかないのだ。
たぶん……他の誰も、よく知らないのだろう。
それも、葛城が彼女の事を苦手に思う一因なのかもしれなかった。
※
それからは特になにもなかった。
提督が昼食を終わらせると、筑摩を伴ってまた業務に戻っていった。それだけだ。
「ねえ、葛城。ひとつ聞いてもいいかしら」
「でねー。その子ね、みんなが可愛がるものだから最近太ってきちゃってるみたいでねー。うん?」
しばらくしてから、ザラはおもむろに尋ねてきた。
もうすでに、提督は昼食を終わらせていて、筑摩に付き添われてまた業務に戻っていった。それからは残った二人で他愛もなく雑談に興じていた。
何度か転換した話題はいつの間にか、ドイツ艦たちが愛してやまない猫の話に移っていた。ザラは初め、縁起が悪いと言って嫌厭していたが、非常に悪運の強い猫だというのを説明をされてからは、むしろ好んで餌をやるようになっていた。二つの選択肢があったとき、より愉快だと思う方に躊躇いなく飛びつくのは、彼女たちの愛すべき気風なのかもしれない。
ちなみに件の黒猫は現在レーベレヒトの管理下で厳格な減量に励んでいるようだ。近頃では、強い海風と島国の食事によってお腹にたっぷり脂肪を蓄え、しっとりとした艶やかな毛皮をこさえた彼である。これはこれで、膝に抱え上げた時に撫で心地が良い、むしろ少しでぶなぐらいが暖かくて良い、等々の声も根強く、当局の目を盗んではちょこちょこ魚の頭だの肉の切れ端だのが与えられているようだ。前にザラが与えたパスタの乾麺は見向きもされなかったが、隼鷹ら呑兵衛からせしめるつまみは彼のお気に召したようで、近頃ではレーベよりも、隼鷹とポーラが飼い主のようだった。これにはドイツ艦たち一同が深い遺憾の意を表したが、当人に言わせればまた違うようだ。
「いやぁだってコイツ、この前までビール飲ませてもらってたみたいよ? 太ったってのも案外それじゃね?」
「ポーラもビール飲みたいです~」
「かつらぎ。葛城は……私より先にいたわよね?」
「ええ、そうね」
「じゃあ、筑摩っていつから提督の秘書艦だったのか、知ってる?」
「……筑摩さんが? それは……どうなんだろう?」
葛城は一度首をひねった。
自分はザラよりは先にいた。その自分より、鳳翔さんは先にいて……だけど、筑摩はそれよりも前からいたらしいからだ。
そういえば、いったいいつから何だろうか。
といっても、それも知る艦はもうすでに、いない。
もっともそれは……彼女が、筑摩が一番古い艦なのだから、それは当然である。
「そうなんだ。そっか。ありがとうね」
「ううん。でも、なんで?」
「ちょっと気になっただけ。だって提督って、こっちでも聞こえるぐらい有名なのよ? どんな苦境でも、絶対に諦めたり挫けたりしないで、一度も負けなかったって……だから私たち、どんなにかキビシー人なんだろうって考えてたの。きっと凄く真面目な方なんだろうから、ポーラに、お酒はちゃんと控えなさいって。ぜーったいに怒られるわよってね」
「う、うん……」
「でもほら。ホントは提督ってすごく優しいし。明るくて。ポーラも全然怒られた事がないって……私、そこはちょっと……がっかり? かも。あの子の悪癖も日本式でしごかれれば、少しは良くなるかもしれなかったんだけど」
だからね、ちょっと気になっただけ。
ザラはこてんと首を倒して、何でもないように言った。
「最初の最初からああだったのかなって」
「どうなんだろうね」
「もしそうなら、提督って、とっても強い人ね」
「そうかも」
HMKZ「そうなのね?」←疑う事を知らない牛乳野郎
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そのうち「知将MUR野分編」始まります(始まるとはいってない)。
ですが、葛城が可愛すぎるので、野分編の主人公を野分からこっそり葛城にしようか思案中です。
ちょっとくらい……水雷戦隊の中に、葛城が混じってても……ばれへんか。