知将MUR   作:ピュゼロ

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BGM “To Feel The Fire” by Stevie Wonder

時は皇紀一一四五一四年八月十日
MUR艦隊を覆う「悶絶少年計画」の謎とは……?


第114514話 その③

 技術の維新は全てを過去にする。

 それは艦娘でも例外はないようだった。

 かつての海防艦が続々と配置された事により、もはや対潜水艦戦闘において、砲撃を二巡させる目的でしか役割のなかった扶桑型姉妹は、いよいよその活躍の場を失いつつあった。

 扶桑はこのごろ目に見えて出撃が減ってきた事について、このままではよくないのではないでしょうか、そういうように妹から指摘され、

「そういえば、そうねえ……」

 という感想をもらした。艦隊が近頃どうにも落ち着いてきた事に、僅かながらも平和が戻りつつあるからだと、けっこう楽観的に構えていた。提督の下で、私たちが戦ってきた今までが、ようやく、実を結びつつあるのだと思っていた。

「もちろんそれは、きっと皆さんで力を合わせてきたから……ですけれど……」

 扶桑は、けっこうおろおろし始めた。

 妹のためにも何とかしなくてはいけないという気持ちで執務室まで乗り込んだまではよかったのだが……

 

 

 

 間が悪いというか、運が悪かったというべきか、扶桑が来たのは丁度、件の海防艦がいる時だった。

 鎮守府の執務室は、秘書官いわく「風通しが良いので」常に扉が開けっ放しになっている。扶桑もこれで建造されてから中々長いのだが、閉められていたのを見た事がない。そのため、たまたま通りがかった艦娘などが一言提督に声をかけていくのもよくある光景だ。ちょっとした意見具申だったり、新しい紅茶を持ち込んだりする。彼の方は大体いつも筑摩といるが、席を外している事もあって、それを待つもののために壁際にパイプ椅子がいくつか無造作に立てかけられていた。

 おずおずと部屋を覗き込んで、最初に目が合ったのは筑摩とだったが、扶桑が気になったのはむしろ、部屋の真ん中に屹立する見慣れないピンク色の髪の少女の方だった。

 

「あ、えっと……お邪魔だったかしら……」

「ああ、扶桑さん。もうすぐ済みますので、よかったら待っていてください」

「どうも、扶桑さん! 失礼しています! お会いできて光栄です!」

 

 国後はきびきびとした動作で敬礼をしてきた。占守型海防艦、その二番艦である。通称はクナ。

 それってツナみたいでなんだか美味しそうじゃないですか? と、空母の間でもっぱら評判だ。しかしあいにく扶桑はその事を知らなかった。

 新人さんかしら……。とっても可愛らしい子ね。そんな事を思った。

 出直した方が良さそうかしら……とは思った。しかし、執務室にはもう一人、潜水艦伊14号がおり、隅でパイプ椅子を一脚占領して暇そうに足をぷらぷらとさせていた。彼女は扶桑を見るなりぱあっと目を輝かせて、もう一つ椅子をいそいそ準備してくれたのだ。しきりに手招きして「ささ、どーぞどーぞ!」としてくる。その好意に甘える形で、「それでは……失礼いたします」と、ゆっくりと会釈を返してから、彼女の隣に腰掛けた。

 

「ありがとうございます、イヨちゃん」

「いーっていーって。イヨもね、姉貴待ってて暇だったんだ」

 

 首を傾けて隣にささやきかけると、彼女はひらひらと手を振って答えた。待合場所か何かのように使われる執務室である。伊14たちも一つ二つ前の新人には違いない。不慣れな場所で落ち合おうとするよりか、絶対に間違えないよう頭に叩き込んであるところの方が都合がいいのだろう。隣の給水所でお茶も汲めるし、棚には各国のお菓子もある。

 筑摩と国後は秘書官と海防艦としての会話に戻った。それを横目に、伊14は片手を口に当ててひそひそとしてきた。ちょいちょい、手招きをしてくる。扶桑はそれに応えて、たっぷりとした艶やかな黒髪を小さく傾けた。

 扶桑さん、あの人がねえ~……噂の海防艦サンらしいっすよ!

 そんな事を言い始めた。

 

「いや、いや。実はひとりで結構キンチョーしてたんです。なにせイヨってばこれでも一応潜水艦で……ほら、ね? おおこわ!」大袈裟に目を丸くしておどけてみせる。

「まあ……そうだったの? お会いするのは初めてだわ」

「イヨもそうなの。わりと出ずっぱだったみたいだね~。ここってほら、雰囲気はゆるゆる~なのに、その辺厳しいというか、もうがちがちじゃない? 妥協ナシ!って感じで。三浦提督と、筑摩さんらしいっていえばそうだけど」

「それは……そうかもしれないわね……ふふ。怒られちゃいますよ?」

「あっ……いえいえ。んふふ。……そもそもしばらくしたら出るからさ~。あんまり怒られても問題ないっちゃーないけど。このあと姉貴とご飯食べ行くんだ」

「まあ……素敵ね。お姉さんにもよろしくね?」

 

 姉妹の仲が良いのはいい事だ。自然に頬が緩んできた扶桑は、彼女に胸中でこっそり「扶桑シール」を進呈した。

 「扶桑シール」とは、とても素敵な事……例えば、駆逐艦がお行儀よくしていた時とか、皆で頑張ってお夕飯を作った時とか、羨ましくなるぐらいに仲睦まじい姉妹の様子だとかを見た時に、扶桑が勝手に進呈するものである。戦艦扶桑の赤手形と聞くとなんだかすごそうだが、その実口約束の空手形、目に見える物でもないし言われた相手もよくわからないだろう。通信簿の花丸、あるいはよくがんばったで賞のようなものだ。名前も山城が呼び始めたにすぎない。

 それを聞いた伊14は、たえ切れなくなってけらけら笑い出した。

 

「えー、なにそれ! 扶桑さんってば、すっごい可愛らしい!」

「変でしたか……?」

「ううん、全然。やったね、イヨ、扶桑さんシール貰っちゃった! ねーそれって、何かあるのかしら? ほら、金は一枚で銀は五枚、みたいな」

「喜んでもらえるなら、嬉しいわ。でも……そうねえ。そういうのは、今のところ……」

 

 手を差し出されても、渡すシールもなければ交換する景品もない。だって心の中で勝手に押している判子なのだ。

 伊14は背筋をぴんと伸ばして、でんと左胸の辺りを示しながら、ここここ、この辺につけられる感じで一つお願いしますといった。

 伊14は普段通りの潜水艦らしい実務的で機能的な水着の格好だ。非番のためか、肩部など外装の格納庫などは取り外していて、いくつものポケットのついた頑丈なベストを上から無造作に羽織っている。頭部の艤装は現在修理中らしい。

 彼女は割と、扶桑に気安い。戦艦に対する敬意というよりは、潜水艦同士のような言葉だが、親しみもあった。要するに彼女の気質がそれを許していたし、扶桑もそれがやりやすいのだった。戦艦だからといってがちがちに緊張されては彼女も困ってしまう。伊14は明るく愛嬌のある子で、ぎゅむぎゅむと弾むボールのようで、扶桑は彼女が好きだった。

 ただし以前、秘書艦さんなんかは、厳しい方ですから、あんまり騒がないよう――という事を伝えると、彼女は笑って、

 

「ああ。それはだいじょーぶです。さすがに筑摩さんの時は、ちゃんと言葉は選んでますから」と返されて、ちょっと顔がひきつったような事はあった。

「でも……みなさんを見てるといつも思うのだけど、寒くはないの? このところちょっと曇りがちでもありますし、心配になって」

「大丈夫です。非番でもこれなのは、一応、警戒ってコトで。イクちゃん先輩とかってもう常にこれじゃないですか。あたしたち新入りですし、それ見てると、こう」

 

 ベストのポケットの丁度酒瓶の一つ二つ入ったような膨らみを見ると、多分理由はそれだけではない気もする。

 

「でも扶桑さんの着物も、きれーですよね。うーん、なんて言うのかよくわかんないけど……春っぽい!」

 

 くいっと伊14は口になにかを含む仕草をしてみせた。

 現在の扶桑は梅雨ヴァージョンである。あるいは漣の新たなるmode。

 

「ありがとうね。この色は梅花にちなんだ装いで、本当はもう少し早くでないと、季節の後追いになってしまうんですけど……できれば梅雨のうちにたくさん来てあげないと、可哀そうですから」

「そういうものなのかなー。でも、うーん、扶桑さんってホントに綺麗で! 背も高いしスタイルもすごくて……憧れるなあ。イヨってそういう女の子らしさ、姉貴に全部あげちゃったからさー」

「そんな事ないわ。イヨちゃんだってとっても可愛らしくて……そうだわ、今度お部屋に遊びに来てくれるかしら。山城にと思っていたのだけど、少し小さかったものがいくつかあったから……よかったら、着てみます? きっと似合うわ」

「いいのー!」

 

 けほんけほんと二度、咳払いが聞こえた。

 秘書艦筑摩のたしなめるような視線に、二人で首を竦めて目配せし、こっそりと笑った。

 MUR提督は執務机に突っ伏して寝息を立てていたが、筑摩に揺すり起こされて、小さく呻いた。ポッチャマ……

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