「知将MURとはあんまり関係のない話」である事にご留意をお願いします。
・加賀さん?!とずいずい
今日は朝からお味噌汁の具を多くしてもらえて気分が良かった。
ほかほかと湯気の立つ真ッ白いご飯と、潮味のきいた焼きあじ。これに茄子と胡瓜のお漬け物がついて、日によってまちまちだがおかずがふたっつもらえる。今日は胡麻とあえたほうれん草のおひたしに、さんまの煮付けが一皿だ。先日、いいさんまがよく入ってきたとか聞いていた気もする。きっとそのせいだろう。
朝食にしてはやや多いと言われるかもしれないが(実際に何度か言われた)、当然わたしは体調管理を怠った事などないので、いつも全品美味しくいただいている。
やはり、一日というものは朝食から始まる。そして食事というのは白米が肝心なのだ。白米、お米は、いい。大切だ。かつての帝国海軍における一航戦のようだ、とさえ言えるかもしれない。
「加賀さん、加賀さん。難しい顔してますよ」
「……そうですか?」
「ええ」
生返事をしながら、手を合わせた。ここの箸は四角くて、けれど角は緩く丸められているために、全体的な印象は円に近い。手に持つと、ころころと転がしたくなる具合だ。
まずはお吸い物に箸をつけるのがわたしは好きだ。少しだけ中をかき混ぜ、音を立てぬよう啜る。昨日はしじみだったが、今日は芋と椎茸。上には刻んだねぎが浮いている。くっと喉で飲み込むお味噌汁は熱く、胃袋がそれにつられてじりじりとした空腹を思い出す。箸でさわれば崩れる芋は煮え過ぎていたが、これもまたいい。
「……美味しい」
「ですねえ」
あじの身を弄うわたしの右で、いそいそとご飯を頬張る航空母艦が見える。輸送艦もかくやたるさまだ。
あじは口の中で遊ぶ小骨もまた味わいだと思う。
「む。少し、しょっぱい」
「そうですか?」
「でも、その分、ご飯が進みます」
「相変わらずね、赤城さん」
かつての精鋭、一航戦赤城は白米主義の徒である。おかずはいうにおよばず、白いご飯だけでも美味しくご飯をいただけるという筋金入りの輩である。目の前にほかほかとした炊き立てのしろめしを盛られると、泣いて感激して「ご飯だけで十分です」となるのだ。わたしだってお米は好きだが、ご飯にはやっぱりおかずが欲しい。
そうやって、ゆっくりと、時折彼女と他愛ない会話をしながら、朝食をとっていた。
その時までは。
常時戦場とはいうものの、わたしはできれば食事ぐらい静かにとりたいと思う。凪いだ海のように平穏な心。それはわたしの好むところだから。
「おはようございます! 赤城さん……う。か、加賀さん」
「あら、瑞鶴さん。おはよう」
そうやって名を呼ばれたそいつは“五航戦”、翔鶴型航空母艦二番艦だ。姉妹の下の、くそったれな方である。
言葉に語弊があるかもしれないが、これは別段瑞鶴をやりこめているわけではない。いくら温厚なわたしであっても、時には隣の赤城をもくそったれめと罵りながら殴り倒してしまいたくなる場合があり、何が悪いのかといえば戦争が悪いのだとする他ない。
くそったれ瑞鶴は二言三言赤城と言葉を交わして、わたしの左側に腰掛けた。座るよう勧めたからだ(嫌々だが)。くそったれめ。
――もっともそれは、わたしが瑞鶴に、そんなあからさまに顔をしかめられる理由には、ならないだろう。
「なにか?」
「いや……」
「嫌なの?」
「い、いやいや光栄ですっ」
「……そう。それと、五航戦。食事中は、あまり汁物以外に飲み物を摂るべきではないわ。水でも、お茶でも。ジュースだなんてもってのほかよ」
「……朝はあんまり入らなくて」
「食べなさい」
パンだの、何だのは、本来出向いてきている海外艦に対して用意されているものであるはずだ。最近は鎮守府にもすっかり洋食が広がり、駆逐艦や、そういったものに抵抗のない若い艦を中心に広がりを見せている。それでもまだ、彼女たちのようにお皿に山盛りにして、バターやジャムもたっぷり乗せて、腸詰肉や卵焼きやサラダも一緒に食べる、牛乳もコップに二杯は飲む、というのならまだしも、うすっぺたいパンを一枚持ってきて、それだけでおしまいでは何の足しにもならないだろう。
お昼ならまだいい。ちょっとだけ気取ってパスタを食べるのもいいだろう。要するに外国のうどんだし。
せめて朝ぐらいは、しっかり、食べておきなさい。
まったく、気に入らない。
気に入らないのは、いま話している瑞鶴にだろうか。それとも、箸まで止めて忍び笑いをしている赤城にだろうか。
「そう。……翔鶴はどうしたの」
そいつは随分憮然とした表情を作った。雨上がりに蝸牛でも踏みつけてしまった奴のようだ。
「姉ぇはその、いま出撃中ですが」
「……ああ」
そうだったわね、と呟いた。しかしこれは反射的に同意しただけで、どちらかというと、そうだったかしら、という感じだ。どうだったか……そうかもしれない。
「……加賀さん」
「ふふ……加賀さんったら」
確かに、五航戦の失敗を一番あげつらうのはわたしだろう。けれど、そうした些細な前例でもって、わたしが単なる悪意をぶつけたなどと思われては、これは心底心外だ。そも、どうしてわたしが翔鶴なんかの事まで気にしてなければならないというのか。
「加賀さんは意地悪ですね」
右のくそったれが、そういうのが聞こえた。
・許してください、なんでもしまかぜ
「オゥッ! オゥッ!」
「なにー、島風またかけっこしたいの?」
執務室の椅子に逆さで腰掛けて、背もたれに首を乗せ暑そうに目を瞑りながら、長波はまわりをぐるぐると回る島風に辟易とした声を出した。椅子の前では、執務室で唯一生き残っている古い扇風機が唸りを上げている。首は彼女に向けて固定されていた。
「オゥッ! オゥッ!」
「いやーやんないよ、暑いもん。提督にやってもらえば?」
呼ばれた彼が顔を上げると、島風はあっという間に駆け寄ってきて、今度は彼を誘い始めた。
「島風さんは、相変わらず元気ですね」
凝ッと見る。
頭から頬からだらだらと滝のように汗をかいていた。剥き出しの肩も臍のところも、肌という肌は汗でてらてらとしている。下着の類はもはや用を成しておらず、見れば汗にたっぷりと濡れた上着から、肉付きの薄い胸元の形さえはっきりとわかった。見ているだけで暑苦しいのに、なおも盛んに動き回るものだから、あちこちにその熱量をばらまく有様で、決して面倒見のよくないというわけでもない長波をして鬱陶しく思うほどだった。彼女の痩せて華奢な体躯の一体どこにそんな動力があるのだろうかと思わせた。
提督はそんな彼女にふと仏心を出して、せめてもと、その汗を拭ってやろうと思いたった。ついでとばかりに、もう一人にも、どうでしょうと訊ねた。
「……あたしはいいよ」
ぶっきらぼうな声で応じた。彼女の尻の下では、汗が蒸れて酷い有様だった。長波の、いわば滲む汁が、猛暑によって蒸れていた。
美少女の染みが椅子にできていた。
「オゥッ!?」
首のところによく水を絞った冷たい布巾を当てられて、島風はそのくすぐったさに思わず飛び上がった。反射的に汗が体中からいっぺんにふきだす。いっそう、執務室の中が汗臭くなった。
始めに顎の下のところを、輪郭をなぞるようにしてゆっくりと、丁寧に汗を拭い、次いでぷっくりと赤い頬を、形の良い目鼻とふいて、蒸れたうなじまでを終える。布巾が随分温くなってしまったため、一度水にさらして絞りなおした。
「腕を上げて下さい」
「オゥッ……んっ……」
首元や腋のところはとくに冷やすと良いとされる。
冷たい布が腋に当たると、島風はびくりと体を震わせたが、目をぎゅっとつぶって、下を向いてこれを我慢した。提督は、手袋みたいなのを外させ、強張る肩や、肘の内側の汗が蒸れるところをざっと拭くと、反対の腕も上げさせて同じようにした。
あとは腹から下である。子供が両手で上着を脱ぐ時のように服を捲らせると、べとつく腹に布巾を重ねて彼女の熱量を感じ取るようにした。背中の方は、幾度か角度を変えて、首筋から尻の上までを満遍なく拭く。
指で押し込めばもちもちと強く弾む弾力ある少女の肢体だ。
緩やかな胸部は傾斜に富むとは言いがたく、左右のそれぞれが提督の片手の中におさまる程度ではあったが、彼の握る冷たさが胸の頂点を掠めるたびに、見た目相応の甘ったるい声音で鳴き、抗議するように小さく身動ぎをした。何度か首を振って、残る熱さの余韻を追い出そうとする。その鼻頭と、頬のところが、内側の熱によってぽってりと赤く染まっていた。
「んっ……ぁ」
「島風さん?」
「オゥッ!」
提督は最後にもう一度布巾を洗いなおして、体中をざっと拭いてやってから、どうでしょう、これでさっきよりは涼しくなりましたか、と訊いた。島風はこくんこくんと二度ばかり頷いてから、扇風機の前に直接ぺたりと腰を下ろした。おー、おーと益体もなく声を震わせ始める。
これで少しばかりは、仕事も捗るだろうと思われた。
一部始終を無言のまま見届けていた長波は、ちょっと顔をしかめて、提督を睨むようにして見つめていたが、やっぱり長波さんもどうですか、さっぱりしますよと言われると、面倒くさそうに長々ため息を吐いた。
「島風、よかったね」
「オゥッ」