ストライク・ザ・ブラッド ~血塗られた吸血鬼~ 作:ぅっchi_
「す~」
悠斗は図書館というクーラーの効いた心地よい環境で古城を待つついでに昼寝をしていた。
予習もしていたので余裕で合格点をとれたら先に帰ろうと思ったが、これから古城と共に昨日拾った財布を中等部の職員室に届けに行くためこうして図書館で待っている。
彩海学園は、中高一貫教育の共学校だ。人口の多いこの絃神島では土地不足であり、この学園も生徒数の割にそこまで敷地は広くない。体育館やプール、学食などの多くの施設は中等部と高等部で共用となっている。そのため高等部の敷地内で中等部の生徒を見ることはよくあるがその逆はあまりない。
そんな場所に一人では行きづらいから一緒に来てくれと頼まれたのだ。その依頼人に待たされているわけだが。
「ふぁ~」
さすがに暇すぎだからこっそり帰ろうかなと思い始めたそのとき、誰かが図書館に駆け込んできた。
「す、すまん悠斗。待たせた」
「遅い。もう帰ろうかと思ったぞ」
慌てた様子の古城だった。
「那月ちゃんが容赦なさすぎるんだよ」
「いや、そもそもお前が補修になるのが悪い」
「うっ……」
なにも言い返せずに古城はバツの悪そうな顔になる
那月ちゃんとは南宮那月という彩海学園の英語教師だ。年齢は二十二歳(自称)だが、顔の輪郭も体つきも小柄で私服がドレスのような恰好から人形のような容姿をしている。その一方で妙な威厳とカリスマ性があり、教師としても有能なため生徒からは人気だったりするのだ。そして南宮那月には攻魔師というもう一つの肩書きがあり、古城が第四真祖と知っている。だからこそ、古城の無断欠席を補修でチャラにしてくれているわけだ。
「そんなことより行くぞ。はやく帰って涼みたい」
「俺もだ。ねみぃ」
俺と古城は中等部のへと向かった。
♰ ♰ ♰
「どうだ?」
「いなかった。来てないみたいだ」
凪のクラスに転校してくるということだったので、凪の担任に財布を預けようと思い職員室まで来てみたものの今日はどうやらいないらしい。困ったな。
「どうすっかな」
渡り廊下の柱にもたれて、そろってぼんやりと校庭を眺める。
「とりあえず古城が預かっておくしかないんじゃないか?」
「やっぱりそうなるよな」
ガクッとうなだれ、頭を抱える古城。
「せめて連絡先が分かるものでも入ってれば………」 古城が拾った財布を開いて確認すると―――
突然苦しそうにして膝をついた。
「おいおい、大丈夫かって。……なに財布の匂い嗅いで興奮してるんだよ」
慌てて駆け寄ってみれば、財布からする女子匂いを嗅いで興奮して鼻血を出してしまったらしい。
「しょうがないだろ。体質なんだから」
「それにしても財布の匂いでって…」
いま古城を苦しめているのは、単なる生理現象。ただしそれは吸血鬼特有の吸血衝動だ。
吸血鬼が、吸血衝動に駆られる
こうなると、血を吸いたいという欲望に駆られてしまう。しかし、古城の場合は吸血衝動に駆られると鼻血を流してしまう。そして、その血をおかげで衝動は抑えられるのだ。初めて聞いたときは便利だと思ったが、そのたびに鼻血を流すのはきつそうだ。
古城は一息つくと、鼻血を拭って立ち上がった。
「傍から見たら財布の匂いを嗅いで鼻血を噴き出す変態だな」
「勘弁してくれ」
からかってやると古城は嫌そうな顔でそっぽを向いた。
「そうなんですね、あなたは女子の財布の匂いを嗅いで興奮する変態さんなんですね」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り返るとそこには一人の女子生徒が立っていた。
「姫柊……雪菜?」
「はい。なんですか?」
古城が呆然と彼女―――姫柊雪菜の名前を呼ぶと、冷ややかな口調で訊き返された。
「どうしてここに?」
「おい、古城。それは彼女が中等部の生徒だからだろ」
「桐原
姫柊の冷静な指摘に何も言い返せない。
俺たち(主に古城)に冷ややかな視線を向けながら古城が握っていたものを指さした。
「それって、わたしのお財布ですね」
「ああ、これを届けに行こうとしてたんだよ。担任に預けようと思ったんだけど、たまたま休みでな」
姫柊から差し出されたポケットティッシュで鼻血を拭いている古城のかわりに説明すると、姫柊は真偽を判定するかのように沈黙し、
「それで暁先輩は匂いを嗅いで、鼻血を出すほど興奮してたんですか?」
「別に財布の匂いで興奮したわけじゃねぇよ。ただ、昨日の姫柊を思い出して―――」
あぁ、また古城がやらかした。
古城の言葉に、えっと姫柊が一瞬、人形のように固まるがすぐさま制服のスカートを押さえて後ずさった。
「き、昨日のことは忘れてください」
精一杯冷静さを装った口調で姫柊が言う。
「いや、忘れろって言われても……」
「忘れてください」
「………」
姫柊が無言で古城を睨む。
このままだと古城がこの前の槍で刺されそうだな。
「お財布も返してください。そのために来たんですよね?」
冷静な口調で、正当な要求をする姫柊。
しかし古城は、その要求には応じず、財布を高く掲げ姫柊が届かないようにする。
「その前に話を聞かせてもらいたいな。お前はいったい誰なんだ?なんで俺を調べていた?」
「………わかりました。それは、力ずくで財布を取り返せという意味でいいんですね」
姫柊は古城を睨みつけると、まるで刀の柄でも握るようにギターケースに手をかける。
古城もいつでも反応できるように身構える。
これはほんとに刺されるんじゃないか?
「はいはい、こんなところで暴れたら目立つからやめろ。姫柊もそうなったら困るんじゃないか?」
「うっ、そうですけど………」
「古城も昨日のこと思い出したんならこの子が攻魔師だってことわかるだろ?」
「そ、そういえば………」
俺の言葉に二人とも言い返せない。
「で、ですがっ―――」
グルグルグル………
姫柊が言い返そうとしたその時、低い音が渡り廊下に響いた。
ギターケースに手をかけていた姫柊の手が止まり、彼女の頬が羞恥で紅く染まっていく。
つまりそういうことだ。
古城はなんとなく気まずい表情を浮かべる。
「えーと………もしかして、姫柊、お腹減ってる?」
古城の問いに姫柊は沈黙。
「あー、もしかしなくても財布がなかったから何も食べてないんじゃないか?」
「だ、だったらなんだっていうんですか⁉」
俺の問いに冷静に答えようとしているが声が上擦っている。
どうやら彼女は一人でこの絃神島に来ていたようだ。転校したばかりで頼れる人がいなかったのだろう。
古城は少し考えた後、困った顔で頭をかき、姫柊にそっと財布を差し出した。
な、なんですかと、動揺しながらも警戒の表情を崩さない姫柊。
「昼飯奢ってくれ。財布の拾い主には、それくらいの謝礼を要求する権利くらいあるだろ」
古城が緊張感の乏しい声で言う。
姫柊は何度か瞬きをして真意を測りかねているような表情になっている。
まあ、そうなるよな。俺も年下の女の子にたかるとは思わなかった。
彼女にお腹がもう一度、空腹を訴える子犬のように低くなる。