「さてと、暫く世話になるんだ。相応の対価は提供させて貰わないとな」
ノワールが宙を見上げて指を鳴らす。
直後に一瞬空間が歪み、虚空からプレハブ小屋程度の大きさの白い立方体が現れた。
「アレは?」
「俺達がこの世界に来る時に乗ってきたもの・・・まぁ、言うならば世界を行き来する船のようなものだ。
取り敢えず、入ってくれ。口で説明するより見た方が解りやすい」
ゆっくりと着陸する船の入り口が開き、その中に入る一同。
「これは・・・!?」
思わず目を見開く千冬。
船の中の広さは明らかに外観から見た面積ではない、入室した入口ホールだけでも大型ホテルのホール並の広さである。
「圧縮空間かしら?それもかなり膨大な」
「ええ。そう思ってもらって構いません。重要なのは、この先のトレーニングルームですわ」
セシルに案内され、トレーニングルームへと入る一夏達。
やはりこの部屋の面積も広く、ドーム球場並である。
やがて全員が入ったのを確認し、シャルルがドアを閉めて口を開く。
「この部屋は出入り口を閉じれば外側の世界とは完全にシャットアウトされる。
そして、時間の流れはこの世界基準なら約180分の1、つまり1日で約半年分の修行が出来る。
この部屋を1人1日という条件で貸すよ。
本当はもっと貸しても良いんだけど、人間は下手に入り過ぎると歳を取りすぎるからね」
「まるで精神と時の部屋ですね・・・」
「まぁ、そう考えて貰って構わない。
宿泊設備の関係もあるから、定員は11人。
俺達もそれぞれ監督役で交代で入るから、一回につき10人ずつだ」
「となると、入る順番をしっかり考えないとな・・・」
修行場の内容を聞いて皆が皆思案する。
入るメンバーの振り分け次第ではモチベーションや効率も大きく変わる事を踏まえると慎重に考えねばならないだろう。
「取り敢えず、IS学園側のメンバーは師匠役とセットで参加ね。
あと、幻想郷側も霊夢や魔理沙のような鍛え直す余地がある者は積極的に参加してもらいましょうか?
それから、私達側からも監督役をつけた方が良いでしょうし」
「そうね。時間効率の事も踏まえれば、2〜3組は同時に入れた方が良いでしょうし・・・ん?」
紫との会話の中でレミリアはふと何かを思い付いたようにニヤリと笑う。
「それなら、まずは美鈴、鈴音、日勝、弾、チルノ。アナタ達が入りなさい。
監督はこの私が直接やってあげるわ」
「「え!?」」
思わず名指しされて声を上げたのは先日めでたくカップルとなった弾と美鈴である。
レミリアのニヤけ顔を見れば一目で「これを機に仲を深めてこい」と言ってるのが丸分かりだ。
「残りのメンバー4人は・・・そうね、まずは私達紅魔館が試しに参加するという意味でフラン、パチェ、小悪魔・・・それと、パチェが面倒見てる虚辺りでどうかしら?(咲夜は一夏の件があるから後回しで良いでしょうし)」
「・・・まぁ、良いんじゃない?
私達はあんた達が入ってる間にじっくり決められるし」
「それじゃ、最初はボクが総監督として参加するよ。
しっかり面倒見てあげるから、安心してね♪」
レミリアの提案に霊夢が承諾の意を示し、シャルルが総監督として参加する事となり、最初に入るメンバーは決定し、早速1組目として選抜されたメンバー達はトレーニングルームへと入る事となった。
その後、厳正な選抜の末に残りの振り分けが決定し、皆それぞれが修行の日に備える事になる。
1日目
総監督・シャルル
弾、鈴音、美鈴、日勝、チルノ、レミリア、フランドール、パチュリー、虚、小悪魔
特訓開始!!
・ ・ ・ ・ ・
弾と千冬が去った後、その日の夜の五反田食堂はまさに地獄絵図だった。
弾との対話を経て、食堂の閉店と蘭の転校を決断した母と騒ぎを聞いて急遽帰宅した父は、それを祖父である厳に告げた。
当然厳はこれに大激怒。弾から殴られてダメージの残る体にも関わらず大暴れし、遂には父母にも掴み掛かった。
だが、殴られようが胸ぐらを掴まれようが父母の意思は固く、逆に厳の腕を振り解いてこう告げた。
『アナタが何と言おうと私達はこの食堂を捨てるし、蘭も県外でやり直させる。
これ以上ごねるなら法的手段も辞さない』
まるで死刑宣告のようにそう告げられ、厳は完全に理性を失ってキレた。
言葉にならない叫びを上げて喚き散らし、遂には包丁まで持ち出して暴れ回る。
間一髪騒ぎを聞きつけた近所の人達が止めに入り駆け付けた警官に厳が取り押さえられてその場は収まるが、滅茶苦茶になった家に居着く事など出来ず、その日は近隣のビジネスホテルで一夜を明かす事となった。
「何で・・・こんな事になったの・・・?」
ホテルの一室で布団に包まり、蘭は泣きながらそう呟いた。
傷害沙汰を起こしたのは自分なのに、何故兄ばかりが理不尽な目に遭わなければいけないのか?
思えば、何故喧嘩なんか起こしてしまったのか・・・。
あの頃の自分はどうかしていた。
初恋の相手である一夏が行方不明となった挙句に死亡認定され、その上千冬も憔悴して責めるに責められない有様の中で、やり場の無い怒りと苛立ちの捌け口を求め、気付けば自分と同じ様に社会や環境に不満を持った者達とつるむようになり、理由も無く周囲に当たり散らして気分を紛らわせていた。
そんな時、たまたま仲の悪かったグループの一人が、不意に一夏を馬鹿にしたようなニュアンスの言葉を吐いたのが引き金となり、殴り合いの喧嘩を起こした挙句、その所為で無関係の幼子を巻き込んで一生残るであろう傷を付けてしまった。
その時の事は今でも鮮明に覚えている。
喧嘩の最中、自分が投げた石が相手から外れてたまたま近くにいた少女に命中してしまった時の嫌な音と悲鳴・・・。
それを思い出す度に罪悪感が重くのしかかる。
きっとそれは喧嘩相手も同じだろう。
聞いた話では相手の女子も罪悪感に苛まれ、不登校になったと聞く。
兎も角、そんな後悔の中で事もあろうに祖父は自分を何一つ責めようともせず、ただひたすらに「蘭は悪くない」と喚いてばかりだった。
いっそ大声で責め立て、力一杯殴ってくれた方がどれだけ良かった事か。
そんな、両親でさえ祖父の圧力に黙らされている中で、兄だけは、弾だけは自分を怒鳴ってくれた、殴ってくれた、叱ってくれた。
そんな兄を祖父は理不尽にも責め続けた。
(どうしてお兄が責められなきゃいけないの?悪いのは、悪いのは・・・)
『悪いのはアナタなのに』
「っ!?」
不意に聞こえてきた少女の声に蘭は飛び起きようとするが、動けない。
その上、目も開かない。まるで意識はそのままに悪夢の世界に入ってしまったような感覚だった。
『喧嘩したのもアナタ、怪我させたのもアナタ。それなのによくそんなのうのうと生きてられますね?』
「だ、誰?誰なの・・・!?」
正体不明の声の主に問い掛けるが、相手は何も答えない。
あるのはただ侮蔑の感情。目を閉じていても分かるほど、肌で感じる侮蔑の念に蘭は恐怖した。
『アナタが馬鹿な事をしたせいで、アナタの兄は孤立した。
アナタのせいで、アナタの兄は去った。アナタの家庭も壊れた!』
「や、やめて・・・!」
『でもこれで良かったのかもしれません。
アナタのような馬鹿で愚図な妹や、そんなアナタを庇護する恥知らずな祖父など、縁を切って正解です』
「い、嫌・・・嫌ぁぁ・・・!!」
『何泣いてるんですか?
お兄さんはいつか戻ってくれる、なんて甘えた事考えてるんですか?
・・・ありえませんね。彼はもう戻ってこない』
「う、嘘!嘘よ・・・!どうしてお兄が戻ってこないなんて・・・」
『戻る訳ありませんよ。
彼はもう戻らない。戻る必要も無い。だって彼にはアナタより大切な女(ひと)がいるから!』
死刑宣告にも等しい言葉と共に蘭の脳裏に流し込まれる光景。
以前に見た兄とデートしていた赤毛の女性・美鈴。
二人が恥じらいながら抱き合い、腕を組んで歩いていく光景・・・手を伸ばそうとしても届かず、弾と美鈴はこちらに気付きもせずに遠くへ去っていく。
「やめてぇぇぇーーーーーっ!!!!
嫌だ!嫌だよお兄!!私を見捨てないで!!私を置いていかないで!!
何でも!何でもするからぁ・・・!!
一人は嫌なの!!嫌ァァァ〜〜〜〜ッ!!!!」
『・・・何でもする。その言葉は本気ですか?』
そして囁かれる悪魔の誘惑。
その言葉を口にした少女は妖しく笑いながら、ゆっくりと手を伸ばし、蘭の手を掴む。
『なら、受け取りなさい。私達の駒になるための力を・・・!!』
「あ、ああァァァアァァァぁ!!!!」
そして、蘭の心は闇に堕ちた。
・ ・ ・ ・ ・
翌朝、蘭は忽然とホテルから姿を消した。
そして同日、留置所に拘束されていた厳が、何者かの襲撃を受けて重傷を負った姿で発見された。
この一連の事件の報せが弾達の下に届くのは、翌日の夕刻である。
行方不明となった蘭。
直後に開始される束一派による幻想郷への攻撃。
そこに投入されようとされる巨大な力。
未曾有の危機を前に、修行を終えた弾達が先陣を切って立ち向かう。
次回『闇に堕ちし少女』
蘭「お前の!お前のせいでお兄は!!」
?「や、やめろ!やめてくれぇぇっ!!!!」