もし沢田綱吉が不良だったなら。   作:青クマ

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大空は日常の中に、されど遠く、脆く

 

それは何時(いつ)でもない一日のこと。

黒曜ランドが全焼してからの暫くの間、彼ら彼女らは平穏と微睡みの中で停滞していた。

 

停滞なんて間違っている。

沢田綱吉を次期ボンゴレファミリーの首領として相応しい人間に育て上げることが自分に下された使命であると自覚はしていたし、それを遂行しようとも努力してきた。

9代目より家庭教師(かてきょー)を託された教科は道徳。ファミリーとの絆に関わる大切な科目だ。

 

そして彼女、ユニを家庭教師に任せた人選も、ユニの育て方も、周りの環境も、全てが上手く噛み合っていた。

 

沢田綱吉は己を慕うファミリーとの友情を、己の背を追う部下への庇護を、そして愛情を知った。

皮肉にも立派なマフィアになる為の教育が彼を立派な人間に変えようとしている。守るものを知って、守る方法を知った沢田綱吉は更に強くなる。

 

 

   ◆

 

 

その日の沢田綱吉は平日であるにも関わらず正午まで惰眠を貪っていた。

 

最近はユニに厳しく言いつけられ、学校に通うようになっている筈の彼がどうして未だ寝ているのか。それは先の六道骸との戦いの最中に起きた成長が理由となっている。成長を遂げた超直感と、制御しきれぬ覚悟の炎が彼の精神を蝕んでおり、それを観たユニが彼を安静にさせる事を選んだのだ。

 

「……はぁ」

 

ユニは静かに溜め息を吐く。やはりツナ君を六道骸の所へ行かせるべきではなかった。全部リボーンおじ様に任せてしまえばよかったのだ、と悔恨の念を禁じ得なかった。

 

「ツナ君……」

 

二階で眠る少年の事を考えながら覚束ない手捌きで家事をこなす。

六道骸と戦い、案の定ボロボロになりながらもまるで近所のコンビニにでも行ってきたかのような気軽さで「ただいま」と言う沢田綱吉の姿を見て何度も自分の無力を恨んだ。されどどれだけ現実を呪ったところで現実は変わらずひっそりと涙するしかないのだ。

 

自分の愛しい人が傷つく姿を見たくない。

その一心が沢田綱吉をマフィアに育てようとする決心を鈍らせる。

彼が傷つくくらいならマフィアになんかなって欲しくない。一般人として生きて人並みの幸せを掴んで生きて欲しい。それがユニの偽らざる願いであり、自分が涙を浮かべて懇願すれば沢田綱吉はきっとその道を選んでくれるのだろう。だからこそ自分はその選択を出来なかった。沢田綱吉の道を縛りつけたくは無かったのだ。

 

「そろそろツナ君起きてきますかね。……お昼ご飯作りましょうか」

 

 

   ◆

 

 

俺、沢田綱吉は久しぶりに学校をサボり、億劫な朝を寝て過ごした。

 

気を抜くと吹き出しそうになる炎を抑え、寝汗でじっとりと湿ったベッドから抜け出す。最近の俺は朝起きればまず体を解すことから始める。只でさえ小さなベッドをユニに半分占領されて寝返りも打てないとなれば凝り固まってしまうのが道理だ。

 

「…………んんっ」

 

大きく伸びをしてから大欠伸を一つ。体の凝りと共に寝不足も俺を苛む。夜中に啜り泣くユニの声がどうにも寝かせてくれないから。

 

「一回、色々話し合うべきか」

 

家族だしな、という一言はもう一度訪れた欠伸と共に噛み殺す。こんな言葉をもし聞かれたらと思うとぞっとする。あまりデレデレするような人間だと思われても癪だ。

 

とりあえず淀んだ空気を入れ替えたかったので窓を開ける事にする。窓を開けた途端に机の上に置いてある紙が風に煽られて飛んでいく未来を日に日に成長する超直感が見せたので紙束を安全な所に移動させてからだ。

ガラッと勢いよく窓を開くと直感した通りの風が心地よく頰を撫でた。今日は雲一つない快晴、澄み渡った青空は全てを等しく包み込む。

 

「…………」

 

六道骸との一件が終わってからは、こうして何かをぼうっと眺めながら感傷に浸ることが多くなった。あいつに見せられた俺の幸せな光景。そこに居たのは獄寺と山本、ランボに雲雀、そして俺の隣で笑っているユニ。アレらが俺の大切に思ってるものなんだろう。

大切なものはそのまま弱点になる。知ってしまったからには、自覚したからにはもう引き返せない。見なかった事には出来ない。全部背負って前に進む事だけが俺に許された道なのだから。

 

拳を血が滲むまで強く握りしめた。

 

「俺を残して死なないでくれ……」

 

命と引き換えにしてでも守るから。俺はお前に生きていて欲しいんだ。

 

心の中だけの慟哭は、突如として部屋に入ってきたユニに遮断される。彼女が数瞬後に昼食が出来た事を告げながらこちらに歩み寄り、足を縺れさせて転ぶ未来を直感する。

 

「おはようございますツナ君。お昼ご飯ができましー--ーひゃあ!?」

 

だから足が縺れて体勢を崩した瞬間に受け止めた。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい。その……ありがとうございます」

 

「気にしなくていい。ユニは……軽いから」

 

「もうっ! そんな事言われなくてもお昼はツナ君の好物で揃えてあるから無駄ですよっ!」

 

みるみる顔を紅潮させたユニはそっぽを向いて部屋から出ていき階段から食堂へと降りていった。

 

今日まではユニの手料理をなんの気兼ねもなく味わっていられる。

 

「でも明日からはヴァリアーか」

 

俺はまだ知るはずのない部隊の名前を口にした。これも全て超直感が未来と一緒に教えてくれる。

明日はヴァリアーと接触して、それが終われば十年後へ。そしてシモンファミリーと戦ったその次はーー

 

超直感は全てを教えてくれる。

()()()()()()()()俺たちは幸せになれない。最良の結末を迎えられない。きっと俺が、違う俺だったならハッピーエンドだったのに。掛け違えたボタンは戻らないし、時間は俺を待ってはくれない。

 

彼女が幸せになるにはどうすればいいのだろうか。

もし俺が居なくなっても彼女は涙を我慢して笑っていてくれるだろうか。

 

ずっと、ずっと笑っていて欲しい。その人生に幕を下ろすその瞬間まで幸せに包まれていて欲しい。

そう願うのは罰当たりなのだろうか。

 

俺は、頰を伝う涙を拭ってから食堂へと降りる。

 

 

   ◆

 

 

彼は類稀なる才能を持って生まれたがその身は確かに人間であった。人間であり、人間でしかなかった。

血と共に継承されてきたチカラは異能の域へと至り、少しずつ確実に宿主を蝕んでいく。人の手に余るチカラを身に宿すには人ならざる者にならなければならない。さもなくばその代償を身をもって知ることになるだろう。

 

それは何時(いつ)でもない一日のこと。

澄み渡る大空は永遠には続かない。誰もが永遠の停滞を得られない。人は、何時かは先へと進まなければならない。

 

子供が、大人へと成長する時間がきた。

 

 


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