あれから数日経ったがユニとの同居は酷いものだった。
冷蔵庫の中にあった酒や買い溜めてあった煙草は見つかるそばから捨てられる。
本人曰く、「もっと美味しい物を食べさせてあげてるから別にいいだろう」とのことだ。
ユニの作る飯は確かに美味かった。だがそれとこれは別問題だろう。
人はパンのみにて生きるにあらず、かの偉大な聖書に出てくる言葉である。実にその通りだ。三大欲即ち食欲、性欲、睡眠欲のみを満たし生きるのではそこらの畜生と変わらない。他の動物には出来ないニコチンを楽しむ事が人間の特権だと思う。
そう反論しようにもニコニコと微笑む彼女には強く出られず俺は学校をサボって行くパチンコ屋で隠れて一服する日々だった。
そう
「ツナ君、今日から私も学校に通いますね」
いつも間にかあだ名で呼び始めた彼女の言葉は俺を一瞬呆然とさせる。彼女が学校に来るなら俺はパチ屋にも行けなくなってしまうじゃないか。それだけは避けねば。
時刻は朝、寝起きで錆びついていた頭にエンジンが掛かり唸りを上げる。
「……。ユニに勉強はもう必要無いんじゃないかな?」
実際のところユニの頭は頭は悪くない。イタリアで飛び級をしており義務教育レベルはとっくに終えている筈なのだ。
「実はですね、ツナ君と一緒に登校してみたいんですよ」
フルスロットルに稼働している勘が嘘だと否定している。
余談ではあるがこの勘、実はただの勘ではなく超直感というボンゴレの血族に伝わる特殊技能らしい。昨日ユニが子守唄代わりの寝物語に教えてくれた。
あらゆる物事に対して的確な答えだけを教えてくれる、数学のワークで言えば途中式の載ってない解答集。
歴代ボンゴレの中でもその力に差はあるが能力が完成形になれば擬似的な全知にも及ぶとか。うすら恐ろしいものである。
「嘘つきめ」
「はい、ですが本当に学校に行く必要はあるんですよ?」
「この前言ってた守護者っての?」
ボンゴレワードその二・守護者。
こちらはそう難しいモノでもなく、マフィアのボスこの場合は俺に仕える側近と解釈してくれていい。
この守護者集めは俺のボス候補としての最初の仕事でもある。
「ええ、なんでも並盛中にイタリアに留学していたマフィアが帰国してくるそうでしてその方を是非守護者にと」
そう言われると言い返せない。家政婦の真似事ばかりで忘れそうになるがユニは家庭教師で俺は生徒。マフィア関係の事には従うのが道理だ。
うぅぅ、ニコチン……。
所変わって学校。教室の扉をガラガラと音を立てて開ける。
自然とクラスメイトの顔がこちらに向き喧騒に包まれていた教室から話し声が消えた。直接クラスメイトに何かをした覚えはないので噂に怯えているのだろう。噂だけで人を腫れ物扱いとは酷い奴らだ。
真っ直ぐ席に向かい座るとこちらを伺っていた隣の席の女生徒と目が合う。
「何か?」
「いえ、何でもないです」
「あっそう」
直ぐに逸らされたが明るい栗色の髪には見覚えがあった。ボクシング部と揉めたときにボコった中の一人、ボクシング部主将・笹川了平の妹だ。
クラスメイトに対して興味は無かったため椅子の背もたれに身を預け寝ていると転校生紹介の時間になっている。
欠伸を噛み殺し重い瞼を擦って前を向いた。
黒板の前にはユニの言った通り転校生が二人立っている……二人?
一人は知らない男。髪を銀に染めている。
もう一人は緑がかった紺色の髪をショートカットした少女、左目の下にはオレンジの五弁花が咲いている。デカい帽子が無かったせいで一瞬誰かわからなかったがユニだ。あ、今目が合った、にこにこ三割り増し。こっちに手ぇ振ってんじゃねぇ。
周りの「え?あの沢田に女の子の知り合いが?」みたいな視線が痛い。ザクザク突き刺さる。
空いている席に座るよう促された二人が真っ直ぐ俺の方に向かってくる。空席は俺の後ろと笹川妹を挟んだ向こう側。先にこちらに来たユニが俺の後ろに座るも銀髪はそのまま直進し俺の机を蹴った。教室中から息を呑む音が聞こえる。
「おい銀髪。お前放課後に中庭の飼育池前な」
いつもより心なしか低い声で告げる。セレブな僕ちゃん売られた喧嘩は全部お買い上げする主義なの。そこんところよろしくゥ!
痛い、視線がまた痛い。「やっぱり沢田は沢田か」みたいな空気ホントやめて。クラスに馴染めてないとユニちゃんに怒られちゃう。
放課後になったので池の前に行く。
教師の紹介を聞きそびれたので未だ銀髪呼びな彼はもう既に待っていた。ん?何か口に咥えてる。ニコチン?それ俺が最近摂取できてないニコチンだよね。俺は我慢してるのに君は遠慮なく吸っちゃうんだ。へぇー、そゆことねぇ……。
闘志に火が付くのを感じる。相手もマフィアだ、もう容赦はしねぇ。
「ハロー銀髪。旨そうだなそれ、見た事無いけどイタリア産?」
銀髪がこちらに向き直る。
「……沢田綱吉。お前みたいなチンピラ風情を十代目にしちまったらボンゴレファミリーも終わりだな」
会話しようぜ、会話。れっつとーきん。
「オレはお前を認めねぇ。 上からお前を殺ればこのオレが十代目だって言われてる。……だよなぁ、そこのジッリョネロの女ァ!!」
銀髪の向く方向、つまり俺の背後を見ればユニが佇んでいた。
「ええ、獄寺君が十代目ですよ。殺せれば、の話ですが」
ユニは喋り終えると俺にウィンクをした。これは信頼されてるって事でいいんかな。あと銀髪の名前、獄寺っていうのね。
「ちっ、このスモーキン・ボムと呼ばれたオレが舐められたものだぜ」
スモーキン・ボムねぇ、超直感が場所をここに指定した理由がやっとわかった。
獄寺がポケットに手を入れるのと同時に俺は獄寺に向かって走り出す。
「目障りだ、ここで果て……ッ!」
俺がやったことは一つ、獄寺を池に蹴り落とした。
スモーキン・ボムの異名と超直感が指定した池の前という場所。俺の予想が正しければ獄寺は爆弾使いだ。それも火薬を使用するタイプの。水に濡れれば火薬に火はつかない。ああ、証拠にダイナマイトらしき物が浮いている。
「獄ちゃ〜ん。僕、爆弾に詳しくないからわかんないんだけどぉ、その爆弾水に濡れても大丈夫なタイプぅ?」
ニヤニヤと軽快に厭らしく。煽ってから潰すのが俺のスタイルだ。
「爆弾がなくてもお前くらい……!」
これくらいじゃあ獄ちゃんが引かないことは直感していた。そもそも隙を突かれて蹴り飛ばされた時点で俺の方が体術は優れているのがわかっているのだがそんな時間のかかる事はしない。もっと手っ取り早く終わらせる。
「…………ッ!!」
パァン!と銃声という名の雷鳴が轟いた。獄ちゃんの表情が驚愕に彩られ目が見開かれる。
音の正体はもちろんこの間拾った物。マフィアなんだから拳銃くらい使って当然だろう。
「俺は優しいから別に降参しなくてもいいよ。……だけどその時は耳からな」
獄ちゃんがどっちを選んでも俺の守護者ができるか敵対者が減るかの二者択一、これもまた一つのWinWinの関係だろう。
「好きな方を選べ、迅速にな」
さーて獄ちゃんが選ぶのは?
「お見それしました。貴方についていきます、……十代目」
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パチパチと拍手の音が聞こえてきた。もちろんユニだ。振り返ればにこにこと笑っているがその目はまるで映画のワンシーンを生で見たかのように輝いている。
「ツナ君、お見事でした。マフィアとしての強さは間違いなく満点ですよっ!」
結構ショッキングな演出にしたつもりだったのだが全く動じていない。ここまでいつも通り、いつもより楽しげにされていると同居人の人間性を疑う必要があるのかもしれん。
「はっ、いつになく褒めるな。楽しんで頂けたなら何よりだ」
「はいっ、格好良かったです!獄寺君を守護者にするのであとは五人ですね」
「なっ、あんなに無礼を働いたオレを十代目の守護者にして頂けるのですか?!」
横から獄ちゃんの驚く声が飛んできた。
「当たり前だろ、その命で忠誠を誓え」
「はい!十代目のお役に立てるよう誠心誠意仕えさせて頂きます!何なりと申しつけください!」
その言葉を聞いてまたユニがにこにこと嬉しそうに笑っていた。