頭痛がした。
珍しく学校へ登校し、これまた珍しく授業を受け、いたって普通の学生のように帰路についた時の事だった。
頭痛。
結論から言わせて貰うとこれは超直感から齎されるモノ、超直感が予測した、俺にとって不都合な未来への拒否反応だろう。頭が痛いときは決まって良くない事が起こる。
鈍痛ならまだいい、良くないが。
刺すような痛み、つまり今回の頭痛のときは殊に凄惨な未来が俺を待ち受ける。
最初にこの頭痛を感じた時は恭弥と出会った日だった。
今となっては良い結果に収束したが、それでも当時の俺にとって人生初の引き分け、耐え難い苦痛だったのだろう。
二度目はもっと単純、自動車事故だ。
幸いにして最初よりも感を冴え渡らせていた俺はギリギリで回避したが。
三度目、四度目と、待ち受ける不運を超直感で回避してきた。
超直感をフルで使えば回避は不可能ではない。だけどそれでも恭弥の時のように避けえないモノは往々にして存在する。
普遍にして無謬、つまらなくも一切の無駄を許さず配置された街並みをぼんやりと無感動に眺めながら歩く。
何もせず徒に歩く時間をどう思うだろうか。
無意味だとか、無駄だとか思うかもしれない。だけど思考に没頭するのにこれほど適した時間も中々無いと俺は思っている。
他愛ない事を考えながら歩く。
痛みの質が変容する。刺すようなモノから締めつけるモノに。
次の角を左折すれば家だ。
頭が痛いなら早く帰ろうと、理性が囁く。痛みに堪えて引き返すべきだと、本能が告げる。
本能を理性で捩じ伏せ、帰宅を選択した。
一歩、足を踏み出し────。
「────ッ!?」
────今度こそ本能に従い、転倒するかの様に身を屈めた。
間一髪、風を切る凶弾が頭上を掠める。
一瞬遅れて轟く雷鳴。
更に数瞬、火薬と鉄の匂いが鼻腔を擽る。
「……いい勘してるじゃねえか、事前情報よりも僅かに反応が早い」
「ああ? 誰だよお前」
不躾に放たれた感想に反射で答える。
未だ硝煙を上げる拳銃を持っているのは驚くことに赤ん坊だった。
「ちゃおっす!」
黒いスーツをキッチリ着こなし、同色の帽子の上に緑色のカメレオンを乗せている赤ん坊。
「お前が次期ボンゴレファミリー十代目候補の沢田綱吉だな?」
マフィアに憧れるませた餓鬼だ、なんて惚けた感想は微塵も抱かなかった。例え発砲されずとも思わなかっただろう。
身体が酷く重い。赤ん坊の放つ威圧感がそう錯覚させる。
「オレの名はリボーン。
お前の
「じゃあ何の用だ。それに家庭教師は間に合ってる」
「そう言うな、守護者の教育も必要だろ」
「……質問に答えろよ」
「やれやれ、気の早い男はモテないぞ?」
いちいち頭にくる赤ん坊だった。
俺の憤りを他所に、超直感は警鐘を鳴らし続ける。これは例えるなら満腹のライオンを目の前にしたときの感覚に近い。再び腹を空かせる前にそこから逃げてしまえ、奴が飢えていたならお前なんか丸齧りだぞ、と。
事実、俺がどれだけ警戒心を露わにしてもリボーンは気にも留めない。力量が遥かに上だからこその強者の余裕。
「オレがここに来たのはヒットマンとしてだ。どうやらマフィアの実験体だった奴らがここに逃げたらしくてな。実験体だった恨みを十代目候補のお前に晴らそうとしているんだ」
「はンッ、で、だよ。
何でヒットマン様がわざわざ日本に来やがった。ピッツァやパスタ食いながらユニ伝いで指令を俺に飛ばせばよかったじゃねえか。
それとも何だ、まさか俺じゃあ敵わない相手だとか言わねえだろうな」
「そのまさかだ。少なくとも六道骸は死ぬ気弾も使えねえ小僧が勝負になる相手じゃねえ」
腹がたつ、頭にきた。
恐怖とかプレッシャーだとかが諸共に吹き飛ぶ。
予め調べてきた事前情報に、俺はナメられるのが嫌いってなかったのかよ。
確かに平和な国にいて、更に学生。本場イタリアンマフィアから見たらただのガキかもしれない。だけどな経験値なんて関係無いんだよ。気にくわない奴は相手が何であろうが打ちのめしてやる。
ふと脳裏を通り過ぎた映像は、長身の色男になったリボーンの姿。
果たしてそれは未来にて成長した姿か、遙か過去のモノか。
とにかくそれが合図だった。重要なのは見た目通りの赤ん坊じゃないこと。それ判れば遠慮なく、警戒を怠らずに戦える。
「死ぬ気弾なんか要らないって、その小せえ
「……こっちこそマフィアの強さ、
俺は格上に無策で挑むほど馬鹿じゃない。沢田綱吉という個体が無意識下で直感、学習してきた事が線を結び実像を型作る。
例えば学校で習った剣道。その初歩的な技術に摺り足というモノがあった。足裏を地面から極力離さず、相手の行動に対し瞬時に反射出来るようにする歩法。
例えば球技。バスケットボールやサッカーにはフェイントと呼ばれるモノがある。行動に自然と発生する予備動作を見て、こちらの行動を予測しようとする敵を欺く技術。
それらを直感したリボーンの意識の空隙に合わせる。
幾重にも掛けたフェイントにより隙が、それを逃さず距離を殺す。
縮地。
そう呼ぶに相応しい速さだった。
一秒を延ばし、距離を縮める。絶え間なく分泌されるアドレナリンで世界が遅延しスローになる。
重心が極めて滑らかに移動する。決定された軸足に体重かかる。
もう一方の脚で行われた掬い上げるようなトゥキックがリボーンの胴に吸い込まれていく。
────瞬間、天地が逆転した。
「────カ、ハァッ」
叩きつけられた身体。圧迫された肺から息が漏れる。
何が起こった俺に何をしたフェイントも縮地も攻撃も完璧だった相手の予測を裏切った筈だまさか見てから反応したのか。
リボーンの動きが見えすらしなかった。
どういう事だ、とあり得ない出来事に無数の疑問符が湧く。
「オメーのあだ名はダメツナで決定だな。
死ぬ気弾ってのは言わばガソリンなんだ。いくら最上級の乗り手を用意してもチャリじゃあ原付より速くは走れねえ。
これは競輪じゃなくてモーターレースだ。そもそもマシンが違う。勝てる相手はエンストした車がせいぜいだぜ」
俺には茫洋とした顔で聞くことしか出来なかった。
恭弥に勝って調子を取り戻して、また敗北か。しかも今度は言い訳もできない完敗。これじゃあ明智光秀を笑えない、三日天下にも程があるだろ。
だけど立ち上がらないと。負けたままではいられない。
「…………待てよ」
「何だ?」
「さっきの脱走者とやらを殺すの、少し待ってくれ。
リボーンに勝てないのはわかった。マシンの
「…………」
「骸って奴を踏み台にしてガソリンの入れ方を勉強する。そんでアンタと再戦して勝つ」
「…………成る程な」
オレ好みの展開だぜ、とリボーンの口角が釣り上がるのを見た。嫌な予感しかしない、気に入られるのは積極的に避けたかった。
でも後悔もしない。
己が矜恃の為なら何でもする。負けたままの無様な敗北者ではいられない。気に入らねえ奴は一旦そいつに降ってでも俺の道から除ける。
「じゃあオレはダメツナに未練、後悔でも作ってやればいいのか?」
ニヤニヤと問うてくるリボーン。
死ぬ気弾を使わない、使えない理由まで見通されている。この分ならきっと俺の返答まで見通されているのだろう。
気に食わない、全てを知悉し達観しているような顔がひたすら気に食わない。
「別にアンタから何かをして貰うつもりはない。ただ俺がそっちのレースに参加するのを待っていればいいんだ」
何だか柄になく熱くなれそうな気がする。
楽しく闘えるのなら恭弥、いい汗をかけるのは了平。けどリボーン相手なら人間らしくどこまでも感情的になれる。
嫌いな人間を潰したい。
たったそれだけの純粋な感情。
原初の闘争心が俺の中でそっと燃え始めた。