※pixivからの転載 絶対可憐チルドレンの世界観の、P.A.N.D.R.Aのある構成員と保護されたエスパーの話
▼pixivでの企画参加作品です

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世代の隔絶

 少佐は本当に年寄りなのだと、改めて実感する。渡された資料。クリップボードを片手に、特設室を見下ろす。

 白い部屋。目の前には、ひとりの少年が転がっている。ラテン系と思しき少年は、血と泥で汚れたぼろぼろの軍服を纏っていた。それが、戦時中の伊太利陸軍のものだとは、資料で知った事だ。やたらに詳しいそれは、「宙に浮いて」転がっている少年のプロフィールだ。苦悶の横顔。それは死に瀕した者が見せるものだ。そんな少年が、床から1m程浮いて倒れているのも異様だったが、最大の特徴は彼の顔にある。視線をやった。

 彼の眉間の3mm先。そこには銃弾が浮いていた。それは戦争映画。兵士が頭を撃ち抜かれる瞬間を静止したシーンを、そのまま三次元に持ち込んでいた。

『アスポーツ(テレポーテーションの一種)の暴走』

 端的な病名。治療法は不明。戦後60年以上に渡って、この「殺される瞬間の少年兵」の琥珀の彫像は保管されてきた。旧連合国の研究機関にあったものを「黒い幽霊」が拉致。その途上を掻っ攫ってきたのが、先日の自身の仕事だった。豪華客船の外からは波の音が聞こえる。椅子を引っ張り座る。琥珀の前に陣取って、それからはじめて溜息を吐いた。

 はじめからして無茶な命令だった。しかし殊にこの琥珀の彫像に関して、少佐は強硬だった。理由は明白だ。透視する為に手を触れる。まずは表面だけだ。深追いすれば知らない時間へ跳ばされる。極めて危険な彫像だ。思わずぼやきながら、サイコメトリーを発動した。

「こういう時にジェネレーションギャップを感じるんだよな。少佐もこの子も、どちらも戦争に利用された少年兵らしいけど」

 サイドボードに置いたクリップボード。それは「黒い幽霊」が、研究機関から持ってきたのを纏めて攫った資料だ。それを思い出しながら、自身は「解体」に取りかかる。数時間で終わる仕事ではないだろうと覚悟して。

 思えば、国に見切りをつけたのは何年前だっただろう。全く世慣れぬ男がひとり。赤子も同然の娘を連れてP.A.N.D.R.Aにやって来たのは、以前から勧誘を受けての事だ。この非合法組織は「エスパーが世界を支配する未来」を作る為に活動していると訊いていた。実態は不当な扱いを受けるエスパーを保護する慈善団体状態だと、育児片手間に紛争地帯を駆け抜けてはエスパーの子供を拾うようになってから気付いた。自身もその一環で声を掛けられていたらしい。子供の頃から国の特務エスパーとして働いていたのが当たり前で、それ以外の生き方を知らなかった。結婚相手すら、普通人とはいえ同僚だったのだ。

 世界大戦。あの最中で兵士として生きる事を選択した、せざるを得なかったというのはどんな気持ちだったのだろう。何の疑問も持たずに生きてきた自身には、少なくとも自ら選択した少佐とは異なり、どうやら脅迫が絡んでいたらしい、この琥珀の少年兵に意識を投じる。複雑な、あまりに天文学的な構造の琥珀をすり抜ける。こんなものまで透視したら頭が壊れるか、それこそどこかの時間へ跳ばされるだろう。

 ――着地する。

 刹那、足元が揺らいだ。驚いて辺りを見渡す。そこはこの少年兵の精神世界の筈だった。そしてその鮮やかな色彩に目を瞠る。

 ベニスだ。水の都のゴンドラ。燦々とした太陽が照りつける、美しい土地。そこは現代と変わらぬ美しさだ。南欧特有の彩りの家々に、耳の傍で立つ水音。青く緑に広がる水面。異様なのは、船はあれどヒトはおらず。自身が着地したらしいゴンドラには、黒い影のゴンドラ乗りが櫂を持っていた事だった――自身はそのゴンドラ乗りに、にやりと笑う。

「……運賃、お幾らかな」

 影は答えない。ただ、振り向いた顔を、前にやった。そして漕ぎ出した。

 直ぐ向こうには、橋が見える。立っているゴンドラ乗りですら潜れる程の高さの橋だ。それを思わず見上げると、再び光が包んだ瞬間。自分がいたのはどこかの戦場だった。

 

 こんなところにまで引きずり込まれてしまった。痛む傷。ぼろぼろの軍服と空腹を訴える胃。泣きたいのを堪え続け、既に涙は出ない。ただ自分の軍服を掴み、はいずり回った。

 この能力を利用すれば、テレポートの真似事は出来る。しかし既に、脳味噌が超能力の行使へ抗議を訴え続けていた。

 ――そもそも、自身はただの補給兵だった。任意の場所へ物体を運ぶ、尖った能力は寧ろ運用されにくいものだった。テレポーターならば引き寄せて運べるからだ。

 それを、誰が最初に思いついたのだろう。爆弾を敵地へ送り込むなんて!

(「アドリア海の死神」なんて、過剰演出にも程がある。そのくせ爆弾の質は最悪だからお粗末だ。意図しないところで爆発して、こちらに反動が返ってきた事もある。それでも効果があるとなると、一時に幾つも爆弾を運べ、撃った銃弾を運べ、兵士を運べ。要求は過剰になって。おまけに北伊太利まで引っ張り込まれた。本当なら南伊太利で今頃連合軍に保護して貰えたのに!)

 最早誰にぶつければいいかわからない鬱憤。その最中も銃撃や砲撃の音が聞こえてきて、頭に響く。ずっと、このところずっと、頭が痛かった。二日酔いよりもずっと質が悪い。いっそ酒を飲めば治るかと思う程の痛みは、まるで頭蓋骨を内側からくちばしで突かれているよう。いつ爆発するかわかったものではなかった。この頭痛の理由を察していたが、最早解消のしようはない。自身が戦うにしても逃げるにしても、超能力は使い続けなければならなかった。

 辺りには死体が散らばっている。伊太利兵の士気は低いと専ら評されるが、こと北伊太利にまで独逸に付き合った連中の死体はよく散らばった。

 自分はその死体の仲間入りはしたくなかった。だから逃げていた。既に戦線は崩れている。連合軍が直ぐそこまでやってきている。投降する暇もない。ひとまずは司令部に戻らないといけない。そして自分をここまで引きずり込んだ奴らをぶん殴りたくて仕方なかった。そんな力さえ、残っていなかったけれど。

 徴用に応じなければ、ベニスの家族がどうなるか。宿屋を営む実家で、ちょっとした忘れ物のお届けのサービスをしていたのが災いした――軍の人間に連れて行かれた日を忘れない。

 ただ、あの美しい街で、自分は過ごしていたかったというのに。なぜ自分は、実家に近いこの北伊太利で追い詰められているのだろう。

「――!」

 手榴弾が飛んできた。咄嗟にそれを「送り返す」。向こうから悲鳴が聞こえた。同時に英語が「こっちだ!」「あの超能力兵の小僧はこっちにいる!!」と叫ぶ。頭が重石をつけられたように痛く、四肢はふらつく。身を守る為に能力を使わなければ死に、使っても追い詰められる。パニックだった。完全に調子を取り戻した時ならば、向こうにいる連合軍を全てどこかへ追いやれるのに、今は水筒ひとつ程度しか運べない。

 足元不注意。それは突然やって来た。

 死体に蹴躓いた。それも勢いよく。地面を転がり、草むらに俯せになる。腹に地面の岩が当たり、噎せた。転がったまま咳き込む。そもそも、元は訓練も何も積まれていない子供だったのだ。

『見つけたぞ、小僧』

「……!」

 起き上がろうとして、腹を踏まれる。更に咳き込んだ。土煙の立つ戦場。どこかで銃声と爆発の音がする。頭痛のあまり歪んだ視界の中、連合軍の兵士が、自身に銃口を突きつけていた。

『お前の首には、安くはない懸賞がついてる。怨むんなら、自分の運命を怨め』

 死 に た く な い !

 

 吹き飛ばされた。

 

 

 

 気がつけば、白い部屋。椅子ごと床に倒れていた。

「……」

 頭を抑えると、後頭部が痛んだ。どうやら衝撃で吹き飛ばされて、そのまま床に頭を強打して失神したか。頭をさすりながら、自身が、失神する前と同じ部屋にいる事を確認した。

 真っ白な部屋。窓もないそこに、その琥珀はある。相変わらず、ぼろぼろの軍服を纏った伊太利人の少年が、今にも眉間に銃弾を貫通されそうになっていた。床を這いずる。サイドボードのクリップボードを拾うと、改めて、その資料に目を通した。

『この患者の超能力は本来は時間移動能力と推察される。それを表現しきれず、未熟なうちはアスポーツという超能力に現れた』

『極限状態に追い込まれ、患者は恣意的に自分の周りの時空間を固定した。これこそが不可視の琥珀を彫像した』

『観測ではこの患者は“軍服を纏った少年”であるが、三次元的性質、即ち時空間の経過を喪失している。患者の本体ないし意志は四次元以上にあると推察されるものの、観測は不可能』

『この患者は他の次元に干渉できる超能力者が現れるまで厳重に保管する』

「もしくは、患者本体に揺さぶりをかけて起こすしかないんだよな……」

 ものの見事にその交渉に失敗した自身は、頭を押さえながら顔を上げた。

 床に座り込んだまま見上げると、その「不可視の琥珀」は気絶する前と変わらないように見えた。今にも殺される少年を彫像したような、悪趣味な品。

 こういったところに、少佐や自身にジェネレーションギャップがあると感じる。

 少佐は生きて復讐を、この少年兵はただ生を望んだ。けれど自分は、死んでも構わないと思っていた。選ぶという事は生きる事に責任を持つ事だ。自分には、最初からそれがなかった。ただ、生まれたばかりの娘を置いていくには、あまりに不安だった。そして差し伸べられた手を取った。

(少佐はこういうヒトを放っておけないんだろう。俺も、娘共々、生きるという選択肢をくれたヒトの為でもあるし)

「……あんたの事は、絶対に無事に出してみせますから。死にたくなかったんでしょう」

 世代の隔絶はあれど、吹き飛ばされた時。死にたくないという気持ちに裏打ちされた望みを、自分は感覚の全てで受け止めたのだ。

 

 

 

世代の隔絶

 

 

 

 

 

 P.A.N.D.R.Aは大概が無国籍だが、最近になって伊太利人も入ったようだ。未成年なのはわかるが、委細は不明だ。能力はテレポートの一種のようで、白人の父娘連れとよく共にいて、娘の方をよくテレポートで飛ばしては、走って戻ってくるというのを繰り返していた。気軽に自身にも声を掛けてくる、非常に陽気な少年だった。

 

 

 

 

End.


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