1
それは正しく地獄と呼ぶに相応しい光景だった。
辺り一面に広がる赤。
酸化してどす黒く変色し始めたそれは、鉄の匂いと共にこの場を赤く、黒く染めていた。
白磁で整えられた宮殿は既に見る影もなく、周囲には用意周到に仕掛けられた魔方陣が起動し、空中にその文様を浮かび上がらせている。
かつての仲間と、その応援者だったものの末路。
その赤いただ中に、ローブを深く被った赤毛の女性と一人の青年が幼い少女を庇うようにして敵と相対している。
アジア人特有の黒髪に、西洋人のような青い眼と白い肌。
精悍な顔つきも、今は頭部に負った傷と、返り血で所々赤く染まっている。
白を基調とした服にはライトアーマーと呼ばれる軽めの鎧がつけられ、
彼が今、血に染まった状態でなければ、絵画や童話に描かれる騎士に見えたことだろう。
そして、それらの犠牲を払って尚、この手に握る少女を助ける事が出来ない事実が、彼を一層苦しめた。
「流石に、厳しく、なってきたわね」
隣にたつ赤毛の女性が行きも絶え絶えに、苦笑しながら呟いた。
生憎と、青年はそれに旨い返しをしてやる余裕もないのか、手に感じる温もりを、今一度しっかりと握りしめる。
「だが、それでも諦めるわけにはいかない」
呼吸を整え、自分に言い聞かすように青年は呟く。
「えぇ、わかってるわよ、そんなこと」
半ばやけっぱちに、反論をすると女性は、ふと、思い出したかの用にくすりと笑うのだった。
「どうした?」
「いえ、まさか、最後に残ったのが貴方と私だけなんて、出逢った当初は思いもしなかったってだけよ」
会話を続けながらも、敵を屠り、また一発、紫電が走ると共に一つの命が焼き切れた。
これでこのフロアにいたてきは全て倒したことになる。
だが、この静寂が束の間の休息となることは、遠くから聞こえる敵の足音で容易に想像できる。
「……そうだな」
「ねぇ、此所を無事切り抜けたら、朝まで飲み明かしましょう?」
「……それはいいな。勿論お前の驕りでだ。きちんと最後までつきあえよ?」
男の返事に、女性は驚いたような顔をして、すぐに破顔する。
「貴方がOKだすなんてね。これは何がなんでも生還する必要があるわね」
女性は明らかに無理をしている様子で、腰から紫色の水晶で作られた儀礼剣をこちらへ手渡してきた。
「ねぇ、こんな不確かなことするの、私のモットーに反するんだけど、本当に分の悪い賭けなんだけど、乗ってみない?」
その様子を見て、青年は彼女が何を言いたいのか理解した。
「あぁ、俺の命、お前に預けるぞ」
そう言って、青年はしっかりとその剣の柄に手をかけた。
1
泥の中をかき分けるかのような、酷いまどろみの中、誰かに優しく声を掛けられる。
ゆっくりと覚醒していく意識、そしてまぶたを開けると、そこにはクールな美女メイドが立っていた。
「ふふっ、おはよう御座います。貴方が起こされるまで寝ているなんて珍しいですね」
そういって微笑むと、寝室の空気を入れ換える為か、カーテンを開け、窓を開け放した。
「李さん、おはよう御座います。今日はなんだか寝坊してしまったみたいです」
乏しい表情でありながらも、見慣れている人からはしっかりと微笑んでいるという事がわかる。
もと暗殺者という過酷な過去を持ちながらも、それでもしっかりと人としての温かさをもっている
その姿は充分に好感が持てるものであった。
「いえ。いつもご自分で起きられていますから。たまには私にメイドとしての仕事をさせてくださいませ。ほら、ミクもおきましょう?」
そう李さんに促されて、俺の腕に捕まって寝ていたミクが目をこすりながらぐずっていた。
「それではミクを洗面所まで連れて行きますので、その間に支度を御願いします」
寝ぼけ眼のミクを腕に抱えると、子猫が母猫に甘えるようにミクはすり寄って安心したように再び寝ようとしている。
その様子をみて少しだけ複雑そうな顔をしつつも、李さんは嬉しそうに、慈愛に満ちた顔でミクを見ていた。
「李さん」
背を向けて歩き出した、李さんに声を掛ける。
「はい?」
「いつも有り難う」
いきなり呼ばれて何事かと疑問の表情を浮かべていた彼女だったが、その言葉の意味を理解すると嬉しそうに
破顔した。
「いえ、どう致しまして」
朝日に照らされ、子供抱えながら微笑む彼女の姿は、一枚の絵画のように美しかった。
今日は良い一日に成りそうだ。
◇◇◇
朝。
もうすでに日は上がり、廊下を慌ただしく人が行き交う音が聞こえる。
勿論、九鬼のメイドや執事に、廊下を不躾にはるものなどいない。
かりに何か用事があって走ったとしても、音すら立てるような序列のものはこのフロアまでいない。
それだというのに、私はまだ自室のベッドの中で毛布にくるまっていた。
べつに、眠気に負けたというわけではない。
どちらかと言えばその逆で、目が冷める前にみた夢に思いを馳せていた。
夢、というにはあまりにも血なまぐさくて、そして惹きつけられるものだった。
寝る前に読んだファンタジーものの小説のせいだろうか。
まだ起き上がってもいないというのに、自分の鼓動の音がうるさく聞こえる。
いつの間にか寝汗を搔いていたらしく、不快感が増す。
喉の奥が渇き、無意識のうちに流していた涙は乾いて跡が出来ている。
「なんなんだろ、ほんと」
朝一番の陰鬱としたものをシャワーで流し、私はひとり、部屋で着替えて朝食を取るために食堂へと向かう。
「おう、清楚じゃねーか。朝っぱらどうした?」
「あ、ステイシー。おはよう」
考え事をしながら歩いていると、従者の一人であるステイシーが声を掛けてきた。
艶のあるブロンドの髪に、ブルーアイという絵に描いたようなアメリカ人である。
スタイルもすさまじく、女性としては少し羨ましくも思う。
こんなに明るい性格の割りに、実は「血まみれステイシー」なんて異名がつくほどの激しい戦い方をする
傭兵だったらしい。
最初は年上だし、さんづけだったんだけど、本人が呼び捨てを望んだので仲良くなっていく内に
呼び捨て会うような関係になっていった。
「おう、おはよーさん。それでどうした?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、夢見が悪かっただけ」
おおざっぱに見られがちな彼女だが、その実とても繊細でもある。
現に、今朝私が少しテンションが低いだけで何かあったんじゃないかと気にしてくれる。
おおざっぱさと、繊細さが同居したそんな矛盾な性格だけど、それもまた彼女の魅力なんだと
最近では思えるようになってきた。
「あー、そう日もあるよな。わかるぜぇ、アタシもこの間、ふとした瞬間に昔の仲間のことを思い出しちまってよ。いっつも戦闘前に思い出を話したがる奴でよぉ。……はぁ、なんか話してたらだんだんと落ちてきたぜ」
私の言葉をきっかけにしてかステイシーはうずくまって鬱状態に入ってしまった。
それも朝の廊下、そのど真ん中で。
「え、ちょ、ちょっとステイシーってば」
あわてて、励ましながらも立たせようとするが、どうにもだだをこねる子供の様に動かない。
他の従者の人達は、”あぁ、またか”と蹲っているのがステイシーだとわかると何事も無く通り過ぎていった。
慣れというのは恐ろしい者であり、それでいいのかと思ってしまう。
それにしても、他の人はべつにいいとしてもマープルさんや、ヒュームさんにこんな所見つかったら絶対に
罰を貰うんだろうなぁ。
友達が、こんな事で罰を受けるのは心苦しいが、こうなった状態のステイシーは李さんとかじゃないと
立ち直らせるのが難しい。
「あれ、清楚に、ステイシーか?」
その声に、私はびくりと背筋をのばしゆっくりと振り返る。
そこには、夢で見た人物によくにた青年が気だるそうな雰囲気をだして、こちらを見ていた。
◇◇◇
ミクの寝癖が頑固で時間が掛かるとの連絡をもらったので、お言葉に甘えて先に食堂へと行くことにした。
といっても、この馬鹿でかい九鬼のビルである。
ゆっくりと歩いていれば、李さんなら充分に途中で追いつくだろう。
なにか特別な理由が無い限り、一緒に食事を取らなかったりするミクは拗ねるからな。
まぁ、こちらとしても家族であるミクに一人で食事させるというのはあり得ないのだが。
そんな家族の在り方について、思考を巡らせていると通路の真ん中でダウナーモードに入っているステイシーと、
必死に通路の端へステイシーを引きずっている清楚にであった。
この一見、典型的な文学少女であらそいや、アグレッシブなスポーツに無縁そうに見える美少女こそ、
今朝方、九鬼が世間へ公表した武士道プランの一端を担う希有な存在である。
過去の英雄達をクローンとして蘇らせ、先陣から今の日本人に足りないものを学ぼうというのが趣旨。
なのだが、正直、国家よりも豪華なんじゃないと思えるほどのシンクタンクを抱えておいて、こんな矛盾だらけの計画を発表するのだろうか。
っと、まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
話を戻すと、清楚はこんな見た目だが、武士道プランの申し子であり、はっきり言ってそこらの男よりも、
運動神経が良く、力仕事もとくいなのである。
そんな清楚を持ってして、てこでも動かないこのステイシーの謎パワーはなんなのだろうか。
「おはよう、クロード君」
慌てた様子を、すぐに引っ込めて、こんな状況でも挨拶を優先するあたり、清楚の真面目さが伺える。
「あぁ、おはよう。それにしてもやっぱり、ステイシーがダウナーモードに入ってたか」
「うん、全然動かなくて困ってたんだよ」
「しゃーないなー」
口でそんなことことをぼやきながらも、通路の絨毯の編み目を数え始めていたステイシーへ近づく。
「ほら、なにやってんだよ」
「ん?おー、クロウか。なにもやってねーよ、ただオチてるだけだ」
無気力そうにこちらをみやると、再び自分の世界へとはいっていく。
確かになにもやってないが、そういうことを言いたいのではない。
「いいから、ほら。着色料いっぱいのチューインガムやるぞ。歯磨き粉みたいなチューブに入った奴だ」
「……」
「それともあれか?ピーナツバターとゼリーのサンドウィッチか?」
「……それは、子供のランチかおやつだ」
「きらいなのか?」
子供扱いされてるとでも思ったのだろうか、すこし拗ね気味に行ってくるステイシーに疑問をぶつけてみる。
「好きだけど、よ」
「わかった、わかった。じゃぁ、今度の休みに俺がランチ作ってやるよ」
ランチという言葉にぴくりと反応して、期待を込めた目でこちらを見てくる。
捨て犬に餌をあげて懐かれたかのような、妙な罪悪感が芽生えそうだ。
「PB&J(ピーナツバターとゼリーのサンドイッチ)も?」
「イチゴとグレープどっちがいい?」
「もち、両方にきまってんだろ?」
その勢いある返事と共に、ようやっとこのパツキン巨乳メイドは復活した。
「あ、あの。そのランチ私も一緒していいかな?」
おずおずと手を上げてこちらを見てくる清楚。
「その、ちょっと興味があるんだ。ピーナツバターとゼリーのサンドイッチって」
私、好奇心を抑えられませんとばかりに、清楚が目を輝かせてこちらに来る。
「まぁ、清楚ならいいか。期待していいぜ、こいつの料理は本国のグランマだってかなわないからな」
「本当に?料理とくいなんだ?」
意外な事実とばかりに、清楚がこちらを関心してみてくるが、これはちょいとばかし誤解されている節がある。
「料理得意というと語弊があるんだが……」
「ん?どういうこと?」
俺の言葉に小首をかしげて見せるこの美少女。
あざといくらいの反応だが、これが天然であるのが凄い。
「つまり、料理というよりは、何かを混ぜる、大量に煮込む。焼く、切るといったおおざっぱな者は得意なんですよ」
「私、クーの作る料理すきだよ?」
いつの間にか、追いついてきた李さんとミクが話を聞いていたのか、そんな評価を下してくる。
「つまり、こいつに複雑な料理を任せると並以下だが、まかない料理や、手抜き料理、単純なカレーやスープなんか
作らせると、妙に美味い味をだすんだよ。まぁ、シェフには慣れないが、行列の出来る屋台の店主くらいならいけんじゃないか?」
続いて、騒ぎを聞きつけたのかあずみさんが腕を組みながら、こちらを不適な笑みで見つめながら微妙な評価を下す。
「なんか、けなされてるのやら、ほめられてるのやら」
「ばーか、褒めてんだよ。ステイシーは気に入る料理だってな」
それって暗にアメリカの料理は大味っていってないか?
「あんなこと言われてるぜ、アメリカンギャル」
「ま、たしかにちげーねーわな。日本にきてそこら辺は身に染みたわ」
ケケっと犬歯を覗かせて笑う。
数分前まで、絨毯の編み目を数えて根暗なオーラをまとっていたとは思えない豹変ぶりである。
でも、まぁ、前までは半日はダウナーモードだったわけだから、少しはマシになってるってことなんだろう。
躁鬱の激しい友人の事で思考に耽っていると、とうの本人は、意気揚々と先陣を切って食堂へと向かい始めた。
「まぁ、そういうことなんで、皆さん、今回はおとがめなしで御願いしますね」
「はぁ、まぁしゃーねーわな」
上司であるあずみさんも一応納得してくれたので、自分も漸く食堂へと向かうことが出来る。
なんで朝食を取る前にこんなに疲れなきゃ行けないのやら。
やれやれと、頭を搔くと、こっちへ手を振るミクの元へ小走りに駆けていった。
◇◇◇
川神学園2年F組
九条蔵人(くじょう くろうど)
九鬼家居候にして
――”元”異世界の勇者。
この物語はとある叙事詩の後日談であり、語られざる伝説の続き。
世界を救った一人の男と、一人の少女が織りなすありきたりな日常を描く物語である。
お初で御座います。
今回ふとした妄想が暴走し始めたので、真剣恋の連載をスタートしました。
ヒロインは未定ですが、あまり本編では無かったような人物同士の関係や絡みを出せたら面白いかなと思ってます。
いきなりの話の癖に、いっこうに話も進んでおらず、プロローグにすらなってないような日常風景の、それも朝という短い間の一コマ。
まぁ、こういった時間がこの主人公には大切なことなのだと思って頂ければ。
たまに暇つぶしに読む程度のものとしてどうぞー。
それではぬるりと、連載スタートです。