その日の夜、南目輝と蒲生亮太、そして伊能剛史の三人は、大阪北部の箕面市にある森岡の自宅マンションに泊まることになった。翌日に控える東京入りの打ち合わせと、不測の事態に備えてのものだった。連絡を受けた山尾茜もロンドをちいママに任せ、午後十時には姿を現した。
南目から詳細を説明された茜は、しばらく思案顔を見せていたが、誰もが坂根好之の身を案じているのだろうとしか思わなかった。
「皆さん、食事は済ませたの」
「コンビニ弁当で適当に済ませた」
茜の気遣いに森岡が答えた。
「じゃあ、コーヒーでも入れましょうか」
「すまん、頼むわ」
茜がキッチンへと向かったところで、南目が、
「しかし、他に何か打つ手がありませんかね」
ともどかしそうに口を開いた。
「相手の要求は金のようですし、余計なことはしない方が良いんじゃないでしょうか」
「監禁、恐喝の証拠が丸残りだから、よもやということはないと思うが、南目君の言うように、万が一の保険があるに越したことはない」
自重を促した蒲生に対し、伊能が南目に同調した。
彼には腹案があった。
「内々に、平木さんに相談したらどうでしょう」
平木直正も警察の人間だが、捜査という意味ではなく、人脈を当てにしての発言である。警察庁最高幹部の平木であれば、表社会の人間だけでなく、裏社会に大物の知人がいても不思議ではない。言うまでもないが、癒着という意味ではない。
「私も頭に浮かびましたが、虎鉄組の真意がわからない以上、やはり警察の人間に頼るのは止めましょう」
「といって、神村先生はじめ偉いお坊さんらも畑違いだし、松尾会長にも頼らないのでしょう」
南目が森岡を覗き込むようにして訊いた。
ああ、と応じた森岡は、
「政治家も俺が直接知り会った人物はおらんし、今度ばかりは人を頼るわけにはいかん」
「じゃあ、このまま手を拱いているしかないのか」
南目が落胆の声を発したとき、森岡の語調が変わった。
「一つだけ手立てがないこともないが……」
と口籠もったのである。彼にしては珍しいことだった。
「もしかして、あれですか」
「茜さん、あれって何ですか」
コーヒーを運んできた茜に、南目が飛び付くように訊いた。
「私の口からは言えません」
茜の目は、森岡に問えと訴えている。
「社長、何かあるのですか」
「有るような無いような」
森岡は、らしくもない曖昧な言葉を繰り返した。
「果断が信条の、森岡さんのこのように煮え切らない態度を私は初めて見ました。余程のことなのでしょうね」
「いや、この事態を打開するのに有効な手段なのかどうかがわからないのです」
伊能に応じた森岡に、
「もう少しわかるように説明してもらえませんか」
と、南目が懇請した。
森岡は一瞬間を置いた後、
「実は、灘屋には代々の家宝があるのやが、父の遺言として、俺の身体が窮まったときに用いよ、とあったんや」
と園方寺での経緯を述べた。
「家宝……」
「そういう話ですか」
当てが外れたような声を出した伊能と蒲生に対し、南目が口を尖らせた。
「社長の生家灘屋はあの界隈一の権力者でしたから、相当なものだと思います」
「南目君、誤解しないで下さい。私は家宝の値打ちを見縊ったのではないのです。ただ、今の森岡さんは金ならどうにでもなるわけですから」
と取り繕った伊能に対し、
「伊能さんこそ誤解しています。私も家宝の金銭的値打ちのことを言っているのではありません。当時の灘屋は、地元の政財界とも深い繋がりを有していましたので、どこにどのような人脈が拡がっているとも限らない、ということが言いたかったのです」
南目は伊能に真意を告げると、森岡に視線を移し、
「今回社長は、神村先生や松尾会長などを介した仲介を避けておられます。それは、今後の交誼に及ぼす悪影響を懸念されてのことでしょう。しかし灘屋の人脈であれば、誰に憚ることなく頼ることができるのではないでしょうか」
家宝を確かめよと催促した。
「洋介さん、今度の相手は暴力団、しかも霊園地買収で神栄会と対峙したときとは状況がまるっきり違います。私もここはお父様や御先祖様の仰る正念場だと思うわ。ここは南目さんの言葉に従ってみてはどうですか」
茜も優しく背中を押した。
森岡は大きく息を吸い込み、
「よっしゃ、御先祖様と対面するか」
と宣言するように言って、神棚のある部屋に入った。
森岡はまず両手を合わせて神前に拝礼すると、四方を拝み始めた。これは「四方拝(しほうはい)」といって、元旦の早朝、今上天皇が四方の諸神を拝されるのに倣ったもので、神村正遠から教わっていた。
森岡は、神村を神とも仏とも敬う一方で、神仏自体への信心は薄いように見えるが、実際は祖母ウメの影響で、神仏に対する畏敬の念は深かった。事実、彼は物心が付くと、誰に言われたのでもなく、朝夕には仏壇と屋敷内に祭ってある地蔵菩薩に線香を手向けるようになった。
森岡は神棚に置いていた書箱を手に取ると、風呂敷の紐を解き、ゆるりと蓋を開けた。中には封筒が入っており、その下に袱紗包みが見えた。袱紗に包まれていたのは家紋入りの小刀だった。
森岡は、封筒の中の手紙を取り出して開いた。
洋介、お前は今何歳なのだろうか。
父は熟慮の末、この書箱を園方寺の道恵方丈様に託し、二十歳になったら渡して貰えるよう依頼したが、お前は成人したのだろうか。
洋介、父はまずもってお前に詫びなければならない。母のことは申し訳なかった。お前から母を奪ったのはこの父で、母には何の罪科はない。父は心が弱かった。私の父、お前にとっての祖父の名が重荷だった。あまりに偉大過ぎる祖父の業績が重石となって父の心を悩ませた。
父はその鬱積の捌け口として酒を頼り、諌める母に暴力を振るった。全ては父が悪いのだ。もしお前が母に対し屈託があるのなら、それは全て父のせいである。お前も大人になっているだろうから、母を許してやって欲しい。
また十一歳のお前を残し、先立ってしまうことも許して欲しい。母が去り、祖父が亡くなり、そしてまた父が消え行く悲しみを背負わせてしまった。お前の悲しみはいかばかりかと、想像するだけで心が痛む。
灘屋にしても祖父、父と相次いで亡くなったからには、これまでの威光は嘘のように凋落したことだろう。本来であれば、父が護りお前に引き渡すべき灘屋の財産も大きく目減りしたことだろう。むろん、金銭や土地のことを言っているのではない。お前に引き継ぐべき人脈はその多くが途絶えているに違いない。これもまた許して欲しい。
さて、このような不甲斐ない父とは関わりなく、灘屋には一つだけお前に渡すべく宝が残っている。それが袱紗に包んである小刀だ。この小刀はお前から八代前の当主が、松江藩の国家老奈良岡真広様から拝領したものだ。拝領の理由は、灘屋の七代前の当主が奈良岡様の実子であることを証明するためだ。
当時、釣り好きの奈良岡様は、度々浜浦を訪れ、灘屋の当主と連れ立って磯釣りや船釣りを楽しまれたということだ。その際の宿泊先も灘屋だったのだが、あるとき奈良岡様は当主の娘に手を付けられた。やがて、男子が生まれたのだが、ある事情からその男子が七代前の当主になった。つまり、灘屋と奈良岡家は縁戚筋ということなのだ。
お前にすると、そんなことかと思うかもしれないが、実はこの奈良岡家は偉大な人物を輩出しているのだ。その方々を含め灘屋の人脈を別紙に記しておく。ただ、昭和四十八年現在のものであるから、お前がこれを読んだときには、亡くなられたり引退されたりしているかもしれない。それでも、お前がここぞというとき、頼りになる人物が残って居られると思う。頼ればきっと力になって下さるに違いない。
最後に、この事実は灘屋の後継にのみ引き継がれる秘事である。後年、お前が嫡子に譲るとき、その旨をもって引き渡して欲しい。言うまでもないが、その真意は他者に頼り過ぎることがないようにするためだ。出来ることならばお前もそのように生きて欲しい。
洋介、人生は長いようで短い。精一杯、お前の思うように生きろ。
父より
父の手紙を読み終えた森岡は、同封してあった別紙を開いた。
そこには十三名の名が記載してあった。
奈良岡真篤 (奈良岡本家・陽明学者)
奈良岡正種 (奈良岡分家・帝都大学大学長)
奈良岡正憲 (奈良岡分家・松江市長)
堀部 真快 (真言宗・大阿闍梨)
服部 忠之 (三友銀行・頭取)
宮永 秀人 (菱芝商事・社長)
西条慶治朗 (山村証券・社長)
安宅 一 (住川不動産・会長)
篠崎 哲弥 (大日本製鉄・社長)
長倉 壮 (東亜電気・社長)
竹山 中 (国会議員)
唐橋 大紀 (島根県会議員)
設楽幸右衛門基法(山陰興行グループ総帥)
奈良岡真篤氏は稀代の大学者である。このお方に関して詳細に記すことは避ける。自分調べてみなさい。この奈良岡真篤氏と堀部真快大阿闍梨様は実の兄弟である。真快大阿闍梨様は、いずれ座主に上られるほどの高僧であり、まさに昭和日本の精神的支柱であられる御兄弟であろう。
服部、宮永、桐生、安宅、篠崎、長倉各氏は、それぞれ日本を代表する企業のトップであるが、皆様は奈良岡真篤氏を師と仰がれている方々だ。直接お会いすることは出来ないかもしれないが、奈良岡氏にお願いすれば、助力願えるだろうと思う。
竹山、唐橋、設楽の三氏は、灘屋と直接の交誼があった方々である。遠慮なく相談すると良い。
ああー、と森岡は大きな溜息を吐いた。
十三名の中で唯一面識のあった奈良岡真篤は、すでにこの世になかった。奈良岡の生前、神村に同道して何度も飲食を共にし、何かあれば相談に来いとの言葉を貰っていたが、今となっては空手形に終わった。
財界のお歴々も、四名が逝去しており、存命と思われる西条と長倉も高齢により現役から身を引いていた。
堀部真快大阿闍梨が存命なのかどうかはわからないが、いずれにせよ宗門に助力を仰ぐ気はなく、残る灘屋人脈のうち、竹山中と設楽幸右衛門基法は死去していた。
僅かに可能性があるのは唐橋大紀であった。
唐橋大蔵の実子である大紀は、県会議員から衆議院議員に転身し、今は政権与党の大幹部になっていた。大紀は、祖父洋吾郎の葬儀に出席していた記憶があったが、同時に竹山中との因縁も父洋一から聞かされていた。
もし、父大蔵に対する洋吾郎の仕打ちにわだかまりを持っていれば、大紀は会ってさえくれないと想像できた。
何にせよ、洋一が遺言したのは洋介が十一歳、四半世紀も昔のことである。あまりに長き歳月が経っていた。
森岡は、神棚のある部屋を出てリビングへと戻った。
固唾を呑んで待っていた一同は、森岡の様子に、成果なしとの思いを抱いたが、それでも南目が、
「家宝とはどのようなものでしたか」
と訊ねた。
「灘屋の人脈が記載された書類があった」
「その中に目ぼしい人物はいませんでしたか」
伊能も一縷の望みを抱いて訊いた。
「残念ながら、父が残したのは二十五年も前のことです」
森岡の言葉の意味を皆が理解した。
「差し支えなければ、見せて頂けませんか」
伊能の催促に応じ、森岡は人名の記載された書類のみをテーブルの上に置いた。
茜も含めた四人は食い入るように見詰めた。
「奈良岡真篤って、あの?」
と、まずは伊能が驚嘆の声を上げた。
森岡は奈良岡家と灘屋の因縁は秘匿し、自身も神村を通じて面識があったことを告げた。
「奈良岡真篤って、そんなに凄い人だったんですか」
南目が曰く有り気に訊いた。
「森岡さんを差し置いて私が説明するのも憚れますが、まず日本の歴史上でも五指に数えられる大学者でしょう。また、語弊がありますが、時の権力者に影響力があったという点では道鏡や天海と比較しても遜色がないと思います」
道鏡は奈良時代の法相宗の高僧、天海は徳川家康の側近で、共に時の政権に大きな影響力を及ぼしたと言われている。
伊能の力説を肯きながら聞いていた南目は、
「神村先生は、そんな凄い人の信頼を得ていたのでしょう」
と、森岡に水を向けた。
「信頼どころか、後継者として認められていた」
「ということは、神村先生は奈良岡真篤氏の人脈を引き継いでおられるわけですね」
南目の口調に、その意図を見抜いた森岡は、
「だから、先生には迷惑を掛けられないんや」
と語気を強めた。
「せやけど、兄貴の、いや好之の正念場やないか」
南目が憤然と言った。彼にとっても坂根は可愛い弟分なのである。
まあまあ、と南目を宥めた伊能の視線が、先刻から一人思案顔の蒲生亮太に定まった。
「どうかしたのか」
「はあ、いえ」
蒲生は曖昧に返した。
「何かあるのなら、この際だ、遠慮しない方が良い」
そう言って伊能は、同調を促すため森岡を見た。
蒲生は森岡が頷いたのを見て、
「差し出がましいようですが、唐橋大紀に会うことはできませんか」
と遠慮がちに言った。
「唐橋か……」
森岡は眉を顰めた。祖父洋五郎と唐橋大蔵との関係を知っているからである。
「何か策があるのだな」
意を含んだ物言いに伊能が先を促した。
蒲生が小さく肯く。
「八年前の金塊事件を覚えていらっしゃいますか」
「当時の阿久津首相が、ある政商から十億円相当の金塊を受け取ったとして、右翼団体が連日街宣活動をして話題なった事件だな」
伊能が訳知り顔で言った。彼は元公安警察官である。外事担当で右翼や暴力団は畑違いだったが、それなりの情報は耳にしていた。
「執拗な抗議行動に、阿久津首相もずいぶん頭を痛めていたな」
「辞意を固めたと聞いています」
「確か、裏で右翼の街宣活動を指示していたのは、宗光賢治(むねみつけんじ)だったな」
「宗光って、右翼の首領と言われているあの宗光ですか」
「その宗光です」
南目に答えた伊能は、
「それがどうかしたのか」
と急かした。
「いっこうに収まる気配のなかった街宣活動がピタッと止まったのは、唐橋大紀の功績かもしれません」
「本当か」
「私がSPに配属されてまもない頃、先輩から聞かされました。先輩は当時、阿久津首相の警護に当っていたのですが、あるとき官邸に唐橋大紀が呼ばれ、何事が密談したそうです。官邸を出た後の唐橋の行動はわかりませんが、翌日から街宣活動がピタリと止んだのです」
「それだけでは確証とは言えないだろう」
いいえ、と蒲生は自身有り気に首を横に振る。
「その先輩は、阿久津首相が『唐橋は案外頼りになる』と言って、破願したのを目の当たりにしています」
「そういうことなら、唐橋の手柄の線が強まるな」
なによりも、と蒲生が続ける。
「その後の唐橋の出世ぶりは、異常とは思いませんか」
暫し沈思した伊能は、
「なるほど、言われてみれば」
と唸った。
唐橋大紀は父大蔵の地盤を継いだものの、なにせ島根の首領である設楽幸右衛門基法の後ろ盾を持つ竹山中と地盤が重なっており、とうてい太刀打ちできなかった。他の地盤を狙おうにも、政権与党の重鎮ばかりが揃う島根では付け入る隙がない。
そのため、一旦県会議員に身を置き、時節到来を待つ方針に変えた。
その彼が衆議院議員に初当選したのは、大蔵が政界を引退してから二十年後、竹山中の急逝に伴う補欠選挙であった。このとき唐橋は五十七歳、国会議員としては実に遅咲きである。
ところが、である。
それから五年後、当選回数が幅を利かす世界にあって、三回当選の唐橋大紀が閣僚に抜擢されるや、あれよあれよという間に最大派閥の幹部に駆け上がり、今や領袖の後継候補として名が上がるまでになったのである。
国会議員になって僅か十年しか経っていないのにも拘わらずである。いかに、党の大幹部だった父を持つとはいえ、異例中の異例であった。
蒲生は言外に、彼の後ろ盾が阿久津元首相ではないかと訴えているのである。
「宗光賢治は虎鉄組の鬼庭組長の兄貴分です。この筋は使えませんか」
と、森岡に水を向けた。
「お話自体は信憑性があります。ですが、唐橋は私に力を貸すどころか、門前払いを食らわすでしょう」
森岡は否定的に応じた。
「それはまた、なぜ」
「唐橋大紀の国政進出が遅れたのは、私の祖父が原因なのです」
森岡は祖父と唐橋大蔵、そして設楽幸右衛門基法、竹山中との因縁を明かした。
「唐橋大紀は灘屋を恨んでいるということですか」
蒲生があからさまに肩を落とす。
「そのように考えるのが常識的でしょうね」
森岡がそう言ったとき、
「馬鹿を言ってんじゃないわよ」
背後から茜の苛ついた声が浴びせられた。
「馬鹿って、茜……」
と振り返った森岡は、彼女の憤怒の目に思わずたじろいだ。
菊池龍峰の捨て身の策に瀬戸際へと追い込まれながら、総務藤井清堂との面談を逡巡したときと同じ轍を踏むのか、と糾弾しているのだ。
ごくりと生唾を飲み込んだ森岡は、
「連絡を取るだけ取ってみましょう」
と携帯を手に取り、叔父の森岡忠洋に掛けた。
――さすがの兄貴も茜さんには適わないのか。
南目は森岡の耳に届かないように呟いた。
彼の嘆息はこの世の真理であろう。
古今東西、いかな偉人、傑物であろうと、男は女に頭が上がらないようにできている。いかなる英傑をもってしても、越すに越されぬ関所が美女、つまり妻女や恋人だという通説もあるほどだ。すべからく女の股の間から生まれ出ている男が、いかに偉そうにしたところで、手のひらの上で踊らされているに過ぎないのだ。
むしろ大成する男は、その真理をわかっていて、自ら積極的に踊るような度量の持ち主なのだとも言える。また逆説的に言えば、男をそのような気持ちにさせる器量の女と出会わなければ、出世は覚束ないということであろう。
松江市役所勤めの森岡忠洋ならば、少なくとも唐橋大紀の地元事務所の連絡先は知っているのではないかと期待してのものだったが、はたして彼は唐橋個人の携帯電話の番号まで知っていた。
竹山中が急逝してしまったため、陣営には後継者が育っていなかった。唐橋大紀はその間隙を突いて、地盤奪回を画策した。その結果、島根半島界隈の大半を取り戻すことに成功していたのだが、それに尽力したのが叔父の森岡忠洋だというのだ。
むろん、忠洋は地方公務員であるから、表立って行動することは憚れたが、彼の意を受けた門脇修二が表で、足立万吉、万亀男父子が裏で精力的に取り纏めたというのである。
森岡は森岡忠洋に事前の連絡を入れてもらい、首尾よく唐橋大紀との面会を取り付けた。
その日の深夜二時頃、けたたましい警察車両のサイレンが箕面の高台に鳴り響いた。この突然の異変に、森岡が住むマンションを窺っていた二人の男は動揺した。
サイレンの音は男たちの耳に大きくなっていった。どうやら、自分たちのいる場所に向かって来るらしいと察した男たちは、一旦持ち場を離れ、警察車両との遭遇を避けた。
数分後、警察車両は森岡の住むマンション前に到着した。中から顔を出したのは、伊能剛史と交流のある大阪府府警捜査四課、第三係係長の佐古警部補である。佐古は部下に付近の警邏を命じた。
この騒動の間隙を縫って、二台の車が箕面の高台を離れた。佐古はしばらくその車両を追尾していたが、名神高速に入る手前で引き返した。
覆面パトカーに代わって一台の車が、森岡らとの車間を詰めた。九頭目ら神栄会の影警護車である。森岡は事前に、隠密裏に東京へ向かうと告げていた。
「今頃、馬鹿共はマンションを見張っているのでしょうね」
南目が嫌味をたっぷり込めて言った。
「東京で撒くのは難しいやろうからな。佐古さんには面倒を掛けた。帰ったら礼をせにゃならんな」
茜が持たせてくれたホットコーヒーを一口飲みながら森岡が答えた。
元公安警察官だった伊能と元要人警護をしていた蒲生は、森岡の行動を見張っている男たちに気づいていた。近所のコンビニへ行く振りをして、何気に周囲を探り、東京ナンバーの車の存在を認めていたのである。
虎鉄組との交渉だけであれば気に留めることもなかったが、唐橋大紀との会談は極秘にしておく必要があった。虎鉄組に手の内を知られないためである。
そこで、伊能は佐古に協力を仰ぐことにした。事情を聞いた佐古は自宅から府警本部に出勤し、重要なタレコミがあったとして、部下を引き連れ箕面に出向いたのである。ちなみに、いわゆる「ガセネタ」は頻繁にあることで、佐古は取捨を選択する立場にあった。
一方で皆を見送り一人マンションに残った茜は決意の顔で携帯電話を手にした。