一九九九年の正月は賑やかなものになった。
故郷島根の浜浦で漁師をしている従兄の門脇修二が、大量の冷凍紅ズワイガニとイカを送ってくれたので、森岡が昨年中断した新年会を自宅で催したのである。
部長以上の役職に加え、英国勤務となった萩原勉と宇都宮史雄を送別の意味を込めて特別に招待していた。むろんのこと、宗光賢一郎は「カバン持ち」という付き人であるから、プライベートな時間以外は付き従っている。
山尾茜の姿もあった。彼女にとっても森岡と過ごす初めての正月であったが、その接遇には貫録を漂わせていた。茜に加えて、ロンドのホステスの中から六名が参加していたので、賑やかさの中に華やいだ色が加わった新年会となった。
そしてもう二人、石飛将夫と鴻上智之も招待していた。幹部社員との親睦という森岡の配慮であった。
石飛将夫の加入は、森岡が密かに描いていたもう一つの計画遂行に大きく寄与するものだった。
その計画とは仕手戦である。
仕手戦とは、株式相場において仕手と呼ばれる投機家同士が売り方と買い方に分かれて売買を繰り返し、利益を得ようとする状況のことをいう。能や狂言において、「シテ方」が役により面を被ることから、正体不明の存在として仕手という名が由来している。当然のことながら、巨額の資金が必要であり、とどのつまりは資金量の豊富な方が勝利する確率が高い。
森岡は、総額で五百億円程度の現金を集める腹積もりだった。
そこで、まずイの一番に松尾正之助の許を訪れ、百億円の借金を申し込んだ。担保はウイニットの持ち株である。森岡は七千株所有していたが、そのうちの三千株は上場時に売却する予定で、すでに関係各位と調整に入っている。したがって、森岡が自由にできる株数は残りの四千株であった。
森岡にとってはなけなしの株であり、もし借金の形に取られてしまえば、ウイニットは森岡の会社ではなくなる。しかも、ウイニットの市場価値は、高騰したとはいえ、一株あたり三百万円程度であり、担保価値は百二十億円にしかならなかった。株式の担保価値は時価の七割から八割程度であるから、上場後のさらなる値上がりを見込んで、ようやく担保として有効といったところである。
しかも、ブックメーカー事業資金として、すでに百億円を松尾から借り入れていた。茜への生前贈与という意味合いだったが、いずれにしても世間の常識で言えば、無茶な申し出に違いはない。
ちなみに、五百億円というのは他の一般的な仕手筋と比較しても多い方である。
現金が五百億円あれば、投資額は一千億円から最大一千五百億円が可能となる。買った株を担保にして日本証券金融から資金を借りることができるからだ。これを信用取引といい、相場の過熱感により担保利率が決まっている。
バブル崩壊後、株式相場は下落の一途を辿っていることもあって、現在の担保率は三十パーセントだった。つまり、単純計算で三百億円を担保にすれば、一千億円が借りられるということである。
しかし、これには箍が嵌められている。六ヶ月以内に清算の義務があることだ。期日が来れば、たとえ含み損があっても決済しなくてはならない。また、借金しているわけだから当然利息が付く。手数料や金利分を上回る利鞘が稼げるかどうかということになる。
そして最大の留意点が二つ。
一つは、たとえば買い方に回った場合、株価が値上がりすれば担保価値が上がることになり、貸付枠は広がるが、値下がりして担保価値割れした場合は、「追証」といって不足分の担保を差し出さなければならないこと。売り方はその逆である。
もう一つは、相場が白熱すると、一般投資家の保護の名目で過熱感を下げるため、保証利率の引き上げや一定の現金を求める措置が講じられるということである。したがって、ある程度の資金的余裕を持って相場に当ることが肝要だった。
森岡は、松尾から百億円の融資を受ければ、それだけで最低でも二百五十億円程度の相場を張れると考えていた。
松尾正之助の個人資産は、一兆円は下らないと目されていた。そのうち、七千億円は創業者の特権ともいえる自社株の時価総額である。残りの三千億円のうち、二千億円が土地と中心とした不動産、国債、他社株、金などで、残りの一千億円が現金とみられていた。
ただ、これは最低限の見積もりであって、実際は少なくても数十パーセント、多ければ倍近い資産を所有していると思われたが、それでも松尾にとっても百億円というのは軽く扱える額ではない。
「何に使うのか聞いておこうかの」
松尾は瞑目したまま訊ねた。
「株式相場に手を出そうと思います」
森岡は正直に言った。松尾相手に駆け引きは禁物である。
松尾は首を捻った。
「なんぞ、金が必要になったのか」
百億円を元手に相場を張ろうというのである。森岡がそのような大金を必要としているとは承知していなかった。
「いえ。金儲けが目的ではありません」
「なんだと」
珍しくも松尾が瞠目した。株式相場に手を出しておいて、金儲けが目的ではない、とは道理に合わない。
「ほう、では買占めか。どこか手に入れたい企業でも見つけたか」
「いいえ。それも違います」
「うむ」
と、松尾はさらに困惑顔になった。
「降参しよう。いったい、お前の目的は何かの」
「勅使川原公彦の資金を収奪したいのです」
「勅使川原公彦……確か、立国会の会長だったな」
「そうです」
松尾は暫し沈思した。
「そうか。彼の金が今後も神村上人の妨げになるのじゃな」
「……」
森岡は黙って肯いたが、これは嘘である。栄覚門主と勅使河原公彦は一枚岩ではなかったし、枕木山の水晶鉱脈が採掘されれば、栄覚門主が勅使河原を頼ることは無いと思われた。
だが松尾に対して、坂根好之を拉致され、身代金を搾取された意趣返しをするのだとは言えない。
「それで、どうするのかの。勅使川原が売買している銘柄に相対相場を張るのか、それとも罠を仕掛けるのかの」
松尾は冷たい目で訊いた。
立国会及び勅使河原の個人色の強い宗教団体である勅志会が、その資産を株式で運用しているのは周知の事実だった。そこで、手掛けている銘柄の反対の相場を張る、つまり相手が買いであれば売り、売りであれば買いを手掛けるのである。しかし、それでは大きな損失を与えるまでには手間暇が掛かってしまう。そこで手っ取り早いのは「仕手戦」ということになった。
「仕手戦に持ち込もうと思います」
森岡が決然と言い放った。
「勅使河原に仕手戦を挑んで勝てる勝算はあるのか」
松尾の口調は疑念を含んでいた。それもそのはずで、立国会と勅志会を合わせたの総資産は、少なく見積もっても三兆円を上回ると目されていた。その大半は不動産価値であるが、現金と株式や債券といった現金性の資産も五千億円近くあった。
むろん、いかに会長の勅使河原といえども、独断でその全てを仕手戦に投入することはできないが、二割の一千億円程度であれば可能と見なければならない。松尾からの融資に成功しても実に十倍の多寡である。仕手戦は、資金量の豊富な方が有利という常識に立てば無謀な挑戦であった。
「ご懸念は重々承知しております」
森岡は目を逸らさずに答えた。
「何か策があるようだの」
「まだおぼろげですが、会長に融資をして頂ければ、必ずや」
勝利して見せると言った。
森岡の目に決意の程を確かめた松尾が、
「わしは天真宗内の権力闘争になど全く興味はないが、お前には興味がある。とはいえ、わしも商売人じゃでの、損をするのが一番嫌いじゃ」
と言ったところで厳しい顔つきに変わった。
「百億は貸してやろう。期限は玉(ぎょく)拾いの時間もあるじゃろうから、そうじゃの、二年で良かろう。利息は年率三パーセントだ。ただし、期日までに返済できなかったときは、お前の身柄を拘束する」
「……」
「三年間、わしとこで働き、返済不足分を儲けさせろ」
と言った松尾の顔が緩んだ。
「もっともお前のことじゃ、一年も掛からんじゃろうがの」
「承知しました。宜しくお願いします」
森岡は立ち上がって深く腰を折った。
玉拾いとは株の仕込みのことである。
仕手戦を仕掛けるためには、一定数の「玉」、つまり株を手にしておく必要がある。しかし、いきなり巨額の資金で買い求めれば、株価は高騰するし、正体も明かすことになる。
したがって、長い時を掛け、あるときは数万株単位、また出来高によっては数千株単位で地道に安値で拾って行くのである。
松尾は秘書に命じて、松尾電機現社長の日下部(くさかべ)と常務の松尾正博(まさひろ)を呼ばせた。
正博は正之助の長男で、日下部の後の社長と目されている人物だった。
会長室にやって来た二人に松尾が森岡を紹介した。
「この方が噂の森岡さんですか」
「松尾技研と業務提携する会社ですね」
正博と日下部がそれぞれ言った。
「今後、宜しくご指導下さい」
森岡は謙ってお辞儀をした。
「正博、わし個人の金、百億を彼に貸すことにした」
「そうですか」
正博は少しの動揺もなく言った。
彼は、父の破天荒な人生を知っている。桁外れの商売上手なのを知っている。また、滅多なことでは他人に金を貸さない、言わば吝嗇(ケチ)な人物だということも知っている。その父が百億円などという大金をこの若者に貸すという。それはどういう意味なのか瞬時に理解したのである。
「担保はの、ウイニットの四千株じゃ。担保としては不足だが、返済ができない場合は高技術の会社が手に入るでな、悪い話ではないぞ。それに、彼には三年間、最低賃金で働いてもらうことで話が付いた」
「森岡さんが松尾電器(うち)で、ですか」
日下部が驚いたように訊いた。
「そうじゃ。そこで君らに紹介したのじゃ。万が一のときは、森岡君を然るべき職に就かせ、大いに稼がせると良い」
「その折は、宜しくお願いします」
森岡は深刻な顔つきで言った。
松尾は、日下部と正博を退室させると、
「だがな、森岡君。わしとて榊原さんや福地さんの恨みを買いとうはない。何ぞ、困ったことがあったら、遠慮のう言うてくれや」
と微笑みながら言った。
「ご厚意、感謝します」
と、森岡はただただ頭を垂れた。
森岡は榊原壮太郎と福地正勝にも了承を請うた。榊原は大学生時代からの最大の支援者、福地はかつての岳父である。なによりも二人は持ち株会社の共同経営者なのだ。
森岡は話を聞き終えて、榊原が真っ先に口を開いた。
「勅使川原の資金力が神村上人の邪魔になるのだな」
「はい」
「しかし、本妙寺の貫主の件は決着したのでは……」
福地が怪訝そうに訊いた。
「福地さん、洋介はその先を考えているのですよ」
「その先?」
「どうやら、先々法主の座に上がらせたいようですな」
「法主……在野の者は無理なのでは」
ないか、と福地が言った。
「そこですよ。洋介はその難題に挑もうと考えているようですな」
「門主は、私以上の難関に立ち向かっています」
と、森岡は栄覚の野望を詳細に披歴した。
「まさか、門主がそこまでの大望を抱いていたとはな」
と憂い顔の榊原が、
「しかし、勅使川原と繋がっているのであれば、なぜ坂東貫主らに金をばら撒かなかったのだ。資金は無尽蔵だろうに……」
と疑問も呈した。
「おそらく、金の力に頼らなくても勝利する自信があったのでしょう。むしろ、資金量を見せ付けると、久保や村田の背後に目が行くと考えたのではないでしょうか」
森岡は、榊原と福地に対しても真の目的、つまり勅使河原に対する復讐であることは伏せた。
「なるほどの」
「しかし、松尾会長がなあ」
榊原が得心したように言い、福地は先のブックメーカー事業への百億円の投資に続いて、さらに百億円も貸し付けたものだと驚き入っていた。
「どうやらロンドでの言葉は本気だったようですな」
「本気、と言いますと」
「茜さんへの遺産相続ですよ」
「なるほど、なるほど」
福地は何度も肯いた。先の百億円は、茜への生前贈与の意味合いだと理解したのである。
「福地さん、感心している場合ではないですぞ。もし、洋介が返せなかった場合は、体良く宝を取られてしまうのですからな」
「それそれ……」
と、福地は語尾を濁した。
――二百億や三百億程度であれば、わしでも何とかなる。
心の中でそう決心していたが口には出さなかった。
「それで、わしらには頼らないのかの」
榊原が不満そうに言った。
「お二人にはブックメーカー事業に多額の出資をお願いしました。これ以上はご無理を言えません」
「洋介君、何を遠慮しているのだ。松尾会長のようには行かんが、三十億や五十億ならなんとかなるぞ」
と、福地が言い、
「わしも、あと二十億ぐらいなら何とかなるで」
榊原も勇んで言った。
二人が提示した額は、共に個人名義の資産である。福地がその気になれば、松尾と同じ額は用意できた。何しろ味一番株式会社は、ここ三十数年間増収増益を続けている超優良会社である。
一兆円を超える内部留保金の、約二割に当たる二千億円を余資運用に回していた。大半は株式と債権である。
味一番は上場企業ではない。味一番研究所を介して、実質上発行株数の八十パーセントを福地正勝が所有している同族会社である。したがって、余資運用の差配などどのようにでもなる。もっとも、大きな損失を出せば全くの無罪放免とはいかないであろうが……。
「お気持ちは大変嬉しいのですが、それではもしものときに、肝心の持ち株会社が傾きかねません。僭越ながら、お二人はいざというときの保険として残しておきたいのです」
と、森岡は本音を言った。
「まあ、洋介がそういうのなら、私たちは金以外のことで協力しましょうか」
福地の言葉に、
「洋介のことだ。勝てる算段があってのことだろうからな」
と、榊原も応じた。
「いずれ皆様の前で納得の行く計画を発表するつもりです」
森岡は自信有り気に断言した。
松尾正之助から融資の確約を貰い、榊原と福地から了解を得た森岡は坂根、蒲生、足立、宗光と共に石飛将夫を連れて島根半島の諸角へ飛んだ。坂根好之の実兄秀樹に会うためである。今夏、秀樹には森岡が考案した株式投資理論をプログラム化する仕事を依頼していた。
森岡は秀樹に石飛将夫の紹介を終えると、
「システムは完成したらしいな」
と訊いた。
「なんとかな」
秀樹は安堵したように答えた。
依頼したシステムの全容は、秀樹の技術力からすれば、半年分のボリュームだと森岡は目算していたが、彼はその半分の期間で完成させていた。帝都大学法学部卒が伊達ではない明晰な頭脳である。
「さすがだな」
森岡は感嘆した。
「えんや、大したことではないが」
秀樹は顔を赤らめた。
いいや、と森岡は首を振った。
「大したもんやで。俺はな、時間より難易度の方が気になっていた。野島に確認したんやが、ほとんど助力しなかったと言っていたで」
「ちょっと難しかったが、マニュアルを参考にして何とかした」
「システム設計はな、ある程度知識がものを言うが、プログラム開発は感性が肝要なんや」
「おらには、そげなことまではわかしぇんが」
と謙遜した秀樹は、
「それよりな、お前が考案した売買理論だが、俺なりに改良してみた」
とパソコンのファイルを開いた。
「改良だと」
「勝手なことをしてすまないが、シミュレーションしてみたら、的中率、利鞘幅とも一割ほどアップした」
「どこを直したんや」
森岡は、秀樹が開いた条件設定ファイルを見た。
「ここだ。出来高と終値の相互関係の係数を変更してみた」
秀樹はパラメータフィルの数値を指差した。
「なんでわかったんや」
「おらも株式を学習しただが。そがしたら、元のシステムで弾き出される銘柄に疑問を抱いた。そこで係数を変更して、同じ銘柄をシミュレーションし直すと、株価上昇の場合はもっと早く買いシグナルが、もっと遅くに売りシグナルが出た」
秀樹は株価推移グラフに、修正前と修正後の売買シグナルを重ねて説明した。
「そうか。お前は俺なんぞが足元にも及ばない頭脳の持ち主やからな。これぐらいは朝飯前ということか」
そうではない、と秀樹は首を横に振った。
「お前はおらなんかより遥かに優秀な男だ。第一、おらにはお前のような発想力はない。お前の理論をプログラム化する作業をしていて、中学時代にこんなことを考えていたのかと驚愕した。岩崎先生が言われていたように、お前は一種の天才だと思う」
「岩崎先生? 中学の担任の」
「先生は、お前は天才だと言っておられた」
森岡は、中学入学早々に実施された知能テストで一四八という高数値を叩き出していた。だが、成績は最上位というわけではなかった。株式の研究に没頭していたため、自宅学習を全くしていなかったからである。
当時は、インターネット技術がなく、今日のように証券取引所の銘柄、出来高、始値、最高値、最安値、終値といった種々のデーターがパソコンに取り込むことができなかった。
故に森岡は、新聞紙上から目星を付けた銘柄のデーターをノートに書き写していったのである。一つでも多くの銘柄に着目したいがため、勉強する時間など無かったというわけである。
だが、森岡は中学三年生のとき本領を発揮した。臨時テストにおいて、帝都大学進学率全国一位の灘浜高校の入試問題が出題されたのだが、一人だけ抜きん出て高得点を獲得したのである。
余談のついでに言えば、森岡の株式研究は社会に出てから大いに役立っていた。興味が湧いた銘柄は、会社四季報で徹底的に調べ上げたからである。得意先で担当者や役員らと談笑の際、何気に会社の歴史や業績内容、株式構成まで話し始めるのだから、相手は恐れ入るという次第なのだ。むろん、事前に最新の情報に更新する作業も忘れてはいなかった。
秀樹は弟を見た。
「なあ、好之。傍にいるお前もそう思うだが」
「社長が天才かどうかというより、人間力は桁外れだと思う」
「人間力か……そげかもしれん」
秀樹は納得の表情で肯いた。
「兄貴には悪いけど、勉強は兄貴の方ができたかもしれないが、人間力では社長に遠く及ばない。兄貴だけやない。この俺も未だ社長の器を量りかねている」
「島根県下に轟いた『諸角の坂根四兄弟』の金看板なんて、多寡が知れちょうの。将来、この男は日本全国に名を轟かすのだらあな」
「兄貴、社長は日本なんてちっちゃい枠には収まらんかもしれんぞ」
「何かあるだか」
秀樹が森岡を見た。
「まだ詳しいことは言えんが、厄介な事業を任されることになった」
森岡は曖昧に言葉を濁すと、真剣な顔つきになった。
「それより、今現在の推奨銘柄を教えてくれんか」
「よし」
と、秀樹は解析プログラムを実行させた。
その間に、森岡は新しく投資顧問会社を設立し、秀樹を社長にする旨を伝えた。株式指南サイトの運営と、森岡の個人資産の運用を任せる会社である。
「おらにできるだあか」
秀樹は躊躇いを見せた。今夏、森岡から話を聞いて以来、自問自答を続けていたと告白した。
「いまさら、否はあかんで」
強い口調でそう言い、
「まあ、心配せんでええ。お前の能力はこのシステム開発でも実証済みや」
と肩を叩いたとき、解析プログラムが終了した。
弾き出された銘柄は買いが五銘柄、売りが三銘柄だった。
森岡はプリントアウトした用紙を石飛将夫に渡した。
「この八銘柄を調査してくれ」
森岡は証券マン時代の人脈を生かし、石飛将夫に裏付け調査を指示した。その費用として一千万円を渡していた。
石飛がかつて勤めていた丸種証券は、関西の中堅証券で仕手筋が利用する証券会社として名が通っていた。だが、懲戒解雇された手前、石飛が丸種証券から直接情報を探り出すことは困難だと思われた。そこで一千万円を元手に他証券会社の人脈を通じて情報収集を図ろうというのである。
石飛が横領した金の全額弁済を約束したため、丸種証券は刑事告訴を保留していた。身内の不祥事を隠匿したいがためであったが、そのお陰で他証券会社や顧客には依願退職扱いとなっており、接触に障害はない。
「それとな、秀樹。七千万ほど出すから、この家をバリアフリーに建て替えろ」
「な、なんだって」
「建物だけだったら百坪の家が立つやろ。建物は新会社の名義にして、登記をこの家にするから、三十畳ぐらいの事務所も作ってくれ」
「あ、うん」
「新会社は土地の賃貸料を毎月支払う」
森岡はそう言うと秀樹に微笑んだ。
「心配するな。新会社の株は、いずれ過半数をお前に譲る。そうすれば土地、建物ともにこれまで通りとなるやろ」
「社長……」
あまりの驚きに声のない秀樹に代わって、好之が感涙に咽ぶ声で呻いた。
「前にも言うたやろ。今の俺があるのはお前のお陰が大きいんや」
森岡は秀樹に向かってそう言った後で、
「ただし、その分兄弟で働いて貰うで」
と笑った。