もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
そこから先は、割と話が早かった。
冒険者組合の組合長の指示で、組合の裏手にある試験場での魔法の試し打ちを披露する事によって、無事にウルベルトは白金級に登録され、同じ様に試し打ちをして見せたパンドラズ・アクターも白金級へとランクアップする事が出来たのである。
ただ、どうして最初の冒険者組合で魔法を披露しなかったのかと、パンドラズ・アクターは問われる事になったのだが、それに対して
「前の街で登録する際、色々あってどうも体調不良気味だった上に苛立つ事があって精神的に不安定でしたので、下手に魔法を使い暴走させてしまうと迷惑を掛けると判断しました。
それに、切り札の一つとして魔法が使える事を申請しなくても、問題はないとも考えましたし。」
と、さっくりと答えて済ませてしまっている辺り、色々と思う部分があるのだろう。
合流した時にも話していたが、パンドラズ・アクターが冒険者登録をした街の冒険者組合は、結構面倒な部類だったらしいからな。
そう考えると、先程の冒険者チームに絡まれた事に関しては面倒ではあったものの、その後の組合長との話がサクサク進んだ分、良かったと考えるべきなのだろう。
少なくとも、冒険者に対して自分とパンドラズ・アクターの実力を簡単に示せた事で、向こうから実力に対して何か難癖を付けるのは難しくなった筈。
もちろん、急に台頭してきた冒険者を警戒する者もいるかもしれないが、この街に残らず旅を続ける相手と解れば、自分達のライバルにならない事も直ぐに理解出来る筈だ。
それさえ理解すれば、下手にちょっかいを掛けた方が自分達の評価を下げるだけと直ぐに気付けるだろう。
まぁ、そう言う頭の良い相手ばかりが冒険者とは言わないが、相手から喧嘩を売られる前にこの街を出て行けば良い。
この街での目的は、ウルベルトの冒険者登録が出来た既にほぼ達成しているのだから、無理にこの街に居座る必要はないのだ。
ただ、全く収入がないまま旅を続けているとおかしく思われるだろうと判断したからこそ、出来れば人目に解る様にちょっと小金を稼いでおきたいと言う位しか、この街でやっておきたい事もない。
むしろ、面倒事に巻き込まれる可能性があるならば、ウルベルト的にはサクサクこの街を出ていっても構わないと思っていたりする。
そうは思うのだが、街を出立するにはちょっとばかり時間的に考えても遅い時間帯になってしまっていた。
そろそろ、日が傾こうという時間帯にわざわざ街を出ると言うのは、【ビーストマンの侵略】を受けているこの国では基本的にありえないと考えるべきだろう。
昨夜立ち寄った野営地があるのだから、旅人や商隊が街の外での野宿をする事はもちろんあるだろうが、それでも日があるうちに安全な街に辿り着いておきながら、それを無理に出立するという選択肢は「狂気の沙汰」と思われる可能性の方が高かった。
なので、無理を押し通して街を出るのでも、冒険者としての依頼を受けるのでもなく、この街で一つしておける事はないかと考えていたウルベルトの横で、パンドラズ・アクターが受け取った白金級のプレートと銅級のプレートを交換しながら、受付に声を掛ける。
「あの……この時間帯から依頼を受けるのは、街に来たばかりで何も知らない私達には少し難しいので、出来れば代わりに路銀を稼ぐ為に吟遊詩人が歌ってもいい場所とか、どこかありませんかね?
これでも、私の本職は吟遊詩人なので、出来ればそちらの腕を鈍らせない為にもご迷惑にならず、更に稼げる状態になると嬉しいのですが。」
控えめな様子で問うパンドラズ・アクターに、ギルドの受付嬢は少し考える素振りをした後、ざっくりと街の案内図の様なものを取り出した。
それを、パンドラズ・アクターのいるカウンターテーブルの上に置くと、簡単に説明し始める。
「この街では、吟遊詩人が歌や叙事詩を披露出来る場所は少ないですね。
ですが、商人たちが露店を広げる市場の端辺り……そう、この広場のこの辺りを役場で正式に借り受けて、そこで商品を売る代わりに歌を歌う言う形をとられれば、誰からも文句は言われないかともいます。
きちんと、正式な手続きで場所を借り受けている訳ですから、むしろそこで文句を言ってくる相手がいたとすれば、それだけあなたの吟遊詩人としての力量が不足していて、周囲を不快にさせた時だけだと思われます。
ご自身の技量に自信がないとおっしゃるのなら、あまりお勧めしない方法ではありますが……最初から〖路銀を稼ぐ為〗とおっしゃっていた訳ですし、その方法で問題ないのではないかと思われます。」
この街の地図で広場の場所や、役場の場所などを示しながら説明してくれた受付嬢の提案は、割と悪くない話だった。
場所を借りる為には、役場で市場の空いている場所を確認して、そこの場所代を払う必要があるものの、それは思っていたよりも高くない。
場所代を高くして、一時的に街の収入を上げるよりも、露店を開く者がいなくなる方が街の住人の生活に影響する事から、多少は安価にしているのだろう。
そんな事を思いつつ、ウルベルトが細かな事を聞くパンドラズ・アクターの様子をのんびりと見守っていたら、どうやらある程度まで話を聞き出せたらしい。
笑顔を浮かべたまま、パンドラズ・アクターがこちらを向いたので、もしかしたら予想以上にいい話が聞けたのかも知れなかった。
「お待たせいたしました、ルベル様。
それでは、まずは役場へと向かいましょうか。
歌を披露するにも、きちんと場所を借り受けずに勝手に歌った場合、それで得た収入は役人に一旦全部没収され、半分以下しか返して貰えないとのお話でしたので、損しかしませんからね。
これは、酒場などで歌う場合も似た事になるそうです。
酒場の場合は、店主の許可を得てからなら問題ないそうですが、それ以外の場合だとほぼ全額没収される事になるそうなので、特に要注意だと言っていいでしょう。
まぁ、これはどこの街でも変わらないとのお話でしたので、これから先にも十分役立てられる情報ですし、良い事を聞いたと思っております。」
ニコニコと笑うパンドラズ・アクターの様子に、他にも色々と聞き出せたんだろうなと思いつつ、この場で声に出して直接聞いたりはしない。
誰に聞かれているかもわからない状況で、下手にこの手の話を振る方が危険なのはウルベルトも重々承知しているからだ。
なので、サクッと使用したのは伝言である。
『 ……それで、何か有用な情報は得られたのか? 』
ウルベルトが、小さな外見を利用して自分からパンドラズ・アクターへと手を伸ばしその手を握れば、ちょっとだけ驚いた様な反応を僅かに返しつつ、それでも何食わぬ顔をしてそのまま冒険者組合の中を外へ向けて移動していく。
何気ない素振りで、周囲に対して気付かれない様に額に手を当てずに伝言をやり取りする為、わざと手を握る事で接触したのだが、こちらの意図をパンドラズ・アクターは気付いてくれたらしい。
握り返した手は、ちょっとだけ困惑した様子であったものの、きちんとした返事が返って来たのだから流石だと思う。
『 そうですね……いくつかありますが、特に注目するべきは街の構造でしょうか。
先程の受付嬢から受けた説明を纏めると、この辺りにある街の構造が似ている事が判りました。
この辺りは、特にビーストマンの国に隣接している都合上、彼らからの襲撃に備える為にどうしてもそうならざるを得ないのだとか。
それ以外にも、我々の様な移動が多い冒険者が利用し易い手頃な宿の場所や、この街で手に入る諸々の品々に関しても簡単に説明していただけました。
どうやら、この近辺は鉱石系が特に産出される地域らしく、それらを我々が持つユグドラシル産の物と比較する事で、現地の素材から作れる装備やアイテムなどの推測が出来るかと。
他にも、この国で一般的な冒険者のランクや使える魔法などの種類も聞き出せましたので、今後人前で魔法等を使用する際の参考に出来ると思われます。
詳しい事は、宿で部屋を取った後ですべてお話しますので、その際に今後の行動への修正を加えられても宜しいのではないでしょうか? 』
パンドラズ・アクターからの返事は、この街で過ごすだけじゃなくこれから行く先々でも使えそうな情報が得られたと言う事だった。
割と嬉しいのが、この街の近辺で取れるという鉱石系だろうか?
一応、ユグドラシル産の遺産級の杖を幾つか所持しているし、パンドラズ・アクター自身もそれなりの装備を所持してはいるが、今までの状況から現地のレベルが低そうな相手に対して、素材などの関係で整備が難しくなりそうな貴重な装備を使いたいとは、とても思えなかった。
そう言う点では、現地の素材でそれなりの装備が作り出せるのなら、そちらに一時的に持ち替える事で、貴重な装備をいざという時の切り札として取っておく事が出来るだろう。
もちろん、街の中にあるだろう武器屋等を見て回って、それなりに見るものがあればそちらを使用しても構わないとは考えているものの、現地産の装備で使えそうな物があるとはとても思えなかった。
元々、装備する現地人のレベルが低いのだから、それに合わせて装備や武器のレベルが低くなるのは仕方がないのかもしれないが。
どちらにせよ、まずはパンドラズ・アクターに稼いで貰ってからじゃないと、状況的に冒険者組合で話した内容と話が食い違うので、今日は露店を冷やかす程度しか出来ないだろうと思いつつ、伝言でパンドラの問いに対する同意の返事をしたのだった。
******
冒険者組合で教えられた通り、役場で露店が並ぶ広場の一角を無事に借り受ける事が出来たパンドラズ・アクターと共に、ウルベルトはその場所へとゆっくりと歩いていく。
この時間帯では、もしかしたら借りれる場所はないのではないかと、そんな考えがチラリと頭をよぎったのだが……役場ですんなりと話を付いた理由は、昔に比べて露店を開く者が少なくなってきているからだった。
どうやら、この辺りにもビーストマンの影がちらつき始めているらしく、今まで定期的に露店を開いていた商人が姿を見せなくなるなんて事も、ごく普通にあるらしい。
更に、最近では盗賊も出没しているという噂を聞いた瞬間、ウルベルトの頭の中に半日ほど前に自分達が殲滅した盗賊団の存在が過る。
もしかしたら、彼らがあの場所を根城にした事によって、この街に出入り出来る商隊が減ってしまい、こうして露店を開く場所に空きが出来たのかもしれない。
そう、漠然と思いはしたものの、その盗賊たちがもう存在していないなどとご丁寧に教えてやるつもりは、ウルベルトには欠片も存在していなかった。
下手に冒険者組合側に教えて、どうしてその事を知っているのか理由を聞かれても、正直困るからだ。
多分、この辺りをかなり荒していただろうあの盗賊たちを全部二人で始末したと言っても、ほぼ確実に信じて貰うのは難しいだろう。
ついつい、自分達を基準にして物事を考えがちだが、先程冒険者組合で絡んできた奴らや冒険者組合の組合長程度の存在が、この街の冒険者のトップクラスだと想定すると、それより若干下がるレベルだと推測しているこの街を守る兵士たちで、漸く何とか対処可能なレベルと数だった。
だからこそ、あの盗賊の塒にはあれだけのモノがあったのだろうから。
そう考えると、ここは間違いなく沈黙を守るべきだろう。
何より、あの盗賊の塒で色々と実験してそのまま放置という訳にはいかなくなった為、パンドラズ・アクターと二人で可能な限りの盗賊がこの地を去った様な隠蔽工作をしてきたのに、自分からその意味を無くす様な発言をするなど、愚か者のする事だと言っていい。
少なくとも、ウルベルトは自分から面倒事を招くつもりなど、欠片もするつもりはなかった。
多分、こちらの考えなどパンドラズ・アクターも察しているのだろう。
サクサク、噂を聞かせてくれた相手に礼を言うと、借り受けた場所に簡単に敷物を引いて荷を置く場所を作り、更に小さめの箱を自分と敷地の境界線の間に幾つか等間隔で置いてから、今度は自分の準備に入る。
とは言っても、それまで着ていたマントと上着を脱ぎ、ベストを着てネクタイを締めた所で、腰に吟遊詩人として歌う際に使用する衣装の為に用意していた大判のショールを巻き付けてだけだが。
どんな準備をするのか、ちょっとだけ興味深げに見ていた視線に気付いたのか、パンドラズ・アクターは小さく首を竦めた。
「そんなに見つめられても、それ程特別な装いをする訳ではないのですが。
流石に、こんな人前ですべてを着替える訳にはいきませんし。
今の状況では、メイン衣装は無理なのでこうしてそれ以外の装飾品を纏う事で、それなりに吟遊詩人として見られる格好をする程度しか出来ませんから。」
そう言いながらも、鞄から弾き語りをする為のリュートを取り出し、最後に羽根飾りのついた大きく膨らんだ鍔無しの帽子を取り出してゆったりと被る。
本人的には、きちんと準備している吟遊詩人としての装束を切れない事に不満がある様だが、十二分に格好は付いていると、ウルベルトには思えた。
それ位、彼の様子はいつの間にか吟遊詩人としてのものへと切り替わっているらしい。
何度かリュートを鳴らし、弦を締めたりして音に調整をした後、パンドラズ・アクターは立ち上がった。
「それでは、そろそろ始めましょうか。
ルベル様は、私が歌っている間はどうされますか?
もし、お一人で露店を見て回られるのでしたら、こちらをお持ち下さいませ。」
そう言って、そっと差し出されたのは小さな銀貨と銅貨の入った小袋である。
パンドラズ・アクターは、ウルベルトが手持ちの金を持っていない事に気付いて、使っても良い金を渡してくれたのだろう。
こう言う気配りも、抜かりなく出来るのもモモンガさん譲りなのだと、本当にそう思えた。
差し出された小袋を受け取ると、素早く懐にしまいながら少し考える。
このまま、露店を見て回るのも悪くないとは思うが、出来ればパンドラズ・アクターがどんな叙事詩を語るつもりなのか聞いてみたい気がするのだ。
なので、ある意味では特等席とも言うべきパンドラズ・アクターが荷を置いた場所に座ると、そこから彼を見上げつつにっこりと笑いかける。
「せっかくだからな、俺もここで聴かせて貰うさ。
サティが、ここでどんな叙事詩を披露してくれるのか、凄く気になるし。」
そう告げてやれば、パンドラズ・アクターはとても嬉しそうな笑みを零し。
次の瞬間、手にしていたリュートをゆっくりと爪弾き始めた。
ポロポロと柔らかく音を爪弾きつつ、緩やかに周囲へと視線を巡らせる。
先程から、こちらの様子を窺っていた市場の客たちも、リュートの音に惹かれるかの様に視線をこちらへ向けてきたのを察したのか、奏でる音を大きくして更に彼らの視線を引き込んでいく。
周囲の視線を集め終えたと思った所で、パンドラズ・アクターはゆっくりと口を開いた。
彼が語れる、最大の叙事詩を歌い上げる為に。
〖 それははるか遠き日の物語
やがて、誰もが知らぬものが居ない程、世に名を轟かせるだろう偉大なる人々の物語
その、始まりは~ 名もなき一人の青年の旅立ち
いまだ己の運命を何も知らぬ、穏やかで優しい青年
ただ一つ、まだ目覚めたばかりの魔法の才だけ持つ優しい青年だった
彼は、己の運命に出会う~♬
始まりの旅路、まだ力なき青年
己の欲に飲まれ、力に溺れた愚かな者たちに襲われ
命を奪われ掛けた所を、聖銀の騎士に救われる
その出会いこそ始まり、偉大な旅路の始まり
かの騎士に導かれ、青年は自分を救いし騎士の仲間へと加わった
そうして、導かれるまま八人の仲間と出会い
九人目となった青年は、彼らと共に当て所無き旅に出る~♬ 〗
丁寧にリュートを爪弾きながら、高らかにその一節を歌い上げるパンドラズ・アクターの声に聞き入りながら、ウルベルトはモモンガから聞かされた話を振り返る。
今の一節は、それこそギルメンなら誰もが知るモモンガとたっちの出会いの場面だ。
実際の種族とか、その辺りを完全に伏せて叙事詩として歌い上げるのなら、確かにこんな感じになるのだろう。
ちょっとだけ納得しつつ、スッと視線を巡らせて周囲を見れば、すっかりパンドラズ・アクターの語りに引き込まれている様子だった。
元々、役者として設定されているだけあって、張りがあり良く通る声だからこそ、余計に周囲に対して訴えかけるものがあるのだろう。
そんな事を思いながらも、更に語られるだろう続きへと意識を向けた。
〖 青年が仲間との旅路の先に出会ったのは、朗らかで明るい弓兵
明るい金の髪を靡かせ、弓を射れば外す事はない
後に偉大なる弓の名手として、誰もが知る程にその名を轟かせるが
今は、ただのお調子者~♬
青年と気が合う彼が仲間に加わり、仲間の旅路は賑やかになる
次に彼らが出会うは、恐ろしくも美しい魔法を極めた悪を嘯く魔法詠唱者
幾重にも重ねて放つその技は、誰もが目を見張る美しさ
己の中にある美学、譲れぬ思いを抱いて
魔法詠唱者は、青年の中にかつての自分を見出したのか
青年は、彼に導かれる事によって己の中に眠っていた魔法の才を目覚めさせる
苦難が多い、この旅路
時に共に喜びを、時に共に痛みを分かち合い
先に出会った弓兵とかの魔法詠唱者、そして青年の間には深き友情が芽生える
共に旅路を行く者として、彼らが己に課したのは己の目指す未来の姿
お互いに競い合い、共にそれぞれの技を磨き、己にとっての一番の高みを目指して
仲良く旅路を進む度に、その三人は様々な経験を共に過ごし互いに仲良く笑い合う~♬ 〗
パンドラズ・アクターが歌い上げる内容を聞いて、思わず懐かしくて目を細める。
確かに、ほんの少しの差だったのだが、ウルベルトよりもペロロンチーノの方が先に仲間に加わっていたし、その後にモモンガへ魔法の使い方の講義をした事も覚えている。
あの頃は、本当に色々と経験してみないと判らない事も沢山あって、みんなで楽しんでいたんだよな。
三人で、「無課金同盟」を組んだのもあの頃だった。
本当に楽しくて……あんな事にならなければ、もっと良かったのに。
そう、当時の事を振り返りウルベルトが胸の中で溜息を吐く間にも、パンドラは曲調をとても明るいものに変え、モモンガとウルベルト、ペロロンチーノの三人を中心に、クランの時の冒険譚を面白おかしく語っていく。
彼の語り振りは実に見事で、これを聞いて引き込まれない人間はいないだろう。
実際、既に周囲に出来た人が来は二重に三重に重なり合っていたし、今も視線の先ではパンドラズ・アクターの語りに引き込まれて、足を止めている人の姿が見えた。
明るく、楽しい口調で歌い上げられるパンドラズ・アクターの語りを聞く事で、城壁の外に広がる現実を一時的にでも忘れたいのかもしれない。
〖 更に仲間と共に進む旅路で、出会ったのは聖銀の騎士に連れられた美しき女戦士
彼女は、姿に似合わず確かな腕で旅の仲間一番の壁役を担う事に
守りの硬さは、他の仲間の中でも素晴らしく、その声は麗しい
彼女が、すぐに旅の仲間へと溶け込む中、明るき弓兵のみが距離を置く
青年が不審に思い、尋ねてみれば彼女は弓兵の姉なのだという
彼らが兄弟だと判った後は、何かある度に弓兵は姉にやり込められて
そうして、時折姉に泣かされる弓兵を宥める仲間は、その度にただただ苦笑い 〗
この話も、実に懐かしいものだった。
ペロロンチーノの姉であるぶくぶく茶釜は、何かと言うとアイツの事を姉の立場で「黙れ弟」って一括してた事も多く、周囲も苦笑しか浮かべられない事も多々あったのだ。
もちろん、彼女の言動にはペロロンチーノの方にも原因があったものの、べっこべこにへこまされるアイツの相手は大変だったと言っていいだろう。
主に、相手をしていたのはモモンガで、たまに助けていたのはウルベルトだったが。
次々と語られる内容は、ギルメンやモモンガの楽しくも苦労に満ちた冒険譚だった。
その中には、たっちと自分の意見が対立していた事なども混じっていて、正直苦笑するしかない。
確かに、あの頃のウルベルトとたっちの意見が対立すると、それはもう盛大な嫌味の応酬になっていたのは間違いないが、まさかそこまで語られるとは思っていなかったのだ。
そうして、様々な事が語られていったのだが……そろそろ終わりが近付いてきたらしい。
リュートを爪弾く指が、緩やかなものへと変わり、パンドラズ・アクターの語り口調が変わっていく。
「……そうして、同じ志を持つ沢山の仲間たちが彼らの元に集まりました。
沢山の仲間を得た彼らは、その絆を高めるべくそれまでのクランを解散し、新たにギルドを立ち上げる事となったのです。
彼らは、この後も素晴らしい冒険と活躍を続けるのですが……今日、私が語る物語はここまで。
皆様、ご清聴ありがとうございました。」
リュートを奏でるのを止め、帽子を片手に取って軽く頭を下げるパンドラズ・アクターに対して、それまで周囲で聞いていたい人たちは手を叩きつつ手持ちの銅貨を先にパンドラズ・アクターが置いておいた箱へ目掛けて投げ込んでいく。
中には、箱に入らずに手前や横に逸れてしまう銅貨もあったが、それでもどんどん周囲から投げ込まれていく様子を見て、ウルベルトは思わず胸の中で感嘆の声を上げてしまっていた。
あれだけの語りを聞けば、それ相応に観客となった街の人たちがその対価としての銅貨を投げ入れてくるとは思っていたが、まさかここまでの拍手と銅貨が投げ込まれるとは思っていなかったからだ。
逆に、当事者であるパンドラズ・アクターはと言えば、あちこちから投げ込まれる銅貨に対して感謝の意を示す為に何度もお辞儀をしてみせる。
その姿を見ていると、パンドラズ・アクターが実際に吟遊詩人として人前で二度目だとは、ウルベルトにはとても思えない程堂々としたものだと感心するしかない。
たった一曲歌い上げただけで、これだけの銅かが投げ込まれる状況を前にしつつ、自分の方まで飛んできた銅貨をそれとなく拾い集めてやるウルベルトだった。
何とか、予告通りに更新できました。
パンドラが歌い上げた叙事詩は、本文中に出て来たものよりももっと長いです。
でも、流石に全部は書ききれないので、こんな形になりました。
一先ず、人前で使っても怪しまれない資金が出来ました。
今までの手持ちのお金のうち、大半が盗賊の上前を撥ねた物なので、余り盛大には使えませんからね。
次の更新は……そうですね、出来れば今月中の予定です。