マオは3日間に渡る試作でもって、おおよその完成型を作り出していた。
ケーキは焼きたてを用意するのではなく、あえて寝かし、味をなじませて風味を良くする。そのために3日前には50人前全てを焼き上げていた。それを油紙で包み、少しでも空気が入らないようにと木箱に入れた物を冷暗所として地下の倉庫の片隅で保管したのである。
「……
「書いてないってことは大丈夫ですって、何も問題ありません!」
「いやいや、その子が何かあったらウチらが責任取らなあかんねん。 連れて行ってやってもええとは思うねんけど、そこだけが気になってなぁ」
ロキが悩んでいるのはマオの
今回の『神の宴』の参加に際して、神への随伴は3名まで可能である。これはコンペ参加ファミリア限定のことであり、当然3名はファミリアに所属していることが前提となっていると想定されている。
マオはその想定されているが故に記述されていない前提――暗黙の了解――を突いて、【ソーマ・ファミリア】所属のリリルカ・アーデと共に行きたいとロキに申し出てきたのである。
「じゃあ、ソーマ様にも出てきてもらいましょう」
「マオ、それこそ無理な話っちゅうもんやで。 どうやって出すつもりなんや?」
「普通にお願いするだけですよ?」
「……
「ええ、
ジロリと覗き込むように睨みを入れるロキに対して、マオは平然と……いや、いつもは見せない悪戯を思いついたロキの笑い方に良く似た笑みを浮かべていた。
「……なぁリヴェリア。 ウチ、マオの育て方間違えたかなー?」
「知るか! ……と言いたいが、私としても時々不安になるな。 まるでロキが2人いるような厄介さを感じるときがある。 今がまさにその時だな」
リヴェリアが読んでいた本から視線を上げ、ロキとマオを見比べ、溜め息をもらしながら言う。
「やんなぁ……よし、マオ。 ウチも一緒にソーマんとこ行く。 マオが何するか見さしてもらうわ」
「先に述べておきますと、狙いは次の2つのうちのどちらかになります。 1つ目はソーマ様にリリを連れて『神の宴』に参加してもらう。 この場合ですと、我々も3人の枠を目一杯使って参加できますが、共同開発という形になりますので、特典をタダで【ソーマ・ファミリア】に分けることになります。 2つ目はソーマ様にリリを【ロキ・ファミリア】の随伴の1人として連れて行くことを認めてもらうことです。この場合は問題が起きても半分はソーマ様に
「なるほどな。 どっちか、特に後者なら会えさえすれば行けそうやな。 となると、ウチはマオ以外の2人分を考えとこか……リヴェリアはどうや?」
「私はそうだな……今回の趣旨の料理に興味が無いわけではないが、神々のさらし者になる気は無いな。 フィンかガレスに譲りたいものだ」
「神への耐性とか考えたら2人が無難か。 無理に人前に出す必要もないし、マオとフィンとガレスで、明日のソーマんとこと話終わったら声かけるか」
本当はアイズやレフィーヤといった可愛い少女たちを連れて行きたかったロキではあるが、神々の好奇の視線に
翌日、マオはロキを伴って中央広場でリリと会う。
リリはいつものような
「リリ、お待たせしました。 今日は【ロキ・ファミリア】としてのマオ・ナーゴですよ。 こちらは主神のロキさまです。 ロキさま、こちらが【ソーマ・ファミリア】のリリルカ・アーデです」
マオは今日は防具などを身につけておらず、明らかにミッション系お嬢様学校を思わせる制服のようなセーラー服を着ていた。校章が入るであろう場所には【ロキ・ファミリア】のエンブレムが描かれており、良いとこのお嬢様という雰囲気を醸し出していた。
リリは普段のフードのついたローブを着ており、マオの格好と自身とを対比させ、密かに落ち込むのであった。
「ナーゴ様、ロキ様、とりあえずホームへご案内いたしますが、実はリリはソーマ様がホームにいらっしゃるかどうかを存じ上げません。 団長は居ると思いますので、尋ねることになるかと」
「ま、とりあえず案内してーや」
リリの案内のもと、【ソーマ・ファミリア】の
「とにかく、ソーマ様はお会いにはなられません。 お帰りください」
「それ、ソーマに確認した上で言うてるんやんな?」
「ソーマ様は酒造りの邪魔をするとお怒りになられますので」
「つまり、確認も取らんとウチらを追い返そうとしてる訳やな?」
「……そう申されましても、ソーマ様は酒造りのためホームを離れておりますので、お通ししたところでお会いできませんが」
「だったら
ロキのイライラが頂点に達し、怒気を発するようになってようやくザニスは慌て始める。ホームを出て、東のメインストリートを市壁へ向かって歩く。壁が見上げるほど近くまで着たとき、酒蔵に到着した。
「ソォーーマァーー、おるかー?」
ロキの呼びかける声は屋内の天井、壁に返されこだますものの、どこからも返事は無かった。だが、明らかに奥で作業をせっせと続ける男の姿があった。この男こそが神ソーマである。
「また無視するんかい! ほんまムカつく奴やで。 マオ、どうするんや?」
「そうですね、一度全部壊してしまいましょうか」
マオのとんでもない提案にその場に居た全員が凍りつく。それはソーマも例外ではなかった。
「そ、そんなことをされては困る」
「では、少し話がしたいので聞いてもらえますか? 作業は別に続けてもらっても構いませんが、いい加減な答え方や内容ですと、容赦なく壊しますよ。 あぁ、弁償はしますが」
「と、とにかく壊さないでくれ。 それで、話とは何だ?」
マオの言葉にソーマが返事をする。その明朗なやり取りにロキだけでなくザニスですら目を見張り、驚いている。
「今度、『神の宴』で保存食の
「……長い。 もっと簡潔に」
「リリをくださいな」
「短すぎて意図がわからん」
「……ぶっこわs」
「すんませんでしたぁぁぁぁぁ! もう一度お願いしますぅぅぅぅぅ!!」
ようやく手を止め、体ごとこちらを向いたソーマに、マオは丁寧に説明をする。脇で話を聞いていたザニスも何やら考え出している。
「ソーマ様、団員の経費削減につながります。 是非、【ロキ・ファミリア】と共同開発という形にしてもらいましょう」
「だが、それだと私も『神の宴』に出んといかんのだろ? そんな面倒な所、行きたくない」
ザニスは旨味を感じ取り、ソーマの説得に参加するが、ソーマは酒造り以外は面倒とばかりに嫌そうな態度を取る。
リリはどう転んでも参加が決定しそうで既に憔悴状態になりつつあった。ロキはもう話しそっちのけで酒造りの機材を面白そうに眺めている。
「ソーマ様、ソーマ様はどうしてお酒をお造りになられているのですか?」
マオがソーマの酒造りを問い始める。
「美味い酒が飲みたいからだ」
「……お1人で?」
「…………いや」
「本当は美味いお酒を皆と楽しく飲みたかった。だけど、みな酒に溺れたのでつまらなくなった。 と?」
「……そうだ」
「だったら、なおさら『神の宴』行きましょう。 ソーマ様は楽しいお酒の飲み方を忘れてしまっているかもしれませんよ。 ソーマ様のお酒でなくとも楽しいお酒なら一杯あるはずです。 ね、ロキさま」
「え? せ、せやなぁ……味だけなら失敗作や言うてた酒でもダントツで一番美味かった。 ただ楽しい酒ってなるとソーマでなくてもええなぁ」
「そ、そんな馬鹿な……」
ロキの言葉にソーマはショックを受ける。
「久々に外でお酒飲むのもいいですよ。 いつも屋内ばかりでしょ? それに、今回の主催は農業系ファミリア合同なので、材料の確保のツテを作って安く質の良いものを仕入れるチャンスとも言えます」
マオの言葉の通り、神酒ソーマの原材料にファミリアの資金のほとんどを注ぎこんでいる。
少しでも安くなり、経費が浮くとあってはザニスは目の色を変えてソーマを説得しにかかる。ソーマもついには折れ、しぶしぶと言った態度ではあるが共同開発という形を了承し、『神の宴』へも参加しリリを連れてきてくれることを約束してくれる。
「ザニスさん、リリの参加が今回の条件です。 急病等で欠席とあっては疑わざるを得ないので、くれぐれもリリの体調にはご注意くださいね。 そうだ! ソーマ様、使われている水のこだわりはありますでしょうか?」
マオは団長のザニスに釘を刺す一方で、ソーマにくるりと向き直り質問する。
「あ、ああ、注意する」
「ん、不純物の少ないいわゆる軟水を使っているな。 それがどうした?」
「いえ、お邪魔したお詫びに水の
マオは水瓶に近づくと《
「……こんなものですかね。 煮沸する際はガラスを使ってください。 金属だと溶け出してしまうので」
「あ、あぁわかった。 何をしたのかわからんが、不純物を取り除いたということでいいのだな?」
マオは「はい」と答えると右手の粉を床に捨て、パンパンとスカートで僅かに残った粉も
「ザニスさん、あと1人は交渉に長けた人か場を明るく和ませるのが得意な人、または楽しいお酒の飲み方を知っている人にしてくださいね。 それがソーマ様のお酒をより美味しくすることになると思いますので」
「……わかった」
【ソーマ・ファミリア】に戻る道中でマオは残りの1人に対して注文をつける。宴を盛り上げる人物か利になる人物にしておけと言ったのである。そして、ザニスと別れ、マオとリリ、ロキの3人だけになる。
「さぁ、漸く女だけになりましたね。 リリ、服を買いに行きましょう! ロキさまも如何ですか? リリで遊べますよ」
「ナーゴ様! 今、リリ
「そんなこと言ってませんよ。リリ
そんなマオとリリの言い合いに、こんな面白いこと見逃せるかとロキも参加する。
「せっかく可愛い子がおめかしするんやし、ウチもついていこうかな。その方が面白そうやん?」
「面白くありませんよ! ナーゴ様もロキ様もお人が悪すぎます!」
「ウチ、神やもん」
「リリが可愛いからねー、仕方ないねー」
「うがぁーーーっ!!」
マオは慣れた手つきでリリを
リリも恥ずかしがりながらもちゃっかりとお気に入りの一品を見つけ、マオやロキの悪ふざけに怒りながらも選定し、マオがご褒美にと代金を支払う。
「これで、フィンと会わせるのが楽しみです」
マオが満足気に呟く。それを聞いたリリの喜色満面の笑みが一瞬で絶望へと変わり、周囲を眺めていたロキの首がグルンと回り、マオとリリを視界に収め面白いことを聞きつけたとばかりに口の両端が釣り上がっていく。
「なんやマオ、どういうことや?」
「ロキさまだって知っているでしょ。 フィンが
「私がどうしてその候補になっているんですか!!」
「候補だなんて一言も言っていませんよ。 ただ会わせるのが楽しみだって言っただけです。 リリはまんざらではないと?」
「そんなこと言っていませんよ! あぁ、もう……ナーゴ様は私を虐めて楽しいんですか?」
「虐めるだなんて、そんなつもりは毛頭ないよぉ。 言ったじゃない、幸せになってほしいって。 嫁になるって1つの形だしね。 それに同族の方が良いことも多いと聞くし、リリは相手にこだわり多い方?」
「うひひひ……女の子の恋バナはおもろいなぁ。 でも、そういえば、マオはどんな奴が好きなんや?」
話の矛先がロキによってマオへと向けられ、リリは一安心しつつも反撃のチャンス!とマオの言葉を足がかかりに攻め込もうと聞き耳を立てる。
「マオはぁー……ロキさま一筋です!」
マオはそのままロキに抱きつく。ロキはよろけながらも抱きついてきたマオを抱きかかえる。リリは予想外の答えにハハハと笑いをこぼすだけだった。
「まぁ、恋愛感情とは別の好きですけどね。 まだその辺は早いんですかね、私にはよくわかりません」
「ちっ、ナーゴ様はお子様でしたか」
「うんうん、マオも嫁になんか出さへんでー!」
その後も話は盛り上がり、夕食を共に取ってその日は解散となった。