Fate/another   作:常に寝る人

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2話 焔と従者と記憶と

 夜の町並みを歩く。

 聞こえるのは車の走る音だけ、それ以外は何も聞こえないからか、自分の靴音だけがやけにハッキリと聞こえる。

 

 私は帰宅部だから何の寄り道もせず、放課後にはそのまま帰って夕日が沈む前には家に到着出来ていた筈なのに。

 「朝会ったのは何か今日が特別な日だから」と十花ちゃんに剣道部の見学をさせられた。それに加え家で晩御飯を食べていかないか、と今日の十花ちゃんはやけに積極的だった。

 その上、夜に女の子1人は危ないからと見送りまでしようとするから驚いた。彼女は私を先輩として見ているのだろうか。

 

「.........っ」

 

 今日1日は気にしないようにしていた右の手の甲辺りの不自然な痣。学校内で友人に言われて気づいた。

 何かにぶつけた覚えもないし、触っても特別痛みも感じない。不気味だが、なんの害も無いなら気にする必要はない。そう考えていたが、忘れていた頃に視界入ると少し、ビックリする。

 

「......あっ、そういえば」

 

 ここ最近、これくらいの時間帯に火事が起こったらしい。朝のニュースで見た。

 被害にあったのは丁度、私が通う学校の生徒、場所はここからそう遠くない場所だった。

 ガス漏れ?火事といったらあとは怨みを買って火を付けられたか。高校生でそれは偉くヘビーだな。名前も思い出せないし多分会ったこともないから、気の毒にとしか思えない。

 

「なーむー」

 

 意味も無く、その場で手を合わせる。

 見知らぬ誰かに向けて。

 

 ごうっ

 

「......?」

 

 聞き慣れない音。

 背後からしたそれに思わず振り返り、我が目を疑った。噂をすればなんとやら、では済まないだろう。さっきまで何とも無かった場所に火が付いている。

 

 もしや被害にあった名も知らぬ誰かが悪霊となって私に────

 

「2人目とは、流石に驚いたぜ。」

 

 真上から声。

 瞬間、本能が危機を察知したのか、ゾクリと寒気がした。物理的?というより精神的?な寒気だ。

 その寒気と対比して明らかに人間の耐えられるレベルではないソレは、一直線に私へと落ちた。

 

「やば────!」

 

 止まっていては確実に死ぬ。どこからともなく落ちてきたそれを避けるべく、私は身体を必死に転がすようにして躱した。

 

背後で聞き慣れない爆発音。

 

 さっきまで私が居た場所がごうと燃え上がりながら、クレーターじみた窪みを作っている。

 あのまま同じ場所に留まっていれば、

 想像した光景が恐怖を掻き立てる。いつ間にか汗が体中から湧き出ていた。

 

「サーヴァント付かせずに夜道を出歩くってのは用心しなさすぎ、じゃねぇか?嬢ちゃんよ。」

 

「────う、」

 

 サーヴァントという単語を聞くと頭が痛む。

 全く縁のない言葉。その筈なのに妙に懐かしい、どこかで聞いた覚えがある。父関連な気がする。

 とりあえず、目の前にいるこの男とは関わってはいけない。今は関わってはいけない、と全身が危険信号を鳴らしている。

 

「まぁ、運が悪かったと思え。苦しむのは一瞬だから──よっ!」

 

 男の持っていた杖が赤く光った。

 現れたのは火の玉。言葉にしてみれば大したことないようだが、間違いなく人を殺せる。

 私は避けなければと考えていた。

 防ぐ事も出来ない。迎え撃つことも出来ないとなればそれしか無い、そう思っていたのに。

 私の手は制服の胸ポケットへ向かった。

 

「────?!」

 

 そこには何も入れた覚えはない。そこには何も入っていない。確認した覚えはないが、それは確かなはず。

 しかし、私は無意識に、まるで元から決まっていたように。取り出した私すら知りえないソレを脅威に向かって放った。

 

「水天、舞い上がれ」

 

 口が勝手に動く。不気味な感覚だ。

 投げられたソレ、白い札は私が唱えると水の塊へと姿を変え、火球を包み込んだ。やがて火球は黒煙を巻き上げ、消えてなくなった。

 

「ほう。へえ。」

 

 男は小さく声を上げるが、その攻撃の手を止めることは無い。

 

「氷天よ、砕け」

 

 それでもなお、私の口と手は意識と反して動き続ける。身体中に針金を通されて、操られているみたいだ。

 そして当の本人である私は、一瞬で何度も起こった事象に私は唖然とするしかなかった。火を放った男は物珍しそうにそれを見届けた後、私の方へと目を移した。

 

「呪符ってやつか。珍しいもんだな、紙が媒体の魔術ってのも実際に見るのは初めてかもなぁ。」

 

 感心している様子だ。

 褒められているのか?褒められているとしても複雑な気分だ。アレを私は無意識に行なった。全ての行動はまるで自動的に、恐らく寸分違わず、ミスすること無く行ったのだ。

 

 正直気持ち悪い。

 自分の中には何か奇妙なものが潜んでいる。

  そう思えた。

 

「まあ、いいか。これなら加減する必要はなさそうだな?」

 

「ぇ────」

 

 しまった、目の前の事態に気を取られすぎていた。今の私は逃げるべきの筈だ。

 

 男の顔から表情が消える。

 先程まで私の事をなんてことの無い、石ころの様な物と判断していたのだろうか。

 

 纏う空気が一気に変わった。

 顔からは慢心なんてものは微塵も感じさせない。私が常識から外れた何かをした所で状況は変わらない。

 目の前には私を殺すのに十分の戦力を持った魔物。その事実が揺らぐことは無い。

 

 早く逃げなければ────

 

 そう感じた時点でその行動は打ち切られていた。

 原因は......そう。

 

 目の前の無数の焔。

 

「これ、死────っ!」

 

 

 

 

 .........。

 

 まだ死んでいない?

 目を瞑ったので、何が起きているのか解らない。最後に見た光景からすれば、もう既に丸焦げになっていてもおかしくはないはずだが。目を開けばお花畑なんてのも有り得る、可能性は十分に

 

「ぅ、うう──────え」

 

 恐る恐る瞼を開けるとそこには、オレンジに近い赤髪の男が立っていた。

 さっきまであった炎は1mmも視界に入らない。赤髪の男が持った剣からは湯気が立ち上っていた。

 

 背を向けていた赤髪の男は、後ろの男を見やりながら、こちらへ振り返った。

 街灯が彼の背を照らしている。

 

「ーーーーーあ、の、」

 

 上手く呂律が回らない。

 目の前で流れていく数々の出来事に動揺しているのか。目の前の者に見とれているのか。

 そんな私の様子を無視するかのように彼は、ただただ話した。

 

「我がマスターによる命だ。汝はここから立ち去れ。余は汝を守るためにここにいる。」

 

「え、あ、」

 

「では、」

 

 そうとだけ言うと彼は跳んだ。

 私は彼を知っているのだが、それを思い出そうとすると頭が酷く痛む、何故だ。

 

 私はお礼を言うこともなく、一心不乱に夜道を駆けた。後ろでさっきとは桁違いの戦いが始まっているのが分かる。

 

 轟音、爆発音、炸裂音。

 どの言葉で説明すればいいかわからない。

 私がこんな事を余裕で考えられているのは、

 足が勝手に、我が家へ向かっているからだ。

 

 

 目的地である家に到着すると私の体は止まった。到着したは良いが、何をすれば良いのか。

 鍵を捻り、ドアを開ける。すると、ふと頭の中に出てきたある場所。父の部屋だ。

 

 確か父は母が居なくなってしまってから「何か」に没頭していた。その「何か」が私が持つ、青髪の方の男が言う、呪符だ。記憶の端で父が同じような物を持っていた光景を回想する。

 

 掃除をしていない、薄汚れた父の部屋に入った。

 

 家をいつか引っ越すまで見ないと誓っていたはずの部屋だが、何の躊躇いも無かった。

 入って真っ先に目に入ったのが、地面に取り付けられた謎の扉。埋もれた書物の中で微妙に見える。

 

「ゴホ、ゴホッ、......ふぅ」

 

 1歩、踏み出しただけで埃が舞った。

 かき分けてその扉を開けてみる。見るとすぐ階段に繋がっている。迷わず階段をかけ降りる。何故か分からないがこの階段は降りなくてはいけない気がする?のだ。

 

「わ、ぁ」

 

 思わず声が上がった。そこは、家の地下は私の予想以上に広かった。降りきっていない階段からやっと全体が見渡せるくらい。

 その広い空間、目に入る物はいくらでもあったのに、私はある物に目を奪われた。

 

「何あれ......召喚、陣?」

 

 口から突いて出た、聞き慣れない単語。

 咄嗟に口を手で覆う。今のでは私が知っているような、私が1度見ているような言い方ではないか。

 私は知らない。知らないのに

 

 頭が痛む。あれがこの状況の打開策だと言わんばかりに「召喚の陣」が視界に入る度に頭が痛い。

 

「わけ、わかん、ない」

 

 口ではそういうが、足が勝手に動く。

 無論、「召喚の陣」に向かってだ。

 

「召喚の陣」にたどり着くと、頭の痛みは止まった。

 代わりに右手にほんの少しの痛み。その右手からは血が滴っている。もう片方の左手にはごく一般的な包丁が握られていた。

 

「え?やだ、いつの間、に」

 

 わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。わけがわからない。 ゲシュタルト崩壊する程につぶやく。

 だが、変わらない。こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。

 

 変わらないはずの日常、おわらないはずの日常はもう遠くかけ離れた所にあるようだ。

 

「ーーーーーーーそ、」

 

 滴る血が「召喚の陣」に落ちると私の口は開かれた。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖にはーーーー」

 

 知らない、私はそんな言葉は言った覚えもない、覚えてもない。「詠唱」なんだそれは中二病か。もしかして父の黒歴史なのでは

 

「ーーーーー閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

  繰り返すつどに五度。

  ただ、満たされる刻をーーーー」

 

「ーーーーーAnfang」

 

  あ。

 今何かが、私の中にある何かが切り替わった。反転した。通常だった物、それが何か普通ではない物と入れ替わった。

 

 ......不思議な感覚だ。

 本来の、あるべき場所に戻った感覚。何かに満たされ、何かを満たしている感覚。その後に来る痛み、何かと切り替わった部分が痛みだす。軋むように

 

 それでも私の口は止まらない。知らない言葉を機械のように紡ぎ続ける。

 そして、変わった感覚が告げている。もう、この作業が終わろうとしている。と

 

「────告げる。」

 

「────告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのなら応えよ」

 

「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

  汝三代の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──」

 

 突然、目の前が真っ白になる。

 それでもわずかに見える、現れた人影。

 それは見えた感じではそれほど大きくない、私と同じくらいかそれより小さいかだ。

 

「あーあ。呼んじまったか、こりゃまたマスターにどやされるっと」

 

 私が来た方向から声。

 見えないが分かる、奴だ。

 

「まぁ、今度同じような状況になったらサーヴァントの情報だけでも、持って来いって言われてるからよ。試させてもらうぜ」

 

 背後からもはや聞き慣れかけている火が滾る音。ダメだ、避けなければ────

 また、手が勝手に動く。だが、もう気にしている場合ではない自覚するべきだ。私は

 

「水て────」

 

「はぁっ!!」

 

 決意した矢先。私の詠唱を雄々しい叫びがかき消す。それと共に目の前に現れていた火球が消え......否、斬られた。

 

 舞う火の粉が私の頬を掠める。

 

 眼前にはまだ戦うには小さい少女がこちらに目を向けているテレビで見た事がある、いつかの時代の日本の武士が身に着けているような甲冑を纏っている。片手には銀光、その光が美しくもあり、恐ろしくもある、日本刀が握られている。腰には狸の尾を模した......鞘、だろうか。

 

少女は静かに口を開いた。

 

「サーヴァント・ライダー。 罷り越しました。主殿、指示をお願いします」

 

「主、殿?......もしかして、私の事かな」

 

「ええ、もちろん。貴女以外に誰がいましょうか。私は武士として誠心誠意尽くすつもりです。さぁ、指示を」

 

「えぇ?武士?誠心誠意?」

 

 今、心に決めた、固めた筈の物がガラガラと崩れていく感覚。

 

もうある程度のものになら驚きもしないと思っていたが、まさか少女、ライダーという少女が突然現れ誠心誠意だの云々言って私に命令を求め始めたのだから、もうメチャクチャだ。

 そもそも何を命じろというのか。あんな化物じみた男にこんな少女が勝てるわけが無い。

 しかし、今の彼女の動きはもしかして、あの男に対抗しうる何か。そう、私の中の「打開策」なのでは。

 

 刹那、青髪の男が視界内に入る。

 また自分の中で何かが切り替わった感覚がした。さっきとは違う、恐らく精神的なスイッチのような物。

 言わば、「魔術師」としてのスイッチ。この少女、いや、ライダーは奴と同じだ。サーヴァントだ。割り切れ。何故かそんな言葉が頭の中で響いた。

 

「────わかったライダー。奴をねじ伏せて」

 

「────はいっ!お任せ下さい!」

 

 元気の良い返事をすると少女は青髪の男の方へと飛び込んだ。形容するならば燕の如く。

 見えている小さい少女の背中は頼もしく見え、奴を倒せるという自信がひしひしと伝わって来る。歴史の教科書からそのまま出てきたようなその身形はまさに武人というべき姿。しかし身のこなしは人間に羽が生えたような。それも形容するなら

 

天狗のような

 

「はっ!────」

 

 咆哮に重なるように、刀が風を裂く音と火がチリチリと燃える音が響く。

 

 走る剣閃。

 例えるなら火の玉は布。例えるなら彼女の刀は布を断つための鋏。

 少女に迫るソレらは全てのすんでのところで真っ二つに分かれてしまう。

 半月型になった炎は彼女の後方へ、火の粉を巻き上げ地面に着弾する。

 湧き上がった焔が私のすぐ横を通過した。

 

「チィッ────アンサズ!」

 

 男は苦悶の表情を浮かべたと思えば炎の質、量に更に拍車を掛ける。宙に綴られた文字が炎へと姿を変える。

 だが、それでもなお、小さな武人は止まらない。その疾走を緩めることは無い。

 銀の弾丸は火の波を物ともせず駆ける。

 

「すっ───はぁっ!!」

 

 再び上がる叫びと共に少女の身体は一気に加速し、男との距離を一瞬で詰める。

 その距離わずか1m、何の予備動作もなしに刀は振るわれる。

 

 男の持つ武器は杖のみ、おそらく先程から放っている攻撃を補助する物だろう。刀しか持っていない者を相手にするなら、距離を取れば一方的に攻撃ができるはずだ。そこは間違いない。

 しかし、今の距離なら男は少女を迎え撃てない。防ぐための武器もない。男が迎撃する前に少女が一太刀、浴びせられる。このままなら勝つ。いや

 

 勝った。そう心の中で呟いた。

 

「お覚悟を!」

 

「たわけ、接近戦なら勝てると高を括ったなぁ────!」

 

 男に向かって翔んだはずの刀は空を切った。

 何かを切った感覚はあるが、男は全く怯んでいない。恐らく、刀は男の額の薄皮を掠め取っただけなのだろう。軽傷にすら至らない。

 そして、既にその時男は次の動作へと移っていた。

 手に持つ杖をクルリと回し、槍のように地面を突く。

 瞬間、男を中心に爆炎が燃え広がった。

 咄嗟にライダーは後ろに退こうとするが、衝撃波が浮いたライダーの身体を吹き飛ばす。

 

「く、ぅ────」

 

 苦しげなうめき声。 飛んだ少女の向かう先は

 

「えっ、あっ、ちべぶぅ...」

 

 辛うじて受け止めたが、衝撃を殺しきれず私の身体ごと少女は吹き飛んだ。壁との接触と同時に鈍い痛みが私の背中に走った。

 

「申し訳ございません、主殿」

 

「はは、いいって。頑張ってくれてるんだから私も何かしなきゃ」

 

 ライダーは屈託の無い笑顔を私に向けた。眩い程のその笑顔に思わず顔を他所に向けた。

 今頃だがライダーの格好は目のやりどころに困る。甲冑などの武士が身に着ける装備は良いのだが、それ以外の箇所が無防備すぎる。これではただの痴女ではないか。

 

「チィ......ったく、槍だったら今ので決まってたってのによぉ。......まぁいい」

 

 水を差すように入った声に顔を向ける。その直後目に飛び込んできたのは─────

 

「これで終の一手だ。マスターもそこにいるんだ、守りきれねぇだろ?」

 

 数えるのすら呆れる。

 量、質、大きさ。どれをとってもさっきまでとは1回り違っている。最早1ミリの隙間すらない、四方八方を囲まれている。

 

「あの、主、殿。申し訳────」

 

 ライダーさえ、表情に焦りの色が見える。

 絶体絶命と言えるべき状況の中、何故か私の意識は目の前の炎の結界ではなく、別の方に向いていた。

 

 偶然。丁度駆け出せば届く距離に置かれていたアタッシュケースが目に飛び込んできた。

  一般人である私にとっては偶然の筈のそれは、魔術師である私にとっては最早、必然としか思えなかった。

 火の大群の中、迷わずアタッシュケースに手を伸ばし、掴みに行く。

 

「────主殿?!」

 

「オン、キリ、オン、キリ、キリ、バサラ」

 

 手に取った直後、無意識に浮かぶ文字の乱立。それを唱えるとアタッシュケースは独りでに開かれた。

 

「風雲の壁。我が身に走り、災害を退けよ」

 

 身体の内に揃っている、全ての戦力を総動員させる。当然のように手は矛の形に。

 

 アタッシュケースの中から展開された無数の呪符達は私とライダーを囲み、回り続ける。パラパラと紙同士が擦れる音は本のページを捲る音に似ている。

 

 迫るのは火の海。比喩表現ではない、まさにその物。それを私は、私の盾は

 

「────防御印 壁天呪」

 

 容赦なく退けて見せた。

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