「主、殿?」
「ぁ────」
盾となった呪符の壁は炎を当たり前のように食い止めている。完璧に炎を食い止めている。しかし、問題は術者である私の方だ。印を結んでいる右手が、手首から上が痙攣し始めている。
歯を食いしばりながら耐えるのがやっとだ。少しでも気を緩めれば目の前の波が瞬く間に流れ込むだろう。そして、私の体力も度重なる出来事のせいで限界が近い。
「ライ、ダー。ごめ、ん。無理か────」
意識が遠のく。
いくら超常現象的な事を私がしたからと言って、やはり状況は変わらない。人は人のままだ、限界なんて超えても次の限界がすぐそこにあるのだ。
数秒後の私達のイメージ。生命の危機が頭に浮かんだ。
刹那、
「、────ああああああっ!!」
体の内から何かがこみ上げてきた。それを外に吐き出すように吼える。
その何かを希望と、頼りにして
パンッ
乾いた音。
消し飛んだ。目の前に展開されていた呪符が。しかし目の前の炎もない。多分、耐え切ったのだろう。
多分、耐え切った。きっとそうだ、だけど、もう、身体が──────
目の前が真っ暗になった。
「お。そっちのマスター倒れちまったなあ。どうするよ?騎兵」
「無論、そちらがまだ仕掛けてくるのであればこちらはそれ相応の対応をするまで」
「いや、期待してるとこ悪ぃけどこっちにはそんな気はねぇよ。マスターからのお呼びもかかったからよ。こんなもんにしとくぜ」
「─────何がしたかったのだ?」
「大まかな戦力の調査ってところだ。まあ、あんたの主がそこまでやる奴だとは思わなかったんでな。思わぬ収穫って奴だ」
「.........」
「はいはい、さっさと帰りますよっと──────あ、ああ忘れてたぜ」
「こっちのマスターからの伝言だ。伝えといてやってくれ。─────『この聖杯戦争は既に破綻している。降りるなら今の内だ。』だと」
「は、それはどういう」
「知らん。とりあえず伝えたからな、あばよ」
──────。
曇り空。頬を伝う雨。
肌寒い、そうとしか言えない季節だった。そんな季節だと言うのに、身体の1点が熱かった。
とくとく、とそこから生気が漏れ出しているような感覚。出血している感じ、というか出血しているのか?
視界は良好ではない、見えるのは1面の曇り空。しかし、その殺風景な空を私から隠すように、1つ、影が私を上から覗いていた。
「────めん、ごめ、ん。」
泣いている。男は泣いていた。
この顔は見覚えがあった。そう父、土御門海叶だ。なぜ泣いているのか、なぜ私は......、
全ての聞こうとするが、どうも上手く声が出せない。一言一言、絶え絶えで、喘ぐ様にしか言葉を紡げない。
「僕が、っ、僕がついて、いながら、」
必死に何かをしようとしている。子供のように泣きじゃくりながら。何度も何度も。
しかし、上手くいかないのか何かをやめては始め、やめては始めを繰り返している。
私は身体中の全てを込めて、僅かに動く手をゆっくり上げ、その忙しなく動いている手を止めた。
「.........。」
私の手に気づくと、父は目を見開いた。
すると、何かを諦めたように手をダランと力なくぶらつかせた。見えるのは絶望した、そんな表情。
「──────だ。」
何か呟いている。私は一声でも掛けようと残りの力を振り絞って口を開けた。
瞬間、父の光った手と共に意識は途切れた。
「──────っ!!」
目を覚ますと見知った天井。
「はっ、はっ、はっ、はっ、は、っ」
酷く荒れた呼吸をしながらこめかみを指先でなぞる。不自然な程に身体中から汗が溢れてくる。嫌になるくらい、鮮明な夢だった。本当にあった出来事の回想のような、夢と現実の境がわからなくなるような。
部屋中に視界を巡らそうとすると、目眩がそれを邪魔する。それとすごく、頭が痛い。
奇怪な夢だった。
本当に一体どこからどこまでが夢と呼べるのだろうか。学校に行くまでは確かに現実だった気がするのだが。火の玉が急降下してきた当たり、その当たりから現実味が無くなってきたから、そこだろうか。
とりあえず、シャワーでも浴びて汗を流そう。それから落ち着いて考えればきっといつもの日常が戻ってくる筈だ。あんなのが毎日続けば身体どころか精神的に参る。
とりあえず時間を確認しなければ、今が何時なのか見当もつかな───
「お目覚めになられましたか!主殿!!」
「────あえ?」
間の抜けた声+耳を刺すような甲高い声。
洋風な私の部屋にはどう工夫してもミスマッチしてしまっている甲冑。目に入るのは必然じゃないか。
夢であったはずの少女が今まさに目の前に発現しているのだから、目につかない筈がない。
「.........HELLO」
「はろぉ?」
首をかしげてもダメだ。我が家に甲冑を着て、下着をほとんど露わにしている武人など存在しない。
夢ではない夢ではなかった。よくよく落ち着いてみると体の節々がヒリヒリと痛む気がする。
恐らく火傷。当然、思い当たるのは一つしかなく──
「どこか痛むところはありませんか?」
「あぁ、うん、ないよ。ありがと」
「私、こう見えて天才ですから。何でもそつなくこなしますよ。何かあれば何でも言ってください」
「────あー、ここ私の家で間違いないよね?」
「はい!私が運びました」
「そっかー、ふーん」
思わずため息が漏れる。頭痛が酷くなった気がする。
私が見ていたあの光景が夢ではない。ならば、私の目の前に存在する少女はサーヴァントと呼ばれる私の使い魔────
「────っ!!」
雷でも落ちたように、急に更なる頭痛が私を襲う。
「大丈夫ですか?もう少し休んだ方が」
「いや、いいよ。大したことないからさ」
「そうですか......」
「とりあえずお腹が空いた。何か適当に食べる。真剣な話はそれからしようね。ラ、ライダー」
「はいっ!承知しました!────」
サーヴァント、使い魔。
聞きなれない単語が頭の中を過ぎる。
普通ではないその言葉を私は何の疑問も持たないまま頭を働かせていた。
少女、ライダーや私を襲撃してきた男よりもこの「知識」の方が私の中では奇怪だ。
考えなくても勝手に動く身体。いや「勝手に」というより「強制的に」という方がしっくりくる。魔術?見たことも聞いたことも、ましては覚えたことも無い。確かなのは私が放っていた札の事だ。あれは私が家で暇さえあれば書いていた物。今思えばこれを作る事に何の違和感も持たなかったのは異常だ。自分がやりたいと思ったからやる、そういう母譲りの考えがその疑問をかき消していた。
自分の中には得体の知れない何かが潜んでいる。考えただけで不安になってきた。
「────あー!ダメだダメだ!!」
沈む気持ちに喝を入れるように手の平で頬を叩く。サーヴァント、魔術、どれも変わらないだろうと自分に言い聞かせる。
さっきまであった気持ちを誤魔化すように、半ば蹴り飛ばすように居間への扉を開けた。
まずはライダーの事から考えよ。
「あ、土御門さん。調子はどう?大丈夫?」
「───────。」
ライダーは言った。ここは私の家だと
確かにそのはず。家具やベッド、家の作りやその他諸々全て私の家なのだから。見間違えることは無い。
しかし、私の家に遠坂君はいない。間違いなく
「どうしたの?土御門さん」
何故平然と椅子に座りながら首を傾げている?
「紅茶飲む?」
何故ここの家主のように茶を出している?
「紅茶飲む?じゃないよ!何でとっ、遠坂君が私の家に上がり込んでるの?!」
「いやあ、訪ねに来たんだけど鍵かかってなかったから不用心だなと思ってさ」
「────遠坂君は常識が通じない人なの?」
「魔術師だしね。常識に囚われていたら先に進めないでしょ」
と、得意気に言う。魔術師、という単語に私の「知識」は何かしら親近感を覚えてしまっているようだ。その突飛な言葉に私は何の疑問も持たないまま話を続けた。
「な、な、何言ってんの!魔術師って────」
容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。学校では彼の事を良く聞くが話したことがないのでどんな人柄かは知らないが、噂では紳士だと聞く。
そのはずだが
「────魔術師ってみんなこうなの?」
「知らないよ。僕以外の魔術師なんて会ったことない」
「主ど────何奴?!」
ライダーが大袈裟な動作で後ろに飛び退いた。
彼が居た事に気づいてないということは多分、ライダーが私を寝室に運んでから、彼はここに来たのだろう。
日本刀を突きつけられているというのに、眉を動かしもしない。彼は結構肝が座っている。
「はは、随分と可愛らしいサーヴァントじゃないか。土御門さんにぴったりだ」
わざとらしく、笑いながら手を叩く。
「その腕、いやその首ごと今すぐ切り落としてやってもいいぞ?」
「わあ怖い────まあ、そろそろ本題に入ろうかな」
「それは落とされても良いということか」
「ちょ、ちょ、ライダー。なし、いきなり人殺すのはなしだよ」
「──────はい」
ショボン と効果音が聞こえてきそうだ。
あからさまにライダーは肩を落としながら刀を収める。このまま放っておけば、本当に殺しかねない状況だった。そうなれば多分、私がやばい。何故なら多分、遠坂君がここにいるのは、私がここにいると解っているということは────
遠坂君は薄く微笑むと口を開いた。
「土御門さん、僕は貴女と同盟を結びたいんだ。そのためにここに来た」
「ど、同盟?」
「うん、同盟」
そう言うと彼はパチン と指を鳴らした。
突然、目の前に人影が現れた。元々そこにいたように、遠坂君の横で佇んでいる。
「──────。」
オレンジに近い赤髪。薔薇色の瞳。記憶の隅でノイズが走る。
私はこの人を1度、否、私はその姿を何度も何度も見ている。見覚えがあるというのは少し違う気がする。
私はその姿を────
「同盟というならまずは信頼を得ようと思うんだ。まずはこの僕のサーヴァント。全ての明かそうと思う。」
「彼はラーマ。ヴィシュヌの分身、イクシュヴァーク王統に生まれた王子だ」
見慣れている。