宇宙で食事。
言葉の響きだけ聞くならロマンを感じなくもないが、宇宙開拓事業がゴールドラッシュの如く星々を駆け巡るこのご世代にソレらを感じられるのは一部の金持ちか、宇宙に出ることすらままならない貧乏人ぐらいで。
それだけ宇宙での食事事情は味気なくなく、わびしいもので。食べるというより栄養を補給すると形容するような代物が多い。
無論それに不満を抱く者は大勢いるが、何せ食料となると諸々の諸経費でビックリするほど金がかかる。それこそ打ち上げるロケットに食べさせる燃料代が無くなるほどにだ。
よって誰もが不満を抱きながらも、誰もが同じ理由で不味い宇宙食を齧っているのだった。
そして若き宇宙パイロットのタナカもまた、現在の食事に不満を持ちながらも、何処か諦めた気持ちで支給される宇宙食を齧っていた。
宇宙便利舎に入社してはや四年。宇宙貨物船タイタン号の副操縦士を任されるぐらいになったものの、依然と食事の中身は変わらず。
モソモソとした宇宙食に申し訳程度にケチャップがつけられたぐらいだ。
「はあ~、匂いだけでもいいから肉が食いてえ……」
「やめとけやめとけ、一度その手の物食べたことがあるが空しさがつもるだけだったぞ」
そう言いながら現れたのは、副船長のケイだ。
副操縦士のタナカとは立場は違えど年齢が近いこともあってか、食事を共にすることが多く。
不味い宇宙食でも談笑しながら食べればまだ気が紛れるというもので、タナカとしては、ありがたい限りだった。
副船長のケイのメニューもタナカよりは比較的マシといったぐらいで。ほとんど変わらない代物であるが、たまにデザートがついてくることがあってか、他の乗組員たちに酷く羨ましがられていた。
だがケイは、その貴重な趣向品を惜しみなく誰かまわずあげてしまう。
結果、デザートよりも良いのを食べていると誤解されることもままあった。
「やれやれ、今日は合成パンに解凍スープか。チューブ食でないだけマシと思おう」
「あれを食ってるところってまだあるんですかねえ」
「外宇宙の輸送船だと今でもチューブとブラシらしいぞ。さて、冷めないうち食べちまおう。冷めたら犬でも食わん」
「……犬ってくえ」
「言うな、言わないでくれ」
そんな悲しき宇宙の食事事情に変化を見せたのは、開拓惑星に荷を降ろして帰る途中で補給に立ち寄ったプラント衛星でのことであった。
鉄板の上でパチパチと弾ける油と熱気、かぐだけで唾液が出るような焼けた匂い、噛み締めるほど溢れ出る肉汁のソレが船内で配給されたのだ。
故郷の星で食べてもそこそこの値段であろう。あまり大きな宇宙船でないとはいえ、それはクルー全員に行き渡ったらしく瞬く間に時の話題となった。
しかしケイだけは、その配給を訝しがった。
「うーむ、こんな予定も余裕も無いはずなんだがなあ」
「船長はなんと?」
「食えるものは食べておけと言っていたが……。どうも腑に落ちない」
「少し早いボーナスってことじゃないですかね? ほら、うち普段出ないから」
「うむむ、そうかもしれないな」
しかしその予想は外れることにる。なんと次の日から配給メニューとしてステーキが追加されたのだ。
それも昨日出されたものと遜色が無い、いや同等の熱々のものが宇宙船内で食べられるようになったのだから。流石にタナカも驚いたが宇宙での味気ない食事に楽しみが増えたと思い、深くは考えなかった。
だがケイは違った。いよいよもって副艦長の権限を使ってでも徹底的に調べはじめたのだ。
それにたいして冷笑を浮かべ、時には馬鹿にするような発言をされても、ケイは諦めることはなかった。
そうして数日後、夜間部タスクを勤めていたタナカにケイからの内線コールが飛んだ。
『タナカ聞いてくれ! タイタンには一度も牛肉や豚肉が乗せられてない、合成加工品もだ!』
『ケイおちつけ、なんの話なんだ』
『これが落ち着いていられるか! どう勘定しても出した物と入れた物でウチはギリギリなんだ、だけど一回だけ無理している。あの時だ! あのプラント衛星でタイタンは、食材でない何かを買っている、ああ! もどかしい! 今からそちらに行く!!』
タナカの返事も聞かずに通信は切れた、いったいどういうことなのか気になるところではあるが、ケイの半狂乱な様子を顧みるに、どうやらとてつもないことを発見してしまったことは間違いなさそうである。
しかし待てども待てどもケイは現れない。一時間過ぎてもなんら連絡がこないのはおかしいとみて、タナカはケイのもとに向かおうと立ち上がろうとしたその時。
ロックをかけていたはずのドアが開いたではないか。
そこに立っている人物は、もちろん――……。
「やあ、タナカ君……ケイ副艦長はこれなくなったよ」
「か、艦長……? それはいったいどういうことですか?」
「そのままの意味さ、ところで君はお肉は好きかい?」
「ええ……え、ええまあ、それなりには……」
「そうか、それはなによりだ」
そう不敵な笑みを浮かべ艦長は素早くタナカを蹴り飛ばした。不意をつかれたタナカは、そのまま倒れ押さえつけられる。
「艦長! いったい!?」
「宇宙ってのは本当に不思議なものが多いね。例えばそう、切り取った瞬間から再生する生命体とかさ。まあそれは高いんで血だけを買い取ったわけなんだけど」
「いったいそれが……」
「君もお肉になれるよ。その血を注入するだけで強力な再生能力が手に入れられるんだ。変わりに定期的に人間の血液を摂取しなくちゃ自壊しちゃうんだけど、言わば吸血鬼だね」
「ああ! あああ! 何故!? そんな、何故!! あんまりにも!」
タナカは泣き叫んで止めるように懇願した、まさかそんなことがこの船で行われてたなんて。
狂っているとしか言いようがいが艦長は、ごくごくいつも通りの表情で淡々と言葉を連ねる。
タナカは、それがもう怖くてならなかった。
これからおきる惨劇よりも、ただただ目の前の男が恐ろしかった。
ガタガタと震えるタナカを横目に艦長は、吸血鬼の血が入った注射器をとりだしつつ呟いた。
「まあ私はベジタリアンなんだけどね」
――
・瓢箪から駒がでる
瓢箪の中から馬が飛びだすことで、思いかげないことが起きるたとえ。さらに、冗談で言ったことが事実になってしまうたとえ。
出典 : 故事ことわざ辞典
吸血鬼になれば宇宙でも血だけで安上がりだよね、と考えてたのに奇妙な話になってしまった。
SFなんだかホラーなんだか……。
描写というよりも全部説明なのでひたすら読みにくい。情景が見えない。
尻すぼみ。