「おーい、待ってよー」
そう言って1人の男の子が駆ける。
「君が遅いんでしょー」
その男子の目の先には純白のワンピース、つばの大きな麦わら帽子といったシンプルな装いの女の子がいる。河川敷の草むらに腰掛けている。ちゃっかりお尻の下にバッグを敷いている。
「かなちゃんが早いんだよ、図書館を一緒に出ようと言ったのに」
「私の帰る準備が早かったんだもの、それに君だったらちゃーんと走って追いついて来るって分かってたもん」
「もう、そのせいで汗かいちゃったよ……。玄関で待っててくれればよかったのに」
「普段インドアな君には丁度いい運動だったでしょ?夏休みだってラジオ体操と学校のプールと夏期講習以外は家に居たって聞いたわよ」
「誰から!?」
「貴方のママから」
僕は彼女には何でもペラペラと話す自分の母親に対して少し怒りを感じた。その表れとしてそばに転がっていた石を拾い上げて川に向かって投げた。もちろん周りに誰も居ない事を確認してだ。
ポチャン。
石が入水した。
「何でママはかなちゃんに何でも言うかなぁ……」
僕は2個目の石を手にしながらそう呟いた。
「おばさまは君のことを心配して言ってくれているのよ。だって今日の図書館だってほとんど外に出ない君を心配して私から君を誘うように頼まれたんだもん。」
「そんなことしなくたっていいじゃん……勉強はしてるし、成績も良い。この世は運動が出来なくたって、頭が良くてスピードが速ければ生きて行けるんだよ。僕の楽しみはプログラミングとゲームだけで十分。邪魔してほしくないよ。図書館でだって結局半分以上はかなちゃんの宿題を僕が教えてたんじゃないか」
「あはは、いいじゃない。君は運動不足が解消できて、私は宿題が進む、Win-Winでしょ?」
「全然ウィンウィンじゃない……」
僕は彼女の強引な論理にげんなりして手にしていた石を手から滑り落としていた。
「あれ?投げないの?」
「うん、君の主張に対してね……言葉を失ってね」
「そう? まぁ、いいわ、私も石を投げよっかなー」
そう言うと彼女は河原で石を物色し始めた。どうやら水切りをするようで平べったい石を探している。僕はふと川の方に目を向けた。川は夕日の光を受けて何千何万と言うガラスを散らしたようにきらきらと輝いていた。学校の帰り道で何回も見た光景だ。河原に目を戻すと彼女が逆光で影絵のように動いて見えた。僕も河原に降りる。
「かなちゃん、そろそろ帰ろう?お日様も沈んじゃうよ」
「1回、1回投げるだけ、ねっ!?」
僕はもう溜息をついて見守る。5分程経っただろうか。彼女は納得のいく石を見つけたらしく、立ち上がった。
「よーし、投げるよ!」
「アー、ハイハイ」
「もう!気の抜けた返事禁止!」
多少拗ねた表情を作り、彼女は川と向かい合う。左足を持ち上げ、右腕を大きく引き、投げる体勢に入る。そして本人にとっては精一杯のサイドスローを降り抜く。
ぱしゃっ、ぱしゃっ、ぱしゃ……
石は3回水面を跳ね、沈んだ。
「あーっっ、悔しい!前は5回跳ねたのに!」
彼女は今の記録がお気に召さなかったらしく、腕を振り回して悔しがった。
「いいじゃん、3回。僕は石を投げても2回が限界なんだから。」
「よくない!私はね、自分が出来たはずの事ができないのは悔しいの!」
「水切りなんだからそりゃ失敗することもあるって……それにそんなこと言うんだったら勉強でも頑張って欲しいんだけど。せめて宿題は。」
「それでもヤなの!それに……ねっ、人には向き不向きがあるでしょ?」
「あのさぁ……」
僕は自分でも半目になったのが分かった。彼女は大体普段から宿題を僕に甘え過ぎなのだ。それなのにいつもテストでは95点以上か100点を結構取るのだ。ちょっと納得しがたく、追求しようと思い口を開いたその時。
――ヴーッ、ヴーッ、只今夕方5時になりました、小学生の皆さん、お家に帰りましょう、繰り返します、只今夕方5時になりました、小学生の―――
下校を促す放送だ。
「あ!鳴っちゃった、さ、帰ろ!!」
彼女は助かったと言わんばかりの勢いで川べりで傾斜のある草むらを駆けあがる。僕は納得が行かなかったけど、仕方なく「早く!早く!」と急かす彼女に引っ張られ、家路についたのだった。
「………ん、もう朝か……なんでまた小学生の時の夢を……」
僕は光目覚ましの強力な光を受けて目を瞬かせてた。額に汗が溜まり、じっとりと濡れいていた。
ベッドの中で伸びをすると上半身を起こし、ベッドの脇のカレンダーを見て予定を確認する。2032年8月31日火曜日。小学生の時だと夏休みの終わりを強烈に実感する前日だ。ついさっきまで小学生の夢を見ていた自分はそんな事を思った。頭が覚醒して来たらしく、眼鏡をかけてベッドから降りる。
「あ……そうか、今日は……」
僕は急いでパンとスクランブルエッグと牛乳といった簡単な朝食を流し込んで家を出る。時刻はAM6:47。いつもの会社に行く時間より早い。でもこの時間に出なくてはならなかったのだった。目的地が遠くにあるからだ。電車を乗り継ぎ、タクシーに乗ってある場所に向かう。そこはある意味、人の終着地とも言える場所だった。S県H市東(ひがし)霊園。僕はその霊園の一角に2つの手桶を持って立っていた。この間知ったのだが、水は2つ用意した方が良いのだそうだ。1つは故人に捧げる水、1つは掃除用の水。
「まったく、絶対来いってことで夢に出たのか、かなちゃん……」
僕はそんな事を言いながら墓石に水を掛けた。墓石には「由比家之墓」とある。側面の最新の墓銘は『由比 奏恵(ゆい・かなえ) 2017年8月31日永眠 享年9歳』とある。
僕は墓石に手を置いた。そして線香を立て、手を合わせる。目を開くと墓石の後ろからいたずらっぽい少女の笑顔が見えた気がした。ビックリして墓の裏側に回るが、誰も居なかった。僕はがっかりしたと同時に笑った。かなちゃんらしいと思ったからだ。あの少女が僕の心が作り出した幻覚だったのか、本当に彼女の幽霊だったのかそれはどうでも良かった。
僕は手桶を持って彼女の実家へ向かうべく歩き出した。顔を上げると夏らしい真っ青な空に真っ白な入道雲が沸き立っていた。蝉の声も少なくなってきており、夏の終わりが近いことを告げている。彼は気付いていなかったが、もしも霊感のある者が見たらびっくりしたであろう。影の薄い大きなつばの麦わら帽子に白いワンピースと着た少女が肩車をして両手を振り上げていたのだから。
「なんか肩が重いな……気のせいか?」
僕は疑問に思いながらも気にしない事にした。何故だか幸せな感じがして、この重さを味わっていたかったからだ。あぁ、今年も夏が終わる――。
どうでしたでしょうか。久々の投稿で、力が落ちている事を実感いたしました。夏をしっかり伝えることが出来ていればいいのですが。
夏がそろそろ終わりそうだと思い、書いてみたくなりました。これから少しずつ書いて行ければ、と思います。焔の軌跡の方は……ええ、少し考えて行きたいと思います……。それでは失礼致します。