ハイスクールD×D~地双龍と混血悪魔~   作:木の人

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初めて特殊タグを使いました。
こんな風になるんですね……。


127話

 ノワール・キマリスにとって片霧夜空と言う少女の第一印象は綺麗であった。

 

 彼の人生は()()()()を迎えるまでは平凡そのものだった。何かに優れているわけでも無く、何かに劣っているわけでも無い。そんな彼が周りと違う点と言えば純血悪魔では無く混血悪魔と言う事実だけだった。元七十二柱の一つ、キマリスの血を引く純血悪魔の父と何の力も持たないただの人間である母親の間に生まれた混血悪魔、それがノワール・キマリスである。

 

 純血悪魔は同じ純血悪魔と結ばれるべきと多くの貴族、冥界上層部ですら声を揃えて言っていた中でまるで反抗するように結婚した両親から彼は周りの事など気にしないとばかりに愛された。しかし幼い彼は純血主義を掲げていた貴族達からはまるで家畜でも見るような、凡そ子供ではないなにかを見ているような視線で見られ続ける事で周りと違うと理解するのは遅くは無かった。だからこそ彼は認められるように良い子であろうとした。両親が誇れるように頑張ろうと思っていた――がそれは単なる甘えだったと理解する事になる。

 

 その日、人間界は普通の日だった。世間が驚く発明があったわけもなく誰もが恐怖する大事件があったわけでも無い。ただ冥界に住んでいた母親が久しぶりに人間界に行きたい、ノワールに外の世界を見せたいと言う親心から母親と息子の二人で人間界へと赴いた。しかし親子での外出、行先は人間界と消すには都合の良い条件が揃っていた事からノワールとその母親を疎んでいたキマリス家、そしてそれに従う悪魔達は行動を起こした。信じていた者達による裏切りによる困惑、自分達を殺そうとする殺意から逃れるために戦う力を持たない母親に手を引かれ、庇われ、最後には目の前で倒れる状況を改めて自覚した事により――ノワール・キマリスという混血悪魔に宿った()()は発現した。

 

 ――影龍王の手袋(シェイド・グローブ)

 

 人間あるいは人間の血が流れる者にしか宿らない神器(セイグリット・ギア)の中でも十五種しかない神を滅ぼせる代物の一つ。地双龍と呼ばれる邪龍の一体が封じられ、宿す者は影龍王と呼ばれる神滅具をその場で発現した事により彼は自分の「運命」に出会った。

 

 

「『夜空ァァァッ!!』」

 

 

 最愛の相手である少女の名をノワールは強く叫ぶ。

 

 神を滅ぼせる神器を発現したとしても当時のノワールは戦闘経験が無かった。目の前では母親が血まみれで今にも死にそうな状況で唯一出来る事と言えば襲撃者を殺意を込めた目で見る事と自分達を神滅具の力で守る事だけ。そんな状況をまるで最初から何も無かったかのようにしたのは誰でも無い、ノワールの目の前に居る片霧夜空と言う少女。たった一瞬で襲撃者を消滅させた彼女にノワールは凄い、強いなどの感情を抱く前に純粋に綺麗だと思った。

 

 お礼を言う間もなく見惚れた彼女からの一言は今もなおノワール・キマリスと言う男の心に突き刺さっている。自分が弱かったからこの状況になり、周りを信用してしまったから母親が死にかけたと誰かに言われるまでもなく理解した。だからこそノワールは自分を偽るのを止めた。良い子になっても誰も喜びはしない、両親が誇れるような息子になった所で周りはいつか必ず裏切る、弱い事が罪ならば強くなる、この世で信じられるのは自分と神滅具の中に居る邪龍だけと心に決め、両親すら自分が強くなる踏み台にする事を覚悟した。

 

 全てはあの日、あの時に出会った彼女に追いつくために。

 

 ノワール・キマリスという混血悪魔は片霧夜空と言う少女に出会った事で本当の意味で生まれたのだ。

 

 

「『ノワールゥゥゥッ!!』」

 

 

 最愛の相手である少年の名を強く叫ぶのは片霧夜空。

 

 彼女の人生は()()()()を迎えるまでは波乱万丈であった。彼女は覚えてはいないが母親の腹の中に居た時期には既に自らに宿る神滅具の一つ、光龍妃の外套(グリッター・オーバーコート)に封じられた邪龍を視認し、生まれた後も赤ん坊の腕力では壊せないはずの玩具を握力だけで握りつぶす、高い場所から落ちても怪我をしないなどの異常性があった。

 

 彼女の両親は至って普通の人間である。だからこそ自分達の子供がおかしいと言う事に気づく事になるが人間故に最初は愛そうとした、ちゃんと受け入れようとしたが年月が経つにつれ自分の子供とは思えない異常性を次々と目の当たりにした事でそれは恐怖に代わる事になり――片霧夜空と言う少女は普通ならば右も左も判断できない年齢にも拘らず両親に捨てられた。

 

 捨てられた彼女は幼い子供とは思えないほど自分の状況を理解していた。このままでは死ぬと本能が理解していたから行動を起こす。生きるために必要だったのである時は草を食べた。ある時はカビが生えた食べ物を口にした。ある時は排水溝に住む鼠を食べた。喉を潤すために汚れた水を、小動物の血を、自分の排泄物ですら飲み干した。寒さを凌ぐために悪臭が酷い場所で、自分の身の丈を超す草木の中で、神滅具の力を使い穴を掘り土に塗れながら眠った。普通の人間ならば一日も経たずに病気になり死を迎えるだろう状況にも拘らず彼女は自らに宿る神滅具に封じられた邪龍と共に生き続けた。

 

 幼い少女というだけで狙う輩を返り討ちにした事もある。ボロボロの服装を見て同い年の子供に笑われたこともある。見るに見かねて善意で保護しようとした人達すら信じず夜空は一人で居続けた。何故なら信じられるのは自分と一緒に居てくれる邪龍だけだと理解していたからこそ誰にも従わず、誰も信じず生き続けた――運命と呼べる日までは。

 

 片霧夜空にとってノワール・キマリスという少年の第一印象は良く分からないである。

 

 自分が唯一信じる邪龍の言葉に従い、違和感しかない空間に足を踏み入れてみれば名も知らない親子らしき者を痛めつけている存在が居た。この世界は弱肉強食、弱いのが悪いと分かっていたが何故か助けていた。その事に気づいたのは全てが終わった後で我に返った彼女、片霧夜空は彼と出会った。

 

 目の前に居る助けた男が自分を見る目が夜空は理解できなかった。幼い自分に欲情して襲ってくる男のような目でも無く自分の恰好に同情している男のような目でも無い。自分を捨てた両親を見つけ出し捨てた事に対する恨みから殺害した際の化け物を見るような目でも無い――彼、ノワール・キマリスの目を見て相手が何を考えているのか分からなかった。その目をずっと見ていたくなる自分が怖くなり彼女はそれらしい言葉と共に逃げるようにその場を去るも時間が経てど彼の顔が頭から離れなかった。

 

 だから気になった。なんで自分は彼を助けたのか、あの目はどんな意味を持つ目だったのかを知るためにいつの間にか使えるようになった仙術と呼ばれるものを利用して彼を見続けた。化け物と呼ばれた自分を見つけると何事も無いかのように話しかけてくるたびに不思議と顔が熱くなった。ただ見ているだけにも拘らず何故か楽しいと思えた。辛いはずの明日が来るのが楽しみになった。

 

 片霧夜空はノワール・キマリスと言う少年に出会った事で人間らしさを取り戻した。

 

 

「『ゼハハハハハハハ!! 相変わらずおっかねぇなぁおい!! 触れたら普通に消滅するじゃねぇか!!』」

 

「『アハハハハハハハ!! 当然! この超絶美少女夜空ちゃんに簡単に触れようとかおもうんじゃねーよばーか!! つーかかったいんだよ! 手が痛くなんじゃん!!』」

 

「『当然だろうが! 俺がここまでの硬さを! 防御を求めたのはお前を受け入れるためだからな!! だから感謝してどんどん向かって来い夜空!!』」

 

 

 何もかも汚染する醜悪な漆黒(ノワール)と何もかも全て浄化する金色(よぞら)が衝突し続ける。

 

 彼らが纏う力はドラゴンを封じる神器だけが扱える覇龍と呼ばれる禁忌の力を自らの欲望(ねがい)だけで強化または変質させたもの。その欲望(ねがい)は単純かつシンプル――自分が心から求める相手への愛である。歴代影龍王、光龍妃の面々ですら飲み込まれた「覇」の理、発動すれば命を落としかねない危険な代物を愛の感情だけで自らの力に変えた。

 

 影の龍クロムは語った――ユニアの宿主と出会う事こそが運命だったんだろうぜ、と。

 

 陽光の龍ユニアは語った――ノワール・キマリスと出会う事こそ運命だったのでしょう、と。

 

 二体の邪龍は語った――俺(私)達は最高の宿主と出会う事が出来た、と。

 

 ノワール・キマリスは片霧夜空を心の底から愛し、片霧夜空もノワール・キマリスを心の底から愛している。長い年月、殺し合いを続けていた影龍王と光龍妃が互いを愛し合う状況はこの時代で初めて行われた事であるがそれ故に歴代の者達では至れなかった境地に辿り着いた。

 

 

「「『『しねぇぇっ!!!』』」」

 

 

 ノワールと夜空は何度もぶつかり合う。

 

 神話に登場する神ですら実際に滅ぼしたほどの力を遠慮も加減もせずに正面からぶつかり続ける。彼らの決戦の地である地双龍の遊び場はもはやそこには何があったのか分からないほど原形を留めておらずノワールが将来治めるであろうキマリス領全体が衝突の余波で吹き飛んでいる。勿論、キマリス領に隣接する領地も例外では無く夜空が放つ極大の雷光が、ノワールが放つ極大の影の波動が薙ぎ払われるたびに魔獣騒動と呼ばれる災害以上に被害が出ている。

 

 当初は観戦していた妖怪達全員、キマリス領民が避難している場所へと転移させられ映像にて被害を見ているが誰もが文句を言わず逆に良いぞ良いぞと酒が進んでいるに対し、キマリス領民以外の悪魔達は今すぐ止めるようにと魔王達に願い出ている。しかし止まる事は無い。何故なら魔王達はおろか神ですらこの戦いに介入は出来ないからだ。一歩でも彼らの前に姿を現せば怒りの矛先が自分達、そして冥界全土に広がる恐れがあるため魔王達は領民の避難誘導を続けるしかない。

 

 各地の被害に頭を悩ませている魔王の事など全く気にする事も無くノワールと夜空は持てる力の全てを使って自分の思いをぶつける。

 

 

「『夜空! 俺は……俺はァ!! お前の事が好きだぁ!!』」

 

「『私だって……お前の事が大好きだぁ!!』」

 

「『分かってるなら……俺にお前を守らせろよ! お前も守るために此処まで強くなったって! 分かってくれても良いだろうが!!』」

 

「『そっちこそ私に守らせてくれても良いじゃん!! 嬉しかった……嬉しかったんだから! 化け物じゃなくて普通の女の子として接してくれたのはノワールだけだった! その恩返しをさせてよ! てかさせろぉ!!』」

 

「『それを言うなら……俺はお前に命を救われてるんだよ! 俺だけじゃない母さんの命もな! その恩返しをさせてくれよ頼むから!!』」

 

「『だったらお前が私を認めろぉ!』」

 

「『ふざけんな! お前が俺を認めろよ!!』」

 

「『やだ!!』」

 

「『俺だって嫌だね!』」

 

「「『『この分からず屋!!!』』」」

 

 

 互いの拳が真っすぐ相手の拳とぶつかる。その衝撃で冥界の空に、彼らの周囲の空間に小さな亀裂が入る。実際に神すら滅ぼしたほどの強大な力が加減も無く衝突し続ければ空間に影響が出るのは当然、かれこれ数分間はぶつかっては離れ、またぶつかるを繰り返している事により冥界と言う空間ですら耐えきれなくなっている。しかし彼らは止める事は無い。空間()()を気にするよりも相手に思いをぶつける事が先と本気で思っているからこそ空中でぶつかり合う。

 

 漆黒の影を纏った拳が黄金の鎧を砕き、目を奪われるほど美しい極大な雷光が漆黒の鎧を消滅させる。全身を影龍を模した顔へと変化させ、口から削り取られたかと錯覚するほどの黒い砲撃を放つと迎え撃つように全身を光龍を模した顔へと変化させ、口から目を瞑りたくなるほど眩しい黄金の砲撃を放つ。お互いの攻撃で自らが傷つこうとも即座に再生、回復し何度も、何度も何度も何度も二人は戦い続ける。手加減など一切無い純粋な力と力のぶつかり合いは永遠に続くかと思われたが――そんなものなどあり得ない。

 

 

「『まだ、まだぁ!!』」

 

「『もう、すこしぃ!!』」

 

 

 何もかも吹き飛んだ大地へ同時に落ちたノワールと夜空は苦しげな声を上げながら相手を見る。

 

 ノワールが放つ影龍皇の漆黒鎧・覇龍融合は片霧夜空が関わっていれば発動時間が延びる性質を持ち、片霧夜空が放つ雷光龍妃の金色鎧・覇龍昇華もまた同じくノワール・キマリスが関わっていれば発動時間が延びる性質を持っている。

 

 相手を求めているが故に同じ性質を持った切り札は十分という長いようで短い時間が経過した事によって限界を迎えようとしていた。しかしそれは二人は認めない。認める事など出来はしない。まだ相手に自分の思いを伝えきれていないにも拘らず限界が来るなどあり得ないと獣――いやドラゴンですら竦む雄叫びと共に立ち上がる。

 

 

「『よぞらぁぁぁっ!!!』」

 

「『のわーるぅぅぅ!!!』」

 

 

 全ての力を込めた拳が互いの体を捕える。

 

 黄金と漆黒の輝きが周囲を染め上げ、ただでさえ痛めつけられた冥界の大地が、空間が壊れるほどの衝撃が起きる。その中心地に居たノワールと夜空はお互い、後ろへと吹き飛ばされ――離れた場所で地面に倒れる事になった。

 

 黄金の鎧が、漆黒の鎧が、神すら滅ぼした力が消えた事により二人は生身の状態で倒れている。長く続いた相手に自分の思いを伝える告白合戦が無くなり、力と力の衝突が消え去った事で周囲は無音となった。最後までこの地に居たのは影の国よりやってきたオイフェとウアタハ、そしてノワールの眷属達だけであり誰もが言葉すら出さない状況が一秒、二秒と続いていく。

 

 これで終わりなのか――と誰かが思った時、その場に声が響く。

 

 

『――てよ!』

 

『――って!!』

 

 

 声の発生源はノワール、そして夜空からだが彼らの声ではない。神器の中に封じられた影の龍クロムはノワールの影から、陽光の龍ユニア改め雷の龍ブリューナクは夜空の影から霊体のような形で顔だけ顕現し、自分の宿主に向けて声を放つ。

 

 

『立てよ!! 宿主様!!』

 

『立ってください夜空!!』

 

 

 自らの欲望だけで世界各地を暴れ回った末に神器に封じられた地双龍が自らの宿主に向けて叫ぶ。影の龍クロムはノワール・キマリスと出会った事で護る事の素晴らしさを理解し、雷の龍ブリューナクは片霧夜空と出会った事で誰かを愛する事の素晴らしさを知った。聖書の神と呼ばれる存在の言葉により知りたいと思った感情を長い年月を得て知る事が出来た彼らが今この時、この瞬間にあるのは自分の宿主こそが最高であるという感情のみ。

 

 だからこそ悔いを残さぬよう彼らに呼び掛けるのだ。

 

 

『宿主様! こんな所で寝てて良いのかよ! ここで終わったらまたいつもみたいになっちまう!!』

 

『夜空! 起きてください!! 今この時! この瞬間でなければダメなのです! ここまで来たなら最後まで! あなたの思いをぶつけてください!』

 

『目の前の女を手に入れたいんだろう!? その為だけに此処まで来たんだろうが!! だったら終わるな! 終わらせんな!!』

 

『貴方が彼をどれだけ愛しているのか私は知っています! だから……だから! 起きて!!』

 

『ノワール!!!』

 

『夜空!!!』

 

 

 二体の邪龍の叫びが響き渡る。

 

 それは世界に響き渡るほどの強い思いであり、純粋に宿主を思うが故に放たれた願いはノワールと夜空に力を与える。最初に指が動き、次に足が動く。生まれたての小鹿のように立つ事すら困難だと見ている者すら察するほど疲弊し、全ての力を使い果たしたかと思われた二人はその声に答えるように立ち上がる。

 

 全ては相手に思いを伝えるために。

 

 

「……相棒、にそこまで、言われたら……! 寝てられ、ねぇよなぁ!!」

 

「う、っさい……! 寝る、わけねぇじゃ、ん!!!」

 

 

 今にも倒れそうな状態でノワールと夜空は立ち上がり、向かい合う。そして一歩、また一歩と最愛の相手に近づいて行く。自らが編み出した切り札の代償として他者が指一本だけで押せば気絶しそうなほど疲弊している状態であっても二人は戦うのを止めない。その目には既に目の前に居る相手しか映っておらず、周りの音すらも聞こえてはいない。そんな姿を映像で見ていたキマリス領民と妖怪達は顔を見合わせ――静かに映像を切った。確かに二人の戦いを見届けるとは言ったがそれはあまりにも度が過ぎた行為と映像越しで理解できたからこその行動である。

 

 此処から先を見る権利があるのは――現地に居るノワールの眷属達だけだと彼らの思いは一致した。

 

 

「――ッァ!!」

 

 

 最初に拳を握り、振りかぶったのはノワールの方だった。神器を出現させる気力も無く魔力を練るほど余裕もない彼が最後に選んだのは純粋な殴り合い。美少女と呼べるほど整っている夜空の顔に遠慮なく拳を叩き込むと耐える事も無く彼女は地面に倒れる。

 

 

「よ、ぞ――ァァァッ!?!?

 

 

 倒れる彼女に跨り再度拳を叩き込もうとするノワールだったが耳を塞ぎたくなるほどの叫びを上げる。視線の先には自分の脇腹に指を喰い込ませている夜空の姿があり、女の腕力では考えられないほどの勢いで骨を砕かれ肉を抉られる。尋常では無い痛みによって行動が止まった隙を夜空は見逃さず、もう片方の手で反対側の胴体を殴る。神器が無くともコンクリート程度ならば容易く砕く夜空の拳は生身のノワールにとって耐えきれるものでは無く先ほどとは逆に自分が地面に倒される。

 

 

「ァ、ッ! ァァァァッ!!!」

 

 

 ノワールがやろうとしたことを夜空はそのまま実行する。ノワールに跨り一回、二回、三回と連続で彼の顔を殴る。衝撃で地面が砕けるほどの威力を浴び続け――十回目の拳が叩き込まれる頃にはノワールは動かなくなった。

 

 

「――さようなら」

 

 

 微かに息はある事に気づいた夜空は最後、トドメの一撃を与えようとする――が。

 

 

「――ふざ、けんなぁっ!!

 

 

 ノワールの瞳にはまだ生気が残っていた。死ぬわけにはいかない、負けるわけにはいかない、自分の思いはこの程度では終わらないという意味を込めた叫びと共に夜空の顔を掴み勢いよく地面に叩きつける。その行動により夜空の片目は潰れ、鼻は折れる事になるがノワールは止まる事も彼女の頭を掴み再度地面に叩きつける。

 

 二度目の叩きつけで夜空の前歯は折れるも潰される事の無かった片目にはまだ生気が残っていた。ノワールと同じく死ぬわけにはいかない、負けるわけにいかない、自分の思いはこの程度では止まらないという強い視線と共にノワールの胴体に指を喰い込ませ、骨を掴んで引っこ抜く。常人なら痛みで絶命するであろう状況であってもノワールは死なない。この程度の痛みなら何度も味わっている経験がこの場において活かされているからだ。

 

 もはや男も女も関係無い攻防を見続けている犬月瞬はその姿に憧れを抱く。いつか自分もこのような殺し合いが出来るような相手が欲しいと、自分の宿敵であるアリス・ラーナとこんなやり取りをしたかったと瞬きすら忘れるように二人を見続ける。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「……ぁ……ぁ……」

 

 

 先の攻防の果て、既に死に体で指一本すら動かせないとばかりにノワールと夜空は地面に倒れている。しかし視線は相手を見続け、もう限界だと自分に語り掛けてくる何かに抗う様に再度立ち上がる。向かい合う二人に対し周囲は風の音だけが聞こえているこの状況はまるでガンマンの早打ち勝負のように錯覚されるだろう。

 

 そして――

 

 

「『よぞらぁぁぁっ!!!』」

 

「『のわーるぅぅぅ!!!』」

 

 

 全く同時に動いた二人は最後の力を込めた拳を相手に叩き込む。

 

 避ける事は考えず真っすぐに相手だけを見つめた彼らはその状態のまま硬直する。

 

 時間が止まったかのように思われた静寂は()()が倒れた音により消え去った。

 

 

「――」

 

 

 それは決着がついた音。

 

 相手を守ろうと思うが故に相手よりも上に行こうとした戦いが終わりを告げた音。

 

 最後に立っていたのは――その場にいた者達しか知らない。




次回で「影龍王と光龍妃」編が終了です。
参考資料:スクライド最終回。
観覧ありがとうございました。

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