ハイスクールD×D~地双龍と混血悪魔~   作:木の人

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49話

「ノワール、そろそろ時間だよ」

 

 

 北欧の主神、オーディンと日本神話の神々が会談する高級ホテルの一室で備え付けられたソファーに座りながら魔術書を眺めていると俺の膝を枕にしていた平家から声がした。もうそんな時間か、時間ギリギリまで読んでおこうと思ってたが案外早いもんだなぁ……くっそ! 時間が少なすぎて北欧の防御術式が少ししか覚えられなかったのは悔しいな……! 一応、鎧の上から展開や影人形に防御魔法を反映させる事は出来たが……短期間で使えるようになったのが少しとか死にたくなる! これがヴァーリや夜空なら二桁以上は確実に覚えてドヤ顔しながら使ってくるだろう……これだから規格外と天才は嫌なんだよ!!

 

 

「この短期間で慣れない魔法を覚えて、しかもそれを実戦レベルまで到達してるノワールも十分異常だよ」

 

「そう褒めんじゃねぇよ。んで? そろそろ悪神とフェンリルとの殺し合いだが……お前ら、覚悟できてるか?」

 

 

 この部屋に集まっている犬月、平家、四季音、水無瀬、橘を順に見ていくと面白いぐらいに分かれていた。犬月、平家、四季音の戦闘メインの三人は問題無しというのが分かるぐらい余裕そうな表情をしているに対し、水無瀬と橘は表情が硬くなって緊張している事が丸分かりだ。まぁ、気持ちは分かる。今までは命の危険が殆ど無い戦いだったからこそ問題無かったが今回の戦いは別……神と呼ばれる男と神や魔王、ドラゴンでさえ殺せる魔物が相手なんだから誰だって緊張して当然で恐らく先輩方も似たような状態になってるだろうしな……というより俺や平家、四季音に犬月のような反応が異常なだけか? 俺は夜空と殺し合ってるから今回も痛いだろうなぁ、死なないけど死ぬかもなぁとか思ってるし犬月は死んでも勝つとか思ってるだろう。四季音は鬼という種族だからか殺し合いの戦場に出られるだけで楽しいのか今まで通り酒を飲んでる……平家は知らん。だから水無瀬と橘のような死ぬかもしれない恐怖を感じる事はおかしくないし笑う事はしない。

 

 誰だって死ぬのは怖い、楽しい日常を送れなくなるのは怖い、言葉を話せず何を考えているかすら分からない感覚に陥るのは怖い。そもそも水無瀬と橘は俺達のような異常者ではなく普通の感性を持った奴らだ……たとえ常日頃から俺の行動を目の当たりにしていると言っても普通の考えを持っているからこそこの反応は当たり前なんだよなぁ。しっかしどうすっかなぁ……? このまま緊張しっぱなしだとフェンリルとの殺し合いが始まった途端に動けなくなって死ぬだろう。普通にガブリと喰われて死ぬな。マジでどうすっかなぁ……?

 

 

「――今回だけ、二人に譲る」

 

 

 俺の考えを読んで察したのかソファーから起き上がってベッドに寝ころび始めた。たくっ、ホント良い女だよお前は……さてと、平家に空気を読まれた以上はやらないとダメか。

 

 

「犬月、平家、四季音は問題ねぇか。なんだお前ら? フェンリルと殺し合えるのがそんなに楽しみか?」

 

「とーぜん! あのフェンリルと正面から戦えるなんて最高に決まってるじゃないか! にしし! ノワールと一緒に居ると暇にならなくて大好きさ。今回はマジのマジでやらせてもらうよ」

 

「俺もっすよ! フェンリルって狼! つまり犬の仲間! どっちが最強の犬かを確かめる絶好のチャンスじゃないっすか――って言っても俺なんかがフェンリルを倒せるわけ無いんで水無せんせーとしほりんを護る番犬となるっす! あっ! 酒飲みと引きこもりは自分でどうにかしろよ?」

 

「パシリに護られたら一カ月は引きこもってやる」

 

「そんな事にはならないさ。鬼さんナメちゃいけないよ?」

 

 

 どこの世界に鬼、しかも酒呑童子をナメる奴がいるんだよ……平家もなんだかんだで強いし自分の引き際とか分かってるから問題無いだろう。犬月は……マジで番犬として頑張ってもらおう! 頑張れ犬月! 忠犬を目指して頑張れ!

 

 

「さて――水無瀬、橘」

 

「っ、は、はい」

 

「だ、大丈夫です! が、頑張って悪魔さんや皆さんを支援します!」

 

「へぇ。その割には表情がヤバいぜ? たくっ、お前ら緊張しすぎだ……王様命令、隣に座れ」

 

 

 横に広いソファーの真ん中に座りなおして水無瀬と橘を隣に座らせる。うん、何と言うか素晴らしい光景だな! これから戦闘だから水無瀬以外は耐久面等を強化した駒王学園の制服を着てるけどさ……良いね! 制服を着た巨乳アイドルと白衣姿の美乳保険医に挟まれるのってマジで素晴らしいと思うんだ!

 

 とりあえず俺の心を読んでいる平家から変態という視線を感じるからさっさとやるか。俺の隣に座った二人は何をされるんだろうと内心思っているのか視線が俺を向いたり違う方を向いたりと忙しそうだ。手に持っていた魔術書を近くのテーブルに置き、両隣に座る二人の肩に手を置いて俺の体とくっ付ける。いきなりの事だったからか水無瀬も橘もビックリした表情をしている……うん、可愛いな。

 

 

「あ、あの!? えっ!? えぇ!?」

 

「の、ノワール君!? あの、こ、これは、な、なんでしゅか!?」

 

「噛んでるぞ。全くお前ら……なに緊張してんだよ? お前らがそんな状態だと俺も、犬月も、四季音も、平家も、今回だけ一緒に戦う面々が安心できねぇんだ。別に一人で戦うわけじゃねぇんだ……そんなに気負うな。それにお前ら――誰と一緒に戦うと思ってんだ? 最低最悪で最強の影龍王と呼ばれる事になるお前達の王様が一緒なんだぜ? ま、まぁ! 前回はフェンリル相手に苦戦したような気がするがあれだ、今回は勝つ。全力でお前達を護ってやる……正直に言ってみろ、不安か?」

 

「……はい、怖いです……すごく、怖いです」

 

「志保ちゃんと同じです……神を殺せるフェンリルと戦ってもし、もし花恋や早織、瞬君、志保ちゃんが居なくなってしまうんじゃないかって……そして、ノワール君があ、あり得ませんけど……負けるんじゃないかって……ごめんなさい」

 

「別に謝んなくても良いっての。その反応は当たり前だしな……誰だって死ぬのが怖い、知り合いが死ぬところは見たくない、そんなもんだ。誰もお前らの事は責めたりしない……もし何か言ってくる奴がいるなら俺がそいつをぶっ殺しとくから安心しろ。だからえっと、あれだ! いい加減さっさとやる気出してフェンリルを殺しに行くぞ! さっさと表情変えないとマジで犯すぞ? それはもうねちっこくするぞ?」

 

「ノワールがおっぱい揉む時はいつもそうだもんね。だよね花恋?」

 

「さ、さぁねぇ! し、しししっらなぁ~い! お、おっさっけぇ!!」

 

 

 自分で言ったが誰がねちっこいだ! 普通だろ? 普通だよな? 何時でも夜空を押し倒してエッチ出来るように相棒からその辺の技術と知識を教えてもらってるけど合ってるよね? 経験者である相棒の言う事だから間違いは無いだろうけどなんか不安になるな――そして四季音? 自分は関係ないっていう顔して酒飲んでるがおっぱい揉まれる時のお前って……やめよう。なんか余計な事を言うなって視線が飛んできた。でもこれだけは言わせてくれ!! おっぱい揉まれてる時のお前は可愛いぞ!

 

 酒の瓶が見事に俺の顔面へと飛んできたので受け止める。なぜ分かった? まさか心を読む術でも開発したか? うわぁ……ねぇわ。読心術とかは平家だけで十分だからマジでやめてくれ。

 

 

「……まぁ、俺から言えるのはこれぐらいだ。もし無理ならアザゼル達と一緒に主神様の護衛をすればいいさ。誰も文句は言わねぇし言わせないから安心しろ」

 

「――いえ、戦います。悪魔さんを、皆さんをサポートするのが私のお仕事ですから! それに、悪魔さんが傍に居るって分かったら全然怖くなんてありません! で、でももうちょっとだけ……こうしていてもらえると志保、嬉しいなぁって!」

 

「――わ、私も戦います! せ、性質反転がどこまで通じるか分かりませんけど私だってノワール君の僧侶ですから! はい僧侶ですから! あ、あと私ももう少しだけ……もう少しだけお、願いします……!」

 

 

 顔を赤くしながら言われたら童貞なノワール君はちょっと調子に乗っちゃうけど良いのか? マジで調子に乗るぞ? このままおっぱい揉んでそのままベッドインとか余裕でするけど良いのかお二人さん?

 

 そんな事を考えているとベッドで横になっていた平家が物凄く不満顔で俺の膝の上に座り始めた。なんだお前? 嫉妬か? 自分にされてないことを目の前でやられたから嫉妬してんのか? 流石依存率ナンバーワン、取られたくないから即行動とか可愛い所あるじゃねぇか。

 

 

「譲るとは言ったけどそこまでは許してない。だから私も殺し合いに行く前にノワールに触れて落ち着いておく」

 

「にししぃ~なんだかおもしっろそぉ~だからわったしもぉ! さおりぃん~はんぶ~ん!」

 

「なんか面白そうなんで俺もっと! 王様の背中はもらったぁ!」

 

 

 現在、俺の両膝には平家と四季音、両隣には水無瀬と橘、そして背中……というかソファーの背もたれの辺りに座った犬月というよく分からない状況になっている。うん? なんでこうなった?

 

 

「偶にはこういうのも必要だよ。私は何時でも必要だけどね」

 

「そういうもんか? てか犬月……お前もなんでノってきてんだよ?」

 

「なんか面白そうだったんでつい。でも王様――すっげぇ羨ましいっす!! 特に両隣がすっごく羨ましいっす!!」

 

「だろ? いやぁ、実にいい眺めだぜ? お前も女作ったら同じ事してみろ、かなり良いぞこれ」

 

「ですよね!」

 

「パシリに女が出来てもパシリにされてそう」

 

「あぁん?! ぶっ殺すぞ引きこもり! テメェこそ自堕落すぎて見捨てられるのがオチだっての!」

 

 

 いつもの平家と犬月の口喧嘩が始まると両隣から小さな笑いが起きた。それで良い……怖がる必要なんてねぇんだよ。お前らの周りには俺も、平家も、四季音も、犬月も居るんだ。ついでに言えばこれから新しい奴も入ってくるんだし先輩らしく堂々としていればいいさ。

 

 時計を見ると作戦開始の時間が近づいていたので犬月達を連れて待機場所へと向かうと既にヴァーリ達とグレモリー先輩達、サイラオーグ・バアルと仮面の男、バラキエルにヴァルキリーちゃんが集まっていた。やっべぇ、最後かよ……せめて先輩よりも前に到着したかったがさっきのやり取りをしてたから遅くなったか。てかそんな事はどうでも良いんだよ、マジでどうでも良い。とりあえず――寒い。ホテルの屋上に居るから風は強いし高所恐怖症の奴がいたらぶっ倒れるんじゃないかってぐらい高いし、風強くて寒いしマジで帰りてぇ……でも風でスカートが舞い上がるとか素敵だから許そうか! ここに夜空が居たら俺のテンションはかなり高かっただろう。

 

 というよりさ、なんなんだよこのメンバー? 普通に他勢力相手でも余裕で殺しに行けるメンツだぞ? あっ、匙君はまだ調整が終わってないらしいから途中で参戦するそうだ……終わってから来たら笑ってやるかねぇ。

 

 

「影龍王。調子はどうだい?」

 

 

 月明かりに反射する銀髪イケメンことヴァーリが髪を風でなびかせながら近づいてくる。なんでこいつは動作の一つ一つが絵になるんですかねぇ? ここで死ねばいいのに!

 

 

「んなもん絶好調に決まってんだろ? テメェこそどうなんだよ? まさか赤龍帝と共闘は嫌ですとかいまさら言うつもりじゃねぇだろうな?」

 

「そんな事は言わないさ。フェンリルを抑えるのはキミ達だからね、一応心配になっただけさ」

 

「そりゃどうも。とりあえず北欧の魔術、防御系統は使えるようになったから前のようにはいかねぇってのは言っておく」

 

「そうか。それは頼もしい限りだよ。あぁ、そうだ。黒歌には頼まれていた事は伝えているよ。キミらしい作戦だ、恐らく今回のメンバーで行えるのはキミぐらいだろう」

 

「あっそ。まぁ、サンキュー」

 

 

 おっ! マジで頼んでくれたのか、これならフェンリル討伐は楽になるかもな……問題は狙うタイミングがあるかどうかだがその辺は殺し合ってる時に見つけるか。てか不敵に笑うヴァーリを見てるとマジでイラつくんだけど? 何でこんなにイケメンなんだよ! 俺よりも才能あるとか本気で羨ましいわ!! どうせ俺と同じく北欧の魔術を覚えてきてるんだろ? 天下のルシファー様で白龍皇だからそれはもう俺以上のものを覚えてきてるに違いない! あぁ! 羨ましい限りだよ!

 

 ヴァーリと話していると会談開始の時間となった。さてと、悪神様はどこからやってくるのかねぇ? まさか正面から堂々とは――うわぁ、マジかぁ。

 

 

「諸君! 宣言通り、会談を邪魔しに来たぞ!」

 

 

 上空を割るように登場してきたのは俺達がこれから殺し合う相手――悪神ロキ、今回は最初からフェンリルを引き連れての登場だからかなりやる気だな……! 気を抜けばあの狼一匹に全滅させられるかもしれねぇと考えるとかなり楽しくなってきた! ついでに言わせてもらうと前回の借りを返せると思うとかなりワクワクしてきた!!

 

 悪神ロキとフェンリルの登場に周りの奴らも警戒態勢から戦闘態勢へと移行する。バラキエルが小型の通信端末で何かを呟くとホテル一帯を包み込むように魔法陣が輝き出した……作戦、いや殺し合いの開始を告げる転移魔法陣だ。これを行っているのはホテルの周囲に待機していた生徒会長率いるシトリー眷属、この分だと妨害とかは無かったようだな……てか悪神も不敵に笑うだけで抵抗してないのが逆にスゲェわ。てっきり「この程度の転移魔法で我を捕えようとはな!」とか言うと思ってたしなぁ。

 

 そんなわけでシトリー眷属の手により俺達は会談が行われているホテルから別の場所へと転移させられた。空が人間界と違うから冥界か……周りを見渡すと古い採掘場のような所で今は使われていないとか言ってたな。確かに神と魔物相手に殺し合うにはかなり最適な場所だ。

 

 

「……抵抗しないのね」

 

「する必要が何処にあると言うのだ? 抵抗があるならばそれを滅ぼしてから会談会場へと向かうまでの事。それに我も二天龍、地双龍が協力して我を止めに来る姿をこの目で見ておきたいのでな!」

 

「なるほど。それならば話は早い」

 

『ヴァーリ、気を付けろ。今回の敵は神だ、一瞬の油断が死を招くぞ!』

 

『Vanishing Dragon Balance Breaker!!!』

 

「ドライグ! 覚悟は良いよな!!」

 

『応! 何時でも良いぞ相棒!!』

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』

 

 

 赤と白、赤龍帝と白龍皇の二人が横に並んで悪神と向かい合う。マジでテンション上がるな! 伝説の存在とも言える二天龍が殺し合うわけでも無く共に戦うために並ぶとか胸が熱くなるだろ悪魔的に!! なんで此処に夜空が居ねぇんだよ!! 俺達も同じ事したかったぁ!

 

 

「――まっ、そんなどうでも良い事よりもやる事があるか。おいフェンリル、この前はよくも噛みついてきやがったな? あれかなり痛かったんだぜ? だから――責任取って死ねよ!!」

 

『ゼハハハハハハッ! 今日この日を持ってフェンリルという存在は消える! 行くぞ宿主様!!』

 

『Ombra Dragon Balance Breaker!!!』

 

 

 黒の全身鎧を身に纏いながら地上に降り立ったフェンリルと向かい合う。背後には既に影人形を配備済み……あとは影人形融合2を発動するだけだが一瞬でも時間を稼がねぇとな。

 

 

「――影龍王殿」

 

 

 俺と同じようにフェンリルと向かい合うサイラオーグ・バアルが俺に話しかけてきた。その目は闘志に満ち溢れており、身体から漏れ出すオーラも桁違いだ……うっわ、すげぇ。その辺の雑魚なんて霞んで見えるぐらい濃すぎるだろ! くくく、あはははははは! やっぱスッゲェわこの人!! フェンリルを殺したらこの人と戦うってのも良いかもしれねぇな!!

 

 

「なんですか?」

 

「噂の影人形融合とやらの時間、俺が稼ごう」

 

「……ならお願いしようかね。最強の若手悪魔の力を見せてもらおうじゃねぇの」

 

「あぁ! 見ているが良い! レグルスゥッ!!!」

 

 

 周囲に響き渡るほどの叫びに呼応するように仮面の男の姿が変わる。体のあちこちが膨れ上がり、牙と爪が生え、金色の体毛が姿を現す……はぁ? マジで? この人が連れてきた奴だからトンデモない奴だとは思ってたけどまさかのライオンかよ!! しかもこいつ……ただのライオンじゃねぇな!!

 

 

『ッ、宿主様! 奴は普通の魔物じゃねぇぜ!! この波長、この姿! 間違いねぇ!! 神滅具の一つだ!!』

 

「左様! 俺の兵士は神滅具の一つ! 獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)! 本来であれば冥界の危機にしか使用しないと決めていたが……フェンリルが相手となれば話は別! 俺の全力をぶつけ、さらなる高みへ目指すためにもレグルス! お前を纏おう!!」

 

『はい! サイラオーグさま! 今こそ私達の力を見せつける時です!』

 

 

 金色のライオンの体が輝き出し、サイラオーグ・バアルへと向かっていく。なるほど……確かにスゲェわ!! どうやって神滅具を眷属にしたか分かんねぇのに禁手化までするとはさすがの俺も驚くしかできねぇわ!! 先輩方もかなり驚いてるし冥界上層部しか知らない事だったんだろうな……!

 

 

「我が獅子よ! ネメアの王よ! 獅子王と呼ばれた汝よ! 我が猛りに応じて、衣と化せェェッ!!」

 

『禁手化!!』

 

「禁手化ゥゥゥゥッ!!!」

 

 

 圧倒的な力の波動を放ちながらサイラオーグ・バアルは金色の鎧を身に纏う。獅子を模した全身鎧、純粋な力を体現したその姿に悪神ロキは笑みを浮かべる……誰だってそうだ! きっと俺もヴァーリも同じような顔をしてるだろうしな! これがこの人の本気! マジで戦いてぇ!!

 

 

「これが俺の、サイラオーグ・バアルが持つ本気! 獅子王の剛皮(レグルス・ネメア・レザー・レックス)! フェンリル! お前が全力で俺達を殺しに来ると言うのならば俺も全力で立ち向かおう!!」

 

「神滅具の一つが悪魔となっているとは……なるほど! これは面白い! おっと、我の相手はかの二天龍であったな! 隙を見せては葬られてしまうか」

 

 

 上空ではヴァーリが放つ見慣れない術式の攻撃を凌いでいる悪神の姿が見える。あの術式は北欧の魔術か……流石天才、その数が異常だわ。赤龍帝も負けじと動き回ってるけど何と言うか練度が違いすぎる。まぁ、そんな事は置いておいて俺はフェンリルに集中しないとな。此処に居るのは俺達だけじゃなく平家達も居るんだ、下手に余裕ぶっこいていると後ろに向かわれて目の前で殺されかねない。

 

 刹那、濃厚な殺意が背後に向かおうとする感覚に陥ったので影人形を数十体生成して背後にいる先輩方を護る壁にしながら俺は前に出る。何故なら先ほどまで向かい合っていたフェンリルがその巨体に似合わない速度で背後にいる奴らを攻撃しようとしたからだ――でも残念だったなぁ!!

 

 

「――見えている!!」

 

「――その程度の速度なんざとうの昔に夜空で慣れてんだよ!!」

 

 

 俺とサイラオーグ・バアルの拳がフェンリルの首を捕らえる。一瞬の隙を突いたようだがそんなもんはねぇんだよ!! 俺達の拳を受けたフェンリルは押し戻されるように向かってきた方向とは逆に下がった……鎧の上に展開した十の防御術式のお蔭か手ごたえはあった。かなりあった! でもなんだろうな……隣にいるサイラオーグ・バアルの打撃力に救われた感があるのはなんでだろうかねぇ! なんなんだよこの馬鹿力! 四季音以上に感じるぞ!

 

 

「影龍王殿!」

 

「あぁ! 我は影! 影龍の求めに応じ、無限に生まれ出る影なり! 我に従いし魂よ! 嗤え! 叫べ! 幾重の感情を我が身へと宿せ! 生命の分身たる影よ! 霊よ! 我が声、我が命令に応え新たな衣と成りて生まれ変わらん!」

 

 

 即座に影龍王の再生鎧ver影人形融合2を発動。霊子と影が混ざり合った膜を全身に纏い、その内側に防御術式を重複展開する。先に言っておくぜフェンリル? 今の俺は――

 

 

「――前よりも格段に強いんだよ!!」

 

 

 背中から魔力を放出、フェンリルに接近して顎下からアッパーをするように殴ると十メートルはある巨体が若干だが宙に浮いたからかなりの威力を出せたと思う。ただでさえ相棒が生み出す絶対防御の影と霊子の膜、さらに十の防御術式を展開してんだ! 防御力は今までの倍以上に高くなってるんだよ! だから俺自身の打撃力も向上してんだ……これぐらいは出来て当然よ!!

 

 

「橘! 今日の観客は犬っころだが真面目に歌え! 水無瀬! 平家! 遠距離から魔力攻撃を開始しろ!! 犬月! 四季音! テメェらは自分の判断で動きやがれ!! 良いな! 俺に気を使う必要はねぇぞ! 俺ごと殺せ! どうせ俺は死なねぇんだから遠慮すんな!!」

 

「ういっす! よっしゃいくぜぇ! モード妖魔犬!!」

 

「にしし――遠慮しないで殺し合えるなんて嬉しいね!」

 

 

 犬月が全身に赤紫色のオーラを纏い、四季音が本気の証である角を生やしながら妖力を開放する。それ以外のメンバーも各々の武器を展開して一斉に散り始める。俺達とは違い、遠距離専門の奴らは動き回ってないと普通に死ぬからな! フェンリルに殺されるから行って当然だ!!

 

 

「他の奴らもだ! 俺に遠慮すんな! 全力でこの犬っころをぶっ殺す事だけを考えろ! 死にたくねぇなら目の前の犬っころをぶっ殺せ!」

 

「全員の士気向上を狙う怒号……流石影龍王殿! その覇気、その姿! 叶うのであれば打ち合いたい! しかし今はフェンリル撃破が優先! リアス! 影龍王殿と同じことを言おう! 俺に気を遣うな!! お前達がすべきことを行え!」

 

「サイラオーグ……えぇ! 分かったわ! みんな! 気を抜かないで! 自分のできる事をやるわよ! 裕斗! ゼノヴィア! 二人は一撃を当てたらすぐに後退して!」

 

 

 各地に散った存在をフェンリルは巨体故に見下ろしながら獲物を見定めている。そして、第一の獲物と認定されたのは――シスターちゃんことアーシア・アルジェント。さっすが神を殺せる魔物! 初っ端から回復役を潰そうとするとか気が合うじゃねぇの!!

 

 身震いするほどの雄たけびを上げたフェンリルは前足に力を入れ、神速とも言える速度で獲物を噛み殺そうと動き出す――がそれは無意味となった。何故なら踏み出す直前で俺とサイラオーグ・バア……長いから獅子王、四季音という脳筋メンバーがフェンリルの顔面をぶん殴ったからだ。

 

 

「にししぃ! 良いよ良いよぉ! もっと上げて行こうかぁ!!」

 

「フェンリル越しに感じるこのパワー! これが鬼か! 影龍王殿!」

 

「任せなぁっ! 影法師ァッ!!」

 

 

 即座に獅子王と四季音が距離を取る。無数とも言える俺と同じ姿をした影法師(ドッペルゲンガー)を展開、両足を影で拘束されたフェンリル目掛けてラッシュタイムを放つ。ちなみに周りが絶句するほどの大量の影法師全てに防御術式を展開済みだからかなりのパワーで殴られてるだろう……もっともこれだけやってもダメージは低いだろうが獣の本能からすれば誰を優先的に殺せばいいかぐらいハッキリするはずだ!

 

 橘の歌が周囲に響き渡り、この場に居る俺を含めた味方全員が強化された状態で遠距離から魔力攻撃が飛んでくる。勿論これは水無瀬の禁手、黒の僧侶が反す影時計で繋がり性質反転――魔から聖へとなっているから魔物相手にはこれ以上ないダメージソースだろうな……そもそも滅びの魔力が聖属性持ちになるとか恐ろしすぎるだろ!

 

 

「キマリス君が足止めしている今がチャンスよ! ダメージを与える事だけを考えて! 撃ったらすぐに動いて!」

 

「ノワールを攻撃するのは気が引けるけど仕方がない」

 

「一気に行きます! 攻撃術式フルバースト! 巻き込んでも、良いんですよね!!」

 

「はい! ノワール君は死にませんから全力で放ってください!!」

 

 

 聖剣デュランダルから放たれる極大の聖なる波動、同じ属性に性質反転された滅びの魔力、雷光、炎やら氷やらの魔力攻撃が次々とフェンリルに直撃する。逃げようする動作が有れば俺と獅子王、四季音、犬月という命知らずメンバーが足止めをして動きを止める……鬼の怪力、獅子王の打撃力、妖魔犬状態のラッシュと俺の大量の影法師ラッシュタイムでかなりダメージを与えてるはずなんだがどんだけ頑丈なんだよこいつ!!

 

 

「にゃん♪ かげりゅーおー! 準備できたにゃん!」

 

「おっしゃ! だったら――ゼハハハハハハ!!!」

 

 

 遠距離からの攻撃を受け続けているフェンリルの口の中に片腕を押し込む。当然そんな事をすれば噛み砕かれるが生憎、俺は再生能力持ちだ! そんな事をされても即座に再生出来るからこその行動だ!!

 

 

「自らフェンリルの口に腕を!? くっ! 影龍王の考える事はよく分からん! えぇい!! 先ほどから我の周りを!!」

 

「動き回る事は慣れてるからな!! おいヴァーリ! 真面目にやってるんだろうな!!」

 

「当たり前だ。しかし、始めるつもりか。黒歌」

 

「にゃーん! いっつでもバッチコーイにゃ!」

 

「――了解。みんな、攻撃の属性を変更するよ」

 

 

 流石俺の騎士! さて、始めるかぁ!!

 

 フェンリルの口の中で腕を再生、影のオーラに変化させて牙の隙間から外に出して頭部全体を包み込む。これで俺とフェンリルは一時的に繋がった事になる……悪神も警戒した様子だが赤龍帝とヴァーリ相手に翻弄されてるようだし邪魔はされねぇだろ!

 

 

「なんだその目? なにする気だって言いたそうだな? あはははははは! だったら何をするか今すぐ見せてやるよぉ!!」

 

 

 動き出そうとするフェンリルを獅子王と四季音、犬月、デュランダル、聖魔剣、コウモリに擬態したハーフ吸血鬼といったメンバーが食い止める。足止めご苦労! さて、なんで俺がここまで影法師と影人形を展開したら教えてやるよ犬っころ!! それはな――

 

 

「ボッシュートってな!」

 

 

 周囲を取り囲む影法師と影人形が一斉に俺とフェンリルの真下、つまり地面を殴る。拳の威力は今の俺並み、しかも放つ速度はケタ違いだ! 一秒も掛からずにフェンリルが入るくらいの大きさと深さの穴が出来上がる! 狙いを察したフェンリルは空へ逃げようとするもパワー極振りの四季音と獅子王の拳を背中に受けて俺共々穴に落ちていく……あの、衝撃が凄すぎるんですが? 本当にパワー極振りだなこいつ等!!!

 

 単純に穴に落とすだけなら大した作戦じゃない。これの狙いはフェンリル自身の速度と牙、爪を封じる事にある……自分の体がすっぽりと入る穴の中じゃ獲物を狙う事なんて出来るわけがない。もっとも俺は上に逃げないように影法師を展開して殴れるんだけどな! 本当なら真上から先輩方が魔力攻撃をするのが定石なんだがそんな事をすれば折角の穴が崩壊しかねないので今回は別のやり方を取らせてもらう……よし! 流石平家! 言わなくても読み取ってくれるから良い女だよお前は!!

 

 

「なぁ、フェンリル? 今お前……心中する気かって思っただろ?」

 

 

 真上から降ってくるのは魔力を変化させた水。魔力攻撃要因全員が生み出しているからこのままいけばすぐに満杯となり、俺は溺死するだろう。

 

 

「でも残念ながらそれは間違いだ――俺は不死身だぜ?」

 

 

 真後ろに影人形を生成、即座に自分の首を斬り落として自分の頭部を影人形で殴らせる。真上に打ち上げればどうなるかなんて誰だって分かる……はい! フェンリルの真上を取る事が出来ました!!

 

 即座に再生し、無数の影法師と共にフェンリルの胴体にラッシュを放って水の中に押し込む。そして全身が見ずに使った一瞬を狙い、シャドーラビリンスを発動してフェンリルを隔離……ふぅ、成功!!

 

 

「キマリス君!」

 

「無事っすよ。黒猫ちゃん、頼むわ」

 

「にゃん♪ おっまかせあれよ!」

 

「なんつうか……効くんすかこれ?」

 

「フェンリルといえども魔物、普通に呼吸はするし水の中に閉じ込められたら苦しくなるだろ? これで意味が無かったら魔物とは言えねぇよ」

 

 

 黒猫ちゃんの仕込みも終わり、あとはシャドーラビリンスが切れるのを待つ。上空では二天龍が悪神相手に殺し合いをしているが俺達はいったん休憩中というよく分からない光景になってるが……良いよな! だってフェンリル相手だぜ? これぐらいはしても良いだろ!

 

 そして待ちに待ったシャドーラビリンスが切れるのと同時に水が一気に周囲に飛び散り、穴の中からフェンリルが飛び出してくる。誰だって水の中は苦しいし一刻も早く呼吸をしたいというのは生物の本能だ……だからこそそれを狙う。ガキンという音を響かせ、フェンリルを拘束するように鎖が巻き付いていく。先ほど黒猫ちゃんが配置したフェンリル捕獲用の鎖ことグレイプニル、それが穴の入口……いやフェンリル側からすると出口に設置されていたからこそフェンリルは捕らえられた。いやぁ、笑いが止まらないってのはこの事だな!

 

 

「フェンリル相手に水攻め、そしてグレイプニルで捕えるだと!! しかしフェンリルには既に対策を……どうしたフェンリル!! 何故抜け出せん!! っ、そうか……ドワーフか! グレイプニルを強化していたとはな!!」

 

「まっ、そういう事よ。これでフェンリルは無力化したぜ?」

 

「――ふはははははは! そのような事でフェンリルが無力化されるわけがない! ならば仕方がない! スペックは落ちるが、な、何をしている!!」

 

「え? なにって――解体作業?」

 

 

 俺の目の前で鎖で拘束されたフェンリルの足をイケメンメガネ、アーサー・ペンドラゴンが持つ聖王剣とゼノヴィアが持つ聖剣デュランダルで斬りつけている。だって動けないだもん追撃は当たり前だよな? まぁ、骨が硬いのか斬り落とせなくて足の腱を切断程度になってるっぽいけども。とりあえず動けないんだからもうやりたい放題よ! 顔面から足先、ケツの穴まで影法師によるラッシュタイム、パワー極振りメンバーによるサンドバッグ、魔力攻撃要員からの一斉攻撃! もう哀れとしか言えない位にぼっこぼこ状態に突入です!! くくく、あはははははは! 日頃のストレス発散には丁度いいサンドバッグ発見だよな!! なんか悪神が絶句したせいでヴァーリの攻撃が直撃してるっぽいけど俺のせいじゃない。うん! 俺のせいじゃない!!

 

 

「……え? まさか真面目にフェンリルと真正面から戦うとか思ってたのか? うわぁ、無いわぁ。バカだろ? 普通にあり得ねぇわ。もしかして最初の怒号で勘違いしたとか言わないよな? あれ、単純にそう思わせるだけのブラフだし……あー、あれだ! 騙される方が悪い!」

 

「ちなみに私は最初から知ってた」

 

「そりゃそうだろ? お前、俺の心を読んでんだからよ」

 

 

 だって俺って邪龍だし、真正面から堂々とかするわけないし。ま、まぁ……夜空の乱入が無いと確定しているんなら覇龍を使って正面から殺し合っただろうけど残念な事に夜空が乱入すると決まってる以上、あまり疲れたくないから搦め手で行こうと決めてたしな。いやぁ、疲れたわ。マジで疲れたわ! なんだかんだで正面から殺し合うぜって言う空気を出すのが疲れたわ!

 

 

「フェンリルの方は終わったようだな」

 

「見ての通りだ。とりあえずフェンリルの目は潰したし爪はへし折った、足も動かせないように腱を切断、そんでトドメに俺達全員による攻撃のサンドバッグ状態……警戒は解かねぇがフェンリルは無力化したって言って良いんじゃねぇの?」

 

「……そうか。この状態ならば、問題ないか」

 

「あん?」

 

「何でもないよ。さて、残ったのは神一人か。先ほどまでのやり取りで確信したよ――光龍妃よりは楽に倒せそうだ」

 

「そりゃそうだろ? フェンリルしか取り柄の無い神だぜ? 主神様とかと比べたら楽な方だろ」

 

「……くっ、い、言わせておけば……! 我が息子を、よくも! スコル! ハティ!! その牙と爪にて父を助けよ!!」

 

 

 上空の空間が歪み、とある生物が出現した。フェンリルと同じ灰色の体毛、獣特有の鋭い爪と牙を持つ二体の魔物……言ってしまえばフェンリルの小型版だ。えっと、うん。多分なんだけどこの場に居る全員が同じことを思ってると思うんだよ。いや、あの、まさかフェンリルがもう二体いるのか! とかここにきて増援だと! とか言いたいんだけど無理。絶対に無理! だって、だって――

 

 

「――お前、何してんの?」

 

「ん? もふもふしてっけど?」

 

 

 現れたフェンリルの小型版、その片割れに跨ってる夜空を見たら誰だって言葉を無くすだろ。




水攻めからのフェンリル捕獲、そしてサンドバック状態という鬼畜を行う主人公。

観覧ありがとうございました!

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