SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
ニンブル「……シャルティアはどのようなものを贈られれば嬉しいのだ?」
シャルティア「ふふ、妾に気がありんす?」
ニンブル「いや、いつも私の贈り物は趣味が悪いと女性陣に言われるので、参考に聞こうと、な」
ジルクニフ「残念なお知らせだが男性陣にも不評だ。まつぼっくりを貰ったモモンガが途方にくれていたぞ。この前もクルミばかり拾ってきたし、どうしてきのみにこだわるのだ。普通に趣味の茶葉とかでよいだろうに」
ニンブル「はて、そのようなことありましたかな」
シャルティア「もっとキラキラしたものだと喜びんすよ。例えば―――」
ニンブル「なるほど……ドングリか!」
ジルクニフ「違う!」
ニンブル「大きいドングリ!!」
シャルティア「矯正は無理そうでありんすね」
シャルティアとニンブルを供に、ジルクニフが出ていってから一昼夜経った。
まんじりとしないながらも傍目には各人とも落ち着いて過ごしていた。
だけどよく観察すれば、いつもより口数が少なかったり逆に饒舌になっていたり、用がなければ部屋から出てこなかったり、地表部で日が沈むまでぼんやりと草原を眺めていたりと、おかしい行動がみられる。誰もがゲームが現実になってしまった異常な事態に逸る心を押さえて敢えて普通にふるまおうとしているのだ。あの るし★ふぁー でさえも大人しくしている。
それでも心の奥底まで鬱屈せずにおられるのは、気心の知れた仲間との会話、慕うNPCの姿、更には美味しい食事のお陰だった。
音楽に合わせてボタンを押せばいいゲーム世界とは変わり、たくさん上手に焼くためには調理系の職業を網羅したナザリックの誇る料理長であっても一つ一つ丁寧に工程を経て作らねばならず、全員の料理を即時にぽんと出すのはいくら助手がいても不可能だった。
メイドたちが注文をとる声を後ろに聞きながら、あまりの動きの速さに残像すら残しつつ下ごしらえを済ませていく。その合間に、水を至高の御方に出すよう指示をする。
温度にまでこだわった清らかな水がうすはりのグラスに注がれ、それぞれの手元に置かれる。
42人の彼ら彼女らは味覚や嗅覚のある状態でとる食事に大なり小なり心踊らせながら、それぞれについたメイドに注文を伝え、何気なく目の前に置かれた水を口に含んだ。
それは暴力だった。
それは衝撃なんていう生易しいものではなかった。ある者は稲妻が頭上に落ちた。ある者は口の中が爆発した。ある者は喉に激流を受けた。すべてのものが目を見開き、驚きの叫びが口をつく。
「なんだこれは!?」
「水なの!? それにしては舌が痛くない!」
「薬臭くもない、腐った臭いもない、いったいコレはなんなんだ!」
「異形種になった副作用で味覚が変わったとでもいうのか!」
「まさか! ……だが、口が爛れるのを心配せず、いくらでも水が飲めるなら歓迎だよ」
「でも透明だと見た目は地味だよね。水占いも出来ないし」
「水占いって、虹色だと大吉、青だと中吉とかってやつ? 女子って占い好きだよなー。あとキラキラしてたら金運UPだっけ」
もはや世界のどこを探しても汚染されていない水は存在しない、滅びゆく星で暮らしてきた者たちにとって“ただの水”の味は美味しさの暴力でしかなかった。それでも誰もソレを吐きだそうとはせず、手に握ったAOGオリジナルの0.01mmのうすはりガラスを割るものはいなかった。
先ほど味蕾に感じた美味という程度の言葉では役割不足でさえある、味を確かめるべく一口、また一口と逸る感情に急かされて舌にのせる。
つるりとゼリーに似た弾力を感じさせるのは神経を極限まで高めている故に、一瞬が長く伸びているからだ。水の玉が舌尖を通り過ぎ、中央のくぼみ正中溝に流れ込めば一呼吸置いて甘みがやってくる。無味無臭だと判断した脳にじわじわとやわらかな甘みが届けられる頃には、もっとさらに味わおうと自然と舌が丸まって水素と酸素で出来た奇跡のまろやかな宝玉をベルベッドのシーツで包み込む。
飲みこんでしまうことを惜しむ気持ちはあるが、次の一口を味わうために喉を鳴らして食道に流し込む。緊張に乾いていた喉を癒した水の香りが鼻腔に立ち上り、さらなる刺激を求めさせる。
胃も舌もない身なのに飲める疑問が湧く暇なく、モモンガはまるで砂漠でオアシスをみつけた彷徨人のように、コップを両手で大事に握りしめて勢いよく飲みほした。
計らずとも、感嘆のため息が同時に漏れる。
ほう、と漏れた熱っぽい息は深い満足を示していた。興奮に柳葉の耳を振るわせ瞳が蕩ける麗しいエルフと至高の御方と崇められる41人はすっかりと激しい暴力に打ち負かされて全面降伏をしていた。
嵐の海を漂う小船にしがみつくように、激しい波が通り過ぎるのを待つ彼らはコレがまだ前菜ですらないのを忘れていた。何の効果も付属していない“ただの水”で、ここまで満身創痍な人々が、厨房で極上の料理人が腕によりをかけ贅をこらした逸品に耐えられたかどうかは、読者諸君の想像にお任せするとしよう。とりあえず発光したり宇宙を視たりはしたようだ。
そんなわけで、すっかりと美食のとりこになった42人は、引きこもりも蒸発寸前も、鬱も躁も、食事の時間になればぞろぞろと死に誘われるレミングのように群れなして9階層に向かった。トラットリアでワイン片手にハムとチーズのパニーニにかぶりついたり、パブで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎの宴をしたり、大衆食堂でサンマをおかずに白米を食べたり、カフェで作ってもらったお弁当を持って4階層の湖でガルガンチュア釣りをしたりと、その時の気分や個人の好みでばらばらの場所へと向かうのだが、朝食だけは始めと同じ一番大きな食堂で揃って食べた。
ジルクニフが言った3日目。
その日の朝も、全員が大食堂に揃っていた。
バタートーストは香ばしいキツネ色。おにぎりの磯に巻いた海苔は焙られてパリパリだ。シリアルにかかった牛乳からは湯気たち、サラダは瑞々しく、ゆでたまごは新鮮に白味がぷりっとした。文句のつけようのない完璧な食卓が用意されている。それでも、一つ欠けた席が無言の圧力となっていた。
卵ごはんに醤油を垂らすモモンガの手が止まり一つだけ空いた席をちらりと見る。反対にサクサクのクロワッサンをこぼさないよう齧るベルリバーは頑なにそちらをみようとはしない。
連絡はある。特にシャルティアを連れだしていることで、親にあたるペロロンチーノが心配しているだろうと配慮して、彼女から定期的に<伝言>を届けさせている。だけど、肝心のなにをしているのか、なにを目的にしているのかは相変わらず黙ったままで、詳しい状況が判明せず濃い霧の中でコンパスを持たずに歩く不安はぬぐえないでいた。
食後のお茶が出ても席を立つものはいない。
42人が全員そろう、この時間を大切にしているのを悟り、メイドたちは配膳を終えると配慮して下がっていくので、食堂にはいつもの仲間たちだけがいた。自分たちが手塩にかけて作りあげた自慢の子供は可愛い。それも動き喋るのだから ― 一部の者は別の理由で― 悶絶するほど可愛い。だが、四六時中、後ろをついて回られたり、尊敬の目で常にみられていたり、敬わられ崇められるまでにいたっては一般人でしかない元人間にとってはつらかった。
だから、こうしてNPCのいない、気心知れたものだけと過ごす時間というのは、心の底からくつろげる大切な時間だった。
芳ばしい緑茶の白い湯気が視界をうっすらと曇らせる。手に握った湯のみはじんわりと暖かく、茶を飲めば腹の下あたりも同じ温度に温まった。
今まで飲んでいたものは緑の絵の具を混ぜた泥水だったのか、とモモンガが美食に何度目かのショックを受けていると<伝言>の着信音が鳴った。
『本当に本当に本当に本当にライ――ピッ「もしもし、モモンガです」
『もしもし、私だ』
「ジルクニフさんですか?」
『そうだ私だ。ジルクニフだ』
「ちょっとモモンガさん、それって俺俺詐欺じゃないか?」
『ウルベルト、なにを言っている? 俺俺、じゃなかったジルクニフだ。信じろ』
集まっている他のメンバーにも会話が聞こえるように効果範囲を広げる魔法を使ったのだが、それを聞いたウルベルトが少し離れた席から口をはさんできた。
俺俺詐欺。国家予算に匹敵する被害額を出したともいわれる戦前に多く行われた詐欺だ。現代においても手を変え品を変え、人々をだましては金品を巻き上げるおそろしい犯罪である。まさか異世界にまで魔の手が伸びているとは……。
「本人確認をしてみたらどうです? 例えば本名をフルネームで言ってもらうとか」
『モモンガさんのお手を煩わせて申し訳ないですが、そこにいる山羊頭に即死魔法をかけておいてもらえますでしょうか。あとでスタッフが美味しく食べておきますから』
「ほぉら、言えないみたいですし、やはり偽者でしたね」
すごく楽しげに悪い顔でにやにやと笑うウルベルトとの掛け合いを聞いているうちに、かすかに生まれかけていた疑いが晴れた。
そもそも<伝言>の声はジルクニフそのものだし、着信音の変更方法を暇人がみつけ、モモンガも暇に飽かして42人分の着信音を個別に設定しているのだから、着信があった時点で彼以外にはいないのだ。
「さあさあ後ろめたくないのでしたら、名乗ってみたらどうです?」
『うぐぐ、私の名はじる……いや、我こそはバハルス帝国皇帝ジルクニフ……ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ』
「え、あ、ハイ」
ぼんやりともっと独創的で個性ある着信音を選んだほうがよかっただろうかなどと、違うことを考えていたところに、きっぱりはっきりと厨二病で断言され、反射的にモモンガは返事をしてしまう。それを肯定だと受け取り疑いが晴れたと思ったジルクニフはいい加減に戯れるのをやめ、要件を伝えてきた。
『わかったのならいい。要件は昼にはナザリックに着くから詳しい話はその時にするが、日本に帰る手段がみつかった報告だ。それを皆にも伝えておいてくれ。帰るか残るか決めるのは急がなくてもよい、ともな』
伝えられた言葉のあまりの衝撃に<伝言>がいつ切れたのかもわからなかった。
一刻前の賑やかだった食堂が嘘のように静まり返り、固まった人々は呼吸すら忘れたようだった。