SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
ゆっくりと目を開ける。
まるで夢から覚めた気分だ。
胡蝶の夢というのだったか、かつての友が話してくれた夢が現か、現が夢かわからなく故事は。この状況はよく似ていた。先程まで違う場所にいて、目を開けたら、見覚えのある場所に移動していた。現実身のある感覚が幻覚ではないと教えてくれるが、数秒前も現実であると疑うことなく過ごしていたからに混乱が生じる。
それでもアンデットの特性で精神が抑制されるほど驚かなかったのは、ここがナザリックだからだ。
空は青く澄み渡り、白い雲に遮られない太陽が芝生に降り注いでいる、アインズの立つここは墓石や石像が並ぶ地表部だった。だが、常とは違う様相にじわりじわりと足元を焦がしてくる軽い混乱は晴れない。
色とりどりの洗濯物を爽やかな風がはためかせる光景も、壁の外から届く明るい笑い声も、アインズのよく知るナザリックにはないものだった。それとも支配者として庇護者として、いっぱいいっぱいになっていたから、目に入らない所ではこんな光景が広がっていたことに気付けていなかったのだろうか。
どうすべきか悩んだが、結局は楽しげな声に誘われて足をそちらに向ける。突然に移転したことの原因を解明するために周辺の状況を把握するのだと自分に言い訳をしてみるが、楽しげに騒いでいる集団に混じることに謎の罪悪感を覚え、門に体の大半を隠してそっと気づかれないように顔だけを覗かせる。
不健康そうな灰色の肌を太陽に晒し、満面の笑みで叫んでいるのはシャルティアだ。
「つーすとらーいく、でありんす!」
いつもよりのフリルがついたゴシック調の華美なドレスではなく、飾りのないユニフォームを着ているせいか、年不相応な危うげな妖艶さがない。
あたりに散るものも背番号が付いた揃いの恰好をしている。陰鬱な地下こそ棲家に相応しい禍禍しい風貌のクリーチャーたちが、眩しい自然光の中で、ゾンビもスケルトンも走りまわっていた。
その中でもマウンドに立つ男から目が離せない。軽鎧に金属光沢の4つの翼。太陽を射抜く弓は背負っていないが、プレートを踏みしめるのはペロロンチーノだった。パンドラが化けているのかと疑いはしたが、感じる気配の重さにすぐに自分で否定する。
鷹の爪にがっちりと握られたボールが振りかぶられ、ホームに向けてまっすぐに投げられる。
白い軌道を残して放たれた球をジルクニフのバットが捕えたと思った瞬間、まるで自ら避けるようにボールはするりとバットの下に潜り込み、マウンド上に響き渡るほどの乾いた音をミットが鳴らした。
キャッチャーの後ろにいたコッケイオスが手を頭上で回して叫べば、周りの観客たちがにわかに沸き出す。
「ストライクアウト! チェンジ!」
『わあああ!!』
歓声を浴びながら攻撃側と守備側が交代するために動き出す。黄金色した鷹の紋章をつけた墳墓に在する者たちは一塁ベンチに座り、替わりに先ほどまで3塁ベンチにいた白い獅子のユニフォームを着た帝国の者たちが出てくる。
周りで声援を送るものたちにも何らかのチームに属しているのか色んなユニフォームを着ていた。セバス率いるメイド集団の青き竜。隣にいるのはエクレア率いる男性従業員集団の黒い鳥。他には巨体ばかり揃っているのに可愛いウサギをマスコットにしたチームや、超位魔法<
わいわいとNPCを侍らかせた仲間たちが笑っている。それはかつてと同じ光景だった。今も目をつむれば、共に流した汗と涙が夜空の星のようにきらめくのが瞼の裏を浮かぶ。それはアインズが異世界に転移した諦めず頑張るための、心を照らすためのヒカリだった。
「いざゆけ無敵のナザリック軍団♪―――お、モモンガじゃん!」
機嫌よく歌いながら歩いていたペロロンチーノが、こちらに気がついて手をふると近付いてきた。
「るし★ふぁーとガルガンチュア使って人間大砲の新記録目指してくるって出てったけど、戻るの早かったな。大陸横断はやっぱ無理だった?」
懐かしい姿も懐かしい声も、あの時の、ユグドラシルを共に駆け回っていた輝かしい思い出のままだった。もう一度彼らに会える夢を叶えるためだったら、輝く星さえもこの手でつかめる。
夢かと思った。
夢でもいいと思った。
このまま覚めない永久の夢であれと
「なにしている、さっさとベンチに戻れ」
「あいよ。じゃモモンガまたな」
「はい、また」
急かす声に返事をするとペロロンチーノは明るい笑いを後に置いて小走りで去っていく。
独りでゲームをプレイしていた沈黙の底に沈み寂寥に潰される重い日々とはまるで違う、遠の昔に忘れていた“また”という約束の軽さをアインズは静かに噛みしめ、そして酒に酔ったかのようなふわふわと覚束ない様子で手を振る。
綺麗に刈り揃えた芝生の上には気安い会話を弾ませ木漏れ日に似た明るい笑い声がある。
その輪から離れて熱い目線で眺めていたアインズは、しばらく立ち尽くしていたが、やがて後ろ髪を引かれる気持ちを立ちきって踵を返す。
だけど背中に当たる笑い声はいつまでもどこまでも追いかけてくる。それはまるでアインズを嘲笑うように耳に残った。
夢遊病者の如く歩く足取りは雲を踏んでいるようにふわふわと軽い。だけど心は鉛を流し込んだかのように重かった。
転移をせず、わざわざ歩いてナザリックを下る彼を見かけた者達から友好的な声が次々とかけられる。「一緒に遊ぼう」「食堂の肉うどんオススメ」「オハヨウゴザイマス」「なにしてんの?」その全てに曖昧な笑みで返事をするとアインズはまた歩み続ける。
仲間たちがいて、彼らの子供たちが笑っていて、喜ばなければならないのに、アインズは進む度に会う度に増す重量感に押し潰されそうだった。欠けることのない友の姿に繋ぎとめられなかった不甲斐無さあざ笑われ、穏やかで心安らいだNPCの笑顔を見る度に与えてやれなかったことを責められ、モモンガと呼ぶ声に背負った名前を否定される気持ちだった。
(ひどい被害妄想だ)
そんなはずはない。
アウラとマーレを交えて楽しげに茶会を開いている女性陣も、正座をして『牧場で悪さをしました』と書かれた札を首から下げてバツが悪そうに苦笑しあっているウルベルトとデミウルウゴスも、そんなことを思うはずがないと必死に否定するが、誰かに会う度にまた喉を通った小石が胸底に溜まる。
いつ最下層に着いたかも定かではない夢見心地で、気が付けば
始まりの場所。アインズ・ウール・ゴウンの名を背負うと宣言した場所。最後を向かえた場所。
もはやアインズにとって、ここが心の最後の砦であった。
それゆえに開けるのを躊躇って扉に触れるか触れないかといったところで手を止めて、裕に10分は経っていた。長いこと迷った末に、決意を決めると深く深呼吸をし、目をつぶって扉に触れる。
努力を重ねて歩んできた現実か、仲間の揃っている夢か、望んでいるのはどちらか自分でもわからなくなっていた。ペロロンチーノに会った時には確かに吉夢を喜んでいたのに、今は悪夢を恐れている。
ゆっくりと目を開ける。
視線の先、静謐にあった王座の間には声を潜めて話し合う二人の影があった。
タコに似た頭部をした異形と話す純白のドレスをまとった美しい女性は穏やかで自然な微笑みを浮かべている。ふと、こちらに気が付いて会話が止まり、タブラが行くように手ぶりで促すと、アルベドは彼に一礼してから、小走りでこちらに駆け寄ってきた。
上気し赤く染まった頬も、ただ一人だけをみつめている蕩ける瞳も、嬉しさにはにかむ口元も、見慣れた彼女のままだった。
タブラに送り出されたアルベトが恋慕に溢れた声で言う。
「モモンガ様」
目の前の世界を拒絶するようにアインズは顔を手で覆う。
ギリギリと音が鳴るほど強く握りしめる指は、もしもオーバーロードの体に皮膚があれば引き裂いていただろう。力を入れ過ぎた指が頬骨に食い込み、激しい痛みが現実だと知らせるが、それを信じられない彼は更に指に力を込めていく。
いつの間にか集まっていた仲間たちが、彼の不審な行動に、優しく声をかける。
「モモンガ?」
自傷する彼を心配して守護者たちが不安そうに尋ねる。
「モモンガ様」
独りには広すぎた部屋は、今や大勢で埋まっていた。
ああ、なんて酷い悪夢なのだろうか。
それに頷きたいと思うことが、
都合のいい幻にすがることが、
このまま夢が覚めないでいてほしいと、そう、思い願うことこそが、一番、彼の心を重く責め立てた。