SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
「この後、無茶苦茶ハグした」
今度こそは人間大砲で大陸横断してみせるとモモンガは燃えていた。
角度を変えてみたりや空気抵抗を減らす工夫をしてみたりと、飛距離を伸ばすために試行錯誤を繰り返すうちに時を忘れるほど熱中し、気が付けば辺りは暗くなり、深夜に近い時間帯になっていた。
暗がりでも行動に支障はないのだが、昼食もとらずに挑戦し続けてきたこともあり、すぐに飽きるのに今回は珍しく集中していた るし★ふぁーの腹の音が鳴ったことで、その集中も切れて、二人はガルガンチュアを回収するとナザリックに帰ることにしたのだった。
油煙が壁を覆い、机から椅子から部屋中のすべてから脂の匂いがするようだ。
長いこと営業を続けてきた個人店をイメージして作られた食堂で、ガタガタする丸椅子にるし★ふぁーと並んで夜中のラーメンを啜っている時だった。パラレルワールドの自分が来ていたと知らされたのは。
ガラリと薄いガラス扉が開き、赤いのれんの間からペロロンチーノが顔をのぞかせた。
10人も入ればいっぱいになる狭い店内を左右に首を振って見渡すと、少し首をかしげてこちらに嘴を向けて固まる。人間ではなく、すっかりと鳥の仕草が自然に出るようになった友人に思わず真顔になっていると、彼のくちばしが開く。
「アインズ様?」
「―――ウール様」
「ゴウン様。三人揃ってアインズ・ウール・ゴウン様☆」
よくわからないことを言い出したペロロンチーノに合わせて、言葉を連ねれば、すぐに意図を読んだるし★ふぁーも後に続いた。
「その反応はモモンガか」
「ムササビという可能性もワンチャン「ない」
茶化して話を混ぜ交わせようとする るし★ふぁーを止めると、乱入者がきたことで箸をつけていたままだった麺を口に入れる。まだ冷めてはいなかったが、なにか用事があるのならば食べ終わってからにして欲しいのがモモンガの本音だった。なにしろこちらは昼飯抜きなのだから。
たぐった薄黄色の麺にスープを絡ませて、音を立ててすする。
ずっしりとした油が口中に広がるが、すぐに勢いよく喉を目指す縮れ麺に濾し取られて、かすかな風味を残して消えていく。鼻の奥から昇るカツオの香りに空になった喉を鳴らして、箸を操り次の一口を手繰り寄せる。
「うまそーだな。俺にも豚骨ハリガネニンニクアブラマシ」
歌うように注文を通すと、ペロロンチーノは椅子に座り、足を揺らしてラーメンが出てくるのを待つ。それを横目に煮卵の崩れた黄身がかすかに浮いたスープをレンゲで掬う。食べるのが早いるし★ふぁーはもう替え玉を頼んでいた。
「で、さっきの話なんだけど、さっきまで別の世界の? モモンガが来てたんだよ」
「はあ、それがアインズ様なんですか?」
「モモンガ様じゃねーの?」
レンゲを沈めていると隠れていたキクラゲが現れて、Lv.1程度の幸せを感じた。奥歯で噛みしめればコリコリとした歯ごたえの振動が脳にまで届く。更にみつからないかと底を探す。
出された冷水のグラスがまだ汗をかいていないのに、待つ側にしてみれば時間が長く感じるのだろうペロロンチーノが揺らす脚がリズムよく床を鳴らす。タタンと趾が床を叩き、返す蹴爪が椅子の足を当たり短く澄んだ音を立てる。ふ蹠を覆う脚具が擦れれば、まるで金琴をバチで叩くが如く。段々と興がノってきた鳥が箸でグラスを叩きだしたところで、ようやく注文のラーメンが出来上り器が彼の前に置かれる。一部始終を見ていた料理長の眼はあたたかかった。
「色々あってギルド名を名乗ってるんだとさ」
「ふーん」
後で詳しく説明をしてくれそうなぷにっと萌えかベルリバーあたりに聞こうと、生返事で答えるとサイドメニューを頼もうと考えている るし★ふぁーの横からメニュー表を覗く。デザートにひんやりした杏仁豆腐かアイスもいいが、まだ食べ足りないので餃子かチャーハンか頼みたいところだ。
「餃子半分にしよーぜ。てか、ペロロンチーノは俺様にも“様”をつけるべきだと思う」
「こっちのニンニク無しにしましょう。昔は“さん”つけてましたが、この頃は呼び捨て多いですよね」
「え、オレ調子のってる?」
こっちにも餃子くれと嘴をつっこんできたペロロンチーノに、更にチャーハンも頼んで3分割することを提案する。これならば更にデザートもいけるかもしれない。
しかし、深夜のラーメンはうますぎる。
「モモンガ、るし★ふぁー、たっち……確かに呼び捨てになってたは」
「おら、様つけろよデコ助野郎」
「るし★ふぁー様」
前にアウラが語っていたが、食事が不要であっても食べられないわけではないし、食べるという行為は幸せなものだ。特に鼻をくすぐる美味しそうなものは。
確かにその通りだ。
カウンター越しに届く餃子を焼く時の撥ねる音も、焙られる油と卵の香ばしい香りも、向こうが透ける肋骨の中の存在しない胃袋を刺激する。先ほどまでのペロロンチーノのように行儀悪く食器を鳴らして催促したいほどだ。
「私も呼び捨てる時ありますし、親しみの表れですかね」
「そうそう! フレンドリーさの表現だし。だから、次に来たらアインズて呼び捨てたろ」
「いつくるの?」
「しらね」
話を聞いていた料理長がすでに三等分された半チャーハンと餃子が二つ乗った皿をカウンターに置く。コトリと小さな音なのに、空腹というモンスターに取りつかれた者たちが聞き逃すはずはなく、一斉に三人の手が皿に伸びる。
黄金色の輝く米は卵を纏いパラパラで、軽く焦げ目のついた餃子は肉汁を含みジューシーだ。噛めばラーメンで満ちていたはずの腹にどんどんと入っていく抗えないウマさがあった。
「呼び捨てが親しみの表れ、か」
餃子をほおばりながら、モモンガはいつか守護者たちも私たちのことを気安く呼んでくれるようになるのだろうかと考えた。特に子供の姿をしているアウラやマーレに敬称で呼ばれると、目の前の彼ほどではないが“いけない気分”を覚えてしまう。
だけど、モモンガが一番呼び捨てにしてほしい守護者は別にいる。
『モモンガ様』
白いドレスに淑女の微笑みを浮かべる美しい人と、もっと親しくなれたら、いつか呼び捨てになるのだろうか。
それとも、また別の呼び方になるのだろうか。
『―――あなた』
一口で食べた餃子をもぐもぐと噛みしめながら、モモンガはデザートは杏仁豆腐にしようと、色だけで決めた。
おまけ
「モモンガ」
それは完璧な笑顔だった。
やわらかく細められた目に、歯を見せない上品な笑み。胸の前で組んだ手は固く握られている。
ほんの戯れというか好奇心、それに期待のようなものを混ぜた思いでモモンガは敬称をつけずに名前を呼んでくれと頼んだ。渋りはされたが、なおも連ねて頼みこむと、アルベドは頭をすっと下げて了承の姿勢をみせた。
そして再び頭を上げた時には、花がほころぶような完璧な笑みが浮かんでいた。
かすかに色ののった薄い唇がうっすらと開き、私の名前を呼ぶ。
いつもの思慕に溢れハートが語尾に浮かんでいるような甘い口調なのは同じなのだが、ただ呼び捨てにされているというだけで胸の奥にぐっとくるものがある。(ああ、これが萌えか)強制的に沈静するほどの強い感情の揺れはないが、じわじわと頬が思わず緩むようなむずがゆい感情が湧いてくる。
実際に呼ばれてみれば気恥ずかしくはあったが、こんな嬉しさを感じられたのだから、話の流れからの気まぐれで頼みこんでみて本当によかった。一人胸の内で満足げにうなずいているモモンガの耳に、ぽつりと小さな声が届く。
「ーーーさま」
本当に、本当にかすかな蚊の鳴くような声だったが、他に誰もいない部屋は静かで、アバターの体になってから鋭敏になった聴覚にしっかりと聞こえた。
訝しげに言葉を漏らしたアルベドを見つめる。
じっと見られていることにも気がつけない彼女の笑みは、先ほどまでと変わらず完璧な笑みだった。だが、組まれた指は居心地が悪そうに何度も組み替えられて忙しなく動いている。腰の辺りから広がる黒い翼は何か強い感情を隠すかのようにぎゅっと体に寄り添い畳まれていた。
ふと、意地悪な気持ちがわいてきた。
「アルベド、すまないがもう一度呼んでもらってもいいか」
「はい、モモンガ…………さま」
皮膚と筋肉のない顔でよかった。で、なければ今頃はニヤニヤとした笑みを見られていただろう。
「はは、お前に呼び捨てされるのは新鮮でいい気持ちだ」
「喜んでいただけたのでしたら、光栄です。も、モモンガ様」
消え入る語尾も注意して聞いていれば、聞き逃すことはなく、命令に背く罪悪感と不敬を冒せない忠義さに揺れ動く心境が振るえる声に現れていた。いつも微笑みを浮かべている優秀な守護者総括にも、こんなに可愛らしいところがあったのかと、モモンガは冷静に頭で驚きながら、同時に胸の中では荒れ狂う嵐のような激情を感じていた。
だからだろう、こんなに大胆なことをしてしまうなんて。
モモンガは大きく一歩近付くと、そっとアルベドの頬を撫ぜた。
己の白骨の指よりも、白く光が透けるような頬を耳元から顎までゆっくりと辿る。ひっかかりのないつるりとした滑らかな皮膚は、絹のような冷たさがあった。指でクイっと顎を持ち上げ、仮面の如く驚きで固まった笑みの彼女の唇に親指で触れる。ふっと吐かれた息が、指の腹をあたたかく濡らす。
「私の、いや俺の名前を教えておこう……」
リアルに置いてきたはずの名前を告げる気になったのはどうしてだろう。
アルベドは綺麗だし、そうあれと造られたとしても、まっすぐにこちらを慕う姿に嫌な気はしない。異世界に転移し、人間味に満ち自然に動き喋る彼女は誰の目も集める光輝く美しさがあった。だけど、それだけではなかった。それだけではない。ただ造詣が優れているからではない。ただ愛してくれるからではない。理由も理屈もなにもわからないが、彼女に知っていてほしかったのだ。現実に置いてはきたが、忘れることも消し去ることもできない人間だった頃の名前を。
6文字の単語をきょとんとした顔で聞いたアルベドは、瞬きを何度かしてから、おもむろにピンク色の唇を開く。
先ほどの完璧な笑みとは違う、頬を羞恥で染め上げて口角も感情を抑えようとするあまりに醜く歪んでいるし、眉間にも力が入りすぎて皺が寄っている。それでも、それは今までみてきたよりも、一番うつくしい笑顔だった。
「 」
今度は”様”はついていなかった。