SKO41に入った鮮血帝だけど、なにか質問ある? 作:ごはんはまだですか?
ナザリック地下大墳墓の最下層。
ガルガンチュアさえも身をかがめること無く立つことのできる高い天井には、いくつものシャンデリアが吊るされ、窓のない室内であっても何一つ隠すことなく影を打ち消さんとばかりに燈された七色の魔石の明かりが煌々と辺りを照らしだしていた。
壁にはアインズ・ウール・ゴウンの栄光を作り上げた者たちの紋章を描いた旗がかかり、生きていると見間違うような白磁の彫刻よりも、指先に乗る小さな馬の細工さえも見ることのできない裏側まで彫り込まれ、ハミのビスを数えることのできるほど細部まで作りあげられた金と銀の装飾さえも、切れ目も隙間もなく敷き詰められた寝具にできそうなほど柔らかくビロウドの艶めきを持つ血よりも深い真紅の絨毯よりも、天を突かんとばかりにそびえたつ水晶を掘りだした王座よりも、その旗はなによりも輝かしい装飾であった。
端と端では会話も難しい広い部屋に集まっているのは、悪魔や闇妖精、蟲王に真祖、それに天使。いつもは階層に閉じこもり表には現れない者も集まり、広々とした王座の間は守護者とその配下たちが隙間なく詰めている。だが、文句は誰一人言わない。それどころか自ら体を丸めて、少しでも全員が王座に近寄れるように気を配りあっている。プライドの高いシャルティアでさえもそうだ。
それは見るためである。 なにを?
それは聞くためである。 なにを?
すべての目と耳は、彼らのいる場所よりも上にある王座に向けられていた。
そこにいるのは、ただ三人。いつもであれば後ろに控えるアルベドも今日ばかりは段の下に降りている。
ただ一人の彼らの王のために用意された椅子には、ローブを羽織りスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構えた死の支配者が、眼窩の炎を赤く燃やしながら鎮座している。
その左には軍服を着た彼の子であるパンドラズ・アクターが、何一つ聞き逃さないように胸に手を当て構えている。
その右には茶色いマントで体を覆う“人間”がいた。
ただ一人の例外を除いて
ただ、沈黙があった。
無言の中であっても、隠しきれない感情が熱意となって空気に混ざる。疑いも、切望も、混乱も、戸惑いも、喜びも、……希望も。すべては見えない熱となって狭くなった部屋の中で渦巻いている。
張りつめた糸の、沈黙を破ったのは誇りであるギルドの名を我が銘としたアインズ・ウール・ゴウン、その人だった。
「問おう」
感情のない、平坦な声が静かな部屋の隅々まで響き渡る。
階段下で跪く者たちは、言葉を余すところなく聞こうと身動きどころか呼吸さえも止め、何も見逃さまいと瞬きもしない。
「汝の―――大切なものはなんだ?」
問いかけられた男が一歩前に出る。
多少は身なりを整えてはいるが、ナザリックの豪奢で神々しい調度品に囲まれては、数刻前の土埃にまみれた姿と大差ないレベルであった。だが、1㎡ほどで一般的な3人家族が一年遊び暮らせるだけの絨毯を踏むことに躊躇いはなく、まるで自身がここに立っていることに疑いを持たないようであった。
「なにも」
「大切なものはないと? それが答えか」
質問を重ねるアインズの声に失望も喜びもない。知っている文句がなぞられるのを静かに待っている。
「大切なものはなにもない。世界の全てが我らのもの故」
ただの、ほつれた木綿の服を着た、鍛えられてはいるがそれでも人間の枠から抜け出せてはいない黒髪の男は、妄言の類にしか思えない大言を吐く。しかし、その言葉に哂うものはいなかった。
蝋に似た生気のない白い指を祈るように胸の前で組む吸血鬼も、隣あう片割れと肩を寄り添いあう双子の闇妖精も、感情が冷気となり体表が白い霜でおおわれつつある蟲王も、真剣な表情で見入っていた。
「問おう」
王の手に握られた杖の石突が一度、打ち鳴らされる。
「汝の、友の名は?」
「友なぞいらぬ」
ざわり。耳が痛いほどの緊張を孕んだ沈黙が、湧きたったざわめきで破られる。声はなく、恐れに近い振るえだけだったが、この場を覆うほどの人数が起こしたソレは音となって新たに危うい緊張を張り巡らした。
「……必要なのは、共に闘う仲間だ」
深い想いを刻まれた皺の奥にひそませた竜人も、羽根の先まで気に満ちさせて触れれば破裂しそうな女淫魔も、……血がにじむほど掌を握りしめて一人だけ俯く悪魔も、息を呑んで発される言葉に聞き入っていた。
再度、杖が鳴らされる。
その音は福音であった。カァン。悪の組織にはふさわしくない、天使の鳴らす清らかな鐘の音が王座の間に高らかに響き渡った。
座するアインズは立ち上がると、その腕を大きく広げて、湧きたてと、歓喜せよと、配下のものたちに許された唯一の行為を誘う。
「皆のもの、喜べ。ウルベルト・アレイン・オードルの帰還だ」
多種多様な声と感情が一斉に上がった。
溢れたのは嬉しさだった。叫びだった。懐かしさだった。涙だった。言葉に出来ない感情だった。声が嵐のようにうねり熱狂は留まることを知らない。隣にいるものと抱き合う者がいる。滂沱の涙を流し地に伏せる者がいる。飛び上がり帽子を振る者がいる。感情が溢れすぎて動くことすらできない者がいる。
その全てはただひとえに喜びが根底にあった。
ただの一人の例外もなく。
そう、アインズ、いやモモンガでさえも。
腕を広げたままモモンガは隣に立つウルベルトの方へ向く。口元には穏やかな笑みが浮かび、秘めていても激しく燃えていた眼窩の炎は今やあたたかい色をしていた。全身からは隠しようもないほど喜びが溢れていた。
「おかえりなさい、ウルベルトさん」
浅黒い肌でもわかるほど頬を上気させたウルベルトは、恥ずかしいのを誤魔化すように手で顔を覆っているが、隙間から覗く緩んだ口元は隠せていない。
「ただいま」
かすれた蚊の鳴くような声であったが、確かに全ての者たちの耳に届き、再び王座の間は歓喜の嵐に襲われた。
***
宝物殿。
ある意味、ナザリックの最奥部に位置する場所に二人の男がいた。
片方は山羊頭の悪魔。もう片方は黄金色の獅子。
草食動物と肉食動物。魔法に長けた種族と物理攻撃に長けた種族。悪に染まる男と守り導かんとする男。貧困層と富裕層。
表面だけ見れば相対する二人だが、不思議と息が合い、こうしてどちらともなく誘いあい戯れることが多かった。口さがないものは厨二仲間と揶揄するが。
「奥にいるパンドラズ・アクターに話かければ、よいのだな」
「ひみつのしつもん、ですか。テキトーでいいですかね」
ウルベルトとジルクニフが宝物殿の奥にわざわざ足を運んだのは、先日起きた小さな事件の顛末だった。
まったくもってくだらない話だが、現在ギルドランク18位のアインズ・ウール・ゴウンを嫉んだ連中が塵も積もれば山となるとばかりにやたらめったら重箱の隅をつつくようにくだらないことを通報しまくったのだ。付き纏われただとか、年齢制限にかかる卑猥なことを言われただとか、キャラデザインを盗作されただとか、チート行為をしているだとか。その結果、ギルド内の何名かに
おおらかでプレイヤー同士の自治に任せ滅多なことではBANをしない運営であっても、元々DQNギルドと名高いアインズ・ウール・ゴウンとあっては、すでに注意や警告をいただいているうえにこのような騒ぎがあっては、そのうちまた不幸に巻き込まれて、キャラクターがデリートされる惧れが危惧された。
事実、一度二度、過去には春のBAN祭で消されたギルメンもいた。
そのことがあり、新しいキャラクターを作り上げた際に、ギルドに戻ってこれるようにと本人確認をするためのパスワードを各々で設定するという話になったのだった。
宝物殿にいて、まず戦闘には繰り出されないであろう、モモンガが設定したNPCのドッペルゲンガーに二つ“ひみつのしつもん”を答えておくことに決まり、手の空いた人から実行しているのだが、なかなか面倒くさがって行わない者がいて、ギルド長が名簿片手に催促して回っているというのが現実だ。
各言うウルベルトとジルクニフも、面倒くさがっていた者のうちの一人だ。怒りのアイコンをぽこぽこと頭上に浮かべるモモンガに追い立てられて、ようやくここまで来たのだが、正直いえば面倒くさいというのがまだ勝っていた。
「では失礼して、私から答えさせてもらうぞ」
ペットの好物という質問に乾電池などと、本当にテキトーな答えを返しているジルクニフを眺めながら、山羊頭の悪魔は手持無沙汰にシルクハットをいじくったり、モノクロームをかけ直したりして暇を潰す。
二度、欠伸を噛み殺していると、ジルクニフの番が終わった。
「こちらは終わったぞ」
「はいはい、さっさと答えて、遊びに行きましょう」
ピンク色の卵にマジックで目鼻を書いたパンドラズ・アクターの前に立つと、設定されたプログラムを起動するために決められた言葉を口にする。
「“ひみつのしつもん”」
棒立ちの状態から、胸に手を当てた格好になったパンドラズ・アクターの上にテキストボックスが浮かび上がる。
まるで漫画のセリフ枠のようなソコに書かれている文面を読み上げると、ウルベルトは相変わらず沸き上がってくる欠伸をしながら、ほんのわずかな悪ふざけを含んで答えていった。
「大切なもの……“なし。世界の全てが我らのもの故”」
***
パンドラ「はい、本人確認できました」
ウルベルト「恥ずか死ぬ」