0.煉獄の始まり
どこか遠い南の海に浮かぶ名も無き島。
今そこに、一人の男が降り立とうとしていた。
彼の名は、Mr.プレジデンテ。
この島を地上の楽園とすべく使命感に燃える、未来の独裁者である。
「やあやあ、小舟に揺られて14時間、とうとう目的地に着いたぞ!」
かんかん照りに照りつける赤道直下の太陽の下、白いスーツに身を包んだ男が高笑いを上げた。
彼こそはMr.プレジデンテ。大小無数の無人島がひしめくこの地域に、新たな国家を立ち上げるべく画策する希代の山師である。
「・・・目的地って、私たちは単に遭難して無人島に漂着しただけですよね」
疲れた声でプレジデンテに突っ込みを入れたのは、彼の忠実なる補佐官だ。
それなりに高学歴でハンサムだが、不況のせいで職にありつけず、何の因果かプレジデンテなぞに見いだされて彼と共に苦楽(現在の所は主に苦を、だが)を共にするはめになってしまった不幸な男である。
「プレジデンテ、どうやら私たち以外の乗員は一人も助からなかったようですわ」
硬く鋭く、感情を感じさせない口調で断言したのは、豊満すぎる肉体を赤いスーツに押し込めた金髪碧眼の美女だった。プレジデンテを公私にわたってサポートする有能な秘書官だ。
美人でグラマラスで仕事もできる優秀な女性なのに、よりにもよってプレジデンテなんぞに入れあげて絶対の忠誠を誓う狂人である。
「気にするな!私は気にしない!どうせ元々この辺りの無人島に適当に入植するつもりだったのだ!結果オーライでは無いかね!!」
「機材も移民者も全部無くして、遭難してるだけじゃないですか!!」
そう、彼らは遭難していた。
プレジデンテの呼びかけに応じて様々な国から彼と共に新天地を求めてやってきた移民達、その数1000余名。いずれも各国でもてあまされていた不正移民や低所得者層、浮浪者や犯罪者だ。
ところが、移民の出身国から援助を得て格安でチャーターしたボロ船は、昨夜の大嵐によって船ごと深い水底に沈んでしまった。
我先に脱出用のカッターに群がった船長以下の船員どもをなぎ倒して脱出手段を確保し、助けを求めて泣き叫ぶ乗客(つまりプレジデンテを信じてついてきた移民達)を放り出して、彼らは自分たちだけで逃げ出してきたのだ。
「心配するな!金ならある!」
プレジデンテは親指を立てて笑うと、捧げ持っていた鞄を開いた。船から脱出する最中にも、コレだけは決して無くすなと脅され、補佐官は脂汗を流しながら運んだクソ重たい鞄だ。
中には、ぎっちりと金(ゴールド)のインゴットが詰まっている。
「すげえ!こんなのが入ってたのかよ!どおりで重かったはずだわ!!」
補佐官は黄金の輝きに目を奪われてしまった。
「紙幣なんて国によってはお尻を拭く紙にもならないからね。やはり最後に物を言うのは金さ!」
「こんなにいっぱいどうしたんですか?先月まで俺の給料も払えないくらいに金無かったじゃないですか!」
「なあに、各国から厄介な連中をたたき出・・・ゲフンゲフン、移民させるために『手数料』として受け取った物だよ」
補佐官はどん引きした。
プレジデンテはそうやって金で引き受けた連中を見殺しにし、残らず海の藻屑に変えて、まんまと金だけせしめたのだ。
「労働力は失ったけど、コレだけ在ればまたすぐかき集めてこられるさ。人間の命なんて安いもんだからね!」
「これだけあったら、もう少しマシな船をチャーター出来たのでは?」
「余計なお金をかけるのがおしかったのさ!結果的に効率よく厄介払いができたんだから良かったじゃないか!」
プレジデンテは前向きな考え方のできる人物だった。
「プレジデンテ、少しよろしいでしょうか?」
「もちろんさ!」
プレジデンテは秘書官の豊満な胸から視線をそらさずに頷いた。
「船に積まれている資材で一月程度は持ちそうです。元々脱出用のカッターは12人乗りでしたので、食料も3人で分ければそこそこ余裕がありますわ」
「HAHAHA!無能な船員共は蹴り出しておいて正解だったね!どうせ僕らから奪える物をありったけ奪って海に沈めようと企んでいた海賊崩れの密輸業者だったからね!」
「おっしゃるとおりで御座います。さすがはプレジデンテですわ」
補佐官は胃が痛くなった。この男の下で働くようになってからは毎日の事だが。
「・・・ああ、もう好きにして下さい。それより、よく考えたら、この状況では金があっても意味がないですよ。水と食い物はあるにしろ、どうにかして脱出するか助けを待つ方法を考えないと・・・」
「心配要りません。非常用の衛星携帯電話で支持者達に連絡を取っておきました。すぐに救助が駆けつけることでしょう」
有能すぎる秘書官は豊満な胸を揺らした。
「今回の計画に出資して頂いている各国の方々も、移民達が大勢亡くなったことには心を痛めておられるそうです。とても痛ましい不幸な事故ですが、しかし、相手は偉大な大自然!誰が悪いわけでもないのだとご理解頂けました!それに「次も頼む」と励ましのメッセージまで頂戴しています!」
「すばらしい!持つべきものは理解あるスポンサーだね!!」
何が「次も頼む」なのか補佐官は理解できなかったし、理解したくも無かった。
「・・・ひとまず夜露をしのげる場所を探しましょう。ここは日差しが強すぎて、辛いです」
目の前には青い海。貴重な天然の珊瑚礁が点在していて、非常に美しい。
周囲には白い砂浜が広がっていて、時折カニやヤドカリ、海鳥などをチラホラ見かけるほかには何も無い。その向こうは鬱蒼とした木々が茂る森林地帯。青と白と緑が連なり、目に優しい色がどこまでも広がっている。
これが気楽なバカンスなら、さぞや心癒やされる光景だろう。
「おお!リゾート開発にはもってこいの島じゃないか!」
だが、プレジデンテはまた違った感想を抱いたようだ。
「この砂浜は手を入れなくてもそのままリゾートビーチにできるぞ!観光客をわんさか呼び込もう!となると、港と空港が必要だ!港を作るのに邪魔だから珊瑚礁はつぶしてしまおう!それに海岸沿いの森は徹底的に切り開いて空港とホテルを建てるんだ!海岸線を一望できるぞ!」
このすばらしい大自然を、いかにぶっ壊して観光地にするかで頭がいっぱいのようだ。
「すばらしいですわ、プレジデンテ!世界中の旅行会社や広告会社に宣伝しましょう!」
秘書官は感動して豊満な胸を揺らしながら喘いだ。
「となれば、ひとまず青写真を描こうじゃ無いか!我らが島を見て回るとしよう!」
プレジデンテは胸を張って高笑いしながら、躊躇無く浜辺を超えて森に向かって歩き出す。秘書官は豊満なお尻を降りながらその後ろについていく。補佐官はため息をつくと、嫌そうに後を追った。
「見たまえ、バナナにパパイヤ、マンゴーにパイナッポウ!!この森はフルーツの宝庫だぞ!!」
木々には見事な果実が鈴なりになっている。
プレジデンテは大喜びで一つもぎ取ると、一口かじった。
「さすがに味は大味だな。だが、一から農場を作るより安上がりだ!大規模なプランテーションに改造して先進国に輸出しよう!!」
「プレジデンテ!!ステイツのフルースタス社は新規農園の開設に積極的な融資を約束しています!!」
「イイネ!!早速労働者を募集しよう!労働ノルマは1日12時間、日当は一人1日1ドルだ!!僕は懐の大きい男だからね!来る者は一切拒まない、年齢も性別も問わないぞ!!」
つまり、児童労働も辞さないと言うことだ。しかも、かなり過酷な労働条件である。だが、発展途上国ではごく平均的な雇用条件だった。
「収穫を伸ばすには農薬の散布も欠かせません!プレジデンテ、実は私、とても強力な農薬を知っています。摂取すると、ちょっぴり精力が減退してしまうのですが、効果は抜群ですわ!!」
ちなみに防腐剤が使用される箱詰めの倉庫や、飛行機から農薬がまかれる農園で働く労働者は大量の農薬に晒される。
発展途上国の農場で頻繁に使用されているある種の農薬は、無精子症を引き起こし、子供を作れなくしてしまう効果があり、先進国では当たり前のように使用は禁止されている。
だが、世界的なフルーツメーカーは生産性を維持するために、強力な農薬を頻繁に利用していた。
「すばらしい!すぐ手配してくれたまえ!!」
もちろん、プレジデンテもお金が大好きなので、農薬の使用を禁止する気は一切無かった。
上機嫌で森を進むプレジデンテ一行。
やがて彼らの前に、大きな沼地が見えてきた。
不思議なことに沼の水は真っ黒で、周囲には水草一本生えておらず、しかもツンと鼻腔を刺激する異臭がする。
「まさかこれは!!」
プレジデンテは目を丸くした。
「アンビリーバボー!!」
秘書官は胸を揺らしすぎてブラがはじけ飛んだ!!
「すげえ!!原油が自噴してる!!」
そう、黒い水の正体は天然の油井である。
大量の原油が地下に埋まっていた場合、強力な圧力を生じて地面を突き破り、自然に地表にしみ出すことがある。豊富な産油地帯で稀に見られる現象だ。
「ひやっほう!!すげいぞ、これで僕らは大金持ちだ!!」
「おめでとうございます、プレジデンテ!!」
「うひゃー!!マジかよ!!」
プレジデンテは狂喜乱舞し、秘書の頬に熱烈なキスをした。さすがの補佐官も宝の山に目を奪われている。
そこで真っ先に理性を取り戻したのは、意外なことにプレジデンテだった。
「ここはまさに宝の島だね!!とはいえ、扱いは慎重に頼むよ、諸君!!何せここら一帯は昔から西側と東側が勢力圏を巡って争っている係争地だ!下手に原油があるなんて情報が漏れてしまうと、両方から艦隊を送り込まれて僕らは破滅する!」
プレジデンテはすごみのある笑顔を浮かべた。
「特にステイツのハゲタカ共にばれたら、問答無用でテロ組織認定されてしまうだろう!すぐに軍隊を送り込まれて僕らはテロリストとして縛り首だ!!」
とりあえずテロ支援国家認定して軍隊を送り込み、資源を掻っ攫うのは超大国のお家芸だ。
「まずは再び移民を募って建国を宣言し、国家の体裁を整えようじゃないか!合い言葉はラヴ&ピース!!頭のおめでたい平和主義者の集まりやら市民団体やらを煽りに煽って、とにかく大勢の人間をかき集めるんだ!!マスコミを使って派手にいこう!!」
どうやら大国が干渉してくる前に入植と建国を既成事実化し、領土と領海を実効支配する気らしい。
「手始めにフルーツ農園やリゾート施設を整備して、先進国からありったけ人を呼び込もう!そうすれば西も東もうかつに軍事オプションを使えなくなるよ!人質をとっているようなものだからね!!」
まさに悪党の発想である。
「いずれは軍隊を作って最新式の兵器で武装させるぞ!!将来的には巡航ミサイルが欲しいな!!やっぱり、いざというときに頼れるのは自在に振るえる暴力だ!」
それが世の独裁者が軍隊に傾注する最大の理由だろう。
「もちろん、選挙なんて代物は僕の国にはいらないぜ!ろくに学も無い、一山いくらの移民達に選挙権を与えるなんて想像しただけで寒気がするよ。愚者は黙って賢者に従っていればいいのさ!!」
まるで少年のようにキラキラ輝く無垢な瞳で、プレジデンテは真っ黒な夢を語るのだった。
一週間後、世界各国から行き場のない移民達が、第二陣として再び送り込まれることになる。
我らがプレジデンテは金に物を言わせてかき集めた移民達を使って島の実効支配を固めると、共和国の建国を宣言するのだった。
1.地獄の一丁目
「プレジデンテ!!先進国の裕福なお客様どもは甘ーい果実に目がありません!!貴国から輸出されるフルーツは大人気ですぞ!!」
プレジデンテはフルースタス社の重役と笑顔で握手を交わした。
「是非ともさらなる増産をお願いいたします!仕入れるそばから売りきれてしまいます!!」
「すぐに森林地帯を切り開いて農場を増やしましょう!!タイムイズマネー!!」
プレジデンテは営業スマイルで重役を手厚く見送ると、すぐさま補佐官に命じて新たな農園の造営に着手した。
移民局を兼ねた建設事務所にはチャイナやコリア、インド、アフリカ、中南米、あるいは東南アジアからかき集められた労働者が掃いて捨てるほど有り余っている。
とりあえず学が低くて給料を誤魔化しても文句を言わず、適当に使いつぶせる人材には不自由していない。
「森を切り開いたときに切り倒した丸太は、パルプや木材に加工して輸出したまえ!!森林資源は大切にしなきゃいけないね!!」
補佐官は、自然を大切にするということの意味を取り違えている気がしないでも無かったが、とりあえず給料が支払われるようになったことには満足していたので何も言わなかった。
「プレジデンテ、そろそろ海岸沿いの森林地帯は農園とリゾートで埋め尽くされそうです」
「おや、もうそんなに開発が進んだのかィ?」
「はい。少なくともフルーツの樹木が茂っていた一帯は残らず農園になっています。他の雑多な樹林は切り開いた後で、煙草やサトウキビ畑、それとプレジデンテのご指示で例の特殊な植物を栽培するための農地にしておりますが・・・」
煙草やサトウキビはともかく、その特殊な植物とやらが補佐官的には非常に気になっている。
「いつまでもフルーツ栽培一本じゃ、稼ぎが心許ないからね!!収入源は多い方がいい!!特殊な葉っぱを使った、とっても気持ちよーくなれる高級葉巻に、特性スパイスのたっぷり入った高級ラム酒の製造さ!!」
財政基盤を安定させるために多角経営に走るというのは間違いではない。
だが、その気持ちよくなれる特殊な葉っぱやスパイスというのが、補佐官的にはとてつもなく気になった。
「あの、プレジデンテ、まさかと思いますが、それってマリファ・・・」
「と・こ・ろ・で、補佐官くん!例の『黒い沼地』のあたりは手つかずにしてあるだろうね?」
プレジデンテは強引に話題を転換した。
「・・・例の場所は、表向きは有毒なガスがでるということにして立ち入り禁止にして、周囲の樹木の伐採も厳禁にしてあります。さらに傭兵部隊を常駐させて・・・その、ご指示通り、警告を無視して近づいた者には射殺命令を徹底しております」
「HAHAHA、おつむの悪い連中をしつけるにはきっつい鞭が一番だからね!!・・・で、情報は外に漏れていないだろうね?」
プレジデンテは満足そうに頷いたが、目は笑っていない。
「い、今のところ外部に情報が流失した節はありません・・・」
「YEAH!その調子で頼むよ!」
補佐官はイケナイ葉っぱの件は忘れることにした。誰だって命は惜しいのだ。
「ただし、森のさらに奥地は岩石質の荒れ地になっておりますので、これ以上の農園拡大は物理的に不可能です」
「OH,SHIT!!荒れ地だって!!クソの役にも立たないぜ!!」
プレジデンテは不機嫌そうに舌打ちをした。
「一応、秘書官が現地で地質調査をしています。広さだけはそれなりにありますから、最悪の場合は、フルーツの缶詰加工場にでもするか、あるいは高台の立地を生かしたホテルの設営などに・・・」
「プレジデンテ!!!!」
補佐官の言葉を遮って駆け込んできたのは、ナイスバディの秘書官だった。
全力疾走してきたのだろう、全身から汗を垂れ流し、豊満なバストを覆うブラはとうの昔にはじけ飛んで、秘密の山頂が見えかけている。
「お喜び下さい!!島の奥地の砂礫地帯を調査したところ、複数のベースメタルやレアメタルの大鉱脈を発見いたしました!!」
「WOW!!そいつはご機嫌だぜぇ!!!!」
プレジデンテは狂喜乱舞した。
「金やプラチナといった貴金属類は言うに及ばず、銅、コバルト、ニッケル、モリブデンにタングステンまで!!資源がいくらでも沸きでてきます!!しかも、ちょっとやそっとの量じゃ在りません!!」
この報告にはさすがの補佐官も目をむいた。
貴金属は安定した収益が見込めるし、レアメタルは精密機械や電化製品の製造に欠かすことができないため、世界中で引く手数多だ。
特にベースメタルの一つである銅鉱山の発見は影響が大きい。新興国の著しい経済成長に伴う需要増大により、銅は過去に類を見ない勢いで値を上げていて、わずか数年で三倍以上も価格が高騰している。
「さらに調査を進めなければなりませんが、希土類(レアアース)が発見される可能性もあります!!」
「GREAT!!宝の山じゃないか!!早速、中古でも何でもいいから、採掘機をじゃんじゃん仕入れてくれたまえ!!」
「既に手配済みですわ!!」
「相変わらず仕事が早い!!補佐官君、君は労働者の手配をしてくれたまえ!!農園用の労働者達も鉱夫に転用しよう!!」
興奮しきりのプレジデンテに、補佐官は難しい顔で首をひねった。
「・・・プレジデンテ、お気持ちは分かりますが鉱山開発となると、農園ほど手軽にはまいりません。意外に思われるかもしれませんが、鉱山労働者は技術職です。岩石を切り出す削岩機(ロックドリル)の操作には、それなりに習熟が必要です。実際、高卒程度の基礎学力を有した労働者の賃金となりますと、とても日当1ドルでは・・・」
それを聞くと、プレジデンテは不愉快そうな顔つきになった。実際ランニングコストの上昇を歓迎する経営者はいない。
「また、危険箇所の安全対策にも多額の経費が必要です。労働者の健康状態に配慮して、高度な医療機関の設置も検討しなければなりませんし」
粉塵が舞い、気温35度を超える鉱山での作業は重労働である。しかも常に落石の危険が伴う。安全快適とはいえない環境で長時間労働を強いられる鉱山労働者は過酷だ。先進国ではとてもではないがコストに見合う労働者が集まらないため、たとえ十分な資源の埋蔵量があったとしても、鉱山開発は人件費の安い発展途上国に集中するのである。
「なるほど!つまり、君はこう言いたいんだね!労働者の確保と同時に、彼らを『適切』に監督する『警備員』の配置が急務だと!!」
発展途上国では、主要産業である一次産業の農鉱業には、例外なく外資系巨大資本の手が入っている。
資本家の論理では労働者の維持管理に必要な経費は安ければ安いほどよく、基本賃金はおろか福利厚生や、安全対策に必要な経費すら削りに削られているのが実情だ。
そして、警察や軍隊は『国家の手先=国家に影響力を持つ資本家の手先』であり、労働者が不満を爆発させてストを起こそうものなら、率先して暴力装置としての責務を果たし『適切』に措置するのである。
「アッハイ」
補佐官は何故その結論に至るのか理解できなかったし、理解したくも無かった。
「よーし、任せたまえ!!僕は友達が多いんだ!!ちょうど中央アフリカで大統領をしているマレス大佐が部下を都合してくれるだろう!!彼らに警備隊の育成を頼もう!!」
クーデターで政権を掌握し、政敵をことごとく血祭りに上げたとされる独裁者の名前が出たような気もするが、補佐官は聞かなかったことにした。
ちなみに件の独裁者はイスラム原理主義者のゲリラやテロリストを密かに育成したり武器を供与していると、もっぱらの噂だ。
「プレジデンテ!!早速、大鉱脈発見をマスコミに発表して資本参加を募りましょう!!世界中の大企業から、いくらでも融資が見込めますわ!!」
「それは悪手だよ、君ィ」
プレジデンテは期限の良さそうな顔から一点、どす黒い笑顔を見せた。
「何故、僕が油田を秘匿しているか、その理由を忘れちゃったのかな?それに、レアメタルの大鉱脈が見つかったなんてニュースが流れたら、相場が急降下してしまうよ。そしたら安く買いたたかれるのオチさ!」
現代の経済社会は、ありとあらゆる情報が投機の対象となる。
実際にはまだ採掘されておらず、利用されていないにも係わらず、大規模な鉱山が発見されたというニュースだけでも、投機資金は動く。資源の先物価格が下落し、関連会社の株価が乱高下するのだ。
「あまり派手なことをやらかすと、必ず目敏い連中に察知されてしまう。甘い蜜はこっそりと独り占めするのが利口なやり方だろう?」
つまり、資源はこっそり採掘して密輸するということだ。
ところで、犯罪によって動く闇資金は世界経済の5%を占めるとまで言われるが、その取引額の一位は麻薬、三位は人身売買である。では二位は何かと問われれば、原油やレアメタルといった資源の密貿易だ。
実際に中東あたりにひしめくテロリスト達は、原油の密貿易によって小国の国家予算を遙かに超える資金を手にいれ、暴れ回っている。
「フルーツの箱に偽装すれば、簡単に輸送できるよ!まずは精製工場を建ててインゴットに加工しよう!!貴金属やレアメタルは小量でも高値が付くからね!!」
「さすがですわ、プレジデンテ!!」
秘書官は感極まって危険なあえぎ声を漏らしている。
「・・・さすがに国際警察に目を付けられたら洒落にならないのでは?」
「そのためにも国家として独立する必要があったんだよ!!いざとなったら、外交特権でゴリ押しさ!!」
まるでどこぞの、ならず者国家だ。
「・・・西側諸国やイスラエルからは白い目で見られそうですが?」
「ばれなきゃいいのさ!!」
補佐官は頭を抱えた。
CIAのエージェントに夜中に玄関の戸を叩かれるなど願い下げである。
「プジレジデンテ、短い間でしたがお世話になりました。一身上の都合により、本日限りで・・・」
「補佐官くん」
プレジデンテは静かな声で補佐官の肩を掴んだ。
「確か、君は南フランスにご家族がいたね。お父さんとお母さんと、妹さんだったかな。苦労して大学まで出してくれたご両親に、親孝行したくは無いかね?」
プレジデンテはいつも通りの笑顔だが、目が笑っていない。
「『いつまでも、あると思うな親と金』といってね。今の世の中は何かと物騒だし、いつご家族にご不幸が起こるか分からないよ。例えば、ご実家に大型トラックが突っ込んだり、妹さんがハイスクールの帰り道で暴漢に襲われたりとか」
補佐官は背筋に冷たい汗が流れた。
プレジデンテに家族のことは話した覚えが無かったし、履歴書には実家はベルギーと記載したはずだ。
「考え直してはくれないだろうかね。僕は君の働きには大いに満足している。給料はもっと出してもいい。どうかな、ん?」
プレジデンテの顔にはどす黒い影がさしており、もう補佐官は彼の顔をまともに見ることが出来ない。
YESと口にすること以外、補佐官にはできなかった。
「せ、せめて西側の大企業を引っ張り込んで企業献金や政治献金を増やしましょう。民主主義の国の政治家はスポンサーには逆らえません」
「GOOD!!すばらしいアイディアだよ、補佐官くん!!秘書官ちゃん、彼のアイディアをすぐ実行に移してくれたまえ!!」
「承知いたしました、プレジデンテ!!」
補佐官は自分が何か一線を越え始めたことを自覚していたが、既に退路はないに等しかった。
2.奈落
みんな死ねばいい。
補佐官は最近コレが口癖になりつつあった。
「おはよう、諸君!!今日も1日ばりばり働こうじゃないか!!」
朝6時、プレジデンテのご機嫌な一言が放送マイクから島全体に流れ出すと、すし詰め状態の雑魚寝部屋で労働者達はたたき起こされる。
疲れ切って死んだ目をした彼らは、まず食事の配給を受け取った。
主食はトウモロコシの粉末や屑野菜、不揃いの大豆を塩で煮込んだお粥。中国から安く買いたたいてきた農薬や食品添加物、保存料がてんこ盛りな材料をふんだんに使った高カロリーな逸品だ。
労働者達が機械的にもぐもぐと食事を胃に収めると、すぐに仕事が始まる。農園では、農薬散布に草むしり、収穫、箱詰め、輸送作業。鉱山では鉱石の採取、加工場への運送、荷詰め作業などなど。朝から晩まで仕事はいくらでもある。
労働者達の周囲には抜き身のカラシニコフを手にした警備員が饐えた目を光らせ、サボタージュを起こした者や脱走者を厳しく見張っている。
万が一、彼らに見とがめられれば、よってたかってリンチだ。この国には法律も裁判もないので、見せしめのために徹底的に暴行を加えられた挙げ句、死ねば海に投げ入れられて魚の餌になるだけだ。
だが、この世の地獄のような光景の広がる農場郡から、島中央の高い山を挟んで反対側には、打って変わって瀟洒なリゾート地帯となっている。
そこには風光明媚な港湾にビーチやホテル街が整備され、その周囲にはバーやカジノ、高級レストラン、スパに映画に歌劇場、エステやショッピングモールまでもが建ち並び、温暖な気候を生かしたヨットにスクーバ、フィッシング、マリンスポーツも何でも御座れ。その中心には観光名所でもあるプレジデンテの黄金像が設置され、昼夜を問わずライトアップされて黄金色の輝きを周囲に放っていた。
そして、メインストリートからやや離れた区画にある歓楽街では、発展途上国から連れてこられたコールガール達が、コンドーム片手に笑顔を振りまいているのだ。
農場や鉱山等の区画は、島の観光スポットからは厳重に隔離されていて、余暇を楽しむ金持ち外国人の目には決して触れられないようになっている。
そんな現代のソドムとゴモラの街を一望できる高台の大統領官邸で、我らがプレジデンテはご満悦だった。
「・・・以上が今期の収支になります。ご覧の通り前年度同時期の250%増しの増収となっています」
「HAHAHAHA!!すばらしい!!」
「OH,YEAH!!OH,YEAH!!」
プレジデンテは秘書官の胸をもみしだしきつつ高笑いをあげた。
ちなみに秘書官とは正式に籍を入れて結婚した。有能で貞淑で爆乳な妻だ。
元秘書官はその豊満な肢体をバニー衣装で包んで、プレジデンテにしなだれかかっている。この派手なバニースーツがこの国の女性職員の正式なコスチュームである。ちなみに男性は漏れなくアロハシャツで、プレジデンテも補佐官も派手なアロハを着用している。もちろん、そう定めたのは我らがプレジデンテだ。
「しかし、国連がこの島にやってくる『出稼ぎ労働者』の待遇について何か掴んだようでして、近く査察を申し入れるだろうと、例の某高官より情報提供がありました」
某超大国の保守系政治家には政治献金を欠かしていない。そのため、こうやって度々情報をリークしてくれるのだ。
相手も分かったもので、先日も特恵貿易相手国の視察と銘打ってこの国に訪れ、歓楽街でコールガールを買いあさり、らんちき騒ぎを楽しんだばかりだ。
「となると、小うるさいジャーナリスト共がまた騒ぎ出したかな。懲りない連中だね。お仲間をダース単位で魚の餌にしてあげたのに」
この国は国営新聞や国営放送以外のマスコミを認めておらず、他国からの取材入国も認めていない。万が一、旅行者がマスコミ関係者であることが発覚すれば、密かに海にドボンである。
「それで、査察の件は如何致しますか?」
「相手次第だね。話の分かりそうなのが来たら、女も小遣いもたっぷりとくれてやって、我が国自慢のリゾートで豪遊三昧を楽しんでもらう。万が一、話の分からなそうなのがくるようなら、我が国の有能な兵士達の活躍に期待しよう」
つまり、兵士を使って追い散らせと言うことだ。
「畏まりました」
秘書官は無表情で頷いた。既に心は死んでいる。今の彼は人間らしい感情をドブに投げ捨て、笑ったり泣いたりする機能をそぎ落とし、プレジデンテの命令を忠実に実行するだけのマッスィーンである。
「そんなことより君ィ、ガスプロム社が海底油田の採掘を申し込んでいるそうだねぇ」
「はい、島のリゾート側の沖合で新たな油田を発見したとか。ただし、場所が場所ですから、おおっぴらにやられると観光業に影響を与えかねません。今回は見送った方がいいかと」
補佐官の慎重な意見をプレジデンテは一笑して退けた。
「なぁに、海岸線から10マイルも離れているんだろう?問題ないさ!」
「しかし、ガスプロム社は荒っぽい操業で有名な東側の新興企業です。過去にも大規模な原油流出事故を幾たびも起こした挙げ句、訴訟沙汰になって数十億ドルの特別損失を出しています」
東側の新興企業群は、ソ連崩壊から旧国営企業をタダ同然で買い取って創業し、資源開発を軸に急速に力をつけている。ただし、所詮は人権も国際法も環境意識もない旧共産圏の人間の集まりなので、企業モラルは皆無に等しい。
「調査会社に調べさせたところ、損失補填のために新規開発計画を立ち上げては投資家の関心をひき、投機マネーを呼び込んでいるとか。経営は完全な自転車操業状態です。さすがにリスクが高すぎるかと」
「原油さえ出れば投資は回収できるのだろう?金のなる木を見逃すってのは、僕の辞書にはないなあ」
かつては密かに続けていた資源採掘も、国の発展と共に規模を拡大し、今ではおおっぴらに事業を展開している。
我が世の春を謳歌しているプレジデンテには、怖いものなど何も無い。
「ガスプロムの重役方にはリゾートでさんざん稼がせてもらっているし、僕にも付け届けを欠かさない気の利く連中だよ。ここらで一つご褒美をくれてやってもいいんじゃないかな?太い客をつなぎ止めておくには、飴も必要だよ、君ィ」
ガスプロムから送られたという純金製の自身の胸像を磨きながら、プレジデンテは再度補佐官に命じた。
「というわけで、GOサインを送ってくれたまえ。彼らとは今後とも良好な関係を築いていきたいからね」
「・・・畏まりました」
プレジデンテの豪華絢爛な執務室を後にすると、補佐官は自らに与えられたオフィスにとって返した。
部屋に入ると同時に指示を求めて部下達が群がってきた。補佐官には秘書と事務員が10人ずつ与えられており、最近では政務をおざなりにして豪遊三昧のプレジデンテに代わり、実務の全てが彼に集約されている。
「補佐官!またスコットランドヤードから不透明な資金の流れについて詰問状が届いています!」
プレジデンテの方針により、この島のリゾートカジノには今や世界中の闇資金が流れ込んでいる。カジノは表向きは、外資の出資による独立企業であり、書類上は国とは無関係なのだが、実際にはプレジデンテ個人の直営店舗になっていて、裏社会御用達のマネーロンダリングの一大拠点となり果てていた。
「インターポールからもです!彼らはコカインの流通について疑問をもっているようです!」
島の奥深く、厳重に警備が張り巡らされた一角では、例の『元気になる葉っぱ』が盛んに栽培され、地下工場で精製された後、リゾート区画の裏市場で世界中から集まったバイヤー達に売りさばかれている。
「国連からは労働者として特別入国を認められた難民の保護実態と、支給された難民保護支援金の用途について厳しい追及が来ています!」
紆余曲折を経て、さすがにこの島の黒い噂が外部に漏れ出たため、結果として低賃金でこき使える移民労働者の流れがストップした。現在では農園や鉱山で労働に従事しているのは中東やアフリカからの難民である。彼らを受け入れることで、国連から支援金すら手に入れることができるという妙手だった。
「全て適当にあしらえ。カジノの件は、経営は外資に委託しているので此方も把握していないと回答しろ。コカインは知らぬ存ぜぬで突っぱねておけ。難民の軒は例の適当にでっち上げた報告書で時間を稼げ。その間に此方で対処する。ごねるようなら内政干渉だと言え」
綻びは徐々に見え始めている。補佐官は、誰よりもそのことを知っていた。
秘書達に指示を与えてしまうと、補佐官は自らの執務室に籠もった。
ソファにゆったりと腰掛けて額を揉む。ストレスと疲労で満足に眠れていないのだ。
悩める若き補佐官の前に、黒いバニースーツに身を包んだモデルのような体型の美女が、熱いコーヒーを差し出してきた。
誰も足を踏み入れるな、と厳命している彼専用の執務室に唯一例外として入室を許されたこの女性は、補佐官が個人的に雇い入れている秘書だ。彼がこの島で唯一信用している腹心である。
「ありがとう、ミス・ラズベリー」
秘書はにこりともせずに頷いた。彼女はあまり感情を表に出すタイプではない。それにコーヒーを入れてもらうためだけに雇い入れた人材でもない。
「例のスイス銀行への送金は気取られていないだろうか?」
「複数の銀行を経由し、最終的にマカオのカジノでロンダリングしていますので、痕跡をたどるのは不可能です」
「今日までに、どのくらい送金が完了しただろう?」
「USドルで2億ほど。半分は金、もう半分はスイスフランに換金済みです」
「パーフェクトだ、ミス・ラズベリー」
補佐官はその言葉に心の底からほっとした。これで、いざというときには何処に逃げてもやり直せるだろう。
補佐官は秘書を引き寄せると胸の内にかき抱いた。秘書も抵抗せず、黙って彼の背に手を回す。
「・・・もし、この島を離れることになったなら、君も着いてきてくれるだろうか?」
補佐官は、彼女の耳元にそっと囁いた。
「もし、契約期間を延長されるのであれば、ご一緒させて頂きます」
「ありがとう」
「どういたしまして」
二つの影が重なった。
3.天国への階段
「プレジデンテ!!大変です、沖合に合衆国の駆逐艦が現れました!!」
「なんだって!!」
大統領官邸は大混乱に陥っていた。
「既に港も空港も海兵隊に抑えられてしまっています!!」
「警備隊本部とも連絡が取れません!!」
哀れな労働者をいたぶってばかりで腑抜けてしまった島の警備隊は、世界最強を誇る軍隊を前に戦意を喪失している。戦う前から武器を捨てて逃げ出す者、投降するものが続出していた。
「何故だ!!何故いきなり駆逐艦がやってきたんだ!!例の高官には付け届けを欠かさなかった筈だ!!」
プレジデンテが混乱する最中、補佐官だけはいつもどおり、死体のような無表情を崩さない。
「プレジデンテ、よくご覧下さい。星条旗の横に国連軍旗が掲げられています。つまり、彼らは多国籍軍として国連から派遣されているのです」
前々から兆候はあった。
件の某高官は贈収賄スキャンダルで失脚寸前で、ここ最近はさっぱり情報が入っていなかった。反比例して国連や国際警察からは厳重な勧告が幾つも届いていたし、監視団の派遣も臭わせていた。
コレまでは外交特権と内政不干渉を理由に全て突っぱねていたが、ここにきて軍艦が派遣されたことにより、実行支配を喪失してしまった。これで国家としての特権を利用にした言い逃れは、一切通じなくなってしまう。
「もう、潮時だとは思われませんか?」
補佐官は、ずっと前からこうなることを悟っていた。
大統領官邸から見える景色が、灰色になっていった頃から。
「鉱山は既にあらかた掘り尽くし、農園は農薬の使いすぎで荒れ果て放題。おまけに高濃度の農薬に汚染された作物は輸入を拒否されています。例のガスプロムの油田事故以来、観光客も右肩下がりで、リゾート収益は悪化する一方です。おまけに国連やインターポール、ひいては西側諸国からは総スカン状態ときている。かといって東側が支援してくれるほどの旨味も、もうこの島にはありません」
結局、例の海上油田プラントはずさんな管理のせいで流出事故を起こし、垂れ流された原油膜は美しかった海を一変させてしまった。
ガスプロム社は訴訟費用の巨額損失に耐えられず、先月倒産している。そのため、プラントは原油の流出を抑えるフェンスすら交換されないまま放置されていた。リゾートとしては致命傷だ。
鉱山は閉山され、農園もまた開店休業状態。港には山積みになったフルーツの箱が腐るに任せて放置されている。
状況は、とうの昔に詰んでいたのだ。
「起死回生の一手があるぞ!!法王行幸だ!!」
だが、プレジデンテは往生際が悪かった。
カトリック圏内ではローマ法王が各地を巡って行幸するのは非常に誉れ高く、ありがたい行いであり、その期間中はあらゆる行事が行幸を優先して組まれることになる。国連に与える影響も大きく、開催期間中はもとより、準備期間も含めれば、かなりの時間を稼ぐことが出来る。
「補佐官君、すぐにバチカンに手を回してくれたまえ!!金はいくら使ってもかまわない!!」
プレジデンテの目には狂気が見え隠れしている。
「正気ですか?・・・法王行幸は極めて人気が高く、各国が何年も前から熾烈な獲得競争でしのぎを削っています。そもそもバチカンは賄賂が効きづらい。彼らは十字軍の略奪資産を始まりに、何世紀にもわたってバチカン銀行に富を蓄えています。今更、数百万ドル程度の小金稼ぎには見向きもしないでしょう。それに宗教家は外聞に敏感だ。我が国の評判は、こう言ってはなんですが、最悪です」
「OH My God!!」
万策尽きてうなだれるプレジデンテに、補佐官は最後の一手を示した。
「・・・プレジデンテ、今ならまだ我々に忠誠を誓う国軍の一部を動かせます。彼らに時間を稼がせている間に、密林に敷設した秘密空港から脱出してください。サウジアラビアかイラン、あるいは南米にでも逃げ込めば、奴らもそうそう追っては来られないでしょう。ただし、ロシアやチャイナはやめておいた方がいい。さらに悲惨な目に遭いますから」
その手に握られていた偽造旅券を、プレジデンテは呆然と受け取った。
「先に脱出して下さい、プレジデンテ。私は機密文書を残らず処分してから後を追います」
闇資金、原油、インゴット、武器、麻薬、人身売買・・・ありとあらゆる後ろ暗い取引の記録。表に出されてはならない書類はいくらでもある。これらを抑えられたら二度とお天道様の下を歩けない。
「わかった!!頼んだよ!!」
そう言うと、プレジデンテは妻と共に飛行機に飛び乗った。補佐官のことなど既に頭から消えていることだろう。
「・・・老いた名馬は駄馬にも劣る。さようなら、プレジデンテ。あなたは少しやり過ぎた。私はもっとうまくやる」
補佐官の薄い唇には、酷薄な笑みが浮かんでいた。
「ミス・ラズベリー」
「書類の処理は既に完了しています。全てはプレジデンテが単独で決済したことに。おかげでインターポールとは司法取引がスムーズに成立しました」
「ご苦労。・・・サインくらいは他人に任せるべきでは無かったですな、プレジデンテ」
BBC/NEWS
『・・・次のニュースです。本日、ホンジュラスの空港で、史上最悪の独裁者として名高い某氏が、待ち構えていた国際警察に逮捕されました。同氏は難民を使った奴隷労働、麻薬の製造密売、資源の不正輸出等々、その他108件にも及ぶ犯罪の容疑で身柄を拘束されています。氏は「全ては補佐官が勝手にやった」と主張しており・・・』
「行こうか、ラズベリー。私たちの島を見つけにね」
「はい、プレジデンテ」
repeat again!