二人の距離は0になる
今日から再び大学が始まるため俺は沈んだ気持ちでキャンパス内を歩いていた。入学式は昨日済んでおり、新入生と新歓の声でキャンパスのどこもかしこも騒がしい。俺はどこのサークルにも属していないためこれらの喧騒とは全くの無関係だ。
「はぁ…」
ついため息が漏れる。去年からずっとこんな感じで大学生活を送っている。高校を卒業してから志望校だった都内の私立大学に通うことになり、独り暮らしも始めた。普通なら心踊る環境の変化なのだろうが俺は鬱々としていた。
まさか自分がここまで引きずるなんて思ってもいなかった。高校の卒業式が執り行われた日、俺は奉仕部の二人、雪ノ下と由比ヶ浜から告白された。しかし俺はそれをそれを断った。どちらかを選ぶと関係が壊れるとか、どちらかを選ぶことなんて出来ないとかではなく、純粋に彼女たちを異性として見ていなかったからだ。さらに言えば俺には別に好きな奴がいた。いつも俺の周りをちょこちょこしていたあざとい後輩だ。でもあいつは葉山が好きだったし、俺が葉山なんぞにかなうわけもない。そういうわけでなにもせず逃げるように大学生活を始めたのだ。
大学が始まればさらっと忘れられるかと思っていたんだが…、こんなことなら当たって砕けておけばよかったな。我ながら女々しすぎる。
そんなこんなでキラキラした新入生の中をどんよりしながら掻き分けていく。
「おーい、そこの今にも苔の生えそうな人ー」
うわ、なんか懐かしい声で幻聴まで聞こえてきたよ。もう末期じゃん。
「おーい、目の腐った猫背のアホ毛せんぱーい」
しかも俺の特徴ばっかだし、俺頭わいちゃったかな。
ぐでぐで歩いていると背中の服を捕まれた。
「ちょっとかわいい後輩を無視しないでくださいよ!」
「あ? なんだ?」
「え、まだ一年しかたってませんよ。頭大丈夫ですか?」
「い、一色?」
「本当に忘れちゃったんですか?」
「ほ、本物か?」
「本物ですよ! あ、そうやってとぼけて私を不安にさせたところにつけ込むきですね。私的にもっと直球で来てくれたほうがいいんで出直してきてください。ごめんなさい」
「あ、その感じは本物だ」
「先輩の中で私がどんな扱いなのかわかったような気がします」
「わー、本物の一色だー」
俺の手が勝手に一色の頬に伸び、つまむ。
「ちょ、なんですか。急にほっぺぐにぐにしないでくださいよ!」
「は! すまん。手が勝手に」
「もう、私のほっぺにさわるなんていい度胸してるじゃないですか。高くつきますよ」
「いや、マジですまん。久しぶりで、嬉しくてな。もう会うこともないと思ってたし」
「そ、そうですか。先輩は、見ないうちにキャラ変わりました?」
「いや、たぶん今おかしいだけだと思う」
こうしている今も全然落ち着けていない。現実なのかもよくわからないレベル。
「さて、先程の先輩の愚行についてですが、もうこのかわいい後輩いろはちゃんに入学祝いがてら休日を一日献上してもらうしかないですね」
「おう、そのくらいでいいなら」
「え、先輩がすんなり休日を差し出した。む、先輩こそちゃんと本物ですか?」
「俺は一年のうちに単位たくさんとったからな。今学期はそんなに授業をいれなくていいんだ。つまり一週間のうちのほとんどが休日のようなもの、一日くらい痛くもない。いや、やっぱり惜しいかも。一日もあげたくない」
「あ、本物だ。でもダメです。ちゃんと今度の土曜日開けててくださいよ!」
「ああ、まあ入れる用事もないがな」
「先輩携帯変えてないですよね」
「変えてないぞ」
「じゃ、また連絡するのでよろしくでーす」
そう言い残して一色はどこかへ行った。俺はしばらく動けずにいた。周囲の喧騒も遠くに聞こえる。
俺の止まっていた時間が動き出すのを感じた。これは普通ならあり得ないチャンスだ。もう逃げてはいけない。当たって砕けて前を向くべきだ。そう強く思った。
_____________
時は過ぎ土曜日。一色との待ち合わせで駅まで来ていた。時間は約束の一時間前。
俺来るの早すぎだろ! めっちゃ楽しみにしてたみたいじゃん。実際嬉しいんだけれども、今日は正直に気持ちを打ち明けて、砕けてスッキリするために来たんだ。砕けちゃうのか。あ、なんかそう考えると落ち着いてきた。鞄から本を取り出して読み始める。一色が来るまでまだずいぶんと時間がある。
読書に集中していると肩を叩かれた。
「先輩、おはようございます。早かったですね」
「ん? 一色か。もうそんな時間か?」
「いえ、約束の三十分前ですけど。その感じ、先輩いつからいたんですか?」
「い、今から三十分前」
「早! 一時間も早く来たんですか! そ、そんなに楽しみに…、あ、そういうの確かにグッと来ましたけどもうちょっと頑張ってください、ごめんなさい」
「いや、もうそれ分かったから。そういうお前も早かったな」
「それは、まー、そう! 先輩がちゃんと時間通りに来るか心配だったので待ち構えてようかと」
「そしたら俺が先にいたと」
「案外高校の時の私の指導が抜けていないんですね。さすが私!」
「わー、一色さんすごーい」
「なんですかそれ」
「で、どこ行くんだ?」
「あ、そういうところは変わってないんですね」
「うっせ、プランニングは得意じゃないんだ」
「まあ、そんなことだろうとは思ってたので。ひとまず映画を観に行きましょう」
映画館の方へ歩き出す一色の隣に並ぶ。
「あ、そうだ。その服似合ってるな。可愛いぞ」
「ふぇ? な、なんですか急に! 熱でもあるんですか? 一回死んで生き返ったんですか?」
「そこまでいう? 俺だって日々進歩するんだよ」
嘘です。本当は内心ばっくばくです。今だってちゃんと平然としていられてるのか自信がない。あと玉砕を覚悟してるのである程度無茶ができるのです。それと一色さん? そんなに顔赤くして照れてくれてんの? 怒ってんの? キモかった? 後者ならもう帰っちゃおうかな。
映画館につきチケットを買う列に並ぶ。
「そういやなに見るんだ?」
「あれです。あれ」
そういって一色は一枚のポスターを指差す。この前まで話題になっていた恋愛映画だ。
「見に行こうと思ってたんですけど、ああいうのって話題になってるときに行くと人多くてちょっと行きずらいんですよね」
「そうそう、リア充も一杯だしな。あの空気はキツイ」
「まったくです」
「ま、俺も気になってたしちょうどいい」
「先輩ああいうの見る人でしたっけ」
「本で読んだことがあってな。話が少し違うらしくて、見に行こうと思ってたんだよ」
「男一人で恋愛映画ですか? 良くできますね」
「俺くらいになると楽勝だ」
チケットを買い、ちょうど時間だったのでシアター内に入る。人もそこまで多くはなく快適だった。そうこうしているうちに照明が落ち映画が始まった。
_____________
「はー、いい話でしたね」
「そうだな。本もよかったけどこっちもよかった」
「しっかり最後二人は結ばれて、ああいうの好きなんですよ」
「俺もどろどろとか三角関係よりああいう純粋なやつの方が好きだ」
「三角関係って、先輩が言いますか」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ、みんなああいう結末を迎えられたらいいのに」
「だよな。でも皆それを求める相手への矢印が向き合わないからそうはならないんだよな」
「ほんと、なんなんですかね。ちっとも向き合ってくれないんだから」
「そうか、お前も昔そういうことがあったな」
「まあ、あれはカウントしなくてもいいんですけど。現にっていうか、現在進行形で…」
最後の方は声が小さくて聞こえなかったが聞かれたくないことなんだろう。俺達は映画館を出て昼食をとるために、一色が行きたいと言ったカフェに向かった。
そのカフェは結構な人で賑わっていた。こんな中に俺と入って一色は大丈夫なのか? まあ大丈夫だから来たんだろうけど。
店内に入ると奥の方の二人席に通される。そしてしばらくメニューとにらめっこ。
「おい、決まったか?」
「んー、迷ってます。オムライスかドリアか」
「…両方いけば?」
「先輩は私の胃袋をなんだと思ってるんですか!ちゃんと女の子な大きさをしてるんです!」
「なんだよ、女の子な大きさって。じゃあ俺がドリア頼んでやるからオムライス頼め。皿でももらって半分やる」
「マジですか!ありがとうございます」
「そんかわり少しオムライスくれよ」
「もちのろんです」
注文を済ませ、届くのを待つ。ちょっとした沈黙が続き一色が切り出す。
「あの先輩、今日は本当に大丈夫だったんですか?」
「あ? 別に、暇だっていったろ?」
「そうですけど、あの、彼女さんとかいたり」
「は、俺にそんなのいるわけないだろ」
「え、でも、卒業式の日に……」
「……お前見てたのか?」
「ぐ、偶然ですよ! 式が終わった後先輩に…、奉仕部の皆さんに会いに行こうと思って…」
「そうか、別に責めてはいねーよ。ああ、確かに告白されたな。断ったけど」
「え、断ったんですか?!」
「お、おう」
「どうして…」
「どうしてって、それは、まあ……」
え、なにこの流れ。ちょっと急すぎない?流石にタイミングくらいは選ばせてよ。準備できてないって。
「そうですよね。あの二人のどちらかを選ぶなんてできませんよね」
「いや、そういう訳じゃねーよ。理由は、もうちょっと待て、後で話す」
「? そうですか。つまるところ先輩は独り身ということですか」
「悲しくなるからそんなに強調すんな」
「いえいえ、悲しくないですよ。逆に…」
「どうした?」
「や、なんでもないです」
一色はしりすぼみに答える。その後二人して口を開くことなく料理を待った。
______________
昼御飯を食べ終え店を出る。食事中は普通に他愛もない話をしていた。別にすごい沈黙だったとかじゃないよ。そして甘々な展開なんかもないよ、なるわけないもんね、はぁ…。
「先輩この後ですけど…」
「それなんだか、少し俺の話を聞いてくれよ」
「それってさっきの」
「まあ、それも含めだ」
近くの公園へ向かい、先に一色をベンチにいかせる。俺は自販機によって二本飲み物を買ってから一色の後をおった。
「ほれ」
「ありがとうございます。…ミルクティーですか」
「確かお前が好きだったと記憶してたんだが違ったか?」
「いや、今もちゃんと好きです。あってますよ。よく覚えてましたね」
「何度お前の手伝いして、その後に差し入れたと思ってんだ」
「そうでしたね。先輩はいつものじゃないんですね」
「ああ、こっちの自販機にはあまりないからな。家には箱である」
「あはは、相変わらずですね。私も去年は結構飲んでました」
「なに、はまったの?」
「何度先輩と一緒に飲んだと思ってるんですか。流石に好きになりますよ」
「そうか、マッ缶信者が増えたな。でも太るぞ」
「そういうことは言っちゃいけないんですよ!」
「すまんすまん」
「もう…」
持っていたブラック缶コーヒーを開け、煽る。強い苦味によって気分は静まっていく。気を落ち着かせるにはこれがいい。でも流石に一色の方を向いてはしゃべれない。背を向けて喋り出す。
「あのな、さっきの話なんだが…」
「はい」
「俺があいつらの告白を断ったのはな……、他に好きな奴がいたからなんだ」
「え、」
「でもそいつ、他の奴のこと好きって言っててな、到底俺ではかなわないようなやつで、何も出来ないまま卒業してこっちに来た」
「こっちにいるうちにこの気持ち消えるかと思ってたんだかな、それが全然消えないんだ。毎日大学に通って、バイトとかして淡々と日々を過ごしていてもずっと消えなかった。こんなこと今まで無かったからビックリしたよ」
「そのまま、それこそ苔の生えそうな感じで過ごしていたんだが、この前突然そいつが目の前に現れて、正直意味がわからなかった。もう会うこともないと思っていたのに…」
「だから俺は吹っ切るために今日、ここに来たんだ。今度は逃げないように、逃げて後悔しないように…」
「一色いろは、俺はお前が好きだ」
「返事はいい、これで引っ張るほど俺も女々しくはないつもりだ。じゃあな」
その場を去ろうと踏み出したところで腕を掴まれる。振り向くと一色が顔を伏せて俺の腕を掴んでいた。
「なんなんですか、なんなんですかなんなんですか!」
「え、なにって」
「なに一人で語って、かっこつけていなくなろうとしてるんですか!」
「だって、流石に気まず…」
一色が顔をあげた。その顔の目には涙が溜まっていた。
「お前何泣いて……」
「私だって、私だってずっと苦しかったんですから!」
「え、なんで」
「そんなの先輩が大好きだからに決まってるじゃないですか!」
「卒業式の日、気持ち伝えようって先輩のところ行ったら奉仕部のお二人が先輩に告白してるのに鉢合わせしました」
「普段からあの3人には入り込めないと思っていたのに、あんな本気の告白見たら逃げるしかないじゃないですか。先輩もどっちかを選ぶと思ってましたし」
「でも後になってから後悔しました。いっそあの時に飛び込んで振られていた方がよかったって何度思ったことか」
「それから先輩のいなくなった学校は全然楽しくなかったです。気付けばマッ缶飲んでたりして、ほんと末期ですよ」
「だから先輩の大学を追っかけて、例え先輩が結衣先輩か雪ノ下先輩と付き合っていても近くにいられたらって。自分がこんなキモいこと考えるなんて思いもしなかったですよ! ほとんど病んでるじゃないですか。私もビックリですよ!」
「流石にそれはヤバイのでさっさと振られて楽になろうなんて先輩と同じ事考えてました。そのために大学だって先輩と同じところにしたんですから」
「そこはちゃんと将来考えて選べよ」
「今はそんな突っ込み求めてません!」
「いや、泣きそうだったから心配したけど全然元気だな」
「当たり前です! そんなこと考えて覚悟してたのに先輩からあんなこと言われて、嬉しすぎてテンションおかしくなってるんですよ!」
「そ、そうか」
「え、夢ですか?」
「いや、ちゃんと現実だが」
「そうですか、あっ」
一色が崩れ落ちそうになったところを受け止め、そのままベンチに座らせる。
「すいません、気が抜けて足の力も抜けちゃいました」
「いや、構わん。むしろくっつけたからありがたい」
「何いってるんですか」
「ごめんなさい」
「はぁ、さっきまでいい空気だったのになんでこうなっちゃうんですか」
「それは俺も疑問だよ」
「で、先輩、私好きってマジですか」
「おおマジ。お前こそ俺のこと好きってほんとか?」
「本当ですよ。こんなところで嘘なんかつきません」
「でもお前葉山葉山言ってたじゃん」
「そんなの嘘に決まってるじゃないですか。好きな人ほっぽらかして違う人のところに入り浸るわけないでしょ」
「えー、無理無理、そんなのわかるわけないじゃん」
「いっちょ前に観察眼持ってるなんていっておきながら…」
「いやいや、それでも無理だって」
「まあ、その点は本当に後悔してるんですよ」
「はぁーーーー」
長いため息をついて一色のとなりに腰かける。てかマジなんなんだよ。どんだけ去年からうじうじしてたと思ってんだ。それが二人の思い違いとすれ違いだったとか、力抜けるわ。
「マジなんだったんだろうか、俺の苦悩」
「それは私の台詞ですよ」
「……俺達、バカだな」
「……大バカでしたね」
「それでお前、俺の告白の返事はオッケーでいいの?」
「はい、先輩こそ本当に私でよかったんですか?」
「当たり前だ。お前がよかったんだ。だからここまで引きずったし、あいつらのことも断ったんだ」
「そ、そうですか。嬉しいです…」
「この展開は全く予想してなかった。ぶっちゃけ今でも信じられん。手の震えも止まらねぇ」
「なら、信じられるように……」
顔を真っ赤にして一色がそんなことを言う。
「なにそのよくある展開のやつ」
「ちょ、私は先輩のためを思って心を決めたのにそんなこといっちゃうんですか」
「ほんとか? 嘘だったらなにもしないぞ」
「嘘です。半分は私の願望です」
「ま、嘘でもこうするつもりだったが」
そういって隣の一色を抱き寄せ、抱き締める。
「わっ、急に何するんですか!」
「すまん、押さえられなかった。こうやってお前が近くにいるのが本当に嬉しくて、嬉しくて、もう、離したくない」
「先輩、何泣いてるんですか?」
「うっせ、気のせいだ」
一色も俺の背中に手をまわしてきた。
「私も、嬉しいです。ほんとに、よかった。私達には来ましたね、あの結末」
「そうだな。来たな」
一色からゆっくりと離れる。しかし顔は近いまま、おでこがくっつきそうな距離。一色の瞳には俺だけが映っていた。きっと俺の瞳には一色しか映っていない。
「先輩、目、真っ赤ですね」
「お前も真っ赤じゃねーか」
そうして二人の距離は0に……。
_____________
傾いた太陽がベンチに座った俺達二人を照らしていた。そんな俺の左手と一色の右手は繋がっている。
しばらく今の空気を惜しむように沈黙が続いたが、急に一色が立ち上がる。
「じゃ、先輩。今からデート仕切り直しましょう」
「時間はいいのか?」
「時間の許す限りです。それにまだ入学祝い買ってもらってません」
「そうか、ならいくか」
俺も腰をあげて二人で公園を出る。
二人の手は繋がったまま。
二人の距離は0のまま、もう離れることはない…。
シリーズの方をちゃんと書きたいと思います。
ちょっとした息抜きです。
では、また短編を書いたときにでも。