蘇杭水鎮新地は、東西約三千キロに及ぶマリネリス峡海のほぼ中央、メラス湾のカンドル・オフィル入江にある。
ネオ・ヴェネツィア市同様、水没に瀕した中国の長江デルタ地域の古鎮(旧市街)を移して建設された。
かつて「上有天堂 下有蘇杭(天に極楽あれば、地に蘇州杭州あり)」と謳われた蘇州・杭州は、運河と水運、商業で栄えた街であったことから「東洋のヴェネツィア」と呼ばれたが、ここAQUAでも蘇杭市は「東方のネオ・ヴェツィア」と呼ばれる。
縦横に運河が走り、無数の橋と路地があり、水と共に生きる古い町並みのあいだを小舟が行き交うそれは、ヴェネツィアを彷彿させる。ネオ・ヴェツィアが運河に面した石造りのアパートメントとオレンジ色の屋根で華やかな印象を受けるのに対し、蘇杭は漆喰の壁と黒い瓦でしっとりと落ち着いた印象を与える。
それは、水の流れに、人を迎え入れる街と顧みる街。
夏の始まりに当たる十三月、マンホームでは新年にあたり蘇杭市は裏春節が来る。一月の正春節ほどではないが春節のお祝いが行われ、マンホームから東洋系の観光客が訪れる。
新銭塘江と名付けられた、蘇杭市を横断する流れを行く三艘の舟。
川面に柳並木の緑が美しい。葉影が波にそよいでいる。
「ねえ、アウンのとこはどう。忙しい?」
「ううんそれ程でも。愛紗ちゃんのとこは大手だから大変なんじゃない」
「それが全然。茜華んちは曖鈴さんがいるから、予約凄いでしょ」
「まあまあかな、でもウチは零細だから。お客さんは曖鈴さんの弾詩が目的だし、舢板観光は閑古鳥かな」
舢板と呼ばれる吃水が浅い平底の小舟を操る三人の少女。ネオ・ヴェツィアのウンディーネにあたる、シレーヌと呼ばれる水先案内人たちだ。
齢の頃なら15・6歳ぐらいか。彼女たちはまだ半人前だが、ウンディーネのシングルと違い、一人でお客を乗せて観光案内をすることが許されている。
「ツーリストは霧雨の古鎮よか大海嘯だもんね」
「霧期の蘇杭もいいと思うんだけど」
「夜霧にむせぶランタンと水路の揺らめき…」
「雨に濡れた緑と睡蓮の花」
「拙政園も訪れる人が少ないし、観光にはもってこいなのに」
櫂を漕ぐ純白のシレーヌの姿は、くすんだ風合いの古都の情景によく合い、水辺を流れる花片にたとえられる。
薄手のアオザイを基調とした制服は、運河を渡る風にたなびき、まさに花びらのよう。
新銭塘江は、蘇杭市のカナル・グランデにあたる。両岸に木造の商家と土蔵が軒を並べる。それはかつての海運の街、杭州の姿。蛇行しつつ蘇杭の街並みを分かち、そこから無数の運河が血管のように古い町並みを走る。それはかつての蘇州の風景。
蘇杭市がある地域は、夏の始まりはちょうど雨期に当たり、霧と雨が多い。その雨期の大潮の頃は、流れ込む河川の増水と大潮の潮流によって、細長いマリネリス峡海で大海嘯と呼ばれる海水の遡上現象が起こる。その規模、波高は百メートルに及び、幅二百キロのスケールで、水の壁が白波を立てながら三千キロを駆け上る。多くの観光客が訪れる水の惑星AQUAならではの一大ページェント。
「今年の大海嘯は凄かったもんね。何しろモーゼ堰を越えて水が溢れ出したんだもん」
「そう、お蔭で蘇杭も水浸し」
「東方のネオ・ヴェツィアが、あっちと同じアクア・アルタになちゃったんだから」
大海嘯の時期は、蘇杭のあるカンドル・オフィル入江は巨大なモーセ堰で閉じられ、海水の遡上から守られる。なにしろ高さ百メートルに及ぶ津波だ。海抜ゼロメートルの街はひとたまりもない。例年なら堰を立てるだけでOKだったものが、今年は例年になく大規模となり堰を越えて海水が流れ込み、蘇杭市は冠水となってしまった。マリネリス峡海の潮位がなかなか下がらずカンドル・オフィル入江の水位を下げるのに手間取り、蘇杭のアクア・アルタも長引いてしまった。
「水に沈んだ古鎮もいいもんだって、常連のお客さまはおっしゃって下さったけれど」
「正直、商売上がったりだったよね」
「舢板が通れる水路も限定されるし」
「大方の庭園が休館だったですものね」
やっと水は引いたが、その余波は残っている。観光客の姿は少ない。
「せっかくだから、これから三人で弾詩の練習しない?」
「そうね、観光案内の練習も兼ねて」
「なら、西湖はどうでしょう。ここからも近いですし」
そう言うと、三人は舟を進めた。
新銭塘江は川幅を拡げ、メラス湾の入口、カンドル・オフィル入江に出る。
「左手に見えてまいりましたビルは、外灘(バンド)と呼ばれるマンホームのかつての上海に在りました租界地の歴史建築群です。見ての通りヨーロッパ風の高層建築で、上海を代表した建物ですが植民地だったアジアを象徴する景色でもあります。現在は、蘇抗国際宇宙港として、蘇杭市の表玄関となっております」
ネオ・ヴェツィアが島であるヴェネツィアそのものを移設したのと違い、蘇杭はその名が示す通り、幾つかの街が複合して造られた都市である。これも島という閉じられた街によるものと、陸地を背後に控えた膨張する街の違いだろう。AQUA移設にあたって、どうしても残したい風景と暮らしを省みて設計された、ある意味AQUAでもっとも都市計画な街といえよう。
舟は外灘の脇を流れる運河の一つに入る。
水辺に面して歴史的建築群が建ち並ぶ外灘の奥に、周囲にそぐわない朱色の建物が見えてくる。校倉のように木を組んだ逆台座のデザイン。
「右手に見えます赤い建物は、むかし上海で開催された万国博覧会の中国館です。これも歴史的建造物としてAQUAに移設されました」
「でも、ホントそぐわないよねー」
「周囲から完全に浮いてるっていうか。外灘でさえ『水鎮には合わない。ビルならマンホームのニューヨーク保存地区でじゅうぶんだ』ってお客さんもいますしね」
かつて上海で行われた万博のシンボル的建物だ。それ自体は歴史的な建造物なのだが余りに浮いた外形に評判は悪い。
「と、いう訳で、評判芳しくないこの建物は、移設当初から天后の社屋として使用されております」
これが、蘇杭市でシレーヌを他に先駆けて始めた天后の社屋だ。天后はネオ・ヴェツィアの姫屋に相当する。もともと上海で事業を展開していた呉安龍(アンドリュー・呉)がAQUAに移住して始めた会社で、操業もアーサー・C・グランチェスタの姫屋と同時期である。
旅行代理店や各種イベント業、ホテル・レストラン経営など観光業を手広く営む総合商社だが、水先案内の事業は意外と新しい。シレーヌ経営を始めたのは二二七〇年で五十年に満たない。それは蘇抗の水先案内は、ゴンドーリエのようにマンホーム時代から業種として確立しておらず、職業化されたのはネオ・ヴェツィアのウンディーネの影響によるものである。
「でも、茜華もアウンも、そこまで言わなくてもいいんじゃない。いちおう自分の会社でそれなりの愛着あるんだから」
そう愛紗はふくれる。
「赤にしても、うちのラール・キラーは高得点です。特に夕日に映える姿がオレンジプラネットを彷彿させると」
「アレはずるいわよ、もともとマンホーム時代から夕映えで有名だったんだから。それにしても、アウンのとこってホント城好きよね。ネオ・ヴェツィアのもどっかのお城だったんじゃない」
アウンの会社はアマデウス財団の橙星公司、オレンジぷらねっと社の姉妹店だ。創業はオレンジぷらねっとの翌年。インドにあった『赤い城』と呼ばれた城砦を移築して社屋にしている。
「移築といっても一部ですが。全体を移転させたら街になってしまいます。ゆくゆくはテラ・フォーミング後の金星に全移設の計画があるそうです。AQUAはそれまでの仮住まいだとか」
「えー、勿体ないよ。AQUAにとっても合っているのに」
そう残念がる茜華。
「皆さんそう言います。もっとも百年先の話で、どうなるか判りませんが」